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第三章 1
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「何か、カビ臭いところね」
第一声がこれだった。
レッドの家に入って来た少女は、明らかな嫌悪を顔に表出させていた。
一〇歳に満たないだろうか。
しかしその言動は妙に大人びていた。もしかしたら、実年齢はもう少し上なのかもしれない。
出で立ちも、庶民のものとは違う。
普通なら、仕事や家事で多少なりとも汚れることを想定して、地味なものや丈夫な生地のものを選んだりするのものだ。
しかし彼女の場合は、薄いレースを使った白のワンピースだ。スカート部分には、明るい色の糸を使って、華やかな刺繍がなされ、襟や袖にはアクセントとして赤いラインが入っていた。
――貴族か?
「……」
レッドが、少女のこと白い目で見つめていた。
いつの世も、庶民は貴族を嫌うものだ。
「足が疲れたわ。何処に座れば良いの?」と言いながら、少女は家主であるレッドに確認せずに、ベッドに座った。
「……硬いわね。こんなところで寝てるの?」
――ほっとけ!
レッドが心中でツッコんだ。
ていうか、何で俺の周りはこんな女ばかり? 女難の相? 転生したいよ。まったく……。
少女の座ったベッドには、テレーゼの姿はなかった。良くみると、レッドの隣に立っている。
実はあの後、解毒剤を服用し瞬く間に回復していたのだ。
つまり、レッドが二回殴られた日から二日後――ユズハと共に“依頼主”が現れたという訳だ。
レッドが溜息を吐いてから、ようやく口を開いた。
「……で、どんな依頼だ?」
一方少女は、レッドの方を一瞥したものの、すぐにユズハのほうに視線を移した。
「誰なの。この無礼者は?」
「ぶ、無礼者!?」というレッドの声を無視し、ユズハは明らかな営業スマイルで、少女に近づいた。大袈裟に揉み手をしながら。
「すみません。“エルザ”様。この者は、底辺の生活をしているため、礼儀を知らないものでして……」
――アンタも底辺だろ!
レッドが静かな怒りを増殖させていると、刀が割り込んで来た。
「ガハハハ……! 違いねぇ。コイツに常識を求める方が無理ってもんだ」
一方エルザは、喋る刀に一瞬目を丸くしたが、すぐに表情を戻した。
「あら。この刀良い事言うわね」
「そうだろ?」
その言葉に、ユズハも相槌を打つ。
「そうですね。ハハハ……!」
――何が、“ハハハ”だよ。全く。
二人と一振りが、何故か意気投合し笑い合っている光景を、レッドは呆れながらも黙っていた。
しかしその表情は、エルザという少女の何気ない行動によって嫌悪――いや、怒りへと変えざるを得なかった。
「……何これ? 古臭い剣ね。しかも折れてる」
アイザックの剣だ。昨日救出した際、アイザックがいつものように微笑みながら、「何かお礼を」とくれた剣だった。
もちろんレッドは、丁重にお断りしたが、アイザックが、
「もう私にはいりません。これからは息子と平穏に暮らしていきます。それに今は、これしか渡せるものはありませんし、折れているとはいえ、少しはお金になるでしょうから……」
と、まるで懇願するように渡してきたので、結局受け取るしかなかった。
とはいえ、レッドにとっても大事な代物だ。他人にケチをつけられる覚えはない。
そんなことを考えているレッドを他所に、エルザが剣を振り始めた。
「こんなものを大事に取っておくなんて。やっぱり庶民の考えていることなんて分からないわ」
「や――」
――やめろ!
