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30.思い出の写真

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 イルカショーのスタジアムには、既に4人がいた。

「こっち、こっちー」

 麻衣が手招きして、鞄をどかして席を詰めた。場所を取っていてくれたらしい。
 場所取りしなくても、4人が座る席の列は空いているけど。

「ありがと。結構前だね。水、運悪いとかぶりそうなギリギリの席じゃない?」

 椅子の下にある水の跡が、それを物語っている。

「いいじゃん、いいじゃん。水、かぶってこー!」
「何、そのテンション」

 隣の真鍋くんが、申し訳なさそうに礼をした。私も、苦笑で返しておく。今までも、麻衣のフォローをさりげなくしてきたのかもしれない。

 一番手前が真鍋くんなので、斉藤くんをその隣に促す。私は一番隅に座った。

「ネックレス、似合ってるな」

 麻衣ペアの向こう側から、沙月がひょっこり顔を出して褒めてくれた。

「ありがと。こっちもしてるよー」

 指輪をしている左手をひらひらと振ると、麻衣も沙月も楓も、指輪をつけた手をこちらに見せた。

「えっ、みんな指輪なの? すっごく意外」
「最初はストラップにしようと思ったんだけどさ」

 何とも言えないような笑みを浮かべながら、沙月が自分の指輪をじっと見た。

「麻衣の言葉を聞いて、指輪もいいかなとちょっと思ってさ。私、兄貴が2人いて、服とかもお下がりが多くてさ、女らしいもの、あんまり持ってないから。ガラじゃないかもしれないけど」

 胸がきゅっと詰まる。
 沙月の口調がちょっと男っぽくてかっこいいのは、お兄さんたちの影響だったんだろうか。

「沙月は綺麗だよ! すっごく素敵な女の子だよ、めちゃくちゃ似合うよ、指輪ぁ!」

 麻衣が、身を乗り出して泣きそうな声を出した。

「今度、一緒に服買いに行こ。ね、ね! ついでに楓のも!」
「え、いや、私は好きでこーゆー服だし。ショッピングは一緒に行ってもいいけど。沙月、背高いから何でも着こなせそう」
「あ、ありがと」

 沙月が照れ臭そうに笑う。
 私が男だったら、思いっきり女の子扱いして、甘やかしてあげたい。

 意外なのは楓だ。指輪を選ぶとは思わなかった。

「楓も、指輪にしたんだね。ちょっと意外」

 距離が遠いので、大きめの声を出して聞いてみる。

「つられただけ。桜も指輪を頼んでる風だったし、引っ張られたの」
「我が道を行く楓が、珍しいね」
「うるさーい」

 突然、大きな曲が流れ始めた。
 注意事項のアナウンスに、お姉さんたちの挨拶、いよいよ始まるようだ。
 私たちも会話をやめて、ショーが始まるのを待った。

 カウントダウンが終わり、開始と同時にイルカが突然目の前で天高くジャンプする。

 わーっという歓声が湧いて、私もつい、興奮して声を出した。
 大きな拍手が客席に広がる。

 スクリーンを使った紹介の後は、次々とイルカたちがパフォーマンスを披露してくれる。

 尾びれだけ水面につけての立ち泳ぎに、鳴き声でのご挨拶。口にフラフープを引っかけてくるくる回したり、仲間と一緒に息の合うジャンプをする。
 どれもこれも華麗で、大歓声が湧いた。

「すごいね、来てよかったぁ」
「だな」

 夢中になって見ていると、ショーはあっという間に終わり、イルカたちは水中から尾びれをふりふりと振ってくれた。

 その後は、いつもの悠々とした泳ぎに戻り、観客の人たちは席を立ち始める。

 このスタジアムは休憩ゾーンにもなっていて、いつまでいてもいいので、私たちは留まった。

「すごかったねー!」
「それしか言いようがないな」
「また、いつか来たいね」

 向こう側で女子3人がワイワイ感想を言いあっている。

「よかったよな」
「そうだな。真鍋はたまに来んの?」
「いや、初めて。斉藤は?」

 隣では男子同士で会話が始まった。
 この席の位置、孤独なんですが!
 複数だと、こーゆうことが起こるのか。

 私は立ち上がって、一番端の楓の隣に座った。

「あれ、こっち来たの?」
「私だって、女子トークしたいもん」

 そう言うと、麻衣がにっしっしと笑った。

「そのネックレスと指輪、誰がつけたー?」
「また、麻衣はもー。まぁ、つけてもらったけど」
「やっぱりー!」
「そーゆーのは、いいからっ」
「あ、せっかくだし、記念写真撮ろー! 頼んでくるね」

 返事も待たずに、まだスタジアムに残っている優しそうなカップルの女性の方にスマホを持ってお願いしに行った。

「すみません、写真撮ってもらっていいですか?」
「いいですよー」
「いつか結婚式とかで、ここの写真使いたいから、バッシャバシャと連続で撮ってもらえると嬉しいですー!」
「あっはは、そうなんだ。いいよ」

 すごい頼み方してる……。
 そういえば少し前に、麻衣が親戚の結婚式に招待された話をしていた気がする。もしかしたら、かなり感化されているのかも。

「撮ってくれるって。並ぼ並ぼ」

 人がほとんどいなくなった通路に集まる。女子は皆、指輪をカメラに向かってアピールした。
 結婚式に使うと言われた手前、最高の笑顔を心がける。
 逆に引きつりそう……、自然に自然に。

「はーい、いくよー。笑って笑って」

 スマホを構えるお姉さんが、「こっからのがいいかな」とか呟きながら色んな方向や距離で撮ってくれる。
 何て優しい人なんだろう。

「次は女子だけで撮ったげよっか?」
「わ、嬉しい! じゃぁお願いします!」

 ノリノリだ、このお姉さん。
 麻衣と気が合いそうだ。

「はい、いっぱい撮ったよ」
「ありがとうございます! お2人の写真もよかったら撮りますよ、どうぞ記念に」
「じゃぁ、お願いしちゃおっかなー」
「ぜひぜひ」

 麻衣とお姉さんのやりとりを聞いて、私たちは後ろ側にまわった。
 こっそりと真鍋くんに話しかける。

「麻衣って、すごいね。あーゆーとこ尊敬する」
「うん、俺もそう思う」

 自分のことのように嬉しそうに笑う真鍋くんを見て、麻衣との愛の深さを感じた。
 何となく、2人の結婚式を見てみたい気分になる。

 私も、麻衣に感化されすぎかな。

「たくさん撮ってもらった! あとで送るね」

 麻衣が戻ってきて、はしゃいだ様子でスマホを見せてくれる。

「どれどれ。あ、これ消しといて。目、つむってる」
「もー、楓ったら。後で取捨選択するってばー」
「この写真いいな、指輪も目立ってて」
「だよね、だよね」

 弾けるような笑顔で、皆がぎゅっと集まって、今日の思い出が全部詰め込まれたような写真ばかりだ。
 でも、ちょっとだけ物足りない。

「麻衣と真鍋くんのツーショットも、撮ってあげるよ」

 そう言って手を出すと、「いいの?」と期待のこもった真っ直ぐな瞳で聞かれた。
 積極的で言いたいことを言っているように見えて、彼氏のいない沙月と楓に気を遣っているんだろう。

 複数で来るのもいいなと思う。
 嫉妬だったり、少しの間1人になったりということもあるけど、2人の時には見えない、皆のいいところが見える。

 私たちは2人ずつのカップル写真や、女子同士のペア写真も組み合わせを変えながら一通り撮り合った。

「じゃ、今日はここで解散ね。まだ見たい人はこのまま見て、帰りたい人は帰る感じで」

 麻衣の言葉に、「はーい」「楽しかったー」と口々に言いながら、荷物を持った。

「それじゃ、最後に桜に締めの言葉をもらいたいと思います! どーぞ」
「ふぇ? 私?」

 麻衣の拳でつくったマイクが迫る。
 皆の目が私に注ぎ、断れる状況じゃなさそうだ。

 すぐに麻衣は、無茶ぶりするんだから。

 でも、今日は私の素直な気持ちを、この場を借りて言おう。

「え、ええっと。今日はトリプルデートということで、楽しかったです。お揃いの指輪も作って、斉藤くんとだけじゃなくて、ここにいる皆との仲も深まったと思います。真鍋くんと麻衣の強い絆みたいなのも感じて、なんだか安心しました。皆でイルカショーを見たことは、大げさじゃなく一生忘れません。楓、麻衣、沙月、ずっと私の友達でいて下さい。誰かが結婚して、この指輪をつけて出席する未来もあるのかなと思ったし、それくらいずっと仲良しでいたい。今日は本当に、ありがとう」

 シン、とした静寂が流れ、麻衣が泣きながら抱きついてきた。

「うわーん、何で泣かせるのー!」
「そんなつもりは……」

 なぜか麻衣の後ろで楓と沙月まで涙ぐんでいる。

 結局私たちはすぐには解散せず、次のイルカショーの時間までしゃべり、2回目のショーまで見て、解散した。

 充実した1日で、この日は疲れてラムネを食べてベッドに入ると、すぐに眠ってしまった。
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