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イサナミの書

一刃(ひとは)#1

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────リエル(人狼ルガルアルビオン・ルーノ種、アストレア宮廷正室、アースバインダー)


 面会謝絶で音信不通、尋常でないほどの隔離状態だったククリさんとの面会許可がおりた。
 弟子になったはずなのに、なかなか指導してもらうチャンスがなかったので今回こそはちゃんとお願いしないと。

「リエルです」

「はい、どーぞ」

「失礼します。どうされたのです? かなりお疲れのようですが?」

「ロデリク婦人会による花嫁修行がようやくおわった。地獄のような毎日だった……」

「戦闘訓練ですか?」

「それならよかったけど、編み物とか世間話とか、民族衣装作ったり、そういうのばかり。なぜかノルマまであって、この半年間、ろくに寝る暇もなかったよ。公務も振られず。情報統制もされて、どこにも逃げ場がなかったよ。ルフィリアは鬼だね……。それで、リエルはどうしたの?」

「お師匠様。俺は弟子ですよね?」

「うん。弟子だよ」

「指導していただいたことありませんが?」

「すっかり身につけられてるじゃない?」

「何をです?」

「生命の基礎法術も、イサナミも」

「でもご指導いただいてないですよ?」

「まー、ちゃんと面倒は見れなかったね」

「俺、たぶんミヅキと戦っても絶対負けると思います」

「……そうだね。彼女を優先しすぎたね。依怙贔屓えこひいきしたのは認める」

「俺も指導していただきたいです」

「ほら、うちの宮廷、女性だらけでしょ?
 なんだかんだで、男性を呼びづらいんだよ。ウルさんは気にせず来るけどさ」

「……今、俺、女性ですけど?」

「あ!」

「ご指導いただけます?」

「君は何を私に求める?
 ウルさんと比較して考えて。
 場合によってはウルさんに預けるよ。
 君にとっての英雄なのでしょ?」

「イサナミ自治区に行く前だったら、ウルさんの弟子を選んだかもしれません。
 でも、イサナミは、俺の人生そのものを変えてくれた気がします。
 ククリさんの、育て導く道を継承したいと思っています。
 いまはそちらの方がとても大切に感じています」

「じゃ、ウルさんだと無理だね。
 ティフォーニアとの子作りはどうなってるの?」

「まだ、準備段階です。受精卵の開発が難航しているようです」

「……でも、近いうちに妊婦になるかもだから、座学でもしよか?
 あまり本格的なのやると目をつけられちゃうし」

「どんな内容ですか?」

「イサナミの書の改定とか、新言語体系の再整備とかかな」

「それ、ぜひお手伝いさせてください!」

「興味あるの?」

「あたりまえじゃないですか!
 そんな高度なこと教えてもらえるところ、どこにもないでしょ?」

「本当に興味あるの?」

「はい!」

「君、採用! 私は今とても感動している!」

「はい? あ、ありがとうございます!」

「あのね、きいてよ。難しすぎて手が出ないって、ルルルは逃げ回ってるんだ。
 これじゃ、研究者が増えないでしょ? 私は研究者を増やしたいの。
 誰も手を出そうとしないから、未発達なんだよ。
 少し手を出しただけでこれほどの成果が出た領域だよ。
 ゼディー達だって、一番知りたい領域なんだよ?。
 君みたいな娘が欲しかったよ。もう、うちの娘になっちゃいなよー。
 あー、でもティフォーニアが寂しがるね。
 せめて、日中は、用事がなくても、ここで、お側付きしてほしいくらいだよ」

「いま、暇ですから、それできます。
 ティフォーニアが子作りの準備に夢中で、
 俺に何もさせてくれないんですよ。すでに妊婦扱いですよ。
 お茶汲みでもなんでもやりますよ。通いでよければ」

「嬉しいよ。ルルルも君くらいやる気を見せて欲しかったのに……。
 よし、君をえこひいきしよう。明日は、お茶用のマイカップを持ってきてね。
 今日は、お客さん用のつかってね。
 もう、うちの娘あつかいだから、自分で洗って、
 お茶も勝手にいれてね。我が家だとおもっていいよ」

