上 下
23 / 52

14.距離

しおりを挟む
 翌日、駅に向かうと遠目にも彼だと分かる雰囲気を持った人が、本を読みながら電柱の前で待っているのが見えた。
 まだ私には気づいていないようだ。

 本当に待ってるし……。

 私服を見るのは中学の修学旅行以来だろうか。新鮮で、それだけでドキドキする。

 でも、待ち合わせしていると確認し合えば、あの夢を共有していることが確定してしまう。

 何て話しかけよう……。

 言葉が定まらないまま、距離が縮まる。
 区切りまで読んだのか、彼がふと顔を上げてこちらを見た。

 手を振った方がいい? 
 馴れ馴れしいかな。
 頭でも下げる?
 それとも笑顔?

 ぐるぐる考えているうちに、目の前まで来てしまった。

「お、おはよう、斉藤くん」

 結局、挨拶に逃げた。これほど無難な最初の一言目があってよかったと、この習慣を生み出した誰かに感謝をする。

「おはよ。私服だと印象違うね」
「そうかな。どんなイメージだったの?」
「中学の修学旅行の時はジーンズだったし」
「さすがに修学旅行はね」
「いつもはスカートなんだね」

 違うよ。好きな人には可愛いって思われたいから、わざわざ履いてきたんだよ。
 そう言いたいけど、言えるわけがない。

「その日の気分次第かな」

 ぼやかして答えた。
 修学旅行では、斉藤くんと1度もしゃべったりはできなかった。行動も別で、遠くから見ていただけだ。
 でも、ジーンズを履いていた私を思い出してくれるなんて、実は脈があったのかもしれない。少しは意識してくれていたんだとしたら、嬉しい。

「行く?」

 何でもない顔をしながら、鞄からICカードを取り出しつつ聞いた。

「そうだな。行くか」

 彼の言葉を聞いて頷くと、改札へと歩き出す。すぐに彼も、私の横に並んだ。手には、本ではなくICカードが既に握られている。

 待ち合わせだと、彼もはっきり認識しているようだ。
 夢は、共有されていたんだ……。

 すました顔で改札機を通るも、心は諦めの境地だ。
 開き直るしかない。

 このローカル線の駅のホームは、通勤や通学時間以外はいつもすいている。ベンチもほとんど空いていたけれど、私達は何となくホームの先頭に立って待った。
 暖かい日差しが気持ちいい。そよそよと風が頬をなでる。

「築山さん、座る?」
「んーん。このままでいいよ」
「そっか」

 ベンチに座ることになれば、斉藤くんとの距離をどれだけ開けるか悩んでしまう。このままが1番いい気がした。

 沈黙が気まずくなる少し前に、踏切の音がけたたましく鳴り響き、ガタンゴトンと赤く古びた電車が私たちの前で止まった。

 音がうるさいのは安心する。しゃべらなくて済むから。
 電車の中も、人の迷惑にならないように、静かにポツポツと無難な会話をするのが普通だから、ほっとする。

 夢と違って、つまらない女の子だって思われたくない。

 人がまばらな電車内に入り、反対側の扉のそばに立った。
 横の座席には人がいない。

 しばらく揺れながら外の景色を2人で眺めていた。たまにちらちらと斉藤くんの表情を伺うも、夢の中で私を好きかもと言った人とは思えないような無表情だ。

「斉藤くんはさ、毎週、図書館に行ってるの?」

 普段と同じ表情を装って聞く。本当は、電車内の人にはどう思われているのかなとか、学生同士の恋人に見えるかなと、浮ついている。

「毎週ではないけど、ほどほどかな」
「そうなんだ。荷物が重いのが難点だね。教科書って数冊でも重いよね」
「持とうか?」
「えぇ!?」

 びっくりして、つい大声を出してしまった。慌てて口を押さえる。

「大丈夫、大丈夫。そこまでではないよ」

 なぜか早口になってしまう。斜めがけにしている小さなショルダーバッグとは別の、肩にかけた重い手提げバッグをぎゅっと握りしめる。

「そう? きつくなったら言って」

 どこも掴んでいない左手をぐっぱぐっぱしながら聞いてくれる彼に、「だったら私の手を握ってください」と言いたいのを、ぐっと耐える。

「ありがとう。大丈夫だよ」
「分かったよ」
「斉藤くんって、優しいよね」

 そう言うと、斉藤くんはいつもの無表情のまま、少し早口でこう言った。

「誰にでもじゃないよ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

パンツを拾わされた男の子の災難?

ミクリ21
恋愛
パンツを拾わされた男の子の話。

処理中です...