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無能な侯爵令嬢
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メイヴィス・ラングラーは無能。
顔も頭も微妙なのに貴族の嗜みである刺繍、ダンス、楽器、歌唱、絵画、何もかもが平均以下の、出来損ない。
そんな彼女が王太子妃候補だなんて、父親である侯爵が無理やりねじ込んだに違いない。
巷ではそんな噂が流れていた。
「……元々マリアが王太子妃候補として王宮へ行くはずだった。それがいなくなってしまったんだから、仕方ない。私だって行きたくないわ」
従者たちからも見下されているメイヴィスが、そんな自分の噂を知らないはずもなく。ただ虚しい思いを抱えながら、王宮入りする支度をする。
「しかし、メイヴィス様。ここにいるよりは……」
メイヴィスの支度を手伝うのは、生まれた時からずっとそばにいたメイドのシャロンだ。
「そうね。お父様もお母様も、マリアを亡くしてから一度も私と向き合ってくださらなかった。こんな家にいる必要もないわよね」
メイヴィスの姉マリアは気立が良く、何でも器用にこなした。そんな彼女を、両親はメイヴィスそっちのけで溺愛した。王太子妃も夢じゃないと期待もされていた。
しかし体が弱かったマリアは重病に罹り、あっさりこの世を去ってしまった。
『マリアではなく、メイヴィスだったら……』
と、両親が隠れて嘆く姿もメイヴィスは目撃したことがある。メイヴィスも、マリアほどまでとは言わなくても虚弱体質だ。両親がそう思うのも無理はないと思っている。
所詮無能はゴミ以下の扱いだ。死んでも誰も困らない。そのうち誰かに嫁がされるとは思っていたが、まさか王太子とは。
「でも殿下も気の毒ね。王太子妃候補がマリアだったらさぞ喜んだでしょうに、よりよって無能で有名な妹の方だなんて」
オルティエ王国の王太子、サイラスはマリアと同年齢ということもあってか幼い頃はよくラングラー侯爵家に遊びに来ていた。しかし、マリアが亡くなってからはぱったり屋敷を訪れなくなった。それがもう5年も前の話。
「確か王太子殿下には許嫁がいらっしゃったはずですのに、なぜこのような」
「……そうね」
サイラスは、マリアが亡くなった後に許嫁ができた。にもかかわらず、王太子妃候補を迎える。メイヴィス・ラングラーが身の程を弁えずに王太子に惚れて、王太子妃の座を狙っている、などという噂もあった。しかしこれは全くの嘘である。
「王太子妃候補を集めた王様が何を考えていらっしゃるかはわからないわ。もっとも、許嫁がいるからあまり集まらなかったようだけど」
「王太子殿下は許嫁のご令嬢を溺愛しているそうですからね……」
1人に寵愛が向けられる以上、よほど正妃にこだわりがなければ無理に手を挙げることはない。
王太子は冷酷無慈悲であることで有名だからだ。愛してもらえないからと許嫁に手を出せばどんな仕打ちを受けるか、想像に難くない。
「そう。王太子妃候補、と言っても実質は側室を取るための茶番よ。公にできないから表向き王太子妃候補となるだけ。殿下が気に入らない娘は追い出されるという話だし、それを待つのが最善かしら」
ほとんど会話もしたことのない相手に愛を向けてほしいと思うほど、メイヴィスの頭はお花畑ではない。
ただメイヴィスは、誰にも迷惑をかけずにひっそり息をしていればいいのだ。そうして、王太子と許嫁が正式に結婚するときまで耐えればいい。きっと誰もが、メイヴィスにそれを望んでいるはずだ。表に出ず、いつの間にか消えていることを。
「シャロンは何があってもメイヴィス様のおそばにいます」
「……ありがとう、シャロン」
メイヴィスを邪魔に思う者がまず手を下すなら、真っ先にシャロンが標的にされるだろう。
(何があっても、シャロンだけは守ってみせる)
たとえその背中を刺されたとしても、シャロンなら許せるから。
顔も頭も微妙なのに貴族の嗜みである刺繍、ダンス、楽器、歌唱、絵画、何もかもが平均以下の、出来損ない。
そんな彼女が王太子妃候補だなんて、父親である侯爵が無理やりねじ込んだに違いない。
巷ではそんな噂が流れていた。
「……元々マリアが王太子妃候補として王宮へ行くはずだった。それがいなくなってしまったんだから、仕方ない。私だって行きたくないわ」
従者たちからも見下されているメイヴィスが、そんな自分の噂を知らないはずもなく。ただ虚しい思いを抱えながら、王宮入りする支度をする。
「しかし、メイヴィス様。ここにいるよりは……」
メイヴィスの支度を手伝うのは、生まれた時からずっとそばにいたメイドのシャロンだ。
「そうね。お父様もお母様も、マリアを亡くしてから一度も私と向き合ってくださらなかった。こんな家にいる必要もないわよね」
メイヴィスの姉マリアは気立が良く、何でも器用にこなした。そんな彼女を、両親はメイヴィスそっちのけで溺愛した。王太子妃も夢じゃないと期待もされていた。
しかし体が弱かったマリアは重病に罹り、あっさりこの世を去ってしまった。
『マリアではなく、メイヴィスだったら……』
と、両親が隠れて嘆く姿もメイヴィスは目撃したことがある。メイヴィスも、マリアほどまでとは言わなくても虚弱体質だ。両親がそう思うのも無理はないと思っている。
所詮無能はゴミ以下の扱いだ。死んでも誰も困らない。そのうち誰かに嫁がされるとは思っていたが、まさか王太子とは。
「でも殿下も気の毒ね。王太子妃候補がマリアだったらさぞ喜んだでしょうに、よりよって無能で有名な妹の方だなんて」
オルティエ王国の王太子、サイラスはマリアと同年齢ということもあってか幼い頃はよくラングラー侯爵家に遊びに来ていた。しかし、マリアが亡くなってからはぱったり屋敷を訪れなくなった。それがもう5年も前の話。
「確か王太子殿下には許嫁がいらっしゃったはずですのに、なぜこのような」
「……そうね」
サイラスは、マリアが亡くなった後に許嫁ができた。にもかかわらず、王太子妃候補を迎える。メイヴィス・ラングラーが身の程を弁えずに王太子に惚れて、王太子妃の座を狙っている、などという噂もあった。しかしこれは全くの嘘である。
「王太子妃候補を集めた王様が何を考えていらっしゃるかはわからないわ。もっとも、許嫁がいるからあまり集まらなかったようだけど」
「王太子殿下は許嫁のご令嬢を溺愛しているそうですからね……」
1人に寵愛が向けられる以上、よほど正妃にこだわりがなければ無理に手を挙げることはない。
王太子は冷酷無慈悲であることで有名だからだ。愛してもらえないからと許嫁に手を出せばどんな仕打ちを受けるか、想像に難くない。
「そう。王太子妃候補、と言っても実質は側室を取るための茶番よ。公にできないから表向き王太子妃候補となるだけ。殿下が気に入らない娘は追い出されるという話だし、それを待つのが最善かしら」
ほとんど会話もしたことのない相手に愛を向けてほしいと思うほど、メイヴィスの頭はお花畑ではない。
ただメイヴィスは、誰にも迷惑をかけずにひっそり息をしていればいいのだ。そうして、王太子と許嫁が正式に結婚するときまで耐えればいい。きっと誰もが、メイヴィスにそれを望んでいるはずだ。表に出ず、いつの間にか消えていることを。
「シャロンは何があってもメイヴィス様のおそばにいます」
「……ありがとう、シャロン」
メイヴィスを邪魔に思う者がまず手を下すなら、真っ先にシャロンが標的にされるだろう。
(何があっても、シャロンだけは守ってみせる)
たとえその背中を刺されたとしても、シャロンなら許せるから。
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