「ありがとうございます。よろしくおねがいします」

「でも、ルシーニアとティフォーニアには君から話を通してね」

「わかりました」

「そのうち妊婦になるだろうから、座学でちょうどよかったね」

「まだ、気がはやいですよ。適合の確率ってかなり低いのでしょ?」

「ティフォーニアに本能的に選ばれたからまず大丈夫だよ。適合しない確率の方がはるかに低いよ。安心していい。運が良ければ1000年以内に妊婦になれる」

「本当ですか?」

「着床は運次第だから、生理周期に合わせてに頑張るしかないね。
 大丈夫。相性がいいからすぐ着床するさ。
 流産しても諦めちゃだめだよ。それが普通だとおもいなよ」

「経験者がいると心強いですね」

「ヴェルキエーレの母体になるのは、とても楽しいよ。
 すごーく綺麗な歌が聴こえて来るんだ。
 母親にしか聴こえないとても美しい歌がね」

「たのしみですね」

「それじゃ、先に許可とっちゃてくれる?
 私の端末通信制限が半端ないからね」

「わかりました」

 連絡を取ったら、すぐにティフォーニアと、ロクシーさんの許可がおりた。
 ようやく本当の弟子になれた気がする


 ……


 イサナミの書の改定やルガル向けの新言語体系の再整備の作業は、とても高度な内容だったが、それ以上にとても有意義な作業だった。

 深く理解し習得していたつもりの法術式やイサナミの技能の仕組みについて、科学的に深く掘り下げる過程を通じ、自分の理解の浅さに気付かされた。

 
「お師匠様」

「うん?」

「女性の社会って、どんな感じでつきあえばよいのでしょうか?
 イサナミ自治区の時は育てるのに夢中で何もわかってなかったです。
 そういうのもわかってないと困るかなって」

「うーん。それを私に聞くの?」

「どうしてですか?」

「そっか、リエルは私の過去とかあまり知らないのか。
 あとで、ルフィリアに聞くといいよ。
 そういう話はルフィリアの専門だね」

「お師匠様は、どうされているのですか?」

「逃げ回ってる。近づかないようにしてる」

「なるほど。やっぱり面倒なのですか?」

「うん。私は、一匹狼の生活が長すぎたから余計に苦手に感じるね」

「じゃ、俺も気をつけます」

「一通り確認してから、ちゃんと自分で判断してよ?」

「わかりました。
 あと、ルフィリアさんから、苦手な小説を勧められたり、それに関する集会に呼び出されたりするのですけど、どう断ったらいいですか?」

「私が知りたいよ。むしろ教えて」

「……苦労されてるのですね」

「趣味が合えば楽しいだろうけど。ルフィリア、ハルカ、ミユキがメンバーにいたら逃げないと大変だよ」

「入門編というのを読まされましたけど、無理でした」

「じゃ、逃げた方がいいね」

「ミヅキとユキヒロは大丈夫なのです?」

「二人はその組合にはいってないから大丈夫。ただ、ユキヒロは、ミユキとハルカに毎回捕獲されて強制参加させられてるらしいから、そのうち組合に入るかも。もはやカルトだね……。
 そういえば、イサナミ自治区のその後、聞いてる?」

「順調ですよ。あっという間に強国の仲間入りだそうです」

「そっか。内政は安定してるのかな?」

「それも順調です。しかも、まだ赤色のホムンクルスサキュバリスは一人も生まれていないそうです」

「それは不思議だね。母体の精神状態とかも影響するのかな?」

「リシアさんがたまに行って追加調査されているようです。
 まだよく分からないそうです」

「そうなのか」


 ……


 最近は、ずっとククリさんの部屋にいるので、面会制限が若干緩くなったククリさんに面会にくる色々な人と話す機会が増えた。

 とくにルカティアは、男性と女性の扱いが極端に違うので驚いた。イサナミ自治区に居た時は、他のことに必死で何も気づかなかったが、ルカティアは女性には、とてもやさしくて気さくなのだ。


「リエル姉、受精卵がいくつか完成したんだって? もう着床処置を始めてるの?」
 ルカティアが聴いてきた。

「うん、3回ほど試したけど、全て失敗だった。
 でも、1回だけ惜しいのがあったよ」

「そっか、でも惜しいってことは望みがあるってことなんでしょ?」

「そうだね、リシアさんが、思ったより早く成功するかもしれないって言ってた」

「大事な時期なのだから、体調管理を優先しなよ?」

「ありがとう。でも、ククリさんのお手伝いは楽しいし、負担もかからないから安心してやれてるよ。それに、俺の端末から俺の生体データが、ティフォーニアに定期配信されるので無理したらすぐ連れ戻されるから大丈夫」

