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ルディーは考えるのをやめた
しおりを挟むある日、審判者を名乗る上位存在から人類に天啓が降りた。
「私は、審判者。
今、『最初の審判』を下した。
憂い嘆く者達を『希望の大地』へ迎い入れた。
もはやこの世界は『不毛の大地』と化したのだ。
残された人類は、誰も幸せになれず、誰も幸せにできず、
何をやっても報われず、何をやっても不幸しか実ならない。
苦悩の中で産声をあげ、苦悩のなかで育ち、苦悩の果てに死ぬ。
そして死の先にあるのはさらに辛い永遠の苦悩だけである。
もはや、この世界では死すらも救済にはならない」
そんなメッセージが、人類の脳内に直接響いたのだ。
気づけば、身近にいた『どことなく良い人』の姿はことごとく消えていた。
その日を境に、大災害や異常気象、大事故の頻度が急増する。
そして、世界中に化け物までもが出現するようになった。
なんでもない普通の人間が、突然、『漆黒の獣』と化し、大殺戮を行った後、光に包まれ忽然と消え去るのだ。漆黒の獣には、人類の武器は全く通じず、消え去るまで待つしかなかった。
……
『ラプトル』という企業があった。
世界各国が出資し、軌道エレベーターおよび宇宙ステーション事業の開発と運営を担っている会社だ。
世界一の資本を集める超優良企業として、世界規模で有名な会社だった。
どこにでもいるパッとしない青年、ルディー=パーマーは、大不況続きで未曾有の就職難の中、999社応募して全て不採用となっていた。絶望に打ちひしがれる中、どうせなら1000社目の不採用は記念応募してみようと思い立ち、『ラプトル』へ応募してみることにしたのだ。
応募書類は簡単な小論文だけだった。履歴書も職務経歴書も不要だ。
作文のテーマは『どんなことをすれば世界が衰退してしまうのか?』だった。
ルディーは、どうせ落ちるのだからと、適当に書いて応募した。
しかし、その1週間後、ルディーに採用通知が届いた。
何かの冗談かと思い、半信半疑で『ラプトル』に電話し、確認をとったところ本当に採用されていたのだ。
ルディーは、喜びを通り越して、呆然としていた。
……
ルディーの初出社日が来た。
意気揚々とラプトル本社へ向かうルディー。
軌道エレベーターの生体認証のゲートを問題なく通過すると、テンションはさらに上がった。
ラプトルの本社は、宇宙空間、ラグランジュ・ポイント〝L1〟にあるのだ。
軌道エレベーターのエントランスには、若い女性の案内係がおり、ルディーを待ち構えていた。
ルディーは、そのまま奥に通されると、奥の診療所で精密検査を受けさせられた。
そして、専用のユニフォームを渡されたので着用後、軌道エレベーターに搭乗した。すでに1日が経過していた。
ルディーは、衛星軌道上の宇宙ステーションに到着すると、ラプトル専用のスペースシップでラグランジュ・ポイント〝L1〟へ向かった。
スペースシップの窓から初めて見る光景は、筆舌に尽くしがたいほど美しかった。
ルディーは、これから本社の職員として、ラグランジュ・ポイント〝L1〟で生活するのだ。そう思うと、さらにテンションが跳ね上がった。
スペースシップは、衛星軌道から離脱し、太陽の方向へ直進する。
そして、ラグランジュ・ポイント〝L1〟に到達し、ラプトル本社である宇宙ステーションにドッキングした。
ルディーは、本社に入ると、美術館のような内装の建物の奥へ通され、ルディーの名が入り口に付けられているブースに案内された。
「もしかして僕専用のブースですか?」
ルディーは驚いて案内係のエレノアに聞く。
「はいそうです。職員には、一人一室割り当てられております。ご要望いただければさらに大きな部屋も自由にご利用いただけます。それこそ大会議室並の部屋もです」
ルディーは至れり尽くせりの環境に絶句した。
エレノアはルディーを席に座らせた後、話を続ける。
「それでは改めてご挨拶させていただきます。
私は、パーマーさん専属秘書のエレノアと申します。
