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プロローグ
しおりを挟む「やあ、久しぶりだね。覚えてるかい ?」
リビングでアキラを待っていたのは、年配の中年男だった。
「ご無沙汰しております。
服部さん、その節は、お世話になりました。
あぁ、いや、母が今もお世話になっています」
「おぉっ、律儀にこれはどうも。すっかり立派になったねえ。」
「アキラ、どうしてこんなに遅くなったの。
今日は、夕食には必ずと言ったのに。
服部さん、ずっとお待ちだったのよ」
「ご、ごめん……遅くなって」
アキラもテーブルについて向かい合う。
サトルとクルミは子ども部屋のようだ。
どうして、わざわざ自分を待って服部がここにいるのか。
嫌な予感しかしない……
服部は、アキラの父親が会社経営に苦しんで、身体を壊して亡くなるまで、
親身になってくれた数少ない人だ。
大学時代からの友人ということだが。
父が亡くなった後、母親を自分の会社の経理事務として
雇い入れてくれた恩人と言っていい。
ガバっと、服部が頭を下げ
「今日は、お願いがあってお邪魔した。
アキラくん、お母さんと私の結婚を認めて欲しい」
母親も一緒になってペコリとする。
「えっ……やっ……けっ……こん……そ、それは……オメデトウゴザイマス」
「ぼ、僕が認めるとか、そんな……」
「いやいや、これから家族になるんだ。それには、長男の君の承諾が必要だよ」
「か、かぞく…………服部さんと……」
「そう、私の家族になってくれ。アキラくん」
服部は、3年前、奥さんと死別しており、お子さんはいない。
どうやら、奥さんが亡くなって気落ちしている彼を母が慰めたり、相談に乗っているうちに……
ということらしい。
「アキラくんは、家族のために、学費のかからない特待生になり、現在も成績
優秀で、W大の推薦入学も勝ち取ったと聞いてるよ。
しかも、アルバイトも毎日こなして生活費を入れているとか。
本当によく頑張った、偉かったね。
これからは、家計のことは私に任せて欲しい。
勉強に専念してくれていいんだ。もちろん学費のことも心配ない」
「そ、そんなことは……いや、あ、アリガトウゴザイマス。
ご結婚おめでとうございます。
もちろん、祝福しますよ」
突然の話に、アキラはただただ驚くばかり。結婚式の話や今後の住まい、サトルとクルミの話もしていたようだが、頭を通り過ぎて行った……
母親が再婚。
確かに、母はまだ若く40歳そこそこ。そういうことも十分考えられる。
50代らしい服部とも、つり合う年齢だ。
「家族」
これまで、自分はガムシャラにその家族のために頑張ってきた。
母に金銭的負担をかけないよう、高校は特待生、大学は推薦。そして給付型奨学金獲得。
それを、目指してこれまでやってきた。
なのに、突然「もう頑張らなくていい」と言われたのだ。
これまでの自分の努力は無駄だったと言われた気さえして……
祝福の言葉は機械的に出たものの、心は荒れ狂っていた。
遅い時間になったので、服部を早々に送り出し、母には
「よかったね。結婚おめでとう」
と、祝福し、早々に床に就いた。
美奈子のことで悩んでいたうえに、母親の再婚……
(母さんも、これまでずっと苦労してきたんだから、しあわせになって欲しい。
サトルやクルミのためにも父親がいた方がいいだろう。
それは、わかる。わかるが……ハァ、あの人がお父さんか。
繊細だった父さんと比べて、スポーツマンタイプで恰幅もいい。いかにもやり手
社長という感じだし、きっと母さんや双子たちを幸せにしてくれるだろう。
僕も学費や生活費の事を心配しなくていいんだ……
もう、毎日夜勤しなくてもいいのか…)
なかなか寝付けないまま、悶々と考え続けた……
「おはよう」
「おはよう。アキラ。昨日は突然で驚いたわよね。
あなた、毎日夜勤でなかなか話す時間がなくて、お母さん……」
「あっ、いいんだ。いいんだよ、母さん。結婚を心の底から祝福するよ !
