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僕らの想い、伝えたい貴女に

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 2種類ある制服。その内の1つに袖を通し、鏡を見てちゃんと着こなせているかを確認してから家を出る。
 玄関の鍵を閉め、下に降りるための階段に向かって3歩進み、隣の家のインターホンを鳴らす。1分、2分……3分経っても出てこない。これもいつものことなので、預かっている鍵で玄関を開ける。

「お邪魔します」

 脱いだ靴を揃えてから廊下を突き進み、目的の場所である寝室にたどり着く。この部屋の住人は社会人だというのに、まだ布団の中ですやすやと眠っている。

「先生、朝だよ」
「んっ……あゆむ君……ううん。あゆみちゃんか。おはよぉ~」

 先生と呼ばれた人物は寝ぼけ眼でありながらも、しっかりとスカートをめくり判断する。

「スカートの時点で分かるでしょっ! バカっ!」

 あゆみは寝室を出てすぐにキッチンに向かい、用意してあった菓子パンを2つ取り出す。

「……パンだけじゃなくてお味噌汁も飲みたい」

 あの後少ししてから起きてきた先生が、パンを口に加えながらそんなことを言う。

「あゆむと比べられるから嫌。それに私、料理できないし……」
「あゆむ君のお味噌汁が美味しいのは知ってるよ。だけど、私はあゆみちゃんのお味噌汁も飲みたいの!」
 
 それでも渋るあゆみに対し、先生は地雷を踏み抜いた。

「お味噌汁なんて簡単だよ」
「……じゃあ先生がこれから料理すれば」
「うっ……ごめんなさい」
 
 先生はろくな料理を作れない。どうしてそれで一人暮らしをしていたのが謎なくらいには……。そんな人物に簡単だと言われたら、ならお前がやれと思うだろう。
 あゆみの不機嫌さが伝わったのか、それ以降、余計な話をせず先生は大人しくパンを齧った。

「1日がこれだけで終わればいいのに」

 高校に入るまでは何度思ったか分からない。中学の時は毎日口にしていたと思う。

「あっ、今日は女の子なんだね。男なのに、そんな制服を着て恥ずかしくないの?」

 きゃははと笑う彼女たちを気にせず、自分の席に着く。彼女たちの言っていることは間違えでは無かった。
 私たちは乖離性同一症と診断された。私とあゆむは元々双子だった。両親とのキャンプに行く途中事故に会い、奇跡的にあゆむだけが助かった。
 私もその時亡くなったんだけど……何故かあゆむの身体で生きている。生きていると言っていいのか分からないけれど、今を生きている。
 病院の先生が言うにはあゆむだけでは事故のことが耐えきれなかったみたい。そして記憶の私が生み出された。あゆむを支えるために……。

 そんな私たちを周りは受け入れ辛かったのだろう。私が出てきた次の日からあゆむの立場は悪くなる一方だった。その証拠に、私が出てくる頻度が一月おきだったのに、今では一日おきになっている。

 それも全部、あゆむが「あゆみは女の子のカッコをしろ」というからだ。あゆむの体だから、あゆむに合わせるって言ったのに……あゆむの頑固者!  バカっ!
 あゆむは自分の事を軽く見すぎている。自分よりも私を優先している。もっと自分を大切にして欲しいのに……このまま消えてしまいそうな……そんな感じがする。

 そんな私たちが高校にも通っている理由が今朝の先生との出会いである。高校見学の時に、溢れていた私に熱心に話しかけ、学校を案内してくれた。その途中で私たちのことを聞かれた。いつもなら話さないのに、この時の私はあゆむの事が不安になっていた。
 だから思わず私たちの事を話してしまった。じっくりと私の話を聞いてくれた先生は唐突に先生の母親に電話をかけた。
 
 今住んでいるアパートは先生のお母さんが経営しているらしい。家賃を払うと言ったのに、2人に断られた。その代わりに何故か隣に住むことになった先生を2人でお世話することに決めた。

 先生は今の学校なら2人を受け入れてくれるよ。そう言って紹介してくれたので勉強を頑張った。主にあゆむが。私は試験日があゆむの日である事を願うだけだった。

 そして受かった先生のいる学校は、中学の時とは正反対に、私たちを無条件に受け入れた。少し変わり者なんでしょと言わんばかりの態度の人しかいなかった。
 
「ねぇねぇ、あゆみちゃんさ~」
「どうしたの?」
「好きになるなら男と女、どっちなの?」
「バカっ! 聞くにしても直球で聞きすぎよ! ごめんね、あゆみちゃん。今のことは忘れて」
「え~、だって気になるじゃんか~。みんなも気になるって言ってたじゃん」

 その言葉でお昼を一緒に食べていた人達を見回すと、全員がいっせいに目をそらす。
 中学の時はこういった話題は単なる嫌がらせの一環だった。けれど今は純粋に私に、私たちに興味があるからだと分かる。

