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悪政のレヴナント
CYCLiC REDUNDANCY CHECK
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────ククリ(人狼ガルダーガ種、ルーノ族・長老、ニダヴェリール宮廷特別顧問)
ゼディーの宮殿で、ルシーニア達と合流した私は、ルシーニアと2人だけでムスペルヘイムのドリアン=ルークの宮殿に直行することになった。
目的は、私の精密検査である。
私は、ほんの3千年くらい前まで、ヨトゥンヘイムで進められていた研究の実験素体として、全くの別人として生活させられていた。
それは、アースバインダーの基礎理論を応用した、筆頭神官や外界の観測班などの危険な任務での致死率を低下させるための研究だった。
アースバインダーの効果は絶大だが、バインドされている領域以外では、性能が激減するため、拠点防衛にはよいものの、外界での活動任務には都合が悪かった。
それを改造し、自身の細胞をもとに生成された、自身の生命の根源体と相性の良い〝空の肉体〟を端末として遠隔接続し、生命と肉体の安全性を確保しつつ危険な任務を遂行できるようにする研究が進められていたのだ。
その際、私はククリとして生きた記憶のほとんどを、浄化の湖の湖水によって消去されてしまった。
そして、3万年近い期間、容姿も名前も性別までも違う全くの別人フラガ=ラ=ハだと信じ込まされて生きていたのだ。
この実験において、記憶を消去する必要性はなかったはずだが、本来のククリは宮廷医師という育成が難しい希少な役職についていたため「なにか大きなミスをした」もしくは「とても重大なことを知ってしまった」ことで、実験素体にされ記憶を消去されてしまったものと推測される。
私の記憶の消去は、かなり乱暴なやり方で行われたらしい。
浄化の湖の湖水をつかって、基本的な生活に必要な古い記憶を少しだけ残し、それ以外の記憶を全て消去してしまったらしい。
別人になったばかりの私は、実験中に事故が発生し、記憶情報に大きなダメージを受けたと言われ、フラガ=ラ=ハとしての偽の過去を刷り込まれた。
フラガ=ラ=ハとは、すでに他界しているが実在したガルダーガ族で最長寿のルガルの名前だ。
ククリは、彼の最後の弟子だった。
私の名付け親はククリであり、ククリは私の母の妹、つまり、叔母とされた。
私の母親は私を出産時に他界、父親はその時に外界任務に出ており、その最中に他界してしまったため、叔母のククリに引き取られて育ったと信じこまされた。
ククリについての記憶があるのは、幼少の頃、いつも彼女のそばにいたからではないかということにされた。
そして、リハビリ期間を経て、筆頭神官に復帰することになったのだ。
しかし、筆頭神官として危険な任務に投入され続けてきたにも拘わらず、3万年近く生き残り続けてしまったことで、稼働時のデータ蓄積には大いに役立ったようだが、死亡時のデータ蓄積が進まないという理由からお役御免となり、意識が元の肉体に戻されたというわけである。もちろん消去された記憶はもどらず、実験期間中の別人として生きた記憶が残ったままだった。
元の肉体に戻されて事実を知らされた私は、ヨトゥンヘイムにとって反旗を翻しかねない危険分子とされ、奴隷として鎖に繋がれて生きる道しかなかった。それを知ったルシーニアは、ニダヴェリールの大量の外交カードを切ることで、私を引き取り、ニダヴェリールでルーノ族の一員として生きられるように取り計らってくれたのだ。
しかも、ルーノ族の長老の一人としての席と、ニダヴェリールの宮廷特別顧問という、とても高い役職まで用意されていた。
私は、彼女の気持ちはありがたかったが、ヨトゥンヘイムに大量の外交カードを切ることで、ニダヴェリールやヘルヘイムへのヨトゥンヘイムの影響力が増大し〝生命の営み〟がエオリアン=ユーフィリアによる独裁体制になるのではないかと、とても心配した。
それでも、彼女は「これは、ルーノ族と十分相談して導き出した、ニダヴェリールの総意」として、私を迎い入れることは、大量の外交カードを切ることよりも、はるかに価値があるとまで言ってくれた。
予想以上に法外な外交カードを得られることで、気を良くしたエオリアン=ユーフィリアは、交渉を受け入れ、私をニダヴェリールへ引き渡した。
しかし、ルシーニアは大量の外交カードを切るまえに、秘密裏にアイオニアン=ゼディーとドリアン=ルークと話をつけ、強固な友好関係を締結していたのだ。
それは、ニダヴェリールの影響力が、大量の外交カードを切る以前よりも、大幅に増大することを意味していた。
