ジャンク・ボンド~気になるアイツは、強すぎてランク外になったようです~

銀崎 暁樹

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第一・五章

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いつも大人は、内緒で“あの部屋”に籠もって、何を話しているのか……。


 大人は口々に、“この階段を降りるな”と念を押してくるから、余計気になって仕方がない。


 ある日、大人達の目を盗んで、階段を降りていった。その先にあるのは、扉が一つだけだった。ドアノブを、音を立てずに慎重に回す。


 息を殺しながら、中を覗き込んだ。


 「……」


 窓一つない一室。


 空気の流れがないためか、唯一の光源である数本の蝋燭の炎は、少しも形を崩すこともなく立ち昇っていた。


 数人が、円を描くようにして座っている。顔は見えないが、各々から尋常ならざる覇気が滲み出ていた。


 「ジャンク・ボンドはどうした?」


 「まだ生きている」


 「しぶといな」


 「何度、危ない目に遭わせても無事だからな」


 「あれが生きていると、我々の夢が果たせなくなってしまう」


 そこにいた誰もが、唸り声を上げながら悩み始めた。ある者は腕組みをし、ある者は天井を仰ぎ、ある者は視線を足元に落とした。


 唸り声は、一〇分ほど続いただろうか。


 結局、何度同じ場面に遭遇したことか。答えがでないのは分かりきっている。


 そして、メンバーの一人が、助けを求めるように、ある方へと視線を向けた。


 実は、蝋燭の炎の外にいたので気づかなかったが、彼らの円から外れるようにして座る人物が、もう一人いたのだ。


 メンバーが、重々しく口を開いた。


 「――“帝”」


 他のメンバーの視線も、帝と呼ばれた人物に集中した。


 他の者達とは一線を画し、漆黒一色のフード付きのローブで全身を覆っていた。そのためか、体型や顔立ちは一切わからなかった。


 しかしそれでも、その身から発せられる覇気も、群を抜いていた。下手をしたら、覇気だけでバグを倒せそうなほどだ。


 帝のそんな雰囲気を感じ取ったのか、決して寒くない室内のはずなのに、メンバーたちは総毛立っていた。


 さすがは帝と呼ばれるだけのことはある。


 「……」


 帝は、沈黙を保っていた。


 しかし、沈黙はしているのだが、その静かに規則正しい呼吸音が、無言の圧力だということを、その場にいた誰もが承知していた。


 ――早く、奴を始末しろ。


 そう言いたかったのだろう。そうとしか、解釈できなかった。


 本当は口を利くのも憚るほど、その場にいたメンバーと帝の関係は主従関係がはっきりしている。


 逆にいえば、今話しかけたメンバーは、禁忌を犯した訳だ。


 フードから覗く左目は、まるで、こちらのすべてを見透かしているかのように、鋭く射抜いていた。


 その眼光を向けられた一人が、自分が禁忌を犯していることに、今になって気づいた。


 同時に、一生分の後悔と恐怖が足の先から侵食を始め、仕舞には心の臓を鷲掴みにし、急激冷凍させていく。


 「……」


 顔面蒼白のメンバーを後目に、帝の右人差し指が、ローブの隙間から顔を出した。よくみると、その指先は、こちらに向けられている。


 「!」


 メンバーの目が、一瞬で大きく見開かれた。


 刹那、蝋燭たちの炎が激しく揺らめき、まるで剣のように鋭く、天井へと立ち昇った。


 薄暗かったはずの室内が、眩い光りに包まれた。


 しかし、強い光に目が痛みを覚えたのも束の間、急に暗闇が出現した。一体、あれほどの炎は何処に消えたというのか。


 いや違うようだ。何故なら、まだ熱いのだ。室内が……。


 よく目を凝らすと、蝋燭の炎を、帝の指先が吸収しているではないか。


 そして現れたのは、黒く大きな炎――。


 たった今、指先より解き放たれた。――メンバーに向かって。


 「お許し――」向かってくる炎に怯えながら、メンバーが必死に助けを求めようとするも、その言霊すら最後まで言い終えることすら叶わず。――その体が一瞬で燃え上がってしまった。


 逃げ出そうと視線だけが扉に向けられたが、もうそれ以上はなにもできなかった。すでに消し炭になっていたからだ


 『…………』


 その光景を目の当たりにして、他のメンバーは息を呑むのさえ忘れていた。


 そんな中、帝がようやく口を開いた。


 「……はやく始末しろ」


 その声は、厳寒期の吹雪よりも冷たく硬かった。


 「――!」


 扉の隙間から覗いた目を、思わず遠ざけたのは、10歳にも満たない少女だった。

 しかも、消し炭になった人間と目が合ってしまったのだ。背筋が凍るだけで済まされない。


 両の足が、恐怖で地面に縫い付けられる。それでも、この場から逃げないと。――本能が知らせていた。


 命令を無視し続ける足とは反し、両手が何もない空気を掴もうと藻掻く。


 「ハァ。ハァ。ハァ」


 殺していたはずの呼吸が、大きくなっていたことに気付かなかった。

 しかし、何故か酸素が脳に行き渡る感覚は、一向に訪れなかった。意識が遠のいていく。


 そして、忘れていた両足が膝から折れ、尻もちをついてしまった。その音が、扉の向こうにも聞こえたらしい。


 「……」


 帝の鋭い眼光が、室内から外へ飛ばされてしまった。ついでに、指先がこちらに向けられている。


 少女は、その眼から睨まれてしまい、逃げることが出来なくなっていた。


 ――こ、殺される!

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