終末を執行します

キクイチ

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窓際かよ!?

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 ラプトルが漆黒の獣ルガル 対策の兵器開発に着手した。
 しかし、各国同様、すぐに導入できる見込みは立っていなかった。

 そのため、各国政府は人材を提供しあい、『ストリクス』という諜報部隊を組織した。

 諜報部隊ストリクスの任務は、漆黒の獣ルガル 出現時の避難誘導と時間稼ぎ、そして、漆黒の獣ルガルが出現しそうな地域の予測や、漆黒の獣ルガルになりそうな人間の調査や割り出しである。


 ザウエル連邦のとある田舎町にある諜報部隊ストリクスの支部では、二人の隊員が会話をしていた。

 リカルドが言う。
「本部も無茶なことを平気で言いやがる。ろくすっぽデータがないのに、漆黒の獣ルガルの兆候を割り出せって……」

 ウォードが返す。
「データ集めも俺たちの仕事だよ。まったくデータがないってわけじゃないだろ? 大先輩達がこの十数年で、できる限りの情報を集めてくれてるじゃないか」

 リカルドは思う。
<糞真面目やろう、なんでこんなやつとチーム組まされなきゃなんねーんだ?>

 リカルドが言う。
「これが十年以上もかけて集めた情報の集大成か?
 これじゃ予測なんてできねえよ。
 占いでもした方が当たるんじゃねぇの?」

「まぁ、そういうなよ。始まったばかりなんだからさ。
 あ、そうだ、もしかしたら、いろんな占いとの相関を調べたら何かわかるかもしれない」

「ふざけんな!
 それでわかったら苦労しねえよ。
 所詮は諜報部隊ストリクスなんて、世論の矛先を変えて、ラプトルが兵器開発するための時間稼ぎじゃねえか」

「でも、仕事はちゃんとやろうよ。これで飯食わせてもらってるんだから」

「成果なんて期待されちゃいねーよ。ひまつぶしてりゃそれで飯が食える仕事なんだよ」

「窓際かよ!?」

「そうだよ、俺たちは窓際なんだよ! いい加減気づけよ」

「なら、なおさら成果だそうよ。上層部の予想を覆してやろうよ」

「めんどくせー。なら、ドライブのついでに現場検証でもいくか」

「あれ? 俺たちの管轄で漆黒の獣ルガル出現した?」

「5年前な」

「それで何がわかるのさ。経費の無駄遣いだよね?」

「仕事だよ、仕事。調べるのが仕事なんだろ?」

「わかったよ。過去の資料をまとめて持っていくから、準備を手伝ってよ」

「いらねーだろ、ただのドライブにそんなもの」

「仕事だよね? ちゃんとやろうよ」

「なら、まとめて車の中に入れっぱなしにしておこーぜ」

「たしかに、複製しておく方が便利だね」

「ほんと、お前のやる気が一番無駄だぞ? わかってるのか?」

「うるさいな。性格なんだからしかたないだろ」

「じゃ、いこうぜ、ドライブ」

「調査だろ!」


 ……
 

 5年前、ザウエル連邦のとある田舎町の職業安定所に漆黒の獣ルガルが出現した。

 現場にいた者は、皆、殺されてしまったので目撃者は生き残っていなかった。
 遺体と周辺情報を照らし合わせたところ、就職活動中だった元サラリーマンの中年男性が獣化したことがわかった。

 獣化する者の共通性は、社会への絶望だと考えられている。

 年齢も性別も技能もまるで関係ないらしい。

 しいて言うなら、社会的地位が高い人間が獣化した例はほとんどない。
 
 理不尽な世界に飛び込まされた正直者が、獣化しやすい傾向にあるようだった。

 企業や学校、病院など、獣化の可能性のある人間をリストアップする社会基盤はすでに整っているのだが、今の時代、そんな人間は沢山いるので、特定や予測が困難だ。

 しかしその中から、獣化した人間の大半が産み落とされているのは間違いない。

 それゆえに、獣化予備軍は、進学や就職に影響がでやすい。

 企業や学校も、怖がって獣化予備軍の人間を向かい入れようとしない。

 何かしらの理由をつけて獣化予備軍を遠ざける文化が世界に根付いている。
 性格重視という企業風土を掲げる企業は、だいたいそういう企業だ。

 慈善事業の一環と称して、彼らが二度と就活をしないようにさせるための圧迫面接も横行している。

 ネット上でも、「今日は獣化予備軍の心を折って3人ほど再起不能にしてやった」、などといった自称『正義の人事担当者』達の日記を匿名で書き込めるサイトが娯楽の一種としてかなりのページビューを誇っている。

 アンダーグラウンドの情報網では、実名で獣化予備軍の情報が積極的にやりとりされ、執拗な圧迫面接で行き場を完全に塞ぎ、自殺や引きこもりに追い込むといったことも当然のように行われている状況だ。

