私が僕であるために

白キツネ

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34.僕の過去

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 僕が泣き止むまで、クラスのみんなは待ってくれる。このクラスで本当に良かったと思う。一人の男子生徒がある意味、当然の質問をする。周りの人は空気を読めという顔をするが、仕方ないと思う。僕だって気になっていただろうから。

「それで…櫻井さんはさ、どうして…、いや、これは聞いたらだめか」
「ううん。もう、大丈夫だと思うから。けど、みんなも薄々感じていると思うけど、今日のような楽しい日に話すようなことじゃないよ」

 言外に、面白く話せるようなことではないと伝えた所、悲しそうな顔をする人と、それでもと決意のこもった顔をする人とで別れた。前者は女子が多く、後者は男子が多いように見える。

「…それでも、今日は初めて、櫻井さん…、いや櫻井くんがクラスメイトになった日だから…」

 そんな風に言われたら、困ってしまう。それに、周りを見渡しても皆、こちらを見てうなずいている。もう断ることは出来ない。だから、僕も誤魔化すのはやめて、覚悟を決める。

「…そうだね、じゃあ、自己紹介から、僕の本当の名前は櫻井樹。樹木の樹と書いて、樹。…それで、紗夜という名前は…亡くなった僕のお姉ちゃんの名前なんだ」

 みんなが息を呑む声が聞こえる。それを気にせず、話を続ける。

「僕は覚えているのは5歳がぐらいかな、その時から、両親に暴力を振られていた。それに暴言も…、お前は家族じゃないとも言われたかな」
「…それはお姉さんも?」
「紗夜お姉ちゃんは両親に愛されていたよ。あっ、そっちじゃなくて、いじめの方かな?それはなかった。紗夜お姉ちゃんだけは僕のことを庇ってくれていたよ。両親のことも嫌っていた…と思う」

「中学校には通わせてもらえることにはなったけど、貰えるものは最低限だった。だから、…紗夜お姉ちゃんが僕のものを買いに行こうと、一緒に買い物に出か…けて…」

 あの時のことは詳しくは覚えていない。交差点の青信号を渡っている途中、トラックが来たこと、お姉ちゃんに押されたことだけだ。気づいたら病院に運ばれており、紗夜お姉ちゃんは僕の前からいなくなっていた。

「樹、無理は…」

 冬花が寄り添ってくれる。けれど、首をふる。これは一歩だ。僕が諦めた一歩だ。だから、ここで止まるわけにはいかない。

「…その時に事故に遭ったんだ。僕にとって唯一の家族が紗夜お姉ちゃんだったから、事実を受け止めることができなかった。その時から、世界がモノクロになった。両親の顔どころか、人の違いすらわからなくなった。僕自身も空っぽになった」

「そこからはずっと死にたいと思っていたかな。けれど、自分で死ぬ勇気はなかった。だから、毎日振るわれる暴力に、抵抗は一度もしなかった。そうすれば死ねると思ってたから…、そうすれば紗夜お姉ちゃんにもう一度会えるんじゃないかと思っていたから」

「だけど、うまくいかなかった。中学2年の時に祖父母に引きとってもらってからは、本当に何も無くなった。この虚無感を埋めたくて、僕は紗夜お姉ちゃんになろうとした。自分が紗夜お姉ちゃんを殺したようなものだから。贖罪のつもりでもあったかな。僕が死んで、紗夜お姉ちゃんになればいいと思ってた」

「だから、記憶の限り、話し方、仕草、姿勢、思いつく限りは全部身につけていった。自分が紗夜であると言い聞かせて、ずっと…、それが入学するまでの僕。そんな僕を見つけてくれたのが冬花だった。どうしてなのかな、冬花だけは最初から色付いて見えた。それに、さやかも僕を引っ張ってくれた。二人には本当に感謝してもし足りない」

「二人と行動して、自分を受け入れてくれる二人と一緒にいて、僕は僕自身を受け入れられるようになってきた。まだ、途中だけどね。今日もその一歩になると思ってる。ごめんね。僕のこんな暗い話、今日のこんな楽しい時に話すもんじゃなかった…」

 顔を上げると、みんなが泣いてしまっている。ああ、やっぱり話すべきじゃなかったかな。そう思っていると、涙を拭いながら、さやかがマイクを手に持つ。

「紗夜ちゃん、ありがと、話してくれて。じゃあ、みんなー、打ち上げを再開するよー。新しいメンバーも加入したことだし、テンションの上がる曲をみんなでリレーするよー」
「「「「「「おおー!」」」」」

 あの曲は絶対入れるべきだろ、こっちもだろ。男子、いつまで持ってるのよ。早くこっちに回しなさい。と、さっきまでの静寂な空間が一気に明るくなる。みんなの目元は赤くなっているが、それでも暗い雰囲気は見えない。困惑しているのは僕だけだ。

「ふふっ、さすが、さやかね。あの空気が一瞬でなくなっちゃたわ」
「…そうだね。流石に驚いてる」
「みんな受け入れてくれたね」
「…受け入れてくれたのかな」
「当たり前じゃない。そうでないなら、一人ぐらいは何か言ってるはずでしょ」
「そっか、なら…、よかった…」
「頑張ったね」

 紗夜お姉ちゃん、見てる?僕を受け入れてくれる人がこんなにいたよ。
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