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探求③
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「新聞記事の方だが、この事件についての記事がこんなに出ているとは思わなかった」
「騒がれて当然でしょう。こんなに猟奇的で不可解な事件なんですから」
「そうだそれに、当時の私は現役の刑事であり、しかもここ、つまり所轄の近くの署にいたにも関わらず、この事件を知らなかったんだ。なぜなんだ。あ、いやいい。ところで、君の方はどんな具合だ?」
後藤は平井に聞いた。
「ノートの方ですが、スクラップの次にある記述は、一緒に出て来た本の感想というか効果というか、これを元に川原が何かを企んでいるような内容なんですよね」
「企み?」
「えぇ」
「どういう企みなんだ?」
「まず、本には所々赤線が引いてあったんです」
「うん」
「その赤瀬部分を抜粋して、ノートに書き写していました」
「うん」
「赤線部分に対する感想や効果なんかがその下にツラツラと書かれているんですね」
「なるほど。一見して何かカウンセリングめいた文言があったなぁ」
「中身がスピリチュアルというか宇宙的というか、そんなものですからねぇ」
「分かった。とりあえず、ひとつひとつ話してくれないか?」
「分かりました。いや。私も姉のこともありましたし、興味深く読みました」
平井はノートを開き、読み始めた。
【サタンは自分こそこの世の支配者だと言った。おまえがこの世を支配するのは無理なことであると神は申された。サタンはそのようなはずはない、私の力は絶大である、神を超えると言った。ならばこの世を支配してみるがよいと神は言い、この世を一旦サタンに預けた。…果たして、この世を支配出来ずにサタンは滅んだ。神の支配はあらかじめ約束されていた】
「キリスト教か?」
「みたいです。世界の宗教書という本のあるページに引いてあった赤線の部分です。この下に川原の記述があります」
「ふん、読んでくれ」
【実は私は双生児であった。しかしこの世に生まれたのは私だけで、もう1人は熟すことなく私の体内に吸収された】
「ん?この話、昔、何かのマンガで読んだことがあるなぁ」
後藤が懐かしげな顔をした。
「有名なマンガですよ。私はファンでしたね。もしかしたら川原も読んだのかも」
「あるいは事実、川原は双子だったかもな」
「続けますね」
【私の体内に住みついた私の兄弟は、いつしか私の半分を支配していた。彼は私の肉をまとい成長していた。それは凶悪の意思の塊で、常に私の思考や感情を歪めた】
「川原は、自分は二重人格だと言いたいのか?」
後藤の言葉に平井は
「いや、歪めていると言ってますから、ひとつの人格を共有していると考えた方がいいでしょう」
と言った。
「あぁ、なるほど」
「では続けます」
【私は私の兄弟に、神の如くこの体を任せて来たが、そろそろ粛清の時が来たようだ】
「ふーむ」
【私は彼を粛清する。勝利はあらかじめ決まっている。私は正常な個人になる】
「ここで終わっています」
「なんだか抽象的な話だなぁ…まぁいい、次はなんなんだ?」
「これは医学エッセイの一部ですね。じゃ、読んでみます。まず棒線部分から」
【自分はどこまで自分なのだろうか?自分が自分と意識しているのは実は脳の一部だけで、自分の中には無数の他人が住んでいるのである。それは大きく括れば内臓である。小さく追及すれば細胞である】
「なんだか先の話の続きのようにも感じるなぁ」
「そうなんです。川原はずいぶん、自身の体内を意識しているように思えますね。では続けます」
【さらに体には無数の神経が走っているが、一見してただの線である。その中を電流が走っていてそれが交信されていることを「自分」はどこまで見えていてコントロール出来ているだろうか?考えるまでもなく、見えていないしコントロール出来ていない。なぜならこれらは内臓とか細胞とかいわれる「他人」の交信だからである】
「ん?待てよ、この記述に似たようなことを昔、医者に言われたなぁ」
後藤は考え込んだ。そして
「そうだ、ヘルニアを患った時だ。あまりに痛むので医者に物理療法をせがんだら、それは早過ぎる、まずは体の力を信じてみましょうと言われたんだ」
と言った。
「体の力?」
「なんでもヘルニアの痛みは、体力がありさえすれば免疫力が脳に伝えない作用をすると言っていた」
「免疫力?」
「あぁ、体を守る力だな」
「へぇ、免疫力って、細菌に作用するだけかと思っていました。体内の交信も担っているんですねぇ」
「そうなんだ、事実、1か月ちゃんと食べてちゃんと寝て、痛みがキツい時だけ軽い鎮痛剤を飲んでいたら、嘘のように治ったんだ」
「ヘルニアが…ですか?」
「と、私は思ったんだが、医者はヘルニアは治っていません。ヘルニアを治すには手術しかない。あなたの場合、治ってはいないが、免疫力が正常になったんです。下手に物理療法をしていたら、かえって悪くしていたかも知れませんと言ったんだ」
「なるほど」
「ただその時、私はなんだか馬鹿にされているような気がしたよ」
「馬鹿に?」
「あぁ、私の知らない所でやはり私が、勝手に体を治してたんだからな。私、つまり自分ってなんなんだ?って思った」
「そんなことをこの先言ってますね」
【そう考えれば「自分」とは、無数の「他人」の集合体である。人間の体は、内なる宇宙である。自分を支える内臓、内臓を構成する細胞、細胞を作成する遺伝子などが、星の如く分裂と集合を繰り返す宇宙である。そして無数の「他人」は「自分」を「自分」だと思っている「自分」を実は支配している。だとしたら人間とは、それこそ大きな錯覚である。自意識というものがあるばかりに】
