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第三章 11

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一方その頃、ユズハは薄暗い室内で、気を失っていた。

 しかし、さっき――ブラウンから殴られた部屋とは違うらしい。



 気を失う寸前のことを思い出し、慌てて起き上がろうとしたが、後頭部の鈍痛が、“待った”を掛けた。



 「痛ったいじゃないの。あの男……」と、口では冗談のように呟いているが、渋面を隠しきれなかった。



 後頭部を摩りながら、片目で周囲を見てみると、今更ながら、意外と広い室内に大勢の人間がひしめき合っていることに気付いた。



 幾つかの柱には、申し訳程度の小さな松明が数本。――室内を朧気ながら照らしていた。



 そんな松明に照らされた人々の顔は、一様に暗かった。

 会話する者はほとんどいない。

 聞こえるのは、低い呻き声や泣き声ぐらいだろうか。



 人数は、数十人いや百人はいるだろうか。

 子供や老人もいる。

 いや、病人や怪我人も……。

 包帯を巻かれた者や、布切れを掛けて横になり、うなされる者もいた。



 ――まるで、奴隷船みたいね。



 「……ぁ」



 ユズハが、静かに溜息を吐いた。



 そして、隣にいた女性にふと聞いてみた。



「ここは、何処なんですか?」



 彼女の言葉に、話しかけられた女性――小さな女の子を抱えた母親らしい人物が答えてくれた。



 「ここは地下室です。あなたは、何故ここへ?」



 「あのブラウンとかいう男に殴られて――」



 「ブラウンさんが、人を殴る真似なんてしません!」



 女性の声が、突然上ずった。



 その声に、周囲の人間が一斉に振り向いた。



 皆の視線が自分に集中すると、ユズハが恥ずかしそうに「ハ、ハハハ……」と笑うしかなかった。



 そんな彼女に、さっきの母親が真剣な面持ちで、話しかけて来た。



 「……ブラウンさんは、命の恩人です。あの日、私達街の人間を、この屋敷に避難させてくれたんです」



 「あの日?」



 「実は数日前、街の裏に生えてあった大きな木が、突然暴れ出したんです」



 「木? 私はてっきり、たとえ話で地震で木が倒れたのかと思ったけど?」



 「そんなことありません。本当に暴れ出したんです」



 母親の話によると、突然地震のような地響きが街を襲ったそうだ。



 慌てて外へ出てみると、いつもは街の後ろに鎮座し、御神木のように崇めていた木が、根や枝をまるで大蛇のごとくうねらせて、住人の家や噴水、石畳の道路等、街を次々に破壊していたのだ。



 月は出ていなかったが、火災が多発し、その炎が、空だけでなく、巨木の異様な姿を照らしていたのだ。



 木は、まるで街に恨みでもあるのか、ことごとく破壊していった。

 そんな中、人間も次々に犠牲にあった。



 ふと母親が、自身の胸で眠っている子供に目を落とした。



 「この子は、自分の子供じゃないんです。実は、あまり知らない子なんですけど、親とはぐれたのか、道の真ん中で泣きじゃくっていたんです」と、まるで本当の母親のように、慈しむように微笑んだ。



 しかし、また神妙な面持ちへと戻してしまった。



 「もう、皆必死でした。必死で逃げました。でも、逃げようにも、街の外は砂漠。まるで、閉じ込められたようなものでした。――そんなとき、自分の屋敷を開放してくれたのか、ブラウンさんでした」



