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第二章 19
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「……」
直後、腹からの大量の出血を伴って、アイザックの膝が折れて、無造作に転がってしまった。
「と、父ちゃん……!」
そんな父親の姿を見せつけられ、悲鳴にも似た声を喉から絞り出すライナス。足が自然と駆け寄ろうと、バタつかせていた。
しかしテレーゼに抱えられて、飛び出すことは叶わなかった。
それでも、「離せよ!」とジタバタともがくライナス。
そんなライナスの代わりに、テレーゼが飛び出した。泣きべそをかく彼を、レッドに預けて。
一方ライナスは、レッドの腕の中でも、暴れていた。
「こら。静かにしろ!」というレッドに対して、ライナスの怒りが爆発した。
「何で、黙って連れて行った!」
「何でって……」
「何で、姉ちゃんたちを連れて行かなかった! ――見てよ。父ちゃん死にかけてるだろ!」
「……」
ライナスの指摘に、レッドは何かを言おうとしたが、終いには声にすらできず、唇を震わせているしかなかった。
ライナスの指摘通り、変に気を使って、テレーゼたちを連れて行かなかったのは事実だからだ……。
他方、その頃テレーゼは、アイザックに刺さっていた顎を叩き切っていた。その反動で、カマキリが弾き飛ばされた。
刀が「おい。しっかりしろ!」と声をかけるも、当のアイッザクは黙って天を仰いでいるしかできなかった。
そんなアイザックを心配していた砕封魔とテレーゼの背後に向かって、カマキリが空中を滑空して突っ込んできた。
しかしそんな化物に気づいていた刀は、振り向くことすらせず、刃を背後に滑り込ませた。刹那、化物の断末魔の叫びが聞こえた。
刀の「やかましいんだよ」という言葉を掻き消すように、轟音を立てながらカマキリが真っ二つになって地面に倒れてしまった。
それを見届けるでもなく、テレーゼやレッド達がアイザックに慌てて駆け寄った。もはや、虫の息だ。
「父ちゃん……」
泣きじゃくるライナスの涙が、アイザックの頬を濡らしていく。
一方アイザックは、なぜか穏やかな表情をしていた。
「……め、面目ない……」
父の言葉を、ライナスは首を精一杯振りながら否定した。
「面目なくなんかないよ。――格好良いよ!」
その言葉に静かに笑みを浮かべるアイザック。……いや、そっと瞼を閉じてしまった。
その姿を目にしてしまったライナスは、思わず息を飲んでしまった。しかし、喉の奥では我慢できない感情が燻っていたのか、徐々にその波打つ動きが大きくなっていく。そして、悲痛な叫び声が周囲に響いた。
「と、父ちゃぁぁぁん……!」
直後、洞窟が音を立てて崩壊を始めていった。瓦礫の雨が降り注ぎ、地面が歪に割れていく。地響きとともに、その体が計り知れない暴力に晒され、五感や三半規管などが狂わされる。
ただ一つ、わかっていることがある。
逃げなければ死ぬということだ。
茫然自失のライナスを、テレーゼが抱きかかえながら来た道を戻っていく。
「は、離せよ!」というライナスの言霊が、横たわったまま動かなくなった父親から遠ざかっていく。
*
テレーゼとライナスは、洞窟から何とか脱出に成功していた。
陽を浴びながら、本来なら生存の喜びを噛み締めて実感しているはずなのに、ライナスはただ呆然と原型をとどめていないほど崩れた洞窟を見つめていた。
「……」
よく見ると、ライナスの体が震えている。それは絶望か、悲しみか怒りか、それとも自分の無力さか……。
もう、自分で自分がわからなくなっていた。感情や思考が、自分とは違うところで、絡み合っては解けてを繰り返し、どのタイミングで体に表出するのか把握できなくなっていた。だからなのか、涙は出なかった。
それでも、そんな頭でもわかっていることが一つある。――それは、父が死んでしまったことだ。もういないのだ。
「……」
悔しさに力一杯歯を食いしばったり、拳を硬くしようとしたが、不思議と力が入らなかった。それより虚脱感というか、脱力感の方が強かった。まるで感情が抜け落ちたかのようだった。
