刺朗

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展開④

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「しかしまだ、自殺と確定したわけではありません」
自殺説が覆い尽くした会場に、後藤の声が響いた。
「自殺と断定するのは、USBの解析結果が出てからにすべきだと思います」
川原が絡んだ過去2件の殺人事件が、いずれもうやむやに終わっているのが、尻切れトンボの捜査が原因であることを後藤は懸念したのだ。
すべての捜査資料が精査されない限りは、うかつに結論を出すべきではないと後藤は力説した。
捜査が完全終了しなければ、たとえ本人が死んでいるとはいえ、また川原は無罪放免となってしまう。後藤はそれが許せなかった。過去の事件で無念の思いをした、幾人かの捜査員から今回の操作を託された思いが強い後藤は、むしろ本件をもとに、川原の過去の罪を暴くべきだと思っていた。
会議は散会し、後は上の判断を仰ぐこととなった。
(USB、早く開いてくれ)
後藤は、川原の思惑に乗せられている自分が悔しかった。何よりもあの、記憶が飛ぶカラクリを解明したかった。

その頃、司法解剖を終えた川原の遺体が一旦、霊安室に運ばれていた。明日にも幸恵の許に帰ることになる。
白布で覆われた川原の遺体の顔が、ほくそ笑んでいるように、知らせを受けた後藤は感じた。
おそらく遺体の返還は、自分と平井の担当になるだろう。
た。

翌日、予想通りに後藤と平井が、川原の遺体の帰宅に同行することになった。
遺体は警察のワゴン車で運ばれた。
後藤と平井が乗る後部座席の後ろで、川原は眠っている。
「これは自殺体なのかな?」
後藤が呟いた。
「さぁ、どうなんでしょうね。気体が何か分かりませんが、刺朗というものが関わっているなら、一種の他殺体でしょうが」
ふたりともすっかり疲れていたので、車内で交わした会話はこれだけだった。
車は川原の自宅に着き、あの居間に運ばれた。
車を先に帰し、2人の刑事は家に残った。
川原の遺体は布団に寝かされていた。
あの仏壇の前に、簡単な祭壇が設けられた。
祭壇の線香の煙が細く揺らいでいた。
「奥さん、やっとご主人、帰宅しましたね」
お茶を運んで来た幸恵に後藤が言った。
幸恵はうつむいたまま、頷いた。
そして
「みんな…」
と呟いた。
この女性は、家族というものを失ったんだ。
後藤は、幸恵を不憫に思った。

(かわいそうな女だね…)
不意に少年のような声が聞こえた。
それは耳にではなく、後藤の心に聞こえた。
(かわいそうだから、虐めたくなる)
また声がした。
線香の煙が、後藤の鼻をくすぐった。
(誰だ?)
後藤は心で囁いた。
(知ってるくせに)
声は答えた。
(刺朗?…刺朗なのか?)
(うん、そうだよ。あのね)
声はどこまでも無邪気で明るい。
刺朗は子供なのか?
(今、どこにいる?)
(あんたの目の前)
(目の前?)
(川原ろくろの中だよ)
それっきり、声はしなくなった。
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