好きな人は、3人

秋風いろは

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12.帰り

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 大学の裏門は、正門やバス乗り場とは違って、閑散としている。

 すっかり赤や黄色に変色した木々の下を、岩石とともに通り抜ける。昼間は秋を感じる爽やかな風も、夜になると肌寒い。カサカサと黄色の葉が道路を滑っていく。

「もう寒いね」

 自転車に乗りながら、横を歩いている私に合わせて道路を蹴って進む岩石に話しかける。

「そうだな。そんな中、バスにも乗らずに歩いて駅まで行く酔狂な奴が隣にいるな」
「愛だね」

 岩石のハンドルを持つ腕に、自分の手をそっと添える。

 岩石は体が大きいせいか、いつも温かい。腕も手も、どこもかしこも温かくて、触っていると安心して、眠ってしまいたくなる。

 私は、体も岩石に寄せた。
 暖かすぎて、巨大なホッカイロのようだ。

「進みにくいんですが」
「年頃の女の子と寄り添っての帰り道。最高だね」

 岩石は、やれやれと首を振り、諦めてそのまま歩を進める。ホテルでもないのに、自分から触れる男性は、岩石だけだ。

 愛し愛されている関係ではないけれど、今まで仲の良い女性は誰もいなかったという岩石なら、許される気がした。

「そういえば、また車校の人に会ったよ」

 満琉のことは車校の人と呼んでいる。何度名前を出しても、誰だっけと聞かれるからだ。

「楽しかったか?」
「怪しさを増して、あとはいつも通り」
「せっかくなら、もっと楽しめばいいのに」

 私と触れあっていて、そんなことを言う。

 岩石とも、体の関係がある。
 椿桔と仲がよくなり始めた一年生の夏、なかなか進展しないことに業を煮やし、経験値を増やしたくて私から誘った。

 それでも、恋人同士のような関係にはならず、関係性を確かめたくて、二年生の春にこう聞いたのだ。

「車校で、連絡先を渡してきた教官がいるの。まだ私も若いし、今のうちに色々遊びたいというか、経験してみたいというか。後で、他の人はどうだったのかな、もっと好きになれる人いたんじゃないのかなとか考えたくないし。やっぱり比較検討って大事かなと思って。結婚したらもう、他の人と付きあうことって無理だし。チャンスがあるなら目を肥やしておきたいっていうかね。いったんそっちと付きあってみたいなって思って。ただ、合わないなと思ったら戻ってきたいんだけど。その過程で二股状態になるかもしれないけど。さすがにそれって……」

 そうやって喋っている最中に、逡巡もなくいいよ、と返ってきた。

 二股は駄目だよねと聞いても、結婚しているわけじゃないし会ったら教えてはほしいけど、若いし見聞を深めてきてもいいんじゃない、と言うだけだった。

 岩石が否定的だったら、満琉には連絡するつもりはなかった。

 開けたら元には戻れない玉手箱にも似て、少し怖かったからだ。
 進むにも止まるにも理由がほしかった。

 岩石との関係性は、よけいに分からなくなった。セックスフレンドが一番近い気もするけれど、それにしては私も気を許し過ぎているし、岩石に他の女性がいるわけでもない。

「お腹空いたね」

 もう、周囲は真っ暗だ。

「こんな時間だからな」

 人通りがなくなっていく。
 そんな道に差し掛かった。

 左手は鉄道からの急な土手が続き、右手は草が生えっぱなしの手入れされていない土地や、使われていなさそうな古い民家、倉庫らしい建物の裏側などが続く。

 誰からも必要とされていないような道が、大通りに当たるまで真っ直ぐに続き、世界に二人だけしかいないような錯覚に陥る。

「奥、行こうよ」

 奥が曲がり角になっているL字型の古びた駐車場の手前まで来ると、静かに誘う。

 返事代わりの熱が、岩石の瞳に灯った。

 色素の薄いその瞳の色は、ヘーゼルアイというらしい。ハーフでも何でもなく日本人だと言うので調べると、そういう種類の瞳の人がいることが分かった。茶色と緑が混じりあう不思議な色で、目がそらせない。

 分厚い手が耳の横に差し込まれ、冷たい風が浮いた髪の下に隠れていた肌に直接触れる。

 互いの吐息を感じる距離まで近づいたかと思うと、かぶりつくように唇が塞がれる。

 咄嗟に目を閉じたものの、キスを交わしながら一瞬だけ薄く開いた。
 彼の目は開かれたままで、他の誰とも違う色合いの瞳が間近に迫り、この世界ではないどこかで、違う世界の人と触れあっている気になった。

 食い尽くされそうなキスに、頭がくらくらする。キスを重ねるたびに私たちは溶け合い、何もかもが分からなくなる。

 移動するか、という囁くような声に頷くと、もたれるように体重を預けて駐車場の奥へと進み、もう一度求め合う。街灯の灯りも届かないそこは、全ての罪を覆い隠してくれる気がした。

 体勢を変えて、壁際のフェンスを掴む。
 私の足の全てを包んでいたはずのレギンスは膝下まで下りて、私たちの距離はゼロからマイナスになる。

 深く感じあっても、深く愛しあえないのは、なぜだろう。

 澱んだ心に光がほしくて、月明かりもない闇夜の中、声を押し殺して、高みへと昇る。
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