よかったと思う。昨夜は、ちょっとびっくりしただけさ。もう大丈夫 !!」
「そう ? それなら、よかったわ」
にっこり微笑む母の顔を見て、細かな事にこだわらず、母の、そして弟妹の幸せを
考えるべきだとアキラはあらためて決意した。
(そう、そして自分も、自分の幸せを考えるべきなんだ。美奈……会いたいよ)
アキラは、今日の日勤のバイトで、早速店長と相談しようと決めた。
夜勤中心をやめ、そもそもバイト日数自体大幅に減らそうと。
あまり急に減らして、お店に迷惑もかけられないが、自分の時間を増やし、
何より美奈との時間を大幅に増やそうと。
明日の月曜には、一緒に大学に行くことになっているが、この話を一刻も
早く伝えて、ふたりで喜びを分かち合いたいと思った。
LIMEではなく、直接話そうと。
今夜は、遅くなるらしいがサプライズで美奈の家を訪問しよう。
今日だけは特別だ。きっと、許してくれる。
バイト中、そんな事を考えていると、母の結婚への複雑な思いも、陽菜から
聞いてからの美奈へのもやもやした想いも、どんどん消え去って、
美奈との明るい、素晴らしい大学生活が頭に浮かんでばかりいた。
バイトの後輩に「今日は先輩、なんか浮ついてません ? にやにや気持ち悪いですよ」と
注意されるくらいに。
(もちろん、弁護士を目指すという夢は、変えないし頑張る。
在学中に司法試験を通るのが目標だ。
でも、一年生のうちくらいは、美奈との青春を優先してもいい……よな)
美奈子からのLIMEによれば、夜23時くらいに帰宅するらしい。
アキラは、22時前には美奈子からプレゼントされたマフラーを引っかけて
自転車に飛び乗り、美奈子宅に向かった。
(我ながら、気が早かったかなぁ。まだ23時には、だいぶ時間ある。まあいいさ)
真っ暗な美奈子の部屋を見上げる道端に、自転車を目立たないように置いた。
(美奈の部屋の明かりがついたら、ピンポンして驚かせよう。それまではここに
少し身を隠して。まあ明かりまで待たなくても、帰ってきたことは、
どうせ葛城家のクルマで帰ってくるからすぐわかるさ。
逆に、クルマから降りた美奈に見つかったら興ざめだからな、隠れなきゃ)
葛城家には、お抱えの運転手がおり、美奈子がそれを利用しているのは何回か
見かけたり、実際に迎えたことがある。
降り立つその姿は、いかにもお嬢様然として、気後れしてしまったものだ。
「今夜は思ったより遅くなりそう」
23時になって、そんなLIMEが届いてがっかりしたが、気を取り直して
大学に入学したら、司法試験の勉強会には入会するとしても、他にも軽めのサークルに
美奈と一緒に入って、大学生活を楽しみたいなとか、あれこれバラ色な大学生活に
ついて夢想して時間をつぶしていた。
そもそも、今夜行くとも伝えてないので、帰宅時間をあまりしつこく聞く
わけにもいかず、ひたすらただ待つだけなのだ。
(ハハ、バカなこと考えたな。ホント、浮ついてた)
そんな思いをめぐらせていると、何かを感じた。
「ん ? なんだ ? 揺れてる ?」
それは、先ほどから止まっている軽自動車から伝わってくるようだ。
葛城家の国産超高級車を待っているアキラとしては、眼中にもなかったが
23時くらいに停車した気がする。
どうも、そこから振動がし、何か声まで微かにする。
「ちぇっ、何もこんなところでエッチしなくてもいいのに。お盛んだなぁ……」
振動は、断続的に結構な長さで続く……
美奈は帰って来ない……
あまり頻繁にLIMEするのもおかしいし、そもそも先ほどから既読にならない。
(もう24時か。失敗したなぁ。こんなに遅くなったら、葛城本家に泊まりに決まってる。
23時くらいで引き上げるべきだったか……帰ろう。
別にサプライズは明日朝でもいいし。
結局、深夜訪れて、あわよくばエッチを ! とかスケベ心があったのが敗因だな)
そう思い始めたとき、ガチャリ、先ほどの軽自動車のドアが開いて、女性が出て来る。
美奈子くらいの背格好の小柄な人だ。
(ついさっきまでエッチしてた人を見るって、なーんか生々しいなぁ)
そんな事を考えていると、歩き出した女性を呼び止める声がして、
女性が運転席側に寄る。
「ミナコ……って聞こえた気がする……」
身を乗り出した男性と、言葉を交わした女性は、顔を近づけ
二人の顔が重なり「ゆうすけさん、だいすき」と聞こえた……
遠目にも関わらず、その声だけがなぜか響いて聞こえた。
聞こえたような気がした。
女性は、そのまま立ち去って行った。
ゆっくりした、どこかぎこちない歩みで、スカートを妙に気にしながら。
暫くすると、美奈子の部屋に明かりがついた。
アキラは、震える手で、電話をかけた。
「はい、Tホテルでございます」
「澤井さん、いらっしやいますか。以前アルバイトしていました上条と申します」
土曜なので、まだ忙しく、スタッフリーダーの澤井さんはいるはずだ。
「あら、上条くん久しぶり。こんな時間にどうしたの?」
「あの……あのですね。正月にうちの学校の先生泊まりましたよね。
宿帳に先生のクルマのナンバー、控えられてるはずですが、それ教えて
いただけませんか?