こう言おうとしたが、ユズハが「上手ですわ!」、また刀の「良いぞ!」というエルザをおだてるような声によって遮られてしまった。
直後、甲高い音が室内に響いた。
「あら。また折れたわ」
ただでさえ短い刀身が、レンガの壁に当たって折れ、とうとう柄だけになってしまったのだ。
急に動きを止めてしまう二人と一振り。――その後、鈍く大きな音が響いた。
レッドが怒りに任せて、拳を思いきり柱に打ち付けたのだ。
みんなの視線が、レッドに集まった。
「……さっさと帰れっ!」
痺れを切らしたレッドに対し、ユズハが慌てて近づいて耳元で囁いた。
「ちょっと! せっかくの金鶴怒らせてどうすんのよ」
しかしレッドは、聞く耳を持たない。声が怒りに任せて大きくなる。
「俺は、貴族とか金持ちとかは大嫌いなんだ! “自分ばかりが人間”っていうツラしてさ!」
自分でも信じられない程、大きな声だった。
どうやら孤児ということが、深層心理でコンプレックスになっていたらしい。――と、レッドが冷静に分析できる訳もなく、感情を抑えられずにいた。
知らないうちに呼吸が荒くなっていた。
筋肉が固くなっていた。
多分血圧も高くなっているであろう。
視界が歪んで見えた。
『……』
しばらく、そんなレッドを二人と一振りは見ているしかなかった。
時間をおいてレッドが、エルザに近づいて、怒りを隠そうと努めて抑揚のない声を発した。
「金があるんだろ? 何でわざわざ、こんな底辺に依頼してきた」
「……ないわ」
エルザの声は、消え入りそうだった。今にも泣きそうに歪んでいた。初めて年相応の顔になったように見えた。
「?」
「お金なんかないわよ! ――でも、助けて……」
エルザの顔からは、大粒の涙が流れ落ちていた。涙の粒は、彼女の小さな膝を濡らしていた。
その涙を見て、レッドが急に現実に戻され、どうして良いか分からず、あたふたしてしまった。
――お、俺が悪いのか!?
レッドは女の涙に弱かった。
「分かった! 分かったから、まずは依頼内容を……」
「ホント?」エルザの顔が上がり、レッドを見上げた。
その顔をまともに見れず、レッドが視線を逸した。
「ホ、ホントだ!」何故か顔が赤かった。
エルザは、その赤面を見ると、涙で濡れた口元を綻ばせた。――右手が小さくガッツポーズしていたのに、レッドは気付かなかったようだが……。
そして、ようやく依頼内容を語ってくれた。
第一声がこれだった。
レッドの家に入って来た少女は、明らかな嫌悪を顔に表出させていた。
一〇歳に満たないだろうか。
しかしその言動は妙に大人びていた。もしかしたら、実年齢はもう少し上なのかもしれない。
出で立ちも、庶民のものとは違う。
普通なら、仕事や家事で多少なりとも汚れることを想定して、地味なものや丈夫な生地のものを選んだりするのものだ。
しかし彼女の場合は、薄いレースを使った白のワンピースだ。スカート部分には、明るい色の糸を使って、華やかな刺繍がなされ、襟や袖にはアクセントとして赤いラインが入っていた。
――貴族か?
「……」
レッドが、少女のこと白い目で見つめていた。
いつの世も、庶民は貴族を嫌うものだ。
「足が疲れたわ。何処に座れば良いの?」と言いながら、少女は家主であるレッドに確認せずに、ベッドに座った。
「……硬いわね。こんなところで寝てるの?」
――ほっとけ!
レッドが心中でツッコんだ。
ていうか、何で俺の周りはこんな女ばかり? 女難の相? 転生したいよ。まったく……。
少女の座ったベッドには、テレーゼの姿はなかった。良くみると、レッドの隣に立っている。
実はあの後、解毒剤を服用し瞬く間に回復していたのだ。
つまり、レッドが二回殴られた日から二日後――ユズハと共に“依頼主”が現れたという訳だ。
レッドが溜息を吐いてから、ようやく口を開いた。
「……で、どんな依頼だ?」
一方少女は、レッドの方を一瞥したものの、すぐにユズハのほうに視線を移した。
「誰なの。この無礼者は?」
「ぶ、無礼者!?」というレッドの声を無視し、ユズハは明らかな営業スマイルで、少女に近づいた。大袈裟に揉み手をしながら。
「すみません。“エルザ”様。この者は、底辺の生活をしているため、礼儀を知らないものでして……」
――アンタも底辺だろ!
