25 / 67
第二章 17
しおりを挟む
しばらく歩くと、水が流れているところとは別に、人が歩けそうな岩場が出てきた。
そろそろ、水温で体が冷え切って限界が近づいていたので、本当にありがたかった。
とりあえず岩場に上がり、上着を絞る。
その後、乾いた苔を集めて、松明の火を移した。
湿気で燃えるかどうか心配だったが、なんとか着火できたので、緊張の糸が少し解れた。
その小さな火を、三人は囲んで必死に体を温めた。
しかし、それだけでは熱が足りず、互いの体温と体をこすり合わせる摩擦熱も合わせて、温めあった。
「……酒臭い」
「うるせぇ」
上半身裸の男三人が、抱き合っている姿は、奇妙というか滑稽というか……。子供には見せられない光景だった。
――ライナスがいなくてよかった。
アイザックが心の底から涙を流して喜んでいた。
三者三様が、生きていることを実感し、喜びに浸っていた。
普段は何気なく呼吸し、食事をし、睡眠をとっているが、そんな生活がこれほど幸せだったとは……。
などと、珍しく物思いに耽っていると、何かが、そんな思考という名の陽光を一瞬にして消し去った。
さきほどの獣の咆哮のような声が聞こえたのだ。
『!』
三人の体が弾かれたように硬直した。
咆哮は、岩場の向こうから聞こえた。もしかしたらバグなのかもしれない。
忘れていたが、レッドたちはバグを退治にきたのだ。現実に一気に引き戻されてしまった。
「……」
レッドが、大げさに唾を呑み込んだ。
三人は慌てて上着を着直して、哮りの聞こえる方へと恐る恐る歩みを進めた。
奥はやはり光源など一つもなく、そのためか全身に纏わりつく空気は、気色の悪い湿気を孕んでいた。
だが、こちらに何かがいるのは間違いない。
地面に転がる動物の死骸が大きいものへと変化し、しかも新しいものが増えていったのだ。
これは、何かが成長しながら、奥へ移動している証拠でもあった。
「!」
しばらく、暗いところを歩いてきたせいか、突然の光に目が射抜かれたときは、あまりの痛みに驚きを禁じ得なかった。
だが、痛みに負けて瞼を閉じるわけにはいかなかった。
なぜなら、閉じようとした瞬間、なにか不思議な光景が映り込んできたのだ。
痛みに慣れると、少しずつ状況が呑み込めてきた。
どうやら、開けた空間に辿り着いたらしい。
それだけではなく、頭上にはギラギラと照りつける太陽が、こちらを睨みつけているではないか。
そんな陽光に照らされて、周囲の岩壁が鈍く黒く反射していた。高さは二メートル、広さは五メートルほどだろうか。
それなのに、なぜか圧迫感があった。
空間の真ん中に、大きな“なにか”が鎮座していたのだ。
バグではない。だが、いびつな球体をしている。
「卵……?」
最初に口を開いたのは、レッドだった。
確かに、卵のようにも見える。
薄い黄色のような、いやそれよりも白に近いような物体が、地から伸びた剣のような鋭い岩に突き刺さっていたのだ。
そんな、まるで抽象画のような景色を前にして、レッドとリュウランゼは呆然と口を開けているしかなかった。
抽象画の作者の意図を汲み取ることができず、思案を放棄した二人の横で、アイザックだけは静かにその身を震わせていた。
彼の目は、卵から離すことができずに――。いや、逆に睨みつけていた。
「カ、カマキリ……」
自身の口から飛び出た言霊なのに、信じられないとでもいうように、感情の高ぶりのあまり唇から血が垂れていた。
その目には、驚きと恐怖の色が滲み出ていた。
よく見ると、その物体からは、さまざまなものが飛び出していた。
まるで“戦利品”のようだった。
たぶん、さっき地面に転がっていた亡骸たちの所持品も含まれているのだろう。
靴やら着物やら、骨やら木やら……。――そして、アイザックの家に伝わる先祖伝来の剣も刺さっていた。
これでもか。と、でもいうほど“証拠”が揃っていた。
もう、疑う余地など残されていなかった。
――こ、こんな形で出会うとは……。
「……」
その目からは、驚きと恐怖が消え失せていた。代わりに現れたのは、覚悟の色だった。
――アイツがいる……!