本来ダメなのは、わかってるんですが、
いまそこで事故ってるクルマがあって、それが先生の軽自動車じゃないか
と心配で心配で……」
「それで、そんなに声が震えてたのね。心配するわよね。わかったわ」
澤井は快くOKしてくれた
「S南〇〇 △●●××よ」
「あっ………そ……ち、違いました。」
「そう ! よかったわねぇ」
「あ、ありがとうございます。また守秘義務違反すみません」
「いいわよ緊急だし。それじゃね。春休みもバイト待ってるわよ」
「ハハ、そーですね。それじゃ、ありがとうございました」
電話が切れた。
「…………ホントに緊急事態だ……」
微かに漏れた自分の声が、どこか遠くに聞こえる。
いや、先ほど番号を聞いてから澤井さんの声も、ほとんど聞こえなくなった……
既にクルマは、走り去っていたが、まさにその番号だったのだ……
(葛城本家に行っていたはずの美奈が、なぜかキモ友のクルマで帰ってきた。
そして、帰り際にキスしてた……
いやいや、キスだけじゃない。あれ、あの振動は……
まさか、まさか……か、カーSEXしていたんじゃないのか……
少なくとも、さっき自分はそう確信していた……
だけど、キモ友と美奈がセックス?? よりにもよってキモ友と……
どういうことだ。いや、そんな。あり得ないあり得ない。
じゃあ、あの振動や嬌声っぽい声はなんだ……
たまたまキモ友が付き合ってる女性が美奈と似た背格好で、
たまたま美奈と同じマンションに住んでいたんだ。
美奈は、別なルートで、例えば徒歩で反対側から帰ってきて、
たまたま同じ時間に着いたんだ。
だから、似た様な時間に明かりがついた。
あの女性と美奈は別人だ、ぜったい……
そうに決まってる、絶対にそうだ。
でなきゃ、そうでなければ
「美奈が、キモ友と浮気してる」
ことになるじゃないか………………………………
そんなはずはない。ソンナハズナイ……
美奈とキモ友がセックスするはずがない、あり得ない。
だから、さっきの女性とミナが同一人物という前提が間違ってる。
浮気してると仮定したら、初詣も、温泉ホテルも、金山も、今日も
多分説明がつくような気がするけど、あり得ない。妄想だ。信じられない……
いや、僕は信じない !! )
アキラがそんな決意をしつつも、茫然としていると、LIMEが届いた。
「いま、帰って来ました。遅くなっちゃった」
「おじい様が、なかなか離してくれなくて」
「LIMEも見れなくてごめんね」
既読スルーすべきと頭では思いながら返信した。
「おつかれ」
「車で帰ってきたの ?」
「いつもの藤堂さんて運転手さんに送ってもらったわ」
「どこまで ? 」
「マンションの前まで」
「どうかしたの ? 」
「なんでもない」
美奈が僕に嘘をついている !!