「なら安心だね」

「そういえば、ルカティアて、男性の扱いがひどいけど、どうしてなの?」

「え? そう? 普通じゃないの?」

「いあー、かなりキツイ感じ。殺意に近いものを感じてた」

「えー? 初耳だけど?」

「両方の性別で接したひとがいなかったからでは?」

「空間転移されてきたヒューマノイドの子がそうだけど、
 何も言われなかったよ?」

「ヒューマノイドを子供扱いしてたからじゃない?
 ククリさんはどう思います?」

「んー……母親に似てきたなって思ってはいる。ルルルはみんな母親似だね」

「私、母さんのことほとんど覚えてないけど、
 ルフィ姉とそっくりだったって聞いてるよ?」

「うん。瓜二つだね。趣味までそっくり」

「なら、私、似てないでしょ?」

「男性の扱いはそっくりだよ」

「それ、ショックかも……。リエル姉は、どうすればいいと思う?」

「今見たいに気さくに接してもらえれば、
 相手を瞬殺できるとおもうよ。別の意味で」

「でも、自覚がまるでないのよね。
 ククリさんは、こういうのを知覚することってできるの?」

「知覚は関係ないとおもう。潜在意識の問題じゃない?
 ルーインさんに対する、ルフィリアとルナディアを見て育ったらそうなるかもね。
 お父さんをいたわることから、初めて見たら?
 君はとてもやさしい娘なのだから」

「うちだとそれが普通なのよね……ルナ姉がひどいだけだと思ってた」

「普通じゃないから! ルーインさん、本当に辛そうにしてるから!
 いたわるといためつけるは、イタの意味が違うから!」

 俺は、ククリさんに質問して見た。
「整流とか、抑制流ってつかえないのですか?
 あれ、精神面に影響がでるのでしょ?
 ルカティアが男性と女性に接するときでは、気流に変化がでているのかもしれませんね?」

人狼ルガルみたいな高次元生命体の顕流けんりゅうって難しいんだよね。
 イサナミ自治区に降臨アドヴェントしてた時に試すべきだったかも。
 でも、挑戦してみる価値はあるかもしれないね。もしかしたら人狼ルガル版のイサナミのきっかけになるかもしれない」

 
「俺は、練習して見たけどまるで無理でした。ファルシオンも試行錯誤してるらしいですが、ヴェルキエーレはさらに難しいみたいです。ククリさんでも、人狼ルガル顕流けんりゅうは無理なのですか?」

「たくさんの知覚と合わせて感じないとだめなんだよ。
 だからとても複雑なんだ。
 ルカ、おいで」

 ルカティアさんがそばにいくと、ククリさんがルカティアさんの両手を握った。

「リエル、顕流けんりゅうしてごらん」

「あれ? なにか知覚できますね」

「いまはこんな感じ」

「どんな感じか、まるでわかりませんが?」

「その程度ってこと、私にもまるでわからない。降臨装置アドヴェント・システムはエナジー効率が悪すぎて、重要な公用にしか利用させてもらえないから、少しだけ次元の低い不毛の大地ノドで、試してみようか。ルシーニアに申請を出しておくね。部屋に閉じ込められてるのも息がつまるから、イーリスの宮殿で半月程度ゆっくりしてこよう。私とリエルの慰安目的なら簡単に許可がおりると思うから。よかったらルカもおいで」

「私もいいの?」

「うん。時間が取れないなら別にいいけど」

「いくいく、私も連れて行って。不毛の大地ノドに行って見たかったの」

「そうだ、ミユキとハルカとユキヒロを連れて行こう。ミヅキは不毛の大地ノドに入れないから、かわいそうだけどお留守番だね。定期的にロデリクの若い衆が狩をしているから、ルナはミユキとハルカとユキヒロをつれて、付いてゆくといいよ。大地の状況がよくわかると思うからね」

「面白そうですね、俺も見たいです!」

「リエルはだめだよ。私と同じで許可が下りない。最悪、ブリュンヒルデが監視につくかもよ?」

「それは、勘弁してほしいです」

「なら、おとなしくしててね」


 母体として周囲から大切に扱われるようになってからは、行動制限が増えたので、とても残念だ。
 でも、ククリさんと一緒なら退屈しないのでむしろ楽しみだ。
 せっかくだから、もっといろいろなことを教えてもらおう。
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