犬歯少女とハク弱剣士

駿瀬 えいすけ

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瑠璃色な彼女①

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 オタカフェにて、わたしは自身の考えを述べました。
 この場にはカレーラス子爵、ハシオさん、モーリッツさんがいます。

「クリスちゃんは、今の状況に不満があるわけ?」

 子爵は、わたしに聞いてきました。

「そうではありません」

 あのままいけば、順当に借金は返せるでしょう。実際、崖のトレーニング場もフードトラックも、大繁盛しています。

「ですが、なにか足りない気がするのです」
「たとえば、どんな感じっすか?」
「もっとモーリッツさんらしいメニュー、といえばいいですかねぇ」
「カップ麺のようなメニューっすか?」

 わたしは、うなずきました。

「モーリッツさん独自のメニューを開発できれば、崖の訓練場以外でも収益が見込めます」
「ただ、俺はもう実業は」

 なかなか、モーリッツさんは首を縦に振りません。

 ですよね。同じ状況になったら、わたしでも無理でしょう。

「とにかく、リスクを取ったほうがいいって考えなんすよね?」
「そういえば、いいですかね」

 ただ、破産したばかりのモーリッツさんに、賭けをしろというのは酷です。

「事業の代金は、女性に奪われたままですか?」

 カップ麺の販売権利まで、女性に奪われたそうです。

「いや。それは冒険者ギルドに譲渡したんだ。あいつには、一銭も入っていない」

 権利剥奪は、すぐに行われました。

 たいそう、女性はゴネたそうです。

 ところが、モーリッツさんがいなくても、ギルドは女性の悪評を把握していました。裏を取って、正式な取引でギルド側が勝利したとか。

 おかげで、女性は要注意人物のリスト入りに。行方をくらましています。

 しかし、それがモーリッツさんの最後の抵抗でした。

 儲け話があれば、女性はまた顔を出すだろうと。

「整形やら書類の偽造やらで、手配書が出ても知らん顔だそうっす」

 ここまでくると、もはやプロの騙し屋ですね。

「もう嫌だ。あいつと関わるのは」

 モーリッツさんは、頭を抱えます。

「わかりました。新メニューの開発は、わたしが責任を取りましょう」
「クリスちゃんが?」
「ええ。わたしなら、たとえ利益が出ても教会へ寄付をします」

 教会も、下手に収益を触れません。立場がありますからね。

「儲けが出ても、一文なしよ? その上、失敗したら」
「ですから、ご協力ください。お願いします」

 このままでは、モーリッツさんは一生負け犬でしょう。
 顔に泥を塗られたまま、「いい勉強になった」という顔で過ごさなければなりません。


 それは、救いと言えるでしょうか?


 冗談じゃありません。


「俺のために、ありがとうシスター」
「誤解なきよう、モーリッツさん。あなたのためでは、ありませんので」

 やや詰まりがちに、わたしはモーリッツさんに告げます。

「え……」
「厳密に言うと、わたしは、あなたを助けたいわけじゃない」


 モーリッツさんが、黙り込みます。


「どういうこと? クリスちゃん」
「以前、わたしは、モーリッツさんのご家族に会いました。都の外れで親子丼を出している定食屋です」
「あそこ、モーリッツちゃんの故郷だったのね?」

 あの方たちは、問題を起こしたモーリッツさんを暖かく迎えていました。

「どちらかというと、わたしはあの方たちに報いたいのです。息子が苦しめられて、あの方たちはどれだけ辛い思いをなされたのでしょう?」

 思わず、カップの持ち手にヒビを入れてしまいました。

 ここまで、怒りに震えたことはありません。
 産まれて初めて湧き上がった感情に、わたしは少し戸惑っています。

「最低ですよね。わたしはあなたに、もう一度立てと言っているんです。おばあさまのために。だから、気が乗らなければ忘れてください。わたし一人でも戦いますので……」

 わたしが告げると、モーリッツさんが立ち上がりました。

「いや。おかげで目が醒めた。改めて、ありがとうシスター」
「はい。がんばりましょう、モーリッツさん」
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