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管理人の正体

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昨夜の書庫へ向かうと、カレンの言った通り管理人らしき男が入り口付近で待機していた。
男は書庫に入ってきたメイヴィスをジロリと睨み、「許可証を」と手を出してきた。

「許可証? 持ってないわ」
「では、お名前をお伺いします」
「……メイヴィス・ラングラーよ」

管理人は少し黙った後、「承知しました。どうぞ」と、メイヴィスをあっさり通した。
身分を証明するものも何もないのに、やはり杜撰では? とメイヴィスは思うが、その杜撰さのおかげで面倒にならずに済んでいる。

「コーディ~……」

書庫の奥に進み、小声で名前を呼んでみる。
管理人はもうメイヴィスに興味を失ったようで、ついてきている気配はない。

「こっちだ」

書庫の隅で、コーディが手を振っていた。
メイヴィスが歩み寄ると、コーディは後ろ手で一見ただの壁を押し込んだ。すると、隠し扉が開き、道が現れた。

「わ……ここは?」
「先々代の王妃が内密に造らせた隠し部屋に繋がる小道。まあ、本人はあまり使っていなかったようだが」

(自分で造っておきながら使わなかった?)

メイヴィスの頭に疑問符が浮かんだが、王妃という立場ゆえに中々使えなかったのだろうと納得する。
先に入り歩いていくと、薄暗く狭い道の奥に光が見える。また扉があり、その隙間から光が溢れていたようだ。

「押せ」

グッと力を込めると、扉は開く。
そこには、窓と机と椅子、ランプ、本棚、ベッドと、メイヴィスがシャロンに用意させた小部屋とよく似た調度品が設えてあった。

「お前の小部屋はもう使えないだろ。バレちまってるし。ここのことは誰も知らない。知っている者はもう全員いなくなったから」

メイヴィスは閉められていた窓を開ける。風が吹き抜け、空気が入れ替わる。

「私は、あなたを知らない。でもあなたは私のこと、なんでも知ってるのね。他に何を知っているのかしら」

その事実に驚きはすれど恐ろしさは感じない。コーディからは明確な悪意を読み取れないからだ。仮にメイヴィスに危害を加えたいのであれば、機会はいくらでもある。それこそ今だって。

「そうだな。お前、今の侍女とうまくいってないんだろ」
「……そうね」

シャロンのことも、カレンのことも把握されている。

「シャロンは、無事かしら」

ぼそりと呟く。

「毒殺未遂事件で捕えられた侍女か?」
「そうだけど……シャロンは、私に薬を作ってくれただけで毒殺なんか」

コーディの呼び方が癪に障り、メイヴィスはついムキになってしまう。

「わかってる。だが、状況からして疑われても仕方ない。そう思ってるんだろ」
「……」

図星を突かれ、メイヴィスはそれ以上何も言えない。無言は肯定だ。

「内容が内容だけに、捜査は慎重なはずだ。流石に誰にも何も知らせずに処刑したなんてことはないだろうよ。もう少ししたら、探してやるから」
「本当?」
「ああ」

気休めであっても、コーディの言葉にいくらか救われた気分になる。

「今更だが、気味悪がらないのか?」

シングルベッドの縁に座り、メイヴィスと距離をとりながらコーディは訊ねた。メイヴィスは少し考える。
どこか胡散臭さはあれど、気味が悪いとは思わなかった。むしろ話が早くて助かる。

「監視されてるとは思ってたから。ちょっとびっくりはしたけど、想定内」
「……ふーん」
「姿を現した目的はぜひお尋ねしたいけど、どうせ教えてくれないんでしょう?」

距離をとっていたかと思えば、コーディは突然距離を詰めて、メイヴィスの顔を覗き込む。

「ひとりぼっち同士、仲良くしたいと思って」
「……」

コーディの笑い方は、下手くそだった。というより、何かを隠すような、胡散臭い笑みだった。ゆえにメイヴィスはその言葉が嘘だと本能的に理解してしまった。いつも冴えない頭はこんな時に限って働くものだ。

「……じゃあ、あなたと私は友人ね」

だが、メイヴィスは嘘を指摘するのではなく、コーディの嘘に乗ることにした。

(所詮、味方のいない身ですものね。結末も、わかりきっている。シャロンのいない今、これが罠だろうと何だろうと、どうでもいい)

投げやりな気持ちを察せられてしまったのだろうか、コーディはメイヴィスの手を取る。本来であれば、無断で仮にも王太子妃候補に触れるなど許されはしないのだが。サイラスが触れない限り、メイヴィスはまだ誰のものでもない。