――俺が、リュウランゼになって欲しいって言わなきゃ。こんなことには……。
そんな言霊だけが、脳内をグルグルと回り続けていた。
「……何だ。後悔してんのか?」
まるで闇に沈んでいる気分に陥っていたライナスの耳に、ある声が滑り込んだ。
振り返らなくてもわかる。砕封魔だ。別に、ライナスを元気づけようとしている訳でないようだ。ただ純粋に、疑問を口にしただけのようだった。
しかしその言葉が、なぜかライナスの中の闇を払っていく。
――そうか。後悔していたんだ。
おかげで自分を客観視できた。そのためか、心がわずかに軽くなったような気がした。
「……」
ライナスが、わずかに頷いた。
突然、砕封魔が笑った。
「ハハッ! これだから人間ってのは、わからねぇ。――いいか? 自分が他人に与えることができる影響なんて、微々たるもんなんだよ」
刀の言葉に、ライナスは「でも」と反論しようとしたが、結局相手の言葉に遮られてしまった。
「――でも、まぁ。その微々たるもので、人の生き様って変えられるのかもしれねぇな」
ふと、瓦礫で埋まった洞窟の入口に目が移った。
「……?」
何かが動いている。しかも、こちらに近づいてきているではないか。
見覚えのあるシルエットだった。
「……いまさら泣くんじゃねぇよ。だったら、最後まで責任持てよ。――“アイツ”の生き様を」
そのシルエットが、ようやく視認できる距離までやってきた。
急に、どこかに置き去りにしたと思っていた感情が溢れ、目に熱いものが込み上げてきてしまった。
「と、父ちゃん!」
本能で叫んでいた。本能で走っていた。
レッドから抱えられながらも、辛うじて歩みを進めるアイザックに向かって――。
「ハァ。ハァ。ハァ……」
一方自分の命を顧みず、それでも瀕死のアイザックを抱えて何とか脱出できたレッドの膝は限界を迎えていた。不意に折れてしまったのだ。
それは脱出したという解放感からか、それともアイザックを救出できたという満足感からか、それとも駆け寄る子供の泣きじゃくる顔のせいなのか――。体中の力が一気に抜け落ちてしまった。
思わず地面に倒れてしまったレッドに対し、砕封魔は小馬鹿にしたように笑ってみせた。
「ふん。主体性、ね」
直後、腹からの大量の出血を伴って、アイザックの膝が折れて、無造作に転がってしまった。
「と、父ちゃん……!」
そんな父親の姿を見せつけられ、悲鳴にも似た声を喉から絞り出すライナス。足が自然と駆け寄ろうと、バタつかせていた。
しかしテレーゼに抱えられて、飛び出すことは叶わなかった。
それでも、「離せよ!」とジタバタともがくライナス。
そんなライナスの代わりに、テレーゼが飛び出した。泣きべそをかく彼を、レッドに預けて。
一方ライナスは、レッドの腕の中でも、暴れていた。
「こら。静かにしろ!」というレッドに対して、ライナスの怒りが爆発した。
「何で、黙って連れて行った!」
「何でって……」
「何で、姉ちゃんたちを連れて行かなかった! ――見てよ。父ちゃん死にかけてるだろ!」
「……」
ライナスの指摘に、レッドは何かを言おうとしたが、終いには声にすらできず、唇を震わせているしかなかった。
ライナスの指摘通り、変に気を使って、テレーゼたちを連れて行かなかったのは事実だからだ……。
他方、その頃テレーゼは、アイザックに刺さっていた顎を叩き切っていた。その反動で、カマキリが弾き飛ばされた。
刀が「おい。しっかりしろ!」と声をかけるも、当のアイッザクは黙って天を仰いでいるしかできなかった。
そんなアイザックを心配していた砕封魔とテレーゼの背後に向かって、カマキリが空中を滑空して突っ込んできた。
しかしそんな化物に気づいていた刀は、振り向くことすらせず、刃を背後に滑り込ませた。刹那、化物の断末魔の叫びが聞こえた。
刀の「やかましいんだよ」という言葉を掻き消すように、轟音を立てながらカマキリが真っ二つになって地面に倒れてしまった。
それを見届けるでもなく、テレーゼやレッド達がアイザックに慌てて駆け寄った。もはや、虫の息だ。
「父ちゃん……」
泣きじゃくるライナスの涙が、アイザックの頬を濡らしていく。
一方アイザックは、なぜか穏やかな表情をしていた。
「……め、面目ない……」