「……今好きなのは女性だよ」

 自分の気持ちを誰かに言ったのは、先生以外では初めてだと思う。けれど、この気持ちはまだ先生には言えないから……。今日初めて打ち明けた。

「えっ!? だれ!?」
「……秘密」
「え~、そこまで言ったら教えてよ! このクラス? それとも別クラス? ねぇ、ねぇってば~」
「アンタは落ち着きなさいって。でも私も聞いていい? それであゆみちゃんはいいの?」

 それでいいのか。それは私が好きな人ではなく、あゆむが好きな人ではないのかということ。本当に、そこで私の心配をしてくれるのはずるいと思う。

「大丈夫だよ。というかあゆむはまだ気づいていないみたいだし、私が最初かも」

「「「「「え~!?」」」」」

 さっきよりも大きい驚きの声が教室を満たした。

「明日は飲み会だから1人になると思うけど、大丈夫?」

 家で夕食を食べた後、先生が明日の予定を告げる。私はもう高校生なのに、先生は未だ私を子供のように心配をする。

「明日はあゆむだし、大丈夫だよ」
「それもそっか」

 どうして『あゆむ』ならすんなりと納得するのか。なんだか無性に腹が立った。

 次の日……

 先生の家で待っていると普段はならない家に電話がなる。あゆむは先生からの電話だと確信し受話器をとった。

「……もしもし」
「あゆむく~ん。迎えに来て~」
「……今どこ?」
「最寄り駅まで来てる~」

 最寄り駅に急いで向かっていると、駅付近の公園で目的の人物を見つける。

 担いで帰れないことに少し落胆しながらも、肩を貸しながらゆっくりと歩く。

「……先生、酔すぎ」
「酔ってないで~す」

 絶対にバレる嘘をつく先生。その様子に少し楽しくなる。
 
「……酔ってますか」
「酔ってまーす!」

 やっぱり酔ってるんじゃん。
 
 いつもよりもさらにテンションの高い先生。こんな先生を知っているのは生徒の中で自分だけだという喜びがあゆむを満たす。

 ようやく家に着き、鍵を開け、先生をベッドに寝かせる。
 水の入ったコッブを持って寝室に向かうと、中で大きな声が聞こえる。今日、他の先生に言われたのだろう。数々の愚痴が聞こえてくる。

「だって私……可愛い女の子か男の娘にしか興味ないんだもん!」

 最後にそう言って音が途絶えた。ゆっくりと寝室の扉を開けると、すぅすぅと寝息を立てて眠っているのがわかる。

 「可愛い女の子か男の娘にしか興味ないんだもん!」その言葉は自分は対象外だ。そう遠回しに言われたのに何故か悲しくなかった。それはきっと、自分があゆみになればずっと一緒にいられる。そう思ったからだろう。

 ――さようなら、初恋の人

 そっとおでこにキスをし、もう一度先生の寝顔を覗き込む。
 
「……じゃあ、あゆみに代わるね」
「ん~ダメ~」
「!?」
「あゆむ君のご飯は美味しいしぃ~、頼り甲斐があって、思わず頼っちゃうもん。あゆみちゃんは理想の男の娘出し~2人ともずっと側にいて~」

 ――ずるいよ、先生……こんなの、離れられないよ

 次の日の朝……

 いつものように朝食が用意された机に着く。けれど今日用意されているのはいつもと違った。

「パンと……味噌汁?」

 あゆみは味噌汁を作らないと言っていた。けど、あゆむならご飯と味噌汁だし……一体どうなっているの!?
 先生が半ばプチパニックになっているのを面白そうに眺めている人影が1つ。

 その人物の服装は女子制服である。それならあゆみなのだが、目の前の味噌汁が先生の思考を乱す。

「さて、どっちでしょう」
 
 彼か彼女か……イタズラを楽しむように笑う。

 先生は味噌汁を1口呑み、結論を下した。

「いつもより塩辛い。あなたはあゆみちゃんだ!」
「……正解。だけどその当てられ方はなんかいや!」
「ごめん、ごめん。でも美味しいよ。ありがとうね、あゆみちゃん」

 あゆみは自分が消えても何も問題ないと思っていた。自分はあゆむによって造られた存在だとわかっていたから。
 けれど、昨日の光景を思い出す。あゆむは私に主導権を渡そうとした。私の方が先生を幸せにできるからと。
 だけど、当の本人からの言葉にあゆみは傷ついていた。

 あゆむは料理のことや、頼り甲斐という内面のことに触れられていた。それに対して、私はあゆむの外見に女物の服を着たという所しか出てこなかったのだ!

 これからもあゆむを助ける。そもそも助けないという選択肢はない。けれど、それとは別問題として、私も……先生を好きなあゆみとして、先生に意識してほしいと思った。

「……今度はもっと美味しく作るから」
「うん。楽しみにしているね」

 あゆむ、私は負けないから。あゆむも頑張って先生にアピールしてね。

「そういえば、今日の晩御飯はあゆむが作るらしいから」
「え? やった~、昨日食べ損ねてたからショックだったんだ~。今日の仕事も頑張ってくるね!」
「やっぱり釈然としない!」
 
 2人、いや3人の奇妙な生活はこれからも続く。
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