なお、パーマーさんの役職は執行局長となります。
今後は、『局長』と呼ばせていただきます。
よろしくお願い致します、局長」
「ええええ? 僕が局長? てか、どんな仕事すればよいのですか?」
ルディーは、驚いて聞き返す。
「ご応募いただいた『小論文』の内容が採用されたのです。
局長には、人類の緩やかな衰退、〝終末〟を執行して頂くことになっております」
エレノアが、不敵な笑みを浮かべる。
「……もしかして、僕、ヤバいところにつれてこられちゃいました?」
「と、申しますと?」
「えっと……もう逃げられないとか?」
エレノアは清々しい笑顔でさらっと言う。
「もちろんです。精密検査時、体内にナノマシンを埋め込ませて頂きました。
これから世界最高機密の指揮官として働いていただく以上、許可なく本社から出ることはできませんし、地上との連絡も取れません。
何かあった場合には、即死すると思っていただいて結構です」
「マジですか……」
「それでは早速、プロジェクトの現状をご報告いたします……」
エレノアは淡々と仕事を進めた。
ルディーが小論文に書いたプロジェクトは、すでに進められていた。
レアメタルやレアアース、通常の金属等を地上から軌道エレベーターで宇宙空間に持ち出し、ラグランジュ・ポイントに集約もしくは、月や太陽に向けて放出し、地上の資源を枯渇させる計画だ。
銀行や国家が保有している各種資源も、『より安全』を売りに、電子化して現物は宇宙空間に移動して取り上げてしまうのである。
とはいえ、軌道エレベーターの運営費用に反映されるとバレてしまうので、別途、自由に使える資金を調達しなければならない。
そのための計画もあった。
各地で大災害をもたらしている『漆黒の獣』を殲滅するための部隊の組織と、殲滅兵器の研究開発である。
部隊は実際に組織するが、兵器の開発は架空にして、世界中から資金を巻き上げる算段だ。世界各国から出資されて成り立っているラプトルだからこそできる計画だ。
現状、全く打つ手がない以上、開発には時間も経費もかかるのは当たり前なのだ。
なので、研究資金を集約して効率的な研究を進めることを餌に、各国の上層部を抱き込んで、世界規模の金集めシステムを構築するのである。
また、不測の事態を考慮して、世界最高の特殊部隊を密かに組織して、徹底した情報統制や諜報活動、偽のテロ活動を行わせるのだ。
そうして、世界規模の金集めシステムを安全かつ効率的に運用するというのがルディーの考えた筋書きだった。
「……以上です」
エレノアが報告を終える。
ルディーはまさか、適当に考えた案が採用され実行されているとは思いもよらなかった。
「評価してもらったのはありがたいのだけど、実行にはいろいろと問題があると思うのですよね……」
ルディーは計画そのものをなかったことにしたいのだ。
そもそも1週間前に作った計画だ。
潰すなら今がチャンスだ。
「と申しますと?」
「『漆黒の獣』対策については、各国で研究開発が進められているから、すぐに対応策が見つかるかもしれないでしょ?
そうなったら、ラプトルの立場がなくなるのでは?」
「なるほど……。問題ございません」
なぜかエレノアは断言した。
「はい?」
「問題ございません。
人類にできる『漆黒の獣』対策は、逃げることだけです。
これから先、どんなに時間と予算を投入しても解決することはございませんのでご安心ください」
「……なんだかまるで『漆黒の獣』について知り尽くしているようだけど?
もしかして、ラプトルが絡んでいたりするのかな?」
「関与しておりません。
ただ、確実な情報があるだけです」
「……そうなんだ。
情報源とか聞いても良いの?」
「情報源は、審判者の『使徒』です。
彼ら上位存在の御技に人類が抵抗する術はありません。
なお、局長の上司は、審判者の使徒の一柱でございます。
近々に、お会いできるかと思われます」
「……ああ、わかった。よろしくたのむよ」
ルディーは考えるのをやめた。
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