「棒線部分はここまでです」
「これについて川原はどう言っているんだ?」
「騒がれて当然でしょう。こんなに猟奇的で不可解な事件なんですから」
「そうだそれに、当時の私は現役の刑事であり、しかもここ、つまり所轄の近くの署にいたにも関わらず、この事件を知らなかったんだ。なぜなんだ。あ、いやいい。ところで、君の方はどんな具合だ?」
後藤は平井に聞いた。
「ノートの方ですが、スクラップの次にある記述は、一緒に出て来た本の感想というか効果というか、これを元に川原が何かを企んでいるような内容なんですよね」
「企み?」
「えぇ」
「どういう企みなんだ?」
「まず、本には所々赤線が引いてあったんです」
「うん」
「その赤瀬部分を抜粋して、ノートに書き写していました」
「うん」
「赤線部分に対する感想や効果なんかがその下にツラツラと書かれているんですね」
「なるほど。一見して何かカウンセリングめいた文言があったなぁ」
「中身がスピリチュアルというか宇宙的というか、そんなものですからねぇ」
「分かった。とりあえず、ひとつひとつ話してくれないか?」
「分かりました。いや。私も姉のこともありましたし、興味深く読みました」
平井はノートを開き、読み始めた。
【サタンは自分こそこの世の支配者だと言った。おまえがこの世を支配するのは無理なことであると神は申された。サタンはそのようなはずはない、私の力は絶大である、神を超えると言った。ならばこの世を支配してみるがよいと神は言い、この世を一旦サタンに預けた。…果たして、この世を支配出来ずにサタンは滅んだ。神の支配はあらかじめ約束されていた】
「キリスト教か?」
「みたいです。世界の宗教書という本のあるページに引いてあった赤線の部分です。この下に川原の記述があります」
「ふん、読んでくれ」
【実は私は双生児であった。しかしこの世に生まれたのは私だけで、もう1人は熟すことなく私の体内に吸収された】
「ん?この話、昔、何かのマンガで読んだことがあるなぁ」
後藤が懐かしげな顔をした。
「有名なマンガですよ。私はファンでしたね。もしかしたら川原も読んだのかも」
「あるいは事実、川原は双子だったかもな」
「続けますね」
【私の体内に住みついた私の兄弟は、いつしか私の半分を支配していた。彼は私の肉をまとい成長していた。それは凶悪の意思の塊で、常に私の思考や感情を歪めた】
「川原は、自分は二重人格だと言いたいのか?」
後藤の言葉に平井は
「いや、歪めていると言ってますから、ひとつの人格を共有していると考えた方がいいでしょう」
と言った。
「あぁ、なるほど」
「では続けます」
【私は私の兄弟に、神の如くこの体を任せて来たが、そろそろ粛清の時が来たようだ】
「ふーむ」
【私は彼を粛清する。勝利はあらかじめ決まっている。私は正常な個人になる】
「ここで終わっています」
「なんだか抽象的な話だなぁ…まぁいい、次はなんなんだ?」
「これは医学エッセイの一部ですね。じゃ、読んでみます。まず棒線部分から」
【自分はどこまで自分なのだろうか?自分が自分と意識しているのは実は脳の一部だけで、自分の中には無数の他人が住んでいるのである。それは大きく括れば内臓である。小さく追及すれば細胞である】
「なんだか先の話の続きのようにも感じるなぁ」
「そうなんです。川原はずいぶん、自身の体内を意識しているように思えますね。では続けます」
【さらに体には無数の神経が走っているが、一見してただの線である。その中を電流が走っていてそれが交信されていることを「自分」はどこまで見えていてコントロール出来ているだろうか?考えるまでもなく、見えていないしコントロール出来ていない。なぜならこれらは内臓とか細胞とかいわれる「他人」の交信だからである】
「ん?待てよ、この記述に似たようなことを昔、医者に言われたなぁ」
後藤は考え込んだ。そして
「そうだ、ヘルニアを患った時だ。あまりに痛むので医者に物理療法をせがんだら、それは早過ぎる、まずは体の力を信じてみましょうと言われたんだ」
と言った。
「体の力?」
「なんでもヘルニアの痛みは、体力がありさえすれば免疫力が脳に伝えない作用をすると言っていた」
「免疫力?」
「あぁ、体を守る力だな」
「へぇ、免疫力って、細菌に作用するだけかと思っていました。体内の交信も担っているんですねぇ」
「そうなんだ、事実、1か月ちゃんと食べてちゃんと寝て、痛みがキツい時だけ軽い鎮痛剤を飲んでいたら、嘘のように治ったんだ」
「ヘルニアが…ですか?」
「と、私は思ったんだが、医者はヘルニアは治っていません。ヘルニアを治すには手術しかない。あなたの場合、治ってはいないが、免疫力が正常になったんです。下手に物理療法をしていたら、かえって悪くしていたかも知れませんと言ったんだ」
「なるほど」
「ただその時、私はなんだか馬鹿にされているような気がしたよ」
「馬鹿に?」
「あぁ、私の知らない所でやはり私が、勝手に体を治してたんだからな。私、つまり自分ってなんなんだ?って思った」
「そんなことをこの先言ってますね」
【そう考えれば「自分」とは、無数の「他人」の集合体である。人間の体は、内なる宇宙である。自分を支える内臓、内臓を構成する細胞、細胞を作成する遺伝子などが、星の如く分裂と集合を繰り返す宇宙である。そして無数の「他人」は「自分」を「自分」だと思っている「自分」を実は支配している。だとしたら人間とは、それこそ大きな錯覚である。自意識というものがあるばかりに】
「棒線部分はここまでです」
「これについて川原はどう言っているんだ?」
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