レッドが静かな怒りを増殖させていると、刀が割り込んで来た。
「ガハハハ……! 違いねぇ。コイツに常識を求める方が無理ってもんだ」
一方エルザは、喋る刀に一瞬目を丸くしたが、すぐに表情を戻した。
「あら。この刀良い事言うわね」
「そうだろ?」
その言葉に、ユズハも相槌を打つ。
「そうですね。ハハハ……!」
――何が、“ハハハ”だよ。全く。
二人と一振りが、何故か意気投合し笑い合っている光景を、レッドは呆れながらも黙っていた。
しかしその表情は、エルザという少女の何気ない行動によって嫌悪――いや、怒りへと変えざるを得なかった。
「……何これ? 古臭い剣ね。しかも折れてる」
アイザックの剣だ。昨日救出した際、アイザックがいつものように微笑みながら、「何かお礼を」とくれた剣だった。
もちろんレッドは、丁重にお断りしたが、アイザックが、
「もう私にはいりません。これからは息子と平穏に暮らしていきます。それに今は、これしか渡せるものはありませんし、折れているとはいえ、少しはお金になるでしょうから……」
と、まるで懇願するように渡してきたので、結局受け取るしかなかった。
とはいえ、レッドにとっても大事な代物だ。他人にケチをつけられる覚えはない。
そんなことを考えているレッドを他所に、エルザが剣を振り始めた。
「こんなものを大事に取っておくなんて。やっぱり庶民の考えていることなんて分からないわ」
「や――」
――やめろ!
こう言おうとしたが、ユズハが「上手ですわ!」、また刀の「良いぞ!」というエルザをおだてるような声によって遮られてしまった。
直後、甲高い音が室内に響いた。
「あら。また折れたわ」
ただでさえ短い刀身が、レンガの壁に当たって折れ、とうとう柄だけになってしまったのだ。
急に動きを止めてしまう二人と一振り。――その後、鈍く大きな音が響いた。
レッドが怒りに任せて、拳を思いきり柱に打ち付けたのだ。
みんなの視線が、レッドに集まった。
「……さっさと帰れっ!」
痺れを切らしたレッドに対し、ユズハが慌てて近づいて耳元で囁いた。
「ちょっと! せっかくの金鶴怒らせてどうすんのよ」
しかしレッドは、聞く耳を持たない。声が怒りに任せて大きくなる。
「俺は、貴族とか金持ちとかは大嫌いなんだ! “自分ばかりが人間”っていうツラしてさ!」
自分でも信じられない程、大きな声だった。
どうやら孤児ということが、深層心理でコンプレックスになっていたらしい。――と、レッドが冷静に分析できる訳もなく、感情を抑えられずにいた。
知らないうちに呼吸が荒くなっていた。
筋肉が固くなっていた。
多分血圧も高くなっているであろう。
視界が歪んで見えた。
『……』
しばらく、そんなレッドを二人と一振りは見ているしかなかった。
時間をおいてレッドが、エルザに近づいて、怒りを隠そうと努めて抑揚のない声を発した。
「金があるんだろ? 何でわざわざ、こんな底辺に依頼してきた」
「……ないわ」
エルザの声は、消え入りそうだった。今にも泣きそうに歪んでいた。初めて年相応の顔になったように見えた。
「?」
「お金なんかないわよ! ――でも、助けて……」
エルザの顔からは、大粒の涙が流れ落ちていた。涙の粒は、彼女の小さな膝を濡らしていた。
その涙を見て、レッドが急に現実に戻され、どうして良いか分からず、あたふたしてしまった。
――お、俺が悪いのか!?
レッドは女の涙に弱かった。
「分かった! 分かったから、まずは依頼内容を……」
「ホント?」エルザの顔が上がり、レッドを見上げた。
その顔をまともに見れず、レッドが視線を逸した。
「ホ、ホントだ!」何故か顔が赤かった。
エルザは、その赤面を見ると、涙で濡れた口元を綻ばせた。――右手が小さくガッツポーズしていたのに、レッドは気付かなかったようだが……。
そして、ようやく依頼内容を語ってくれた。
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