短い話たち

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非行機

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「高飛びしようぜ」
それが彼の口癖だ。
彼は非行機と言って、まともに飛ばない飛行機だ。
いつも街の低空を飛んでは金品を風圧で巻き上げる。
そのまま高飛びをしては海外で豪遊している。
豪遊しては違う国に行きそこでまた金品を巻き上げる。
そして高飛びしては豪遊している。
とは言っても彼は飛行機だから人間のような豪遊はしない。
空から金品をまき散らすだけだ。飛行機界ではこれが豪遊らしい。
おかげで世界の経済状況は安定している。
人間はみんな喜んでいるが彼は自分は悪い奴だと思い込んでいる。

彼は飛んでばかりもいられない。たまには休む。休んで食べる。
彼の食事は人間だ。シレっと空港に停まって、シレっと乗って来る人間でお腹を膨らませる。
シレっと乗って来た人間を積んだ彼は、またシレっと空港を離陸する。
海を越え、山脈を超えて遠い国に着いた彼は、例によってシレっと空港に着陸して人間を降ろす。
これは残酷な話ではない。だから人間は咀嚼され消化されてはいない。ちゃんと生きていてちゃんと歩く。
空港で彼が降ろしたのは、高飛びしたかった人間たちだ。
でも彼らは悪人ではない。日常から高飛びしたかった人間たちだ。
仕事に疲れた人間、恋愛に破れた人間、学校が嫌になった人間、自分を変えたい人間、そんな人間たちを彼は非日常になった景色の中に解き放つ。
人間はみんな喜んでいるが彼は自分は悪い奴だと思い込んでいる。

今のところここまで書いた。
僕は知らない街のホテルでこの話を書いている。
僕も非行機が非行して運んでくれた人間のひとりだ。
新しい街、新しい景色の中で非行機に感謝しながらこれを書いているが、そんな景色の空をさっき非行機が、自分は悪い奴だと思い込んで飛んでいた。
いい奴だと書くと、僕は飛行機で連れ戻されるから。

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