32 / 55
対決⑦
しおりを挟む
母親が持ち上げかけていたお盆がそのまま台所のテーブルに落ちた。
ガシャンと音がした。
茶碗のいくつかがひっくり返り、ご飯がこぼれた。
小さなピンクの茶碗があった。
妹のだ。
中から卵を混ぜたおかゆが流れ出た。
【大丈夫かー】
父親の呑気な声がした。
僕は居間に入り、こちらに向いていた弟の背中を刺した。
【痛い!】
弟の声がした。
宙を見ながら2度3度刺した。
声はしなかった。
代わりにちゃぶ台の上の食器がぶつかる音がした。
目を下ろしたら、弟のイガグリ頭の後頭部が見えた。弟はちゃぶ台に突っ伏していた。
【狂ったか!】
そう叫ぶ父親は、妹を抱きしめ突っ立っていた。そちらを向くと、父親はちゃぶ台を蹴り飛ばした。
一瞬、弟の眠ったような顔が見え、ちゃぶ台は、仰向けにひっくり返った弟の体の上に被さった。
辺りに母親の料理がちらばった。
僕はまっすぐ走り、父親の胸や腹を刺した。
父親は妹を上に掲げて守っていた。
何度か刺すうち、その手がパッと開いて妹が落ちた。
畳に落ちた妹は泣き叫んでいたが、刺したら静かになった。
妹から包丁を抜いていた時、不意に重いものが背中に被さって来た。
【貸しなさい…】
重いものは囁いた。
【包丁を…貸しなさい…】
母親の声だった。
妹から抜いた包丁を持つ僕の右手の脇に、だらんとぶら下がる母親の手は痙攣していた。
なぜか僕は
【持つの?】
と普通に言った。
痙攣した手に包丁を載せると、手は強く握った。覆い被さる重いものが軽くなり、直後に背中に痛みが走った。
…刺されはしなかった。
そして再び重くなった。
僕は、ほふく前進するように重いものをすり抜け、台所に行き、テーブルの上にひっくり返った茶碗からこぼれた飯粒をかき集めた。
そしてみんなの口に詰めた。
妹には、ピンクの茶碗からおかゆをスプーンですくい、半開きの唇をつまみ開けて注いでやった。
乳歯が折れた隙間が見えた。
そこにはもう、永久歯は生えて来ないんだと思った。
最後に僕も血まみれのご飯を食べた。
赤い味がした。
みんなの夕食は終わった。
僕は母親の体の下に潜り込んで、うつ伏せに平たくなり、目を瞑った。
…母親の香りがした。
【ごめんなさい】
と呟いた」
ガシャンと音がした。
茶碗のいくつかがひっくり返り、ご飯がこぼれた。
小さなピンクの茶碗があった。
妹のだ。
中から卵を混ぜたおかゆが流れ出た。
【大丈夫かー】
父親の呑気な声がした。
僕は居間に入り、こちらに向いていた弟の背中を刺した。
【痛い!】
弟の声がした。
宙を見ながら2度3度刺した。
声はしなかった。
代わりにちゃぶ台の上の食器がぶつかる音がした。
目を下ろしたら、弟のイガグリ頭の後頭部が見えた。弟はちゃぶ台に突っ伏していた。
【狂ったか!】
そう叫ぶ父親は、妹を抱きしめ突っ立っていた。そちらを向くと、父親はちゃぶ台を蹴り飛ばした。
一瞬、弟の眠ったような顔が見え、ちゃぶ台は、仰向けにひっくり返った弟の体の上に被さった。
辺りに母親の料理がちらばった。
僕はまっすぐ走り、父親の胸や腹を刺した。
父親は妹を上に掲げて守っていた。
何度か刺すうち、その手がパッと開いて妹が落ちた。
畳に落ちた妹は泣き叫んでいたが、刺したら静かになった。
妹から包丁を抜いていた時、不意に重いものが背中に被さって来た。
【貸しなさい…】
重いものは囁いた。
【包丁を…貸しなさい…】
母親の声だった。
妹から抜いた包丁を持つ僕の右手の脇に、だらんとぶら下がる母親の手は痙攣していた。
なぜか僕は
【持つの?】
と普通に言った。
痙攣した手に包丁を載せると、手は強く握った。覆い被さる重いものが軽くなり、直後に背中に痛みが走った。
…刺されはしなかった。
そして再び重くなった。
僕は、ほふく前進するように重いものをすり抜け、台所に行き、テーブルの上にひっくり返った茶碗からこぼれた飯粒をかき集めた。
そしてみんなの口に詰めた。
妹には、ピンクの茶碗からおかゆをスプーンですくい、半開きの唇をつまみ開けて注いでやった。
乳歯が折れた隙間が見えた。
そこにはもう、永久歯は生えて来ないんだと思った。
最後に僕も血まみれのご飯を食べた。
赤い味がした。
みんなの夕食は終わった。
僕は母親の体の下に潜り込んで、うつ伏せに平たくなり、目を瞑った。
…母親の香りがした。
【ごめんなさい】
と呟いた」
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました
加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
若月骨董店若旦那の事件簿~水晶盤の宵~
七瀬京
ミステリー
秋。若月骨董店に、骨董鑑定の仕事が舞い込んできた。持ち込まれた品を見て、骨董屋の息子である春宵(しゅんゆう)は驚愕する。
依頼人はその依頼の品を『鬼の剥製』だという。
依頼人は高浜祥子。そして持ち主は、高浜祥子の遠縁に当たるという橿原京香(かしはらみやこ)という女だった。
橿原家は、水産業を営みそれなりの財産もあるという家だった。しかし、水産業で繁盛していると言うだけではなく、橿原京香が嫁いできてから、ろくな事がおきた事が無いという事でも、有名な家だった。
そして、春宵は、『鬼の剥製』を一目見たときから、ある事実に気が付いていた。この『鬼の剥製』が、本物の人間を使っているという事実だった………。
秋を舞台にした『鬼の剥製』と一人の女の物語。
コドク 〜ミドウとクロ〜
藤井ことなり
ミステリー
刑事課黒田班に配属されて数ヶ月経ったある日、マキこと牧里子巡査は[ミドウ案件]という言葉を知る。
それはTMS探偵事務所のミドウこと、西御堂あずらが関係する事件のことだった。
ミドウはマキの上司であるクロこと黒田誠悟とは元同僚で上司と部下の関係。
警察を辞め探偵になったミドウは事件を掘り起こして、あとは警察に任せるという厄介な人物となっていた。
事件で関わってしまったマキは、その後お目付け役としてミドウと行動を共にする[ミドウ番]となってしまい、黒田班として刑事でありながらミドウのパートナーとして事件に関わっていく。
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる