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第二章 10
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確かに、受付の言う通りだった。
アイザックの体は満身創痍。マシンの規格外の拳を、身をもって受け止めたのだ。
肋骨は間違いなく折れているだろうし、出血も相当なものだろう。内臓だって、どのくらいの損傷を受けているのかも分からない。
意識を保っていることすら、奇跡に等しかった。
こんな状態では、しばらく日常生活にも支障を来すだろう。
表向きは、そうなのだが――。
少年が涙を拭きながら、受付に楯突いた。
「こんな大袈裟なテストをするからだろ!」
しかし受付の表情には感情が宿ることはなかった。そればかりか、冷たく言い放った。
「バグの恐ろしさは、こんなものではありません。――甘く見ないでください」
その言葉に、少年は悔しさのあまり、黙って唇を噛んでいることしかできなかった。
幼いながらも、大人の理屈で来られてしまえば、何を言っても無駄だということを知っていたからだ。
だから何も言えなかった。言えなかったが、感情は抑えることはできない。――結局、食い縛った唇からは、嗚咽にも似た泣き声が漏れてしまった……。
「……」
そんな少年を、受付はどんな顔でみれば良いか分からなかった。
だが、分かっていることが一つだけある。
この少年のために、陰で父親を助けた人物がいたことを――。
受付の視線が、瓦礫からアイザックを引きずり出そうとするレッドに向けられた。
実は、レッドがマシンを止めたことによって、アイザックの怪我が軽く済んでいたことを知っていたのだ。
それなのに何故、受付は次のテストへ進ませないのか。
リュウランゼの仕事が、いかに危険であるか知っているからだ。だからこそ、少年のためにも失格するしかなかった……。
もしレッドが邪魔しなくても、気付かれないようにスイッチを切るつもりだった。
ただ、それだと感づかれるかもしれない。そのため、わざわざ天井と床の一部に壊れやすいように細工をし、マシンで狙ったのだ。
そんな受付の思惑など、知る由のないアイザックは、レッドと少年によって両脇を抱えられながら出入口に消えていった。
「……」
この仕事をして、一体何人の人間がリュウランゼに志願し、そして何人が帰ってこなかったか。
全員とは言わないまでも、少なくとも家族のいる者を死地へ送りたくはない。
「……これで良いんだ」まるで自分に言い聞かせるように呟いた。
そして、レッド達と同様に出入り口を潜り、受付台へと戻った。
「この偽善者!」
アイザックの顔が、いきなり迫ってきた。
「!」
さすがの受付も、驚かざるを得なかった。
心臓が止まりそうだ。いや、もしかして止まってる?
息を荒くしながら、思わず胸に手を当てて確認してしまった。うん。動いている。
そんな受付に向かって、アイザックは受付台に全体重を掛けながら、両の掌で叩き、威嚇した。
思ったより、乾いた音が大きく響き、さっきの“テスト”という名の騒動に逃げ惑う人達の足を止めてしまった。
一方、受付はビクッと体を硬直させた。今度こそ心臓が止まりそうだ。
「あまり、私を馬鹿にしないでいただきたい!」
鬼の形相のアイザックに、受付が小さく「な、なんですか?」としか答えられなかった。
「あなた。私に手加減しましたね!」
その言葉に、受付の目が思わず泳いでしまう。
「ほら。やっぱり、目が泳いでいますよ!」
アイザックの圧に押される受付。――しかし、このまま黙っている訳にはいかない。
何か言わないと……。
悩んだ挙句に、ある言葉が零れてしまった。
「……面目ない」
『…………』
向き合う二人。しかし、互いの表情は両極端だった。
滝のような冷や汗の受付と、烈火のごとく顔を紅潮させる父親が対峙していた。
それでも共通して堆積していく沈黙。時間とともに、肺から酸素が絞り出されていく。
そんな二人の間に、慌てたレッドが割って入った。
「ちょっと待ってください。手加減て何のことですか?」
「あなたもグルだったのですね!」
アイザックが、今度はレッドに怒りを向けた。
「何の話ですか?」
「私に隠れて、パイプを切りましたね!」
その言葉に、レッドの目が泳いでしまった。
「ほら。目が泳いでいますよ!」
「……面目ない」
思わず謝ってしまったレッド。
そんな彼に、自分を重ねてしまったのか、それともアイザックには何を言っても無駄だと観念したのか、受付が大きな溜息を吐いて、二人に視線を向けた。
その目には、諦観が宿っていた。
「……分かりました。では、次のテストに移りましょう」
アイザックが目を輝かせながら、「で、では!」と、受付の首を揺さぶった。
受付の首が、暴力的に前後に振られた。
「つ、次のテストは――」受付の言葉もシェイクされる。
「次のテストは、実際に他のリュウランゼと一緒に、バグ退治に行ってもらいます。そして、帰ってこられたら――合格とします」
「つまり?」
「まずは見届人として、です」
「…………」
目を輝かせるアイザックを、少年は黙って見ているしかできなかった。できなかったが、なぜか、その表情は心なしか切なそうにしていた。
アイザックの体は満身創痍。マシンの規格外の拳を、身をもって受け止めたのだ。
肋骨は間違いなく折れているだろうし、出血も相当なものだろう。内臓だって、どのくらいの損傷を受けているのかも分からない。
意識を保っていることすら、奇跡に等しかった。
こんな状態では、しばらく日常生活にも支障を来すだろう。
表向きは、そうなのだが――。
少年が涙を拭きながら、受付に楯突いた。
「こんな大袈裟なテストをするからだろ!」
しかし受付の表情には感情が宿ることはなかった。そればかりか、冷たく言い放った。
「バグの恐ろしさは、こんなものではありません。――甘く見ないでください」
その言葉に、少年は悔しさのあまり、黙って唇を噛んでいることしかできなかった。
幼いながらも、大人の理屈で来られてしまえば、何を言っても無駄だということを知っていたからだ。
だから何も言えなかった。言えなかったが、感情は抑えることはできない。――結局、食い縛った唇からは、嗚咽にも似た泣き声が漏れてしまった……。
「……」
そんな少年を、受付はどんな顔でみれば良いか分からなかった。
だが、分かっていることが一つだけある。
この少年のために、陰で父親を助けた人物がいたことを――。
受付の視線が、瓦礫からアイザックを引きずり出そうとするレッドに向けられた。
実は、レッドがマシンを止めたことによって、アイザックの怪我が軽く済んでいたことを知っていたのだ。
それなのに何故、受付は次のテストへ進ませないのか。
リュウランゼの仕事が、いかに危険であるか知っているからだ。だからこそ、少年のためにも失格するしかなかった……。
もしレッドが邪魔しなくても、気付かれないようにスイッチを切るつもりだった。
ただ、それだと感づかれるかもしれない。そのため、わざわざ天井と床の一部に壊れやすいように細工をし、マシンで狙ったのだ。
そんな受付の思惑など、知る由のないアイザックは、レッドと少年によって両脇を抱えられながら出入口に消えていった。
「……」
この仕事をして、一体何人の人間がリュウランゼに志願し、そして何人が帰ってこなかったか。
全員とは言わないまでも、少なくとも家族のいる者を死地へ送りたくはない。
「……これで良いんだ」まるで自分に言い聞かせるように呟いた。
そして、レッド達と同様に出入り口を潜り、受付台へと戻った。
「この偽善者!」
アイザックの顔が、いきなり迫ってきた。
「!」
さすがの受付も、驚かざるを得なかった。
心臓が止まりそうだ。いや、もしかして止まってる?
息を荒くしながら、思わず胸に手を当てて確認してしまった。うん。動いている。
そんな受付に向かって、アイザックは受付台に全体重を掛けながら、両の掌で叩き、威嚇した。
思ったより、乾いた音が大きく響き、さっきの“テスト”という名の騒動に逃げ惑う人達の足を止めてしまった。
一方、受付はビクッと体を硬直させた。今度こそ心臓が止まりそうだ。
「あまり、私を馬鹿にしないでいただきたい!」
鬼の形相のアイザックに、受付が小さく「な、なんですか?」としか答えられなかった。
「あなた。私に手加減しましたね!」
その言葉に、受付の目が思わず泳いでしまう。
「ほら。やっぱり、目が泳いでいますよ!」
アイザックの圧に押される受付。――しかし、このまま黙っている訳にはいかない。
何か言わないと……。
悩んだ挙句に、ある言葉が零れてしまった。
「……面目ない」
『…………』
向き合う二人。しかし、互いの表情は両極端だった。
滝のような冷や汗の受付と、烈火のごとく顔を紅潮させる父親が対峙していた。
それでも共通して堆積していく沈黙。時間とともに、肺から酸素が絞り出されていく。
そんな二人の間に、慌てたレッドが割って入った。
「ちょっと待ってください。手加減て何のことですか?」
「あなたもグルだったのですね!」
アイザックが、今度はレッドに怒りを向けた。
「何の話ですか?」
「私に隠れて、パイプを切りましたね!」
その言葉に、レッドの目が泳いでしまった。
「ほら。目が泳いでいますよ!」
「……面目ない」
思わず謝ってしまったレッド。
そんな彼に、自分を重ねてしまったのか、それともアイザックには何を言っても無駄だと観念したのか、受付が大きな溜息を吐いて、二人に視線を向けた。
その目には、諦観が宿っていた。
「……分かりました。では、次のテストに移りましょう」
アイザックが目を輝かせながら、「で、では!」と、受付の首を揺さぶった。
受付の首が、暴力的に前後に振られた。
「つ、次のテストは――」受付の言葉もシェイクされる。
「次のテストは、実際に他のリュウランゼと一緒に、バグ退治に行ってもらいます。そして、帰ってこられたら――合格とします」
「つまり?」
「まずは見届人として、です」
「…………」
目を輝かせるアイザックを、少年は黙って見ているしかできなかった。できなかったが、なぜか、その表情は心なしか切なそうにしていた。
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