そんなアイザックの隣で、リュウランゼが薄っすらと歯を覗かせた。
「へぇ。これがバグの卵だとすると、なかに子供がいるのかな? ――畜生どころか、化物にも家族あり、ってか」
その言葉を口にしたリュウランゼの胸倉を、誰かが唐突に掴み上げた。
無防備だったリュウランゼの上半身が、暴力的に揺さぶられた。「イテテテ……。何するんだよ」
アイザックだ。
覚悟の色をした目なのに、なぜか悔し涙が溢れて、止まらなくなっていた。
「家族だとっ! コイツに俺は家族を……大事な家族を殺されたんだぞぉ……!」
涙声のアイザックの魂の叫びが、まるで噴火したマグマのごとく、喉から絞り出された。
感情のマグマが、空間にいびつに反響してしまった。
その声が、言霊が、“ヤツ”を呼び寄せてしまった。
あの咆哮が、こちらに向かってきていた――。
そろそろ、水温で体が冷え切って限界が近づいていたので、本当にありがたかった。
とりあえず岩場に上がり、上着を絞る。
その後、乾いた苔を集めて、松明の火を移した。
湿気で燃えるかどうか心配だったが、なんとか着火できたので、緊張の糸が少し解れた。
その小さな火を、三人は囲んで必死に体を温めた。
しかし、それだけでは熱が足りず、互いの体温と体をこすり合わせる摩擦熱も合わせて、温めあった。
「……酒臭い」
「うるせぇ」
上半身裸の男三人が、抱き合っている姿は、奇妙というか滑稽というか……。子供には見せられない光景だった。
――ライナスがいなくてよかった。
アイザックが心の底から涙を流して喜んでいた。
三者三様が、生きていることを実感し、喜びに浸っていた。
普段は何気なく呼吸し、食事をし、睡眠をとっているが、そんな生活がこれほど幸せだったとは……。
などと、珍しく物思いに耽っていると、何かが、そんな思考という名の陽光を一瞬にして消し去った。
さきほどの獣の咆哮のような声が聞こえたのだ。
『!』
三人の体が弾かれたように硬直した。
咆哮は、岩場の向こうから聞こえた。もしかしたらバグなのかもしれない。
忘れていたが、レッドたちはバグを退治にきたのだ。現実に一気に引き戻されてしまった。
「……」
レッドが、大げさに唾を呑み込んだ。
三人は慌てて上着を着直して、哮りの聞こえる方へと恐る恐る歩みを進めた。
奥はやはり光源など一つもなく、そのためか全身に纏わりつく空気は、気色の悪い湿気を孕んでいた。
だが、こちらに何かがいるのは間違いない。
地面に転がる動物の死骸が大きいものへと変化し、しかも新しいものが増えていったのだ。
これは、何かが成長しながら、奥へ移動している証拠でもあった。
「!」
しばらく、暗いところを歩いてきたせいか、突然の光に目が射抜かれたときは、あまりの痛みに驚きを禁じ得なかった。
だが、痛みに負けて瞼を閉じるわけにはいかなかった。
なぜなら、閉じようとした瞬間、なにか不思議な光景が映り込んできたのだ。
痛みに慣れると、少しずつ状況が呑み込めてきた。
どうやら、開けた空間に辿り着いたらしい。
それだけではなく、頭上にはギラギラと照りつける太陽が、こちらを睨みつけているではないか。
そんな陽光に照らされて、周囲の岩壁が鈍く黒く反射していた。高さは二メートル、広さは五メートルほどだろうか。
それなのに、なぜか圧迫感があった。
空間の真ん中に、大きな“なにか”が鎮座していたのだ。
バグではない。だが、いびつな球体をしている。
「卵……?」
最初に口を開いたのは、レッドだった。
確かに、卵のようにも見える。
薄い黄色のような、いやそれよりも白に近いような物体が、地から伸びた剣のような鋭い岩に突き刺さっていたのだ。
そんな、まるで抽象画のような景色を前にして、レッドとリュウランゼは呆然と口を開けているしかなかった。
抽象画の作者の意図を汲み取ることができず、思案を放棄した二人の横で、アイザックだけは静かにその身を震わせていた。
彼の目は、卵から離すことができずに――。いや、逆に睨みつけていた。
「カ、カマキリ……」
自身の口から飛び出た言霊なのに、信じられないとでもいうように、感情の高ぶりのあまり唇から血が垂れていた。
その目には、驚きと恐怖の色が滲み出ていた。
よく見ると、その物体からは、さまざまなものが飛び出していた。
まるで“戦利品”のようだった。
たぶん、さっき地面に転がっていた亡骸たちの所持品も含まれているのだろう。
靴やら着物やら、骨やら木やら……。――そして、アイザックの家に伝わる先祖伝来の剣も刺さっていた。
これでもか。と、でもいうほど“証拠”が揃っていた。
もう、疑う余地など残されていなかった。
――こ、こんな形で出会うとは……。
「……」
その目からは、驚きと恐怖が消え失せていた。代わりに現れたのは、覚悟の色だった。
――アイツがいる……!
