30 / 55
対決⑤
しおりを挟む
平井がコーヒーを2つ持って帰って来た。
「すまないね」
後藤は、湯気の立つ黒い液体を口に含んだ。そして平井に言った。
「この後の紙束には、私と君の命に関わることが書かれているかも知れない。そんな予感がするんだ。なぜなら川原は、わざわざ私と君を選んで何かを仕掛けていると思うからだ」
「まるでお化け屋敷ですね」
平井は他人事のように楽し気に言った。
「遠足だ」
後藤も楽し気に返した。
「そうさ、この先はお化けに襲われるんだ、私らはね」
コーヒーの効果か、後藤は気持ちに少しのゆとりと、大きな覚悟が湧いて来た。
「第二章、真相…読みます」
「あぁ」
この狭い部屋、2人の刑事だけの空間で、川原の告白が開く。
「僕の生まれた家は、生活水準で言えば平均より少し低かった。
父親も母親も学歴はなく、頭より体を使う仕事にしか従事出来なかったようだ。
だから給料も低い学歴ゆえに少なく、生活は貧しかった。
しかし世の中公平なもので、裕福な人間は水平しか見られない。
つまり現状維持に身を削るしか出来ない窮屈しかないが、貧しい人間は、上と下を見る余裕がある。
つまり向上するか諦めるかの選択肢があるのだ。
僕の親は、その前者だった。
自分たちが味わえなかったひとつ上の世界を、子供の目が見ることを願っていた。
そんな両親の、1番目の子供として僕はこの世に生を受けた。
しかしそれは僕の両親にとって、大きな間違いだった。
僕は両親の願いと、両親そのものを葬ってしまったのだから。
唯一葬らずに済んだ両親の願いがこの自分とは皮肉なものだ。
両親と弟、妹、みんな愛する人たちだった。なぜ愛したかは可哀想だったから。
なぜ可哀想かは、虐めたからだが。
彼らに対して僕がした虐めは、ノートに記したのでここには書かないし、もう書きたくないが、果たして彼らは、犯人が僕だと知っていたろうか?
それは分からない。
仮に分かっていたとしても、彼らは誰として僕を責めなかった。
いや、責められなかったのかも知れない。
それはこの僕の、きっと両眼の中に、凶悪な光を見て恐ろしかったのかも知れない。
もっとも1番下の妹は、なんの判別もつかなかったかも知れないが。
分からなかったなら分からないまま僕に対して、毎日に対して素直でいる彼らの様子がまた、僕の憐憫を誘った。
そんなことを考えるとますます彼らが可哀想になり、また愛し、虐めた。
そしてとうとうあの日がやって来たんだ。言い換えれば、発作的に僕の愛情がピークに達した日だ。
なんの変哲もない、平日の夕食の時間だった。
貧しい家のちゃぶ台に載った、母親の、粗末だが心尽くしの料理を、僕と弟、父親の膝に乗った妹はじっと見ていた。
この日まで毎日、夕食はみんなで囲んで食べていた。
この日まではだ。
「すまないね」
後藤は、湯気の立つ黒い液体を口に含んだ。そして平井に言った。
「この後の紙束には、私と君の命に関わることが書かれているかも知れない。そんな予感がするんだ。なぜなら川原は、わざわざ私と君を選んで何かを仕掛けていると思うからだ」
「まるでお化け屋敷ですね」
平井は他人事のように楽し気に言った。
「遠足だ」
後藤も楽し気に返した。
「そうさ、この先はお化けに襲われるんだ、私らはね」
コーヒーの効果か、後藤は気持ちに少しのゆとりと、大きな覚悟が湧いて来た。
「第二章、真相…読みます」
「あぁ」
この狭い部屋、2人の刑事だけの空間で、川原の告白が開く。
「僕の生まれた家は、生活水準で言えば平均より少し低かった。
父親も母親も学歴はなく、頭より体を使う仕事にしか従事出来なかったようだ。
だから給料も低い学歴ゆえに少なく、生活は貧しかった。
しかし世の中公平なもので、裕福な人間は水平しか見られない。
つまり現状維持に身を削るしか出来ない窮屈しかないが、貧しい人間は、上と下を見る余裕がある。
つまり向上するか諦めるかの選択肢があるのだ。
僕の親は、その前者だった。
自分たちが味わえなかったひとつ上の世界を、子供の目が見ることを願っていた。
そんな両親の、1番目の子供として僕はこの世に生を受けた。
しかしそれは僕の両親にとって、大きな間違いだった。
僕は両親の願いと、両親そのものを葬ってしまったのだから。
唯一葬らずに済んだ両親の願いがこの自分とは皮肉なものだ。
両親と弟、妹、みんな愛する人たちだった。なぜ愛したかは可哀想だったから。
なぜ可哀想かは、虐めたからだが。
彼らに対して僕がした虐めは、ノートに記したのでここには書かないし、もう書きたくないが、果たして彼らは、犯人が僕だと知っていたろうか?
それは分からない。
仮に分かっていたとしても、彼らは誰として僕を責めなかった。
いや、責められなかったのかも知れない。
それはこの僕の、きっと両眼の中に、凶悪な光を見て恐ろしかったのかも知れない。
もっとも1番下の妹は、なんの判別もつかなかったかも知れないが。
分からなかったなら分からないまま僕に対して、毎日に対して素直でいる彼らの様子がまた、僕の憐憫を誘った。
そんなことを考えるとますます彼らが可哀想になり、また愛し、虐めた。
そしてとうとうあの日がやって来たんだ。言い換えれば、発作的に僕の愛情がピークに達した日だ。
なんの変哲もない、平日の夕食の時間だった。
貧しい家のちゃぶ台に載った、母親の、粗末だが心尽くしの料理を、僕と弟、父親の膝に乗った妹はじっと見ていた。
この日まで毎日、夕食はみんなで囲んで食べていた。
この日まではだ。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました
加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
若月骨董店若旦那の事件簿~水晶盤の宵~
七瀬京
ミステリー
秋。若月骨董店に、骨董鑑定の仕事が舞い込んできた。持ち込まれた品を見て、骨董屋の息子である春宵(しゅんゆう)は驚愕する。
依頼人はその依頼の品を『鬼の剥製』だという。
依頼人は高浜祥子。そして持ち主は、高浜祥子の遠縁に当たるという橿原京香(かしはらみやこ)という女だった。
橿原家は、水産業を営みそれなりの財産もあるという家だった。しかし、水産業で繁盛していると言うだけではなく、橿原京香が嫁いできてから、ろくな事がおきた事が無いという事でも、有名な家だった。
そして、春宵は、『鬼の剥製』を一目見たときから、ある事実に気が付いていた。この『鬼の剥製』が、本物の人間を使っているという事実だった………。
秋を舞台にした『鬼の剥製』と一人の女の物語。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
コドク 〜ミドウとクロ〜
藤井ことなり
ミステリー
刑事課黒田班に配属されて数ヶ月経ったある日、マキこと牧里子巡査は[ミドウ案件]という言葉を知る。
それはTMS探偵事務所のミドウこと、西御堂あずらが関係する事件のことだった。
ミドウはマキの上司であるクロこと黒田誠悟とは元同僚で上司と部下の関係。
警察を辞め探偵になったミドウは事件を掘り起こして、あとは警察に任せるという厄介な人物となっていた。
事件で関わってしまったマキは、その後お目付け役としてミドウと行動を共にする[ミドウ番]となってしまい、黒田班として刑事でありながらミドウのパートナーとして事件に関わっていく。
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる