上 下
9 / 11

再会と暗雲

しおりを挟む
 エッタとιイオタは、王都の冒険者ギルドにきていた。
 応接室に通されると、そこには貴族の令嬢のような赤いドレス姿のεイプシロンが恥ずかしそうに立っていた。
 
「普段は侍女の格好をしてるのだけど、友人に会うと言ったら、無理やりおめかしされちゃった……」

 淡いピンクに彩られた艶やかな唇から、εイプシロンは言葉を発した。
 口調こそ昔のままだったが、かなりしつけられたのだろう、その姿と身のこなしは淑女そのものだ。

 エッタとιイオタはしばし、その美しさに見惚れていた。

 
「と、とりあえず、座ろうか」
 εイプシロンはそう言うと、優雅にソファーに座った。

 エッタとιイオタも我に帰り、ソファーに座った。

 エッタが口を開いた。
「まず、私から説明させて。
 その前に、εイプシロン、本当に御免なさい。
 私ひどいことしちゃったよね……もう会ってくれないと思ってた。
 今回は会ってくれてありがとう」
 
 そして、エッタは、ηイータの伝言と今の状況、ιイオタと一緒にいる経緯などを話した。

 ιイオタが口を開いた。
εイプシロン、もし、サキュバスと戦ってる理由が、アタシとηイータと合流するためのものだったら、すぐにやめていいんだよ。
 アタシ心配だよ。何度も危険な目に遭ってるのでしょ?
 もういいの、無理しなくて。
 アタシはそれを直接伝えたくてエッタについてきたの」

 εイプシロンが答える。
「ありがとう、ιイオタ
 確かにきっかけはそうだったけど、今はこれが天職だとおもってる。
 だから俺はこれからもこのまま冒険者を続けるつもりだよ」

「そっか、εイプシロンがそう言うのなら、アタシはもう大丈夫。
 でも、何かあったらいつでもアタシの移動民族ロマの姉妹を頼ってね。
 εイプシロンならいつでも大歓迎だからね。
 アタシはεイプシロンのこと妹だって思ってるから。
 でも、ユニコーンに乗れることが条件だから、気をつけてね」

「うん。そのときはよろしく。
 でも、大丈夫、まだ頑張れるから。
 ιイオタも困ったことがあったらいつでもいいから俺を頼ってね
 俺もιイオタのこと姉だって思ってるから」

「わかった、ありがと。
 あとは、エッタのことだね」

「……」
 エッタは気恥ずかしそうに黙っていた。

「もう、じれったいんだから、早く言っちゃいなよ」

「ん?」
 εイプシロンが不思議そうにした。

 エッタは意を決した様に口を開く。
「……あの……あのね…私……その……εイプシロンと一緒にいたいの。
 今までのことは許してもらえるとは思ってない。
 でも、貴女の一番近くにいたいの。
 もう、貴女とはなれたくないの……一緒にいさせてくれる?
 ……その、……こい……相棒として!」

 エッタは真っ赤な顔をしてうつむいてしまった。
 ιイオタはニヤニヤしていた。
 εイプシロンは不思議そうにエッタを見つめていた。

 エッタが続けた。
「だめ……かな?」
 
 εイプシロンは何かに納得した様に言った。
「相棒か、エッタなら大歓迎だよ。俺も一人だといろいろ大変だったし。
 でも、普段は宮廷暮らしだから息が詰まっちゃうかも。
 それでもいい?」

 エッタは感極まって泣きそうになりながら言う。
「うん……ほんとに私でいいの?」

「うん、もちろんだよ。頼りにしてる」

「ありが……とう」

 エッタは、号泣した。
 ιイオタがエッタを抱きしめながら言う。

「よかったね、エッタ。
 思いは通じてない気もするけど……。
 でも安心したよ。無鉄砲なεイプシロンに信頼できる相棒ができて。
 εイプシロン、エッタを大切にしなよ。
 エッタを泣かせたら私が許さないんだから」

「わかった。大切にする。約束する」

 その後、3人でたくさんの話をした。
 

 ひと段落つくとιイオタが言った。

「アタシは、そろそろ帰らなくちゃ。姉妹達が心配してるからね。
 くれぐれもユニコーンに乗れなくならない様にしてね!
 またね。いつでも遊びにきてね。二人とも、お幸せにー!」

 そう言うと、ιイオタは、それぞれとハグしてから、応接室から出て行った。

 エッタはεイプシロンのそばに寄り添う様に立つと、恥ずかしそうに手を握った。

「どうしたの? エッタ」

「これから、よろしくね。絶対二人で幸せになろうね」

「う、うん、よろしく……」
 εイプシロンいぶかしげに答えた。

 エッタはεイプシロンの正面に片膝をつき、εイプシロン手を取ると、手の甲にキスをした。

εイプシロンのことは、私が絶対に守るからね」

 εイプシロンはワケがわからず絶句した。

 エッタは立ち上がると、嬉しそうにεイプシロンを抱きしめた。


 ……


 魔界では、サキュバス・クイーンの会合が開かれていた。

 まさかアロンダイトまで倒されてしまうとは予想外だったのだ。
 大事な戦力を失ってしまったため魔王の機嫌も悪い。
 今後、前線の兵士を召喚することはできないだろう。

「詰んだわね……」

「なに弱音を吐いてるのよ。状況を分析して仕切り直しましょう。
 私たちの使命は、後方支援。
 王国を裏から弱体化させること、それはよろしいかしら?」

「そんなことわかってるわよ」

「その点については、かなり成功してると考えていいと思うの」

「まぁ、たしかに。今でも国力の低下にはかなり貢献しているわよね。
 でも、それがεイプシロンを放置して良い理由になるの?」

「そうでなければ、今頃、みんな魔王様に切り捨てられてるはずよ。
 評価はされているってことなの」

「なるほどね。でもこれ以上、効率はあげられないわよ。
 εイプシロンがいる限り」

「そうね。でもすぐに対処できる問題ではない。
 それは魔王様もご承知でしょう。
 私達がここまで苦戦しているのだから」

「それで?」

「まず、εイプシロン以外のことで、手付かずの領域を全てつぶしてしまいましょう」

「具体的には?」

「南部の中立地帯の遊牧民族達の強大な兵力を北上させることはできないかしら?」

「魔界に属さないサキュバス達の領域よね。彼女達は遊牧民族達と良い関係を保ってるって聞いたけれど?」

「まずそこを崩しましょう。成功すれば南北から王国を挟み撃ちにできるでしょ?」

「人心を惑わすことに頭が回らず、馬鹿正直に娼館を経営したり、純血を守ってその日暮らしの生活をしている連中なんて、簡単に崩せるでしょ?
 王国にサキュバスを送りつづけてεイプシロンに倒され続けるくらいなら、南部に送って、軍勢を北上させるほうがよっぽど建設的だと思うのよ。
 南部なら冒険者ギルドも手が出せないし」

「たしかに。以前から計画だけはあったけれど、王国に手いっぱいで手が出せない状態だったわよね。試してみる価値はあるかもしれないわね。どうかしら?」

「そうね、同じことを続けていても、現状、解決策は見えていないワケだしね」

「では、そういうことで」

「「「ごきげんよう」」」


……


 ιイオタ移動民族ロマの姉妹の元に戻って程なく、不穏な噂を聞く様になった。王国軍が南下して、砂漠地帯シャマールを王国に併合しようとしていると。

 最近は柄の悪い王国からの旅行者も増え、都市国家の雰囲気がどこどなくピリピリし始めている様子だった。奴隷制の廃止、遊牧民族や移動民族ロマの排斥・差別などを煽動するモノ達の中に、王国の兵士が混ざっているという噂もよく耳にする様になった。

 いくつかの都市国家では、活動家に大量の武器が運び込まれているところを摘発した際、王国の兵士が多数関与していることが判明していた。

 また、王国の南部国境付近では、関所が強化され、南部の民の出入りを拒否する例も増えていた。

 王国軍の影が現実味を帯び始めてくると、都市国家だけでなく、遊牧民族達も、王国に対して警戒する動きがで始めた。

 頻繁に首脳会議が開かれ、情報が共有されはじめると、さらに多くの事例が判明した。

 戦好きの遊牧民族達は、すでにシャマールの北部に集結し始めていた。
 先走らない様に、都市国家の首脳達が押さえつけている状況だが、もはやいつ戦端が開かれてもおかしくない状況にあった。

 対する王国側は、万一に備えて、南部国境付近の防御を固めつつも、使者を派遣し、争う意志がないことを、丁寧に示して回っていた。


 そんな時だった。
 20名程度の遊牧民族の一団が、王国の南部国境の関所を制圧したあと、近郊にある集落で虐殺を行ったのだ。
 そして、近くにいた王国軍の兵士がそこに駆けつけ、遊牧民族を撃退した後、南下して、近くのオアシスを制圧して住民を虐殺、火を放ち、水源に猛毒をまいた。

 この事件を機に、遊牧民族は歯止めが効かなくなった。

 王都への進軍を開始したのである。


 ……


 サキュバス・クイーンの会合は、以前の緊迫した空気とは一転して和やかだった。

「思いの外、うまく行ったわね。こんなことならもっと早く実行すべきだったわ」

「そうね。しかも今回は最小限のサキュバスの煽動で済んでるから、煽動者を倒しても戦争は終結しない。εイプシロンの出番なんてないわね」

「魔王様の評価も上々。遊牧民族は王都を目指して被害を広げながら順調に北上中。
 王都が陥落したら褒賞が授与されちゃうかも?」

「絶好のチャンスだから、ついでに都市国家の調略を進めちゃいましょう。南部を手に入れれば大きなアドバンテージができるわよ」

「それと、王国軍の武器や兵糧を、遊牧民族と南部の都市国家に横流しさせるようにしましょう」

「では、そういうことで」

「「「ごきげんよう」」」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。

桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。 「不細工なお前とは婚約破棄したい」 この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。 ※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。 ※1回の投稿文字数は少な目です。 ※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。 表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年10月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 1ページの文字数は少な目です。 約4500文字程度の番外編です。 バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`) ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑) ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

【完結】間違えたなら謝ってよね! ~悔しいので羨ましがられるほど幸せになります~

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
「こんな役立たずは要らん! 捨ててこい!!」  何が起きたのか分からず、茫然とする。要らない? 捨てる? きょとんとしたまま捨てられた私は、なぜか幼くなっていた。ハイキングに行って少し道に迷っただけなのに?  後に聖女召喚で間違われたと知るが、だったら責任取って育てるなり、元に戻すなりしてよ! 謝罪のひとつもないのは、納得できない!!  負けん気の強いサラは、見返すために幸せになることを誓う。途端に幸せが舞い込み続けて? いつも笑顔のサラの周りには、聖獣達が集った。  やっぱり聖女だから戻ってくれ? 絶対にお断りします(*´艸`*) 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2022/06/22……完結 2022/03/26……アルファポリス、HOT女性向け 11位 2022/03/19……小説家になろう、異世界転生/転移(ファンタジー)日間 26位 2022/03/18……エブリスタ、トレンド(ファンタジー)1位

処理中です...