終末を執行します

キクイチ

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逃亡者

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 キルケー暗殺の作戦期間中はマスカレードが中止されることになった。
 この期間中に集めた浄化の欠片ウルズは、カウントされないことになっている。もちろん刻印者エクスシア同士の戦闘も禁止だ。

 ノナは、ラプトルの協力で、交渉人ネゴシエーターとの接触に隠れて同行し、キルケーとその護衛の真名マナの回収を進めた。すでに、6名の真名マナが判明している。

 交渉人ネゴシエーターの次の接触で、キルケーの真名マナを狙撃、その他の護衛は設置済みのワイヤーで始末することになった。


 当日、ノナは、通常通り、咎人とがびと狩りを中心に、仮面舞踏会マスカレードに参加しているふりをしつつ、機会を伺っていた。


 約束の時間になると、キルケー達が出現した。
 ムネーメー、アレークトー、メガイラが同行していた。
 いずれも真名マナが判明している相手だ。

 交渉人ネゴシエーターが4人に近づき、挨拶をする。

 クロトから連絡が入る。

<ノナ、いつでもいいよ。キルケーに着弾したら残りをワイヤーで始末しちゃって>

<了解>

 ノナは、狙撃ポイントにテレポートされるとすぐに、狙撃銃をキルケーにロックオンし、トリガーを引いた。

 キルケーの真名マナが砕ける感触が伝わってきたのと同時に、ワイヤーのテンションを最大にした。残りの3名の真名マナが切断される感触が伝わってきた。

 ノナはすぐにその場から管制室にテレポートした。


……


『地位も権力もないくせに、ありえない理想を掲げ、本気で夢を見続ける傍迷惑な連中』
『本気で社会を変えたいなら、社会の頂点に立ってからやれ』

 昔、リカルドがブラックリストの連中に思っていた言葉が、今、リカルド自身を苦しめている。

 リカルドは、場末の諜報部隊ストリクスから大抜擢され、ラプトルの交渉人ネゴシエーターとして得体の知れないネフィリムという組織と関わらされていた。

 大栄転だが、地位が上がれば知っちゃいけない情報まで知らなきゃならなくなる。
 リカルドはそれで殺された人間をたくさん知っていた。
 だから、場末の目立たない部署でささやかに生活することで満足していたはずだった。上からの命令で断ることができなかったのだ。

 そして予想通り、リカルドは今、『逃亡者』になっていた。

 彼はブラックリストの最上位におり、発見され次第射殺されてしまう状況にある。
 〝獣化危険人物〟というわけのわからない容疑で、世界的に指名手配でしまったのである。

 世界中にラプトルの監視カメラが設置されているから、もう、どこにも逃げ場はないはずだった。

 今まで逃げ延びてこられたのが不思議なくらいだ。

<くそぅ、俺は、指示通りに交渉人ネゴシエーターとしての仕事をしただけじゃねぇか!>

 にもかかわらず、彼は何も知らされず、目の前で、キルケーたちが殺された。
 ネフィリムを瞬殺できる特殊部隊なんてきいたことがなかった。
 それを見たリカルドも一緒に始末されるところだったのだ。

 彼は一目散で現場から逃げ出したが、なぜか射殺されず、脱出に成功した。
 でも、気付いた時には、世界的指名手配になっていた。
 孤立状態で、そんな状況では生きる望みなどわるわけがなかった。

『地位も権力もないくせに、ありえない理想を掲げ、本気で夢を見続ける傍迷惑な連中』
『本気で社会を変えたいなら、社会の頂点に立ってからやれ』

<そうだ、この世界は、最底辺に落ちた俺になんか生きる場所を与えてくれないのだ。
 くそぅ、なんでこんなことになっちまったんだ。
 くそぅ、この世界に順応できる俺がなんでこんな目に。
 俺、詰んだな……>

 リカルドは、ホルスターから銃を取り出し、残弾を確認した。

 安全装置を外して、銃口を口の中に突込んだ。

<もう、どうでもいいや……>

 俺は、トリガーを引いた。



<あれ? どうなってやがる?>

 指が動かないどころか、勝手に銃の安全装置を戻して、ホルスターにしましまってしまった。
 銃のトリガーを引こうとした瞬間、リカルドの意志と関係なく、体がかってに動きだしたのだ。