 「あれ? もしかして、ここってブラウンの屋敷なの?」



 「そうですよ。まさか、知らないで、ここへ来たんですか」



 「おかしいわね。じゃあ。エルザって知ってる? ここのお嬢さんって聞いたんだけど?」



 「エルザ? そんな名前聞いたことありませんけど」



 怪訝な顔をした女性の反応に、ユズハが頭を抱え出した。



 「――もう。何が何だか分かんないよ」



 その時だった。今まで固く閉ざされていた扉が、突然開かれ、黒い影が外から顔を出したのだ。



 その顔は、見覚えがあった。



 「あっ。ブラウン!」



 ユズハが、急に立ち上がり、黒い影を指さした。



 彼女の驚きの声で、みんなの視線が扉に一斉に集中した。

 それぞれの顔が、明るくなっていく。



 しかし、しばらくすると――、



 「ブラウン?」



 「あれが?」



 「あの男が?」



 などと、次々に口にした挙句、顔を曇らせていったのだ。



 一方、扉に立っていた男は一人の少女を室内に、無造作に放り込んだ。



 その少女の顔を目にすると、ユズハが再度驚きの声を上げる。



 「エルザ!」



 彼女の声に、エルザを放り込んだ男が、ようやく気付き顔をこちらに向けた。

 確かに、ユズハ達に親切にしてくれた“ブラウン”だ。――しかし、雰囲気が違う。



 鋭い眼光だ。体全体から漂う殺気だ。



 「……」



 ユズハが、その眼光に身震いしながら、しかし、床に横たわっているユズハを助けようと、じわりじわりとにじり寄っていった。



 もちろん、男の眼光から目を離さずに、だ。衝動的に目を瞑りたくなるが、それを理性で無理矢理にでも押さえこむ。



 一方男は、“まるで”執事のように、深々と頭を下げだした。



 「これはこれは。ユズハ様、何故このような場所へ?」



 「な、何よ! アンタが連れて来たクセに!」



 「はて? 私は、そのようなことはしていませんが?」



 「とぼけないでよ!」



 思わず大声を出してしまったユズハは、慌てて自分の口を塞いで、恐る恐る男の方に目をやった。



 「ほう。何か証拠でも?」



 男の方も、近付いていく。

 こちらはユズハと違い、堂々とした足取りだ。



 その足が、小さな赤ん坊の腕を踏み、鋭い泣き声が周囲に波及していった。



 その声を、男がピシャリと押さえ込む。



 「五月蝿い!」



 ブラウンが睨みつけると、母親らしき女性が、慌てて抱えて奥の方へと逃げていった。



 そのやり取りを見ていた人間達が、正体不明の恐怖に駆られ、まるで波のように奥へと押し寄せていく。



 そんななか、取り残されたのは、男と睨み合うユズハ、それに未だに気を失っているエルザだった。



 「アンタ、何者?」



 「だから、この屋敷の執事――」



 「もう芝居は良いの!」



 「……そうですね。あなたに嘘をついても仕様がないですからね。この子供を騙せれば良いんだから」



 男は視線をエルザに落としたが、すぐにユズハに戻した。



 そして口調が急に変わる。



 「ガハハハ……! そう。“ワシ”はブラウンじゃないわい!」



 「ワシ!?」



 「いやぁ。ワシも肩が凝ったわい。執事なんて、したことないもんなぁ」



 男がわざとらしく、右肩を回し始める。



 「そう。ワシはブラウンじゃないわい。ワシの名前は“ジェット”。ある方からの命により、ジャンク・ボンドを始末するよう仰せつかったのじゃ」



 「ジャンク・ボンド?」



 「何じゃ? 知らないで、一緒にいるんか?」



 「……まさか!?」



 「そう。そのためには、この子供の命を使えば、奴らは手も出せまい。ガハハハ……!」



 ジェットが、エルザに目を向けながら、豪快に笑っていた。

 丈夫そうな白い歯が印象的だった。



 そんな大きな笑い声に我慢できず、ユズハが耳を塞ぎながら、呟いた。



 「……笑いながら、手の内晒さないでよ」



 そんな彼女の態度が気に障ったのか、ジェットが急に顔を赤らめる。

 どうやら、感情の起伏が激しいらしい。



 「何じゃと!」と声を荒げながら、突然ユズハの首を掴み上げ、自身の頭より上へと持ち上げた。



 そんな光景を目の当たりにして室内にいた全員が、血相を変え、急に黙り込んだ。



 その様を見ながら、ジェットは嬉しそうに、笑い出した。



 「さあ。どんどん怖がらんかい! ――そして、“バグ化”するんじゃ!」

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