「ありがとう、侯爵令嬢」

きゅ、と優しく手が握られる。荒んだ心を宥めるように。

「……よろしく、コーディ」

しかし、その体温すらも作り物のような気がして、メイヴィスはパッとその手を振り払った。





♢♢♢





コーディとの会話もそこそこに、メイヴィスは書庫を巡る。ほとんどがこの国に関する史料だ。後は学術書、宗教、他国の歴史や人物について。娯楽や趣味に関するものは少ない。

「暇つぶしにはなると思ったけど、何から手をつけていいのかわからなくなるわね」
「別に本なんて読まなくても、俺とおしゃべりしてくれたらいいんだぜ? 友人なんだから」

先ほど手を振り払ったと言うのに、コーディの機嫌はすこぶる良い。鼻歌を歌いながらメイヴィスのあとをついてくる。

「友人ねえ……自分で言っておいてなんだけど、私友人はあなたが初めて。だから何をしたらいいのかわからない」
「じゃあ、お前の疑問に答えてやる。絵空事じゃないと言ったあの件だ」

コーディはメイヴィスを追い越し、少し先の棚から本を一冊取り出して持ってきた。

「確か、あなたを見つけるのはそんなに簡単じゃない……だったかしら」
「そうだ。その答えが、これ」

コーディがかざす本の表紙には、『精霊信仰』とタイトルがある。

「精霊?」
「そう。俺はその精霊」

メイヴィスは自分でも怪訝な顔をしているのがわかった。
精霊、という言葉に聞き覚えはあるが、こんな人間と変わらない姿をしているとはとても思えない。

「お前はあの時、俺が宿ってた本を開いた。んで、俺はこうして出てこられたってわけ」
「……確かに、それならあの時あなたが突然現れた理由はわかるけど……」
「まだ何か?」
「精霊なんて、本当にいるの? だって、この国には魔法も魔術も聖女信仰もないのに」

御伽噺でなら、どれも聞いたことのある噺だ。

「そうだな。神秘の力ってのは失われつつある。この国も宗教はあるが、ほぼ形骸化して信仰はない。お前がそう思うのも無理はないけど」
「……」
「その絆創膏だらけの手。貸してみ」

刺繍針で傷だらけになった手を、半ば強引に掴まれたかと思うと、コーディはメイヴィスの小さな手を包み込んだ。

「……!」

手が光ったように見え、メイヴィスは思わず手を引っ込める。

「何を……」
「傷を治した。それが俺の力」
「……」

絆創膏を取ると、確かに傷は綺麗に塞がっていた。まるで最初から怪我などなかったかのように。

「この力を、俺はお前のためだけに使う。どうだ、絵空事じゃないだろう?」

コーディは何がそんなに楽しいのか、ニコニコと笑っている。

「……」
「何でも命じて良いぜ。どんなことでも言うこと聞いてやる」

その言葉を聞いて、メイヴィスは口を開く。

「残念だけれど、私はあなたの力を利用する気はないわ。よほどのことがない限りね」
「……は?」

コーディの顔から笑みが消える。

「理由はいろいろある。まず、そんな力を何の代償もなく使えるとは思えない。そして、単純に怖いわ」

キッパリ告げると、コーディは今度は苦々しげな顔になる。

「そりゃ、何の代償もなくとは言えんけど……」
「私はあくまで、あなたに対等な関係を求める。困った時には出来る限り助け合う、そんな関係をね」
「対等……」

コーディはまだ不満げだったが、対等な関係と聞いて少し気分が良くなったようだ。

「だから、あなたは無闇矢鱈に力を使わないで。私は注目を浴びちゃいけないの。約束してるから」
「……わかったよ。お前がそう言うなら、仕方ない」
「お互いどうせ暇してるんだもの。構わないでしょう?」
「俺は、俺が宿っていた本がここにある限り書庫から出ることはできない。どのみち、お前がその本を持ち出さないと力は使えない。それで良いよ」

コーディは諦めたように笑った。






♢♢♢♢♢







「また書庫にいらっしゃったんですか?」

コーディに道順を教えてもらい、メイヴィスは部屋に戻ってきた。書庫は一階から地下にかけて造られているので、一階をうろうろしていればそのうち辿り着くが、自分の部屋はなかなかそうはいかない。

「本は結構好きなのよ。座学はからっきしだけど」

カレンにそう答えると、彼女は少しだけ目を丸くした。

「なんだかご機嫌ですね。何かいいことでも?」
「うん? ちょっとね」

カレンの指摘通り、メイヴィスは気分が良かった。友人ができるというのはこんなに嬉しいものなのか。相手は人間ではなかったが、それでも素直に心が躍る。

「そんな侯爵令嬢様に明日のご予定をお伝えします」
「もう王太子妃教育は……」
「いいえ、そうではありません」

カレンはエプロンのポケットから仰々しく一通の手紙を取り出してみせる。

「メイヴィス・ラングラー侯爵令嬢様宛に、お茶会への招待状が届いております!」
「……は?」




















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