刺朗

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対決⑧

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「母親は、川原をかばったんでしょうか?」
朗読を中断し、平井が聞いた。
「かも知れないし、そうじゃないかも知れない。殺されたのも我が子、殺したのも我が子、母親の心境を推し量るのは難しい。復讐と保護、どちらもあったかも知れない…しかし酷い」
平井は再び紙面に目を落とした。

「僕は罪に問われなかった。それどころか世間から同情さえされた。心が痛んだというより、心をなんとかしたかった。この、いたぶらなければ愛せない心を」

「しかし憎らしいほど淡々と書く奴だ!」
朗読に平井の怒りが混じる。

「その後、僕は叔父の養子になり、社会人になるまでそこで過ごした。
この頃が一番平穏だったかも知れない。なぜなら愛する人が誰もいなかったから。僕は家族しか愛せないのだから。
僕はせめて、両親や兄弟の果たせなかった夢を叶えようと、勉学に集中した。
結果一流といわれる大学を出、そこそこの企業に就職も出来た。
ただ、その過程で、僕は持つべきではない家族をまた持ってしまった。
なんとかしたい心は、未だ手付かずだった。
家族を持ってまずしたことは、妻を虐めることだった。ただ、虐め方は以前とは違った。なぜなら結婚の時の約束事が
あったからだ。
僕は妻を人生の勝利者にすると誓った。
だから妻は殺してはならないのだ。
それに妻は、穏やかに愛されて続けなければならない。
虐めの記憶はあってはならない。
僕は模索していた。なんともならない心を今こそなんとかしようと。
ただ、繋ぎの虐めは、まるでその心の食べ物のように補給してやらなければならなかった。それも妻に悟られないようにだ。
何がいいのかを、会社でのある日の昼食中に考えていた時だ。
自分は今、何を食べている?と、ふと思った。
食べていたのは妻の手弁当だった。
妻は毎日、朝早くに起きて僕の弁当を作ってくれた。
料理が好きだと言っていた。
彼女の味付けは、亡き母のそれに近かったから、僕は毎日、昼食時を待ち焦がれた。
【美味しかったよ】という僕の言葉を聞くことと、綺麗に空になった弁当箱を見ることが、妻の最上の喜びだった。
…ならば。
翌日から、僕は昼食を外食に変えた。
僕の家から最寄駅までは、しばらく堤防を歩くことになる。
僕はその日の出勤途中に、堤防を下り、川べりに立った。そして可愛らしく清潔な布で包んである弁当箱の結びをほどき、蓋を開け、逆さにした。
妻の料理はその日から、朝の川が食べることになった。
そしてその川は後日、僕の娘も食べることになった」
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