脳が沸騰する気分だった……
どうやってLIMEを終わらせたのか、どうやって帰ったのか
記憶にない。気が付けば、家のベッドの中で丸まっていた……
リビングでアキラを待っていたのは、年配の中年男だった。
「ご無沙汰しております。
服部さん、その節は、お世話になりました。
あぁ、いや、母が今もお世話になっています」
「おぉっ、律儀にこれはどうも。すっかり立派になったねえ。」
「アキラ、どうしてこんなに遅くなったの。
今日は、夕食には必ずと言ったのに。
服部さん、ずっとお待ちだったのよ」
「ご、ごめん……遅くなって」
アキラもテーブルについて向かい合う。
サトルとクルミは子ども部屋のようだ。
どうして、わざわざ自分を待って服部がここにいるのか。
嫌な予感しかしない……
服部は、アキラの父親が会社経営に苦しんで、身体を壊して亡くなるまで、
親身になってくれた数少ない人だ。
大学時代からの友人ということだが。
父が亡くなった後、母親を自分の会社の経理事務として
雇い入れてくれた恩人と言っていい。
ガバっと、服部が頭を下げ
「今日は、お願いがあってお邪魔した。
アキラくん、お母さんと私の結婚を認めて欲しい」
母親も一緒になってペコリとする。
「えっ……やっ……けっ……こん……そ、それは……オメデトウゴザイマス」
「ぼ、僕が認めるとか、そんな……」
「いやいや、これから家族になるんだ。それには、長男の君の承諾が必要だよ」
「か、かぞく…………服部さんと……」
「そう、私の家族になってくれ。アキラくん」
服部は、3年前、奥さんと死別しており、お子さんはいない。
どうやら、奥さんが亡くなって気落ちしている彼を母が慰めたり、相談に乗っているうちに……
ということらしい。
「アキラくんは、家族のために、学費のかからない特待生になり、現在も成績
優秀で、W大の推薦入学も勝ち取ったと聞いてるよ。
しかも、アルバイトも毎日こなして生活費を入れているとか。
本当によく頑張った、偉かったね。
これからは、家計のことは私に任せて欲しい。
勉強に専念してくれていいんだ。もちろん学費のことも心配ない」
「そ、そんなことは……いや、あ、アリガトウゴザイマス。
ご結婚おめでとうございます。
もちろん、祝福しますよ」
突然の話に、アキラはただただ驚くばかり。結婚式の話や今後の住まい、サトルとクルミの話もしていたようだが、頭を通り過ぎて行った……
母親が再婚。
確かに、母はまだ若く40歳そこそこ。そういうことも十分考えられる。
50代らしい服部とも、つり合う年齢だ。
「家族」
これまで、自分はガムシャラにその家族のために頑張ってきた。
母に金銭的負担をかけないよう、高校は特待生、大学は推薦。そして給付型奨学金獲得。
それを、目指してこれまでやってきた。
なのに、突然「もう頑張らなくていい」と言われたのだ。
これまでの自分の努力は無駄だったと言われた気さえして……
祝福の言葉は機械的に出たものの、心は荒れ狂っていた。
遅い時間になったので、服部を早々に送り出し、母には
「よかったね。結婚おめでとう」
と、祝福し、早々に床に就いた。
美奈子のことで悩んでいたうえに、母親の再婚……
(母さんも、これまでずっと苦労してきたんだから、しあわせになって欲しい。
サトルやクルミのためにも父親がいた方がいいだろう。
それは、わかる。わかるが……ハァ、あの人がお父さんか。
繊細だった父さんと比べて、スポーツマンタイプで恰幅もいい。いかにもやり手
社長という感じだし、きっと母さんや双子たちを幸せにしてくれるだろう。
僕も学費や生活費の事を心配しなくていいんだ……
もう、毎日夜勤しなくてもいいのか…)
なかなか寝付けないまま、悶々と考え続けた……
「おはよう」
「おはよう。アキラ。昨日は突然で驚いたわよね。
あなた、毎日夜勤でなかなか話す時間がなくて、お母さん……」
「あっ、いいんだ。いいんだよ、母さん。結婚を心の底から祝福するよ !