父の言葉を、ライナスは首を精一杯振りながら否定した。
「面目なくなんかないよ。――格好良いよ!」
その言葉に静かに笑みを浮かべるアイザック。……いや、そっと瞼を閉じてしまった。
その姿を目にしてしまったライナスは、思わず息を飲んでしまった。しかし、喉の奥では我慢できない感情が燻っていたのか、徐々にその波打つ動きが大きくなっていく。そして、悲痛な叫び声が周囲に響いた。
「と、父ちゃぁぁぁん……!」
直後、洞窟が音を立てて崩壊を始めていった。瓦礫の雨が降り注ぎ、地面が歪に割れていく。地響きとともに、その体が計り知れない暴力に晒され、五感や三半規管などが狂わされる。
ただ一つ、わかっていることがある。
逃げなければ死ぬということだ。
茫然自失のライナスを、テレーゼが抱きかかえながら来た道を戻っていく。
「は、離せよ!」というライナスの言霊が、横たわったまま動かなくなった父親から遠ざかっていく。
*
テレーゼとライナスは、洞窟から何とか脱出に成功していた。
陽を浴びながら、本来なら生存の喜びを噛み締めて実感しているはずなのに、ライナスはただ呆然と原型をとどめていないほど崩れた洞窟を見つめていた。
「……」
よく見ると、ライナスの体が震えている。それは絶望か、悲しみか怒りか、それとも自分の無力さか……。
もう、自分で自分がわからなくなっていた。感情や思考が、自分とは違うところで、絡み合っては解けてを繰り返し、どのタイミングで体に表出するのか把握できなくなっていた。だからなのか、涙は出なかった。
それでも、そんな頭でもわかっていることが一つある。――それは、父が死んでしまったことだ。もういないのだ。
「……」
悔しさに力一杯歯を食いしばったり、拳を硬くしようとしたが、不思議と力が入らなかった。それより虚脱感というか、脱力感の方が強かった。まるで感情が抜け落ちたかのようだった。
――俺が、リュウランゼになって欲しいって言わなきゃ。こんなことには……。
そんな言霊だけが、脳内をグルグルと回り続けていた。
「……何だ。後悔してんのか?」
まるで闇に沈んでいる気分に陥っていたライナスの耳に、ある声が滑り込んだ。
振り返らなくてもわかる。砕封魔だ。別に、ライナスを元気づけようとしている訳でないようだ。ただ純粋に、疑問を口にしただけのようだった。
しかしその言葉が、なぜかライナスの中の闇を払っていく。
――そうか。後悔していたんだ。
おかげで自分を客観視できた。そのためか、心がわずかに軽くなったような気がした。
「……」
ライナスが、わずかに頷いた。
突然、砕封魔が笑った。
「ハハッ! これだから人間ってのは、わからねぇ。――いいか? 自分が他人に与えることができる影響なんて、微々たるもんなんだよ」
刀の言葉に、ライナスは「でも」と反論しようとしたが、結局相手の言葉に遮られてしまった。
「――でも、まぁ。その微々たるもので、人の生き様って変えられるのかもしれねぇな」
ふと、瓦礫で埋まった洞窟の入口に目が移った。
「……?」
何かが動いている。しかも、こちらに近づいてきているではないか。
見覚えのあるシルエットだった。
「……いまさら泣くんじゃねぇよ。だったら、最後まで責任持てよ。――“アイツ”の生き様を」
そのシルエットが、ようやく視認できる距離までやってきた。
急に、どこかに置き去りにしたと思っていた感情が溢れ、目に熱いものが込み上げてきてしまった。
「と、父ちゃん!」
本能で叫んでいた。本能で走っていた。
レッドから抱えられながらも、辛うじて歩みを進めるアイザックに向かって――。
「ハァ。ハァ。ハァ……」
一方自分の命を顧みず、それでも瀕死のアイザックを抱えて何とか脱出できたレッドの膝は限界を迎えていた。不意に折れてしまったのだ。
それは脱出したという解放感からか、それともアイザックを救出できたという満足感からか、それとも駆け寄る子供の泣きじゃくる顔のせいなのか――。体中の力が一気に抜け落ちてしまった。
思わず地面に倒れてしまったレッドに対し、砕封魔は小馬鹿にしたように笑ってみせた。
「ふん。主体性、ね」
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