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前編

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 私、本庄有栖ほんじょうありすは大学に通い始めて四年になります。

 大学に通っている途中、ある話を聞いてしまい、つい思っていることを言いたくなってしまいました。

  私が聞いた言葉は「あんな妹が欲しい……」です。
 
 私も時々思います。アニメや小説のような妹がいたらどんなに素晴らしいことか……
 そんな理想を描いた後に、実物を見て落差を感じる。そんなことを繰り返しています。

 急な話ですが、私は自分が嫌いです。こう思うようになったのも大学に入ってから…というよりも妹が大学に入学してから思うようになってしまいました。

 それは妹が私の第一志望校に合格したとか、妹の方がいい大学に入ったことで両親に優遇されている、というわけではありません。ではどうしてか? それは私と妹の考え方の違いです。

 私の両親は共働きで、大学に通う私たちよりも早く家を出て行く日が多く、帰りも私たちよりも遅いという状況です。そんな中、大学生となれば自由な時間が多くあります。
 特に朝の時間など余裕があります。ならば、私が出来る事…例えば洗濯や食器洗いなど、家事をすれば両親の負担が少しでも減るではないですか。それならばやらない理由がありません。

 なんて大袈裟に言ってしまいましたが、結局は今までの手伝いを大学に行くまでの隙間時間にしようと思っていた。いいえ、実際にしていました。それだけのことです。ではなぜ自分を嫌いになったのか? それは妹も大学生になったことで家にいる存在が増えたことが原因です。

 私が大学に入って二年間、妹は高校に通っていました。そのため、私が家事をしている間は家に誰もいなかったのです。妹は早く家を出ていましたから。なので何も感じませんでした。
 けれど妹が大学に通うことになり、私と同じように朝の時間に余裕ができたことである問題ができました。

 今まで何もなかったところに突然障害物ができたのです。食器を食器棚に置こうとする時にも、足元でスマホを触りながらゴロゴロ。掃除機をかけようとしている場所でもゴロゴロ。手伝おうとする意思すら見えません。

 妹は以前から母に手伝いを頼まれても嫌々ながら、もしくは手伝わないときも多々ありました。(手伝わないことが八……いえ、九割でしょうか)だから私も諦めていた部分もありました。けれど、日が経つことに妹の存在がとても邪魔に感じることが多くなってしまいました。

 (早く学校に行けばいいのに)

 そのように考えることが日に日に増えてきました。だって、妹が私よりも先に学校に行ってくれていれば、ゴロゴロしている姿が目に入らないわけですから。それだけでとても助かると思っていましたし、実際に気は楽でした。

 ここまでなら妹が嫌いで終わってしまう話ですね。実際、私はあまり妹が好きではありません。嫌い…といっても過言ではないかもしれません。けれどそれ以上に私自身を嫌っています。

 もう一度言いますが、私は両親の負担を少しでも減らすことができたらいいかなと思っていたのです。けれど、いつからだったでしょうか? 妹が私の隣でずっとスマホを見ながらゴロゴロしているのを見て思ってしまったのです。

 (どうして私だけ……)

 これが私が私を嫌う理由です。私は自分の意思で両親を手伝おうと思ったのです。決して両親が私だけに手伝うように言ったわけではないのです。むしろ両親は私に感謝の言葉をよく言ってくれます。「無理をしなくてもいいよ」とも言われます。けれど、その言葉に対して私が思うことは違います。

 (……違う、そうじゃないの。無理してるわけじゃないの)
 
 そうです。別に無理をしているわけではないのです。私がしているのはただのお手伝いの延長なのですから。ですが、私が何かしている横で何もせずただゴロゴロしている妹を見ていると、どうしても思ってしまうのです。

 (どうして私だけがやっているんだろう。あなたも手伝ってよ。その方が効率もいいのに…どうしてあなたは何もしていないのに、ご飯を食べたり、お風呂に入ったりするの?)

 そんな疑問を抱くようになってしまっても何もできることはありません。母や父もそんな妹に対してなんとかしようと声をかけたりするのですが、全く改善が見られることはありませんでした。

 そんな日々が続く中、朝から体調が悪い日がありました。そして最悪なことに、その日は偶然妹の学校が休みだったのです。
 もうお分かりでしょうか? そうです。そんな日でも妹は何もしてくれなかったのです。目が覚め、ご飯を食べれそうだったので食事をした後、台所に行くと――
 はい。わかってはいましたが使われた食器が置かれたままでした。

「はぁ…」

 頭がガンガンする中、食器を洗います。――元気な妹がゴロゴロしている中で…

 本来、心配して声をかけて代わりに行う。そんな期待をしてもいいとは思いませんか?

 けれど、そんな期待も儚く散ってしまいました。

 おそらく、妹にとってはどうして自分がやらないといけないのか。そんな気持ちが強いのでしょう。私個人としては大学生にもなって、バイトもせず、家の手伝いをも嫌がるのは相当おかしいと思うのですが、皆さんはどう思うのでしょうか?

 こんな妹と暮らしていく中、私は短気なのかもしれない…今までそんなことを思ったことがなかったのですが、近頃そう思うことがあります。
 そう思ったのはある日、妹がした発言に我慢ができなかった言葉があるからです。

「今日、お風呂入れてる?」

 夕食を食べ終わって30分ぐらい経った後、妹がふと口にした言葉。私は一瞬にして頭が真っ白になり、それと同時に部屋に響き渡るパンッという大きな音が聞こえる。
 目の前を見ると妹が左頬を押さえながら驚いた顔をしており、右手が痺れていることから、私は妹に手を出した事を自覚しました。

 どうして私がこの言葉に怒ったのか。普通にこの言葉を聞いても、今お風呂が沸いているのかの確認しているだけです。
 ならどうしてか? それはその日、私は午後まで授業の日なので学校に行っていました。そして家に帰ってからお風呂の準備をしたのです。そして妹はその日、学校が休みの日でした。

 おかしいと思いませんか? それとも先ほど言った通り私が短気なだけなのかもしれません。けれど、私には我慢できませんでした。

「どうしてずっと家にいて何もしていないの!? 勉強もしていないくせに! 少しぐらい家のことをやってくれてもいいじゃない! 『お風呂入れてる?』ってなに? 少しぐらい自分でやるつもりがないからそんなことが言えるんでしょう!?」

 あまり覚えていませんが、手を出したと自覚してからたたみ込むように叫んだ言葉はこんな感じでしょうか? 
 降り積もり続けた不満を初めて妹にぶつけた瞬間でした。

 その日から妹の行動に改善が見られました。私がする前に家事をしていたのです。二日間だけ。

 三日目に学校があったのではないか? いいえ? もちろんできなさそうな日などは抜いています。それでもこんなに三日坊主を体現している人物を私は見たことがありません。

 結果として、私の初めての心の叫びは妹には全く響きませんでした。それどころか、私にとってとても重い傷をつけたのです。

 (妹には何を言っても無駄…)

 何を言っても無駄だとわかっている。だから出来るだけいないものとして扱おう。そう思えば思うほど、横でゴロゴロしている妹が邪魔に思えてしまい、どうして私だけと思ってしまう。
 そんな自己嫌悪でストレスが溜まってしまい、夜に眠るのも辛くなってしまいました。

 そんな日々を過ごしながら、今日も家事を終えて大学に来ている。

「酷い顔してるね~。そんなに研究に行き詰まっているのかい?」

 そう言って教室で座っている私に話しかけてきたのは、高校からの付き合いのある周防奏多すおうかなた。明るく元気で、いつも話しかけてくれる女の子。高校の時はボーイッシュだったけど、今は髪を背中まで伸ばしていて、かっこいいというよりも綺麗になった。絡み方は相変わらず鬱陶しいけど……

「……違う。研究は順調。なんでも――」

 ない。そう言おうとしたのに、彼方にジーと見つめられ言葉が詰まってしまう。

結衣ゆいちゃんのこと?」

 結衣ちゃんとは私の妹、本庄結衣のこと。大学は違うけど、高校は一緒だったため、奏多も妹との面識はある。そして両親以外で唯一、妹のことで私が不満を抱えていることを知っている人物です。

「……正解。けれど、いくら奏多でもそれ以上踏み込まれたくない」

 誰かに同意してもらいたい。けれど、否定されたくもない。もしも妹に賛同されたら、もう立ち直れる自信が私にはない。
 私は弱い人間だから…それなら、誰にも踏み込まれたくない。

「何も言わなくていいよ。だけど当ててあげる。そうだね。酷い顔になり始めたのは今年からだけど、様子が少しずつおかしくなっていったのは去年から。つまり、結衣ちゃんが大学に行き始めてからということになる」

「……」

「考えられるのは一緒にいる時間が増えたこと。結衣ちゃんが何かした? ううん、違うか。結衣ちゃんが『何もしなかった』。そうでしょ」

「…っ! どうして…」

「どう? 正解? 当たった?」

 無邪気そうに私の顔を覗き込んでくる奏多に対し、何を言っていいのかわからなくなる。ここで正直に打ち明ける? でも……

「…ごめん。あんまり触れて欲しくなかったんだよね」

 一瞬悲しそうな、申し訳なさそうな顔をして離れようとする奏多を見て、慌てて声をかける。
 
「あっ…ごめん、正解。けどすごいね。当てられると思わなかった」

「高校から一緒にいるんだよ。有栖が何に悩んでいるかなんてわかるよ」

 だから話してみな? そんな風に言っているように聞こえる。気のせいかな? それでも奏多にならと思ってしまう。

「……ごめん。聞いてくれる?」

「…っ! もちろん! なんでも話して!」

 私は自分の気持ちを打ち明けた。家族にも言ったことがないことも含めて全部。けれど奏多は黙って聞いてくれて…

 そして私が話し終えると、奏多は「はぁ…」とため息をついた。

 (やっぱり私の考え方が悪かったのか)

 そう思って席から立ち上がろうとする。奏多にまで否定されたんだ。もうここにいるのも辛い。

「ごめんね。変なこと聞かせて……それじゃ私はひょれで、いひゃい! いひゃい!」

 席を立ち上がって奏多から離れようとすると、奏多に両頬を引っ張られてしまう。なんで!?

「有栖は一人で抱え込み過ぎなんだよ。やれって言われているわけじゃないんでしょ? それなら別に無茶をする必要はないじゃない」

「けど…ただの手伝いだし…そんな無茶ってわけじゃ……」

「はぁ、それでもあなたの心は疲弊してるってことわかってる? 家事だけの問題じゃない。あなたにとって結衣ちゃんの存在がもう苦痛になっているのよ」

 妹の存在が苦痛に…それはそうなのだけど……それはどうしようもないじゃない。だって家族なのだから…

「だから一度離れなさい。私の家においでよ。今は一人暮らしだし、部屋も余ってるから有栖なら歓迎するわ」

「けど…それじゃ迷惑が――」

「迷惑って私に? それともおじさんとおばさんに? 言い出したのは私だから迷惑にならないし、おじさんとおばさんにはどんな迷惑がかかるの?」

「それ…は……今までやって来たのにそれをしなくなったら――」

「有栖はなんのために手伝いを始めたの? 言われたから? 違うでしょ? 有栖は少しでも役に立ちたいって思っての行動、好意でやっているのだから何も言われないわ」

「……」

 そう…なのかもしれない。お父さんもお母さんもたぶん、何も言わない。それどころか喜ぶかもしれない。なんとなくそう思う。

「けど、そうね。それでも心配だというのならちゃんと話しなさい。一人じゃ不安なら私も行ってあげる。今、結衣ちゃんと離れておかないと、あなたが潰れてしまうわ」

「……うん。わかった。一人で話してみる。今までの気持ちも、奏多から誘われていることも…」

「うん。なら今日中に部屋を綺麗にしておくね」

「気が早いよ…」

「「ふふっ」」

 お互いに顔を見合わせて笑う。なんだか久しぶりに笑った気がする。普段も笑っていたはずなのに、不思議な感じがした。

 家に帰り、いつも通りの家事をして両親の帰りを待つ。今日は妹が帰って来るのが遅く、両親が早く帰ってくるみたいなので丁度いい。

「「ただいま」」

「お帰りなさい、お父さん、お母さん。少し話があるの…」

 私は今までの気持ちを全て両親の前で吐き出した。
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