「命拾いしたけど、まさかこの男になるとはね……。まぁ、生きていただけでも、よしとしましょう」

 リカルドの意思と関係なく、体が勝手にじゃべっている。
 彼は勝手に立ち上がると、不用意に外に出て行った。

<おい、そんなことしたらラプトルに見つかるじゃねえか!>

 しかし、リカルドは、普通に街を歩き、食事をし、服を着替え、何かを探して彷徨っていた。

 しかも、金を一切払わず、店員もまるで気にしなかった。

<なんだこれ?>

 彼の体は、数日、高級ホテルで豪遊しながら、端末で上流階級の富裕層の情報を熱心に調べていた。

 どうやら、なにかを決めたらしく、ホテルを後にし、飛行機で別の国へ移動した。

 そこはカジノ経営で成り立っている、世界の富裕層が集まる小国だった。


 リカルドは、VIP専用の最高級ホテルに入り込むと、フロントの端末を勝手にいじり、最高級スイートルームの利用者名簿を確認した。

 周囲にはたくさんの人間がいたが、リカルドの体がやってる行為を気にかけるものは一人もいなかった。

 彼が当たり前のように部屋の扉を開け、中に入ると、その部屋の寝室のベッドには若い男女のカップルがいた。

 リカルドにはまるで気づかないようだ。

 リカルドは平然とベッドに近づき、訳のわからない言葉をつぶやいた。

 その途端、二人は糸が切れた操り人形の様に力がぬけて、ベッドに倒れ込んだ。

 リカルドは、男に触れ、さらに何かを呟くと、男の体が、跡形もなく焼かれてしまった。

 リカルドは、女の体を仰向けにしたあと、ナイフで自分の指に切れ目をいれ、その指から流れ出す血で、女の肌に何かの模様を描き始めた。

 リカルドの体は終始、なにかわけのわからない言葉をつぶやいていた。

 そして、リカルドは意識を失った。


……


 リカルドが意識を取り戻した。

<頭が痛てぇ……。
 あれ、俺、眠ってたのか。
 俺が勝手に動いていたのは夢だったのか?>

 いまは体の感覚がある。

<くそぅ、なかなか意識が明瞭にならねえ。
 これじゃぁ、起き上がれねえじゃねえか!>

 しばらくそのままでいたら、次第に意識がはっきりとしてきた。

 それと同時に、身体中に違和感を覚えた。

 リカルドは何も身にまとっていない。

 しかも、体の感覚がまるで違う。
 
 胸の贅肉や、やけに長い髪の毛の感覚が伝わって来た。

<どうなってる?>

 リカルドは、目を見開らいた。

 さっきのスイートルームだった。

 リカルドは自分の手を持ち上げて、顔の前にかざした。
 

<……そーゆーことか>

 体の違和感の正体がよくわかった。

 色白で、か細い手、血で描かれた模様。
 爪の色も見覚えがある。

 なぜだかわからないが、リカルドはこのスイートルームにいた女になっていたのだ。

 胸に手を当てた。
 俺の胸とはまるで違う。

 引き締まったウエスト、やけに大きなヒップ、その全てが、
 リカルドが今、あの女になっていることを示していた。


 重く気だるい感覚に抗って、なんとか、起き上がった。
 胸の贅肉と長い髪が流れるのを感じた。
 下を向いて自分の体をみたら、最後に見た、あの女の体がそこにあった。

<くそっ! 相変わらず、頭が痛てぇ>

 俺は、よろめきながら、鏡の前に立った。
 本当にあの女だった。

<なんでこんなことに?
 じゃぁ、元の俺はどうなってる?>

 突然、背後に気配を感じた。

 今の俺より頭一つ分以上大きいやつだ。

 しかし、鏡には何も映っていない。

 俺は、振り向こうとしたが、体が動かなかった。

 鏡に、ゆっくりと、背後にいる人間の姿が映り始めた。

 背後にいたのは、リカルドだった。

「くそっ! どうなってやがる! お前はだれだ!」

 リカルドの喉から、可愛らしい女の声が発せられた。

 背後のリカルドは、鼻で笑うと、自己紹介を始めた。

「初めまして、リサ。私は、リカルド。君の主人あるじだ。君は私の命令に従うことしかできないお人形さんだよ。身の程をわきまえていい子にしようね。代わりはいくらでもいる。たまたま君が使いやすそうだったから使ってやってるだけだ。それを理解できたら黙って頷いてごらん」

 死を匂わせる冷徹な眼差しに、リカルドは恐怖し、身の程を理解した。

 彼は、リカルドの名を名乗る誰かに対し、鏡越しに黙って頷いた。

「いい子だ、リサ。リサとしての記憶は引き出せるはずだから、さっさとその下品な身なりを整えておいで」

 俺は言われるがまま、シャワー室に向かった。
 この女の作法が、なにからなにまで記憶と体に染み付いていた。
 いきなり小娘の体になった屈辱と恥ずかしさでいっぱいだったが、なんの違和感も苦労もなく、身なりを整え、新しい主人の元に向かった。

 リサという女の記憶を辿ると、今のリカルドは、最上流階級の資産家の娘らしい。
 自分自身でも膨大な資産を保有し、金が金を産み続けてくれる状態だ。
 なんの不自由もなく遊んで暮らせるだけの資産を、すでに十分すぎるほど所有している。
 このスイートルームで一生豪遊し続けても資産は増え続けるのだ。

 リカルドは、最底辺から一転して、リサという最上流の人間になってしまったのである。
 だが、これからは奴の奴隷という立場が永久について回る。
 リサは、リカルドに従うことしかできない人形にされたのだ。


「……お待たせいたしました」

「少しはまともになったね。これから人形を増やすから、しっかり働いてくれたまえ、リサ」

「……かしこまりました」

<くそぅ、なんでよりによって俺がご令嬢なんだ。
 適当な権力者のご子息はいなかったのか?>
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