短い話たち

アルコール漬け

アルコールに漬けたものは腐らないと聞いた。
腐らない父親、腐らない母親。
あのよかった日がアルコールに浸かって目の前にある。大きな家型の水槽の中で。

私と妻、まだ小さい子供が水槽に向かって手を振る。
「ほら、おじいさんとおばあさんだよ」
私が子供の頃に見た父と母の顔がこちらを見て笑っている。

もう少ししたら、私たちもアルコールに浸かろうと思う。今がいちばんいい時だから。
腐らせたくない時だから。

私たちが水槽に入ったら、さて誰がこのいい時を見るのだろう？

それは私だった。

アルコール漬けの私の脳がまた、そんな風景を見せる。

家族を事故で失って以来、私はアルコールに溺れた。

挙句の果て私はアルコールで体を壊して死んでしまった。

身寄りのない私の体は献体として解剖され、脳は取り出され、標本としてアルコールに漬かって、今は瓶の中にある。

そんな境遇に私は腐らず、私の脳も腐らず、腐らない風景を見ている。

全てアルコールのおかげだ。
ありがとう。