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奇妙な光景
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事件の概要はこうだった。
終着駅に着いた電車のボックスシートに、座ったままの中年の男性の死体があるのを、車内を見回っていた車掌が見つけた。
死体の男性は背広姿であった。
死因は他殺と思われた。
男性の右腿に、鋭利な刃物で刺されたと思われる傷があり、大量の出血痕があったからだ。
おそらく大動脈を切断された失血が死因であろう。
まだ乾き切らない血液は、ヌタヌタと光りながら男性の足許に続いていた。
それだけなら普通の刺殺体だが、この死体にはひとつ奇妙なところがあった。
男の口が「咀嚼状態」で、右手にスプーンを持っていたからだ。
どうも男は、食事中に死んだようだ。
半開きの男の口には、溢れかけた飯粒が満ちていた。
左手はプラスチックの弁当箱を持っていたので、どうやら男の家族の手弁当を食べている最中に刺されたようだ。
駅からの通報を受けて現場に来た刑事は、○○県警のベテラン後藤と若手の平井だった。
「タコさんウィンナーに卵焼き、ふりかけご飯、ありふれてるなぁ。あと何が入っていたんでしょうね?このおかずの隙間には。やっぱり野菜系でしょうかね?」
被害者を見回しながら平井が言った。
後藤はそんなことを言う平井を
「ずれた質問するな、このノーテンキものが。仏さんに失礼だろ、まず合掌しろ」
と叱った。
傍では鑑識が死体の周囲を調べながら、気付く点を刑事に伝えていた。主なものは次の4点だった。
①被害者が弁当箱を持つ左手の手のひらに大量の飯粒が付着。
②スプーンを持つ右手の親指と人差し指の側面にかなりの血が付いており、血の筋が手のひらの真ん中あたりまで
伸びている。
③犯人のものと思われる靴跡は、座席が不特定多数の人間で使用されているため特定が難しいが、少なくとも犯人の
靴底に血は付着していない。
④凶器は見当たらず。
「すると犯人は向かいの座席から上半身だけ乗り出して男を刺したんでしょうか?それと左手の手のひらの大量の飯粒は何なのでしょう?まるで男が自分で飯粒を口に押し込んだような」
平井が言う。
「まだ鑑識の答えを聞くまでは分らんが、なんとも残酷な殺され方をしたようだな、この様子では」
後藤が呟く。そして
「それにしても何もないな。これだけの血の海だ、上半身だけ使って殺したにしても、ひとつくらい犯人の指らしき型があってもいいと思うが」
手袋の手で念入りに被害者の衣服をめくりながら難しい顔をした。
「君の言う手のひらの米粒もそうだし、右手の親指と人差し指あたりの血も不思議だ。この血の付き方を見ているとそれこそ男が凶器を握って自分を刺したように思える」
と、さらに呟いた。
「自殺ですか?食事しながらの?」
平井が言った。
終着駅に着いた電車のボックスシートに、座ったままの中年の男性の死体があるのを、車内を見回っていた車掌が見つけた。
死体の男性は背広姿であった。
死因は他殺と思われた。
男性の右腿に、鋭利な刃物で刺されたと思われる傷があり、大量の出血痕があったからだ。
おそらく大動脈を切断された失血が死因であろう。
まだ乾き切らない血液は、ヌタヌタと光りながら男性の足許に続いていた。
それだけなら普通の刺殺体だが、この死体にはひとつ奇妙なところがあった。
男の口が「咀嚼状態」で、右手にスプーンを持っていたからだ。
どうも男は、食事中に死んだようだ。
半開きの男の口には、溢れかけた飯粒が満ちていた。
左手はプラスチックの弁当箱を持っていたので、どうやら男の家族の手弁当を食べている最中に刺されたようだ。
駅からの通報を受けて現場に来た刑事は、○○県警のベテラン後藤と若手の平井だった。
「タコさんウィンナーに卵焼き、ふりかけご飯、ありふれてるなぁ。あと何が入っていたんでしょうね?このおかずの隙間には。やっぱり野菜系でしょうかね?」
被害者を見回しながら平井が言った。
後藤はそんなことを言う平井を
「ずれた質問するな、このノーテンキものが。仏さんに失礼だろ、まず合掌しろ」
と叱った。
傍では鑑識が死体の周囲を調べながら、気付く点を刑事に伝えていた。主なものは次の4点だった。
①被害者が弁当箱を持つ左手の手のひらに大量の飯粒が付着。
②スプーンを持つ右手の親指と人差し指の側面にかなりの血が付いており、血の筋が手のひらの真ん中あたりまで
伸びている。
③犯人のものと思われる靴跡は、座席が不特定多数の人間で使用されているため特定が難しいが、少なくとも犯人の
靴底に血は付着していない。
④凶器は見当たらず。
「すると犯人は向かいの座席から上半身だけ乗り出して男を刺したんでしょうか?それと左手の手のひらの大量の飯粒は何なのでしょう?まるで男が自分で飯粒を口に押し込んだような」
平井が言う。
「まだ鑑識の答えを聞くまでは分らんが、なんとも残酷な殺され方をしたようだな、この様子では」
後藤が呟く。そして
「それにしても何もないな。これだけの血の海だ、上半身だけ使って殺したにしても、ひとつくらい犯人の指らしき型があってもいいと思うが」
手袋の手で念入りに被害者の衣服をめくりながら難しい顔をした。
「君の言う手のひらの米粒もそうだし、右手の親指と人差し指あたりの血も不思議だ。この血の付き方を見ているとそれこそ男が凶器を握って自分を刺したように思える」
と、さらに呟いた。
「自殺ですか?食事しながらの?」
平井が言った。
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