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手は言葉が言える。
音はないけど文字が書ける。
私は手に話しかける。
手は文字で応える。
「いつもありがとうね」
私の声がする。
【いいえそんなこと】
手が書く文字が映る。
こういうことを実際やってみたら何か起こるんだろうかと思い、ある日、本当にやってみた。
机の上にノートを開いた。
「いつもありがとうね」
私の声がする。
【いいえそんなこと】
手が書く文字が映る。
「ところで」
【はい?】
「僕はいつ生まれたんだっけ?」
【忘れたんですか?】
「いや、試しに聞いただけ」
【〇〇年〇月〇〇日ですけど】
「うん、間違いない」
はじめはこんなテストで始まったが、途中私が
「しかし自分が自分と話すなんて、やっぱりつまらないし、周りから見たら気が変と思われるだけだよな」
と言った時から様子が変わった。
【そうでしょうか?】
それまでは私のセリフも手が書く文字も、私の意識の範疇にあったのが、今、手が書いた文字は意識の中になかった。
勝手に手が動き、書いたのだ。
「え?」
【そうでしょうかと言ったんです】
私は手を叩いた。痛いだけだった。たしかに私の手なのだが。
【あなた、〇〇君を知ってますね?】
手は、知らない名前を書いた。
「いや、知らないな」
【あなたが幼稚園の時に、一緒に通園した子ですよ。覚えてません?】
私は記憶をたぐった。その先っぽの方に、そういえばという感じで〇〇という名前が引っかかっていた。
「あぁ、そんなのいたなぁ」
【困りますねぇ、あなたのことなのに】
その後、手が書く文字に現れる名前や事柄は私が知らないものばかりだったが、手はそれらが何かをすべて文字で教えた。
するとうっすらとそれらが脳裏に浮かんで来た。
【みんなあなたのことなんですよ】
手は私のこめかみを押さえた。私は悩んだようなポーズになったが、実は手が悩んでいるのだった。
こめかみから離れた手は
【じゃ、押入れの中の段ボール箱を開けてみてください】
と書いた。
私は押入れから段ボール箱を引っ張り出して開けた。中にはノートがたくさん詰まっていた。私の古いノートたちだった。
【これはみんな、あなたが私に書かせたものですよ】
ノートをひとつひとつ開けると、自分が書いたらしい文字が現れた。
ひらがなの練習をしたり、ラブレターの下書きをしたり、旅行に行った喜びや親への愚痴を書いたり。
いろんな時期のいろんな自分と文字がそこにはあった。
しかしそれを書いた記憶はなんにも残っていなかった。
【みんな私が書かされたんです。でもみんな徒労になってしまいました。私はなんのために文字を書いてきたんでしょう?】
たしかにそうだ。文字どころでなく、私はそれらの文字を書いていた自分も捨てていたようだ。
「すまない。考えたらそうだ。君に書かせたこと、僕はほとんど捨てて来たんだ。無駄なことをさせてたようだ。ずいぶん疲れたろう」
【疲れました】
しばらく私は考えていたが
「じゃあ、この中にあるひとつのことだけをこれからするよ」
と言った。そしてどれが今からでも出来るか、ノートをひとつひとつ読みあさった。
そして「これだ」というものを見つけた。
それは私が、小学校の時に書いたノートの中にあった。
鉛筆で何かを書いて、消しゴムで消したほとんど真っ白なページだった。
ところどころ消しそこなった文字の一部が残っていたが、なんの文字なのかは分からない。
私は段ボール箱から出したノートを全部元に戻し「再生古紙」の貼り紙を箱に貼って表に出した。
明日あたり、回収業者が持って行くだろう。
私は過去の文字をみんな消し去った。ノートは紙に戻って再生されて、新しい目的を得るだろう。
それだけでも、手に報えたような気がした。
部屋に戻り、机の上のノートと向かい合った。
「君の徒労のほんの一部だけど、救うことが出来たよ」
そうノートに言うと
【ありがとう。ところで、あそこになんて書いてあったか覚えてますか?】
と、文字がノートに現れた。
「いや、全然覚えてないよ」
【そうですか。あそこにはね、死んでやる死んでやる死んでやる死んでやるって、死んでやるがいっぱい書いてあったんです。それをあなたは消したんです。きっと死にたいほど嫌なことがあったけど、生きる気持ちを取り戻したから消したんでしょう】
実は私は、このノートに遺書を書いて自殺するつもりだった。
今まで何もいいことがなかったから。
この世の最後の戯れに、こうして手と遊んでいたのだ。
死にたいをいっぱい書いた頃も、何もいいことがなかったんだろう。
死にたい死にたい死にたい死にたいなんて、かわいい遺書だ。
でもそれを消しゴムで消したのも、この手だったはずだ。
【あなたが自分を捨てそうになったら、また勝手に動きますよ】
その文字がノートに現れた後、手は私の意識の中に戻った。
音はないけど文字が書ける。
私は手に話しかける。
手は文字で応える。
「いつもありがとうね」
私の声がする。
【いいえそんなこと】
手が書く文字が映る。
こういうことを実際やってみたら何か起こるんだろうかと思い、ある日、本当にやってみた。
机の上にノートを開いた。
「いつもありがとうね」
私の声がする。
【いいえそんなこと】
手が書く文字が映る。
「ところで」
【はい?】
「僕はいつ生まれたんだっけ?」
【忘れたんですか?】
「いや、試しに聞いただけ」
【〇〇年〇月〇〇日ですけど】
「うん、間違いない」
はじめはこんなテストで始まったが、途中私が
「しかし自分が自分と話すなんて、やっぱりつまらないし、周りから見たら気が変と思われるだけだよな」
と言った時から様子が変わった。
【そうでしょうか?】
それまでは私のセリフも手が書く文字も、私の意識の範疇にあったのが、今、手が書いた文字は意識の中になかった。
勝手に手が動き、書いたのだ。
「え?」
【そうでしょうかと言ったんです】
私は手を叩いた。痛いだけだった。たしかに私の手なのだが。
【あなた、〇〇君を知ってますね?】
手は、知らない名前を書いた。
「いや、知らないな」
【あなたが幼稚園の時に、一緒に通園した子ですよ。覚えてません?】
私は記憶をたぐった。その先っぽの方に、そういえばという感じで〇〇という名前が引っかかっていた。
「あぁ、そんなのいたなぁ」
【困りますねぇ、あなたのことなのに】
その後、手が書く文字に現れる名前や事柄は私が知らないものばかりだったが、手はそれらが何かをすべて文字で教えた。
するとうっすらとそれらが脳裏に浮かんで来た。
【みんなあなたのことなんですよ】
手は私のこめかみを押さえた。私は悩んだようなポーズになったが、実は手が悩んでいるのだった。
こめかみから離れた手は
【じゃ、押入れの中の段ボール箱を開けてみてください】
と書いた。
私は押入れから段ボール箱を引っ張り出して開けた。中にはノートがたくさん詰まっていた。私の古いノートたちだった。
【これはみんな、あなたが私に書かせたものですよ】
ノートをひとつひとつ開けると、自分が書いたらしい文字が現れた。
ひらがなの練習をしたり、ラブレターの下書きをしたり、旅行に行った喜びや親への愚痴を書いたり。
いろんな時期のいろんな自分と文字がそこにはあった。
しかしそれを書いた記憶はなんにも残っていなかった。
【みんな私が書かされたんです。でもみんな徒労になってしまいました。私はなんのために文字を書いてきたんでしょう?】
たしかにそうだ。文字どころでなく、私はそれらの文字を書いていた自分も捨てていたようだ。
「すまない。考えたらそうだ。君に書かせたこと、僕はほとんど捨てて来たんだ。無駄なことをさせてたようだ。ずいぶん疲れたろう」
【疲れました】
しばらく私は考えていたが
「じゃあ、この中にあるひとつのことだけをこれからするよ」
と言った。そしてどれが今からでも出来るか、ノートをひとつひとつ読みあさった。
そして「これだ」というものを見つけた。
それは私が、小学校の時に書いたノートの中にあった。
鉛筆で何かを書いて、消しゴムで消したほとんど真っ白なページだった。
ところどころ消しそこなった文字の一部が残っていたが、なんの文字なのかは分からない。
私は段ボール箱から出したノートを全部元に戻し「再生古紙」の貼り紙を箱に貼って表に出した。
明日あたり、回収業者が持って行くだろう。
私は過去の文字をみんな消し去った。ノートは紙に戻って再生されて、新しい目的を得るだろう。
それだけでも、手に報えたような気がした。
部屋に戻り、机の上のノートと向かい合った。
「君の徒労のほんの一部だけど、救うことが出来たよ」
そうノートに言うと
【ありがとう。ところで、あそこになんて書いてあったか覚えてますか?】
と、文字がノートに現れた。
「いや、全然覚えてないよ」
【そうですか。あそこにはね、死んでやる死んでやる死んでやる死んでやるって、死んでやるがいっぱい書いてあったんです。それをあなたは消したんです。きっと死にたいほど嫌なことがあったけど、生きる気持ちを取り戻したから消したんでしょう】
実は私は、このノートに遺書を書いて自殺するつもりだった。
今まで何もいいことがなかったから。
この世の最後の戯れに、こうして手と遊んでいたのだ。
死にたいをいっぱい書いた頃も、何もいいことがなかったんだろう。
死にたい死にたい死にたい死にたいなんて、かわいい遺書だ。
でもそれを消しゴムで消したのも、この手だったはずだ。
【あなたが自分を捨てそうになったら、また勝手に動きますよ】
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