そんなアイザックの隣で、リュウランゼが薄っすらと歯を覗かせた。
「へぇ。これがバグの卵だとすると、なかに子供がいるのかな? ――畜生どころか、化物にも家族あり、ってか」
その言葉を口にしたリュウランゼの胸倉を、誰かが唐突に掴み上げた。
無防備だったリュウランゼの上半身が、暴力的に揺さぶられた。「イテテテ……。何するんだよ」
アイザックだ。
覚悟の色をした目なのに、なぜか悔し涙が溢れて、止まらなくなっていた。
「家族だとっ! コイツに俺は家族を……大事な家族を殺されたんだぞぉ……!」
涙声のアイザックの魂の叫びが、まるで噴火したマグマのごとく、喉から絞り出された。
感情のマグマが、空間にいびつに反響してしまった。
その声が、言霊が、“ヤツ”を呼び寄せてしまった。
あの咆哮が、こちらに向かってきていた――。
0
お気に入りに追加
31
あなたにおすすめの小説

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
スキルが【アイテムボックス】だけってどうなのよ?
山ノ内虎之助
ファンタジー
高校生宮原幸也は転生者である。
2度目の人生を目立たぬよう生きてきた幸也だが、ある日クラスメイト15人と一緒に異世界に転移されてしまう。
異世界で与えられたスキルは【アイテムボックス】のみ。
唯一のスキルを創意工夫しながら異世界を生き抜いていく。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

Link's
黒砂糖デニーロ
ファンタジー
この世界には二つの存在がいる。
人類に仇なす不死の生物、"魔属”
そして魔属を殺せる唯一の異能者、"勇者”
人類と魔族の戦いはすでに千年もの間、続いている――
アオイ・イリスは人類の脅威と戦う勇者である。幼馴染のレン・シュミットはそんな彼女を聖剣鍛冶師として支える。
ある日、勇者連続失踪の調査を依頼されたアオイたち。ただの調査のはずが、都市存亡の戦いと、その影に蠢く陰謀に巻き込まれることに。
やがてそれは、世界の命運を分かつ事態に――
猪突猛進型少女の勇者と、気苦労耐えない幼馴染が繰り広げる怒涛のバトルアクション!
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜
𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。
だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。
「もっと早く癒せよ! このグズが!」
「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」
「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」
また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、
「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」
「チッ。あの能無しのせいで……」
頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。
もう我慢ならない!
聖女さんは、とうとう怒った。
白い結婚三年目。つまり離縁できるまで、あと七日ですわ旦那様。
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
異世界に転生したフランカは公爵夫人として暮らしてきたが、前世から叶えたい夢があった。パティシエールになる。その夢を叶えようと夫である王国財務総括大臣ドミニクに相談するも答えはノー。夫婦らしい交流も、信頼もない中、三年の月日が近づき──フランカは賭に出る。白い結婚三年目で離縁できる条件を満たしていると迫り、夢を叶えられないのなら離縁すると宣言。そこから公爵家一同でフランカに考え直すように動き、ドミニクと話し合いの機会を得るのだがこの夫、山のように隠し事はあった。
無言で睨む夫だが、心の中は──。
【詰んだああああああああああ! もうチェックメイトじゃないか!? 情状酌量の余地はないと!? ああ、どうにかして侍女の準備を阻まなければ! いやそれでは根本的な解決にならない! だいたいなぜ後妻? そんな者はいないのに……。ど、どどどどどうしよう。いなくなるって聞いただけで悲しい。死にたい……うう】
4万文字ぐらいの中編になります。
※小説なろう、エブリスタに記載してます

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる