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14.距離
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翌日、駅に向かうと遠目にも彼だと分かる雰囲気を持った人が、本を読みながら電柱の前で待っているのが見えた。
まだ私には気づいていないようだ。
本当に待ってるし……。
私服を見るのは中学の修学旅行以来だろうか。新鮮で、それだけでドキドキする。
でも、待ち合わせしていると確認し合えば、あの夢を共有していることが確定してしまう。
何て話しかけよう……。
言葉が定まらないまま、距離が縮まる。
区切りまで読んだのか、彼がふと顔を上げてこちらを見た。
手を振った方がいい?
馴れ馴れしいかな。
頭でも下げる?
それとも笑顔?
ぐるぐる考えているうちに、目の前まで来てしまった。
「お、おはよう、斉藤くん」
結局、挨拶に逃げた。これほど無難な最初の一言目があってよかったと、この習慣を生み出した誰かに感謝をする。
「おはよ。私服だと印象違うね」
「そうかな。どんなイメージだったの?」
「中学の修学旅行の時はジーンズだったし」
「さすがに修学旅行はね」
「いつもはスカートなんだね」
違うよ。好きな人には可愛いって思われたいから、わざわざ履いてきたんだよ。
そう言いたいけど、言えるわけがない。
「その日の気分次第かな」
ぼやかして答えた。
修学旅行では、斉藤くんと1度もしゃべったりはできなかった。行動も別で、遠くから見ていただけだ。
でも、ジーンズを履いていた私を思い出してくれるなんて、実は脈があったのかもしれない。少しは意識してくれていたんだとしたら、嬉しい。
「行く?」
何でもない顔をしながら、鞄からICカードを取り出しつつ聞いた。
「そうだな。行くか」
彼の言葉を聞いて頷くと、改札へと歩き出す。すぐに彼も、私の横に並んだ。手には、本ではなくICカードが既に握られている。
待ち合わせだと、彼もはっきり認識しているようだ。
夢は、共有されていたんだ……。
すました顔で改札機を通るも、心は諦めの境地だ。
開き直るしかない。
このローカル線の駅のホームは、通勤や通学時間以外はいつもすいている。ベンチもほとんど空いていたけれど、私達は何となくホームの先頭に立って待った。
暖かい日差しが気持ちいい。そよそよと風が頬をなでる。
「築山さん、座る?」
「んーん。このままでいいよ」
「そっか」
ベンチに座ることになれば、斉藤くんとの距離をどれだけ開けるか悩んでしまう。このままが1番いい気がした。
沈黙が気まずくなる少し前に、踏切の音がけたたましく鳴り響き、ガタンゴトンと赤く古びた電車が私たちの前で止まった。
音がうるさいのは安心する。しゃべらなくて済むから。
電車の中も、人の迷惑にならないように、静かにポツポツと無難な会話をするのが普通だから、ほっとする。
夢と違って、つまらない女の子だって思われたくない。
人がまばらな電車内に入り、反対側の扉のそばに立った。
横の座席には人がいない。
しばらく揺れながら外の景色を2人で眺めていた。たまにちらちらと斉藤くんの表情を伺うも、夢の中で私を好きかもと言った人とは思えないような無表情だ。
「斉藤くんはさ、毎週、図書館に行ってるの?」
普段と同じ表情を装って聞く。本当は、電車内の人にはどう思われているのかなとか、学生同士の恋人に見えるかなと、浮ついている。
「毎週ではないけど、ほどほどかな」
「そうなんだ。荷物が重いのが難点だね。教科書って数冊でも重いよね」
「持とうか?」
「えぇ!?」
びっくりして、つい大声を出してしまった。慌てて口を押さえる。
「大丈夫、大丈夫。そこまでではないよ」
なぜか早口になってしまう。斜めがけにしている小さなショルダーバッグとは別の、肩にかけた重い手提げバッグをぎゅっと握りしめる。
「そう? きつくなったら言って」
どこも掴んでいない左手をぐっぱぐっぱしながら聞いてくれる彼に、「だったら私の手を握ってください」と言いたいのを、ぐっと耐える。
「ありがとう。大丈夫だよ」
「分かったよ」
「斉藤くんって、優しいよね」
そう言うと、斉藤くんはいつもの無表情のまま、少し早口でこう言った。
「誰にでもじゃないよ」
まだ私には気づいていないようだ。
本当に待ってるし……。
私服を見るのは中学の修学旅行以来だろうか。新鮮で、それだけでドキドキする。
でも、待ち合わせしていると確認し合えば、あの夢を共有していることが確定してしまう。
何て話しかけよう……。
言葉が定まらないまま、距離が縮まる。
区切りまで読んだのか、彼がふと顔を上げてこちらを見た。
手を振った方がいい?