 警察もそういった行為を完全に放置している状況だ。
 社会全体で獣化予備軍を絶滅させようとする動きが加速している。

 ただ、圧迫面接中に獣化したと思われる事例が増えてきたため、最近は、ほとんどの企業が怖がって書類審査で振り落としているそうだ。

 しかしながら、社会がそういう風潮になればなるほど、獣化するものがさらに増えるという悪循環に陥っている。行き場を失い、社会に絶望する連中が、量産されてしまうのだ。

 マスコミは連日のように、「多くの企業や学校は人材不足といいながら、人材が健全に働ける受け皿を用意できていないだけではないか?」といったことを多々取り上げているが、どの企業も学校も腐り切っている以上、その腐った社会で生き残れる腐った人材しか欲しがらないのが現状だった。

 会社で獣化などされたらたまったものではない。
 マスコミだって本音はそうだ。反対意見を煽って奴らを追い込もうとしているだけなのだ。

 リカルドは思う。
<世界のどこにいっても、獣化予備軍の生きる道など存在しない。ブラックリスト入りしている連中は、その事実を受け入れられない自己満足の偽善者だ。
 地位も権力もないくせに、ありえない理想を掲げ、本気で夢を見続ける傍迷惑な連中だ。
 人生の理想を語ってよいのは、本気で実現する気のない権力者のみなのだ。
 獣化予備軍達は、馬鹿の一つ覚えのように、底辺から社会を変えられると信じ込んでいる。
 本気で社会を変えたいなら、社会の頂点に立ってからやれ>
 

 最近は、ブラックリスト入りした人間は殺処分してしまったほうが、皆が安心して暮らせるはずだという意見が支持され始めている。

 さすがにまだ、そんな公約を掲げた政党は存在していないが、人材を迂闊に受け入れることができず、人材不足に悩む企業の有力者が団結すれば、すぐにでもその法案が可決される可能性があった。
 しかし、そんなことをすれば、獣化率が格段に上昇するだろう。
 他国で同様の政策を実施した国がいくつかあるが、いずれの国も漆黒の獣ルガルによって国民が大虐殺されることになったからだ。

 その情報がおおやけにされてもなお、世論はブラックリスト入りした人間を殺したがるのだ。

 リカルドは思う。
<世界のどこかに奴らを隔離する特別区画でもつくって、奴らだけで生活させれば良いのだ。
 獣化予備軍に認定された奴らは全てそこに送り込めばいい。
 奴らが望む理想の社会ってものを作らせてやればいいんだ。
 奴らはそこで、現実を知り、貧困に喘ぎ、勝手に飢え死にするだろう。
 あの馬鹿どもに、俺たちのようなまともな人間なしでは、普通の生活すらままならないってことを思い知らせてやるべきだ。
 しかも、獣化しても殺されるのは獣化予備軍の連中だけだ。
 政府首脳はなぜその方法を取らないのだろう?
 被害者を最小限に抑えられてるはずだよな?
 公共の福祉に反しない、最大多数の最大幸福ってのは、そういうことじゃないのか?>

 現場を見回したリカルドは言う。
「はい、現場検証終了。収穫なしっと!」

 ウォードが返す。
「ただ現場の周りを歩いただけじゃないか」

 リカルドは思う。
<ほんと、細かいことにうるせーやつだな>

 リカルドが返す。
「あぁ? これ以上、調べることあるのか?」

「聞き込みとか?」

「当時の周辺住民は、みんな引っ越しちまって、ここは完全に別の街になってるよ」

「なら、獣化した男の遺族に当たってみるとか?」

漆黒の獣ルガルの遺族なんざ、みんな、社会的に殺されてるよ。ほれみろよ、たった5年まえなのに、仕事も住む場所もなくなって、行方不明になってるか、自殺してる」

「みんな逃げるのがうまいよね」

「そういう奴しか、生き残れないが人生ってやつだろ?」

「まぁ、そうだけど。それじゃ獣化は減らないよね?」

「だから、俺たちが飯を食える。
 獣化を減らす必要なんかねーよ。
 諜報部隊ストリクスだって減らすことは考えてないじゃねーか。
 出現したら被害を最小限にすることだけだろ」

「たしかに、獣化がなくなって諜報部隊ストリクスが解体されたら、就職先に困るね」

「獣化予備軍のブラックリストに載ってなけりゃだいじょうぶだよ」

「だから、形だけでも仕事をしてるふりが必要なんだよ!」

「おまえも大概だな。そういう理由で真面目くん気取ってやがったのか?」

「当たり前だろ。本気で真面目に生きたらブラックリスト入り確定だよ!
 でも、仕事サボっても査定に響くからね」

「なら、もう少しだけ暇潰すか、聞き込みって理由でお茶しようぜ」

「聞き込みがメインだよ!」

 リカルドは思う。
<口うるせーやつだが、意外にマトモな奴でよかった……>
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