ジャンク・ボンド~気になるアイツは、強すぎてランク外になったようです~

銀崎 暁樹

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第四章 9

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屋内は本当に質素だった。



 木のテーブルと椅子が一脚、それらが真ん中に置かれる。

 奥の窓側には、木製のベッドが配置され、その上には布団の代わりに藁が敷き詰められていた。



 その他、ドア付近には自分で採ってきたのか、様々な野菜や野草、木の実などが木の弦で出来た籠一杯に入れて置いてあった。



 「……」



 ざっと室内を見回していると、彼女が「どうぞ」と椅子に座るよう促してくれたので、レーツェルはとりあえず座ることにした。



 座るのを確認すると、女はいそいそとテーブルの上に幾つかの皿を並べ始めた。いずれも木製だ。



 その皿の上に、洗ってカットされた野菜や木の実類が乗せられていく。



 つまり魚や肉は一切ないのだ。

 ちなみに、レーツェルは野菜は苦手だった。



 「どうぞ。召し上がれ」



 レーツェルが少し戸惑っていると、女が満面の笑みで迫ってきた。



 「め、し、あ、が、れ!」



 「……うむ」



 女の勢いに押され、とりあえず赤い木の実を摘んで口のなかに放り込んだ。

 思ったよりも甘い。

 これなら食べられるかもしれない。



 次は青々とした葉物野菜だ。

 鼻を近づけると、独特の青臭さが漂い、レーツェルの顔が僅かに歪んだ。

 それでも、さっきの木の実のような場合もあるし、食べなければ目の前にいる女にどんな目に合わされるかわからない。



 とりあえず、用心しながらも口に押し込めた。

 しかし、すぐさま渋面にならざるを得なかった。



 「!」



 不思議な味だった。



 最初は青菜特有の苦みが走ったが、その後酸っぱさが追いかけてきたかと思うと、最後に舌が灼けつくほどの辛さが口の中を支配したのだ。



 「み、水っ!」



 不意を突かれたレーツェルの声が、思わず裏返ってしまった。

 まるで弾かれたように立ち上がった。椅子が転がった。



 そんなレーツェルの慌てぶりに、女はケラケラと腹を抱えていたが、しばらくしてから――おかしさがこみ上げなくなるまで経ってから――ようやく水の入った木製のカップを手渡した。



 「――!」



 カップを慌てて奪い取ると、急いで口の中を濯いで胃袋の中に流しむレーツェル。



 カップが空になると同時に、脱力したように座り込み、まるで犬のように舌をだらしなく出しながら、天を仰いだ。



 そんな彼の姿を見ながら、女はケラケラと笑いながら腹を抱えていた。



 女のそんな無責任な姿に、レーツェルの怒りが爆発した。

 すぐさま立ち上がり、テーブルをひっくり返した。直後、皿や食べ物が音を立てて床に無残に散らばった。



 「俺を馬鹿にするために連れてきたのか? でなければ、肉や魚を出すんだ!」



 レーツェルの声は、家の外に聞こえるほど大きく、牧場にいるバグたちが動きを止めるほどだった。



 しかし女は、そんな彼に気後れすることもなく、むしろ笑顔から怒りの表情へと一瞬にして変化させた。



 「肉や魚ですって! 自分の欲望のために、他の命を殺めるなんて、絶対に許せません!」



 逆に女の方が、レーツェルにすごい勢いで迫ってきたのだ。



 「……」



 さっきまでの勢いはどこに行ったのか。

 今度は、レーツェルの方が女の勢いに押されて、無言で後ずさるしかできなかった。



 「私は、あなたのように命をもてあそぶ方が大嫌いです。――だから私は“ヴィーガン”になりました!」



 「ヴぃ……?」



 「完全菜食主義者のことです」



 レーツェルは聞いたこともない言葉を耳にし、“植物の命はどうでも良いのか?”とも疑問に思ったが、質問すると何倍も返って来そうだったので、結局黙るしかなかった。



 そんな彼に、女はさらに迫った。



 「――だから、あなたもヴィーガンになりなさい」



 「……い、いきなり、そんなこと言われても困る。それに俺は野菜よりも肉の方が――」



 「まだ、そのようなことを口にするのですか!」



 「まだって……」



 「懺悔なさい!」と、今度は女は窓を開け放った。



 「あの子たちに謝るのです! そして許してもらうのです!」



 彼女の言う“あの子”とは、当然バグたちのことである。



 *



 ここまでレーツェルの過去話を聞いていたユズハが、呆れたように口を開いた。



 「確かに、会話するのが疲れそうな彼女ね」



 その言葉に、レーツェルが頷いた。



 「最初は、本当に疲れた。だが、それでも俺にとっては、日常を忘れる貴重な時間だったよ」



 「日常?」



 「……俺は、元リュウランゼだった。だが、殺戮を繰り返すこの稼業が嫌になった。しかも、民衆からはいつも奇異の目で見られていいる。――死神、と」



 レーツェルの顔が、曇っていく。



 「……」



 ここにきて、初めて感情を顔に出したレーツェルを、ユズハはどういう表情で見ていればわからず、結局、物悲しそうな歪めるしかなかった。
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