馴れ馴れしいかな。
頭でも下げる?
それとも笑顔?
ぐるぐる考えているうちに、目の前まで来てしまった。
「お、おはよう、斉藤くん」
結局、挨拶に逃げた。これほど無難な最初の一言目があってよかったと、この習慣を生み出した誰かに感謝をする。
「おはよ。私服だと印象違うね」
「そうかな。どんなイメージだったの?」
「中学の修学旅行の時はジーンズだったし」
「さすがに修学旅行はね」
「いつもはスカートなんだね」
違うよ。好きな人には可愛いって思われたいから、わざわざ履いてきたんだよ。
そう言いたいけど、言えるわけがない。
「その日の気分次第かな」
ぼやかして答えた。
修学旅行では、斉藤くんと1度もしゃべったりはできなかった。行動も別で、遠くから見ていただけだ。
でも、ジーンズを履いていた私を思い出してくれるなんて、実は脈があったのかもしれない。少しは意識してくれていたんだとしたら、嬉しい。
「行く?」
何でもない顔をしながら、鞄からICカードを取り出しつつ聞いた。
「そうだな。行くか」
彼の言葉を聞いて頷くと、改札へと歩き出す。すぐに彼も、私の横に並んだ。手には、本ではなくICカードが既に握られている。
待ち合わせだと、彼もはっきり認識しているようだ。
夢は、共有されていたんだ……。
すました顔で改札機を通るも、心は諦めの境地だ。
開き直るしかない。
このローカル線の駅のホームは、通勤や通学時間以外はいつもすいている。ベンチもほとんど空いていたけれど、私達は何となくホームの先頭に立って待った。
暖かい日差しが気持ちいい。そよそよと風が頬をなでる。
「築山さん、座る?」
「んーん。このままでいいよ」
「そっか」
ベンチに座ることになれば、斉藤くんとの距離をどれだけ開けるか悩んでしまう。このままが1番いい気がした。
沈黙が気まずくなる少し前に、踏切の音がけたたましく鳴り響き、ガタンゴトンと赤く古びた電車が私たちの前で止まった。
音がうるさいのは安心する。しゃべらなくて済むから。
電車の中も、人の迷惑にならないように、静かにポツポツと無難な会話をするのが普通だから、ほっとする。
夢と違って、つまらない女の子だって思われたくない。
人がまばらな電車内に入り、反対側の扉のそばに立った。
横の座席には人がいない。
しばらく揺れながら外の景色を2人で眺めていた。たまにちらちらと斉藤くんの表情を伺うも、夢の中で私を好きかもと言った人とは思えないような無表情だ。
「斉藤くんはさ、毎週、図書館に行ってるの?」
普段と同じ表情を装って聞く。本当は、電車内の人にはどう思われているのかなとか、学生同士の恋人に見えるかなと、浮ついている。
「毎週ではないけど、ほどほどかな」
「そうなんだ。荷物が重いのが難点だね。教科書って数冊でも重いよね」
「持とうか?」
「えぇ!?」
びっくりして、つい大声を出してしまった。慌てて口を押さえる。
「大丈夫、大丈夫。そこまでではないよ」
なぜか早口になってしまう。斜めがけにしている小さなショルダーバッグとは別の、肩にかけた重い手提げバッグをぎゅっと握りしめる。
「そう? きつくなったら言って」
どこも掴んでいない左手をぐっぱぐっぱしながら聞いてくれる彼に、「だったら私の手を握ってください」と言いたいのを、ぐっと耐える。
「ありがとう。大丈夫だよ」
「分かったよ」
「斉藤くんって、優しいよね」
そう言うと、斉藤くんはいつもの無表情のまま、少し早口でこう言った。
「誰にでもじゃないよ」
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