よかったと思う。昨夜は、ちょっとびっくりしただけさ。もう大丈夫 !!」
「そう ? それなら、よかったわ」
にっこり微笑む母の顔を見て、細かな事にこだわらず、母の、そして弟妹の幸せを
考えるべきだとアキラはあらためて決意した。
(そう、そして自分も、自分の幸せを考えるべきなんだ。美奈……会いたいよ)
アキラは、今日の日勤のバイトで、早速店長と相談しようと決めた。
夜勤中心をやめ、そもそもバイト日数自体大幅に減らそうと。
あまり急に減らして、お店に迷惑もかけられないが、自分の時間を増やし、
何より美奈との時間を大幅に増やそうと。
明日の月曜には、一緒に大学に行くことになっているが、この話を一刻も
早く伝えて、ふたりで喜びを分かち合いたいと思った。
LIMEではなく、直接話そうと。
今夜は、遅くなるらしいがサプライズで美奈の家を訪問しよう。
今日だけは特別だ。きっと、許してくれる。
バイト中、そんな事を考えていると、母の結婚への複雑な思いも、陽菜から
聞いてからの美奈へのもやもやした想いも、どんどん消え去って、
美奈との明るい、素晴らしい大学生活が頭に浮かんでばかりいた。
バイトの後輩に「今日は先輩、なんか浮ついてません ? にやにや気持ち悪いですよ」と
注意されるくらいに。
(もちろん、弁護士を目指すという夢は、変えないし頑張る。
在学中に司法試験を通るのが目標だ。
でも、一年生のうちくらいは、美奈との青春を優先してもいい……よな)
美奈子からのLIMEによれば、夜23時くらいに帰宅するらしい。
アキラは、22時前には美奈子からプレゼントされたマフラーを引っかけて
自転車に飛び乗り、美奈子宅に向かった。
(我ながら、気が早かったかなぁ。まだ23時には、だいぶ時間ある。まあいいさ)
真っ暗な美奈子の部屋を見上げる道端に、自転車を目立たないように置いた。
(美奈の部屋の明かりがついたら、ピンポンして驚かせよう。それまではここに
少し身を隠して。まあ明かりまで待たなくても、帰ってきたことは、
どうせ葛城家のクルマで帰ってくるからすぐわかるさ。
逆に、クルマから降りた美奈に見つかったら興ざめだからな、隠れなきゃ)
葛城家には、お抱えの運転手がおり、美奈子がそれを利用しているのは何回か
見かけたり、実際に迎えたことがある。
降り立つその姿は、いかにもお嬢様然として、気後れしてしまったものだ。
「今夜は思ったより遅くなりそう」
23時になって、そんなLIMEが届いてがっかりしたが、気を取り直して
大学に入学したら、司法試験の勉強会には入会するとしても、他にも軽めのサークルに
美奈と一緒に入って、大学生活を楽しみたいなとか、あれこれバラ色な大学生活に
ついて夢想して時間をつぶしていた。
そもそも、今夜行くとも伝えてないので、帰宅時間をあまりしつこく聞く
わけにもいかず、ひたすらただ待つだけなのだ。
(ハハ、バカなこと考えたな。ホント、浮ついてた)
そんな思いをめぐらせていると、何かを感じた。
「ん ? なんだ ? 揺れてる ?」
それは、先ほどから止まっている軽自動車から伝わってくるようだ。
葛城家の国産超高級車を待っているアキラとしては、眼中にもなかったが
23時くらいに停車した気がする。
どうも、そこから振動がし、何か声まで微かにする。
「ちぇっ、何もこんなところでエッチしなくてもいいのに。お盛んだなぁ……」
振動は、断続的に結構な長さで続く……
美奈は帰って来ない……
あまり頻繁にLIMEするのもおかしいし、そもそも先ほどから既読にならない。
(もう24時か。失敗したなぁ。こんなに遅くなったら、葛城本家に泊まりに決まってる。
23時くらいで引き上げるべきだったか……帰ろう。
別にサプライズは明日朝でもいいし。
結局、深夜訪れて、あわよくばエッチを ! とかスケベ心があったのが敗因だな)
そう思い始めたとき、ガチャリ、先ほどの軽自動車のドアが開いて、女性が出て来る。
美奈子くらいの背格好の小柄な人だ。
(ついさっきまでエッチしてた人を見るって、なーんか生々しいなぁ)
そんな事を考えていると、歩き出した女性を呼び止める声がして、
女性が運転席側に寄る。
「ミナコ……って聞こえた気がする……」
身を乗り出した男性と、言葉を交わした女性は、顔を近づけ
二人の顔が重なり「ゆうすけさん、だいすき」と聞こえた……
遠目にも関わらず、その声だけがなぜか響いて聞こえた。
聞こえたような気がした。
女性は、そのまま立ち去って行った。
ゆっくりした、どこかぎこちない歩みで、スカートを妙に気にしながら。
暫くすると、美奈子の部屋に明かりがついた。
アキラは、震える手で、電話をかけた。
「はい、Tホテルでございます」
「澤井さん、いらっしやいますか。以前アルバイトしていました上条と申します」
土曜なので、まだ忙しく、スタッフリーダーの澤井さんはいるはずだ。
「あら、上条くん久しぶり。こんな時間にどうしたの?」
「あの……あのですね。正月にうちの学校の先生泊まりましたよね。
宿帳に先生のクルマのナンバー、控えられてるはずですが、それ教えて
いただけませんか?
本来ダメなのは、わかってるんですが、
いまそこで事故ってるクルマがあって、それが先生の軽自動車じゃないか
と心配で心配で……」
「それで、そんなに声が震えてたのね。心配するわよね。わかったわ」
澤井は快くOKしてくれた
「S南〇〇 △●●××よ」
「あっ………そ……ち、違いました。」
「そう ! よかったわねぇ」
「あ、ありがとうございます。また守秘義務違反すみません」
「いいわよ緊急だし。それじゃね。春休みもバイト待ってるわよ」
「ハハ、そーですね。それじゃ、ありがとうございました」
電話が切れた。
「…………ホントに緊急事態だ……」
微かに漏れた自分の声が、どこか遠くに聞こえる。
いや、先ほど番号を聞いてから澤井さんの声も、ほとんど聞こえなくなった……
既にクルマは、走り去っていたが、まさにその番号だったのだ……
(葛城本家に行っていたはずの美奈が、なぜかキモ友のクルマで帰ってきた。
そして、帰り際にキスしてた……
いやいや、キスだけじゃない。あれ、あの振動は……
まさか、まさか……か、カーSEXしていたんじゃないのか……
少なくとも、さっき自分はそう確信していた……
だけど、キモ友と美奈がセックス?? よりにもよってキモ友と……
どういうことだ。いや、そんな。あり得ないあり得ない。
じゃあ、あの振動や嬌声っぽい声はなんだ……
たまたまキモ友が付き合ってる女性が美奈と似た背格好で、
たまたま美奈と同じマンションに住んでいたんだ。
美奈は、別なルートで、例えば徒歩で反対側から帰ってきて、
たまたま同じ時間に着いたんだ。
だから、似た様な時間に明かりがついた。
あの女性と美奈は別人だ、ぜったい……
そうに決まってる、絶対にそうだ。
でなきゃ、そうでなければ
「美奈が、キモ友と浮気してる」
ことになるじゃないか………………………………
そんなはずはない。ソンナハズナイ……
美奈とキモ友がセックスするはずがない、あり得ない。
だから、さっきの女性とミナが同一人物という前提が間違ってる。
浮気してると仮定したら、初詣も、温泉ホテルも、金山も、今日も
多分説明がつくような気がするけど、あり得ない。妄想だ。信じられない……
いや、僕は信じない !! )
アキラがそんな決意をしつつも、茫然としていると、LIMEが届いた。
「いま、帰って来ました。遅くなっちゃった」
「おじい様が、なかなか離してくれなくて」
「LIMEも見れなくてごめんね」
既読スルーすべきと頭では思いながら返信した。
「おつかれ」
「車で帰ってきたの ?」
「いつもの藤堂さんて運転手さんに送ってもらったわ」
「どこまで ? 」
「マンションの前まで」
「どうかしたの ? 」
「なんでもない」
美奈が僕に嘘をついている !!
脳が沸騰する気分だった……
どうやってLIMEを終わらせたのか、どうやって帰ったのか
記憶にない。気が付けば、家のベッドの中で丸まっていた……
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