そして、これを境に、ロクリアン=ルシーニアとエオリアン=ユーフィリアの個人的な関係は、完全に破綻してしまったのだ。
この件が原因で、ミクソリディアン=ティフォーニアが、生後すぐにリディアン=ルーテシアから奪い去られてしまうことにも繋がったのだと私は考えている。
また、それがなければ、リエルの事件〝イスカリオテの迷光〟もおこらなかったのかもしれないと思っている。
……
ニダヴェリールと友好関係を結んだことで、ムスペルヘイムとニブルヘイムは、史上初の休戦状態にはいった。
ミクソリディアン=ティフォーニアが産まれた際、1日だけ、出産祝いと称した大規模な戦闘がおこなわれただけだ。
失意のドリアン=ルークはというと、いまはルシーニアに夢中だ。
ルシーニアは明確に拒絶の意思を示しているが、ルークは適度な距離を保ちつつ、彼女の気引こうと躍起なようだ。
ただ、私の精密検査については、別の理由がある。
昔のククリは、宮廷医師として、彼の主治医をしていたからだ。
彼が、外界の宮廷医師を主治医として受け入れたのはククリのみだった。
ルークは、ククリをとても信頼していたようで、宮廷医師の職を退いたと聞いた時はとてもショックを受けたらしい。
そのククリが記憶を消され、実験素体として利用された挙句、奴隷として生きるしかないと知った時には、彼は、かなり苛立ったという。
すぐさま、ルシーニアに連絡をとり、救出する方法を検討してくれたとのことだ。
ゼディーも同じような感じだったというから、私の知らないククリという女性は、とても素晴らしい人格を備えたルガルだったのだろう。
でも、私は、そこまで信頼されるククリにはなれそうにはない。
ニダヴェリールに引き取られたばかりのころは、彼らに会う度に「本物のククリでなくて申し訳ない」と謝るのが習慣になっていたくらいだ。それを言うと彼らに叱られるので、最近は自粛している。
だが、私なりに努力は続けている。
どこまで彼女の領域に近づけるのかはわからない。
戻るのが不可能な以上、いまの自分らしさを伸ばしていくしかないと思っている。
ルークとゼディーは、ククリが来訪した際に、彼女から医療技術について指導を受けていたらしく、技術資料を大量にストックしていた。ある時、彼らから、それらの技術資料が送られてきたのだ。何事かと思いつつ斜め読みしてみたら、昔の記憶が少し残っているおかげか、意外にすんなり頭に入ってくるので、時間はかかったものの、基礎の基礎くらいは理解できるくらいにはなってきた。
だが、診療行為をおこなえるレベルには程遠く、ルガルの応急手当てが精一杯といったところで止まっていた。
その話をルークにしたら、ルークがククリから教えてもらったレベルまで、私に教えてくれるということになった。ルシーニアが賛成してくれたこともあり、定期的にムスペルヘイムに通うようになった。
その際に、私の体調を心配してくれたルークが、ムスペルヘイムの最新技術で精密検査を実施してくれることになり、それが定例化したのだ。
彼の講義のおかげで、さすがにオーヴァーロードの診療までは無理だが、ルガルについては、ルーノ族の医師から正式なお墨付きをもらえ、医療行為の許可をいただけるまでになっていた。
ルークの講義には今も通っている。
今回も、精密検査後は彼の講義だ。
ルシーニアは私がルークの元へゆく際は必ず同行する。
心配性な彼女は、ルークが私におかしなことをしないか気になるらしい。
それもあって、ついでに彼の講義を一緒に受けてきた。
さすがはルシーニアで、あっという間に私が手の届かないレベルに到達してしまった。最新の医療技術についてルークと議論できるレベルだ。
最近は、ルシーニアに時間がある時は、彼女が私に講義をしてくれている。
ルシーニアは講義と精密検査は、自分がやるとまで言いだしているほどだ。
私たちに講義をしているルークはとても楽しそうにしている。
楽しそうに教えてもらえると、こちらも俄然やる気が出る。
それと、本人には絶対に言えないが、ルシーニアの講義は、厳しすぎてついて行けないのだ……。
それもあって、今も、彼の講義の受講を継続している。
それに、ルークにはたくさんの借りがある。
すこしでもルシーニアと過ごせる時間を作ってあげたいのだ。
……
私の症例から、人狼の脳というのは、案外、冗長であることがわかった。
雑な記憶消去を施されたにもかかわらず、周囲に思い込まされた辻褄の合わない情報について、いい具合の落とし所を見つけ、自身のなかで矛盾が生じないように調整されていたのだ。
私は、本来のククリの記憶と、彼女の記憶の中にある私が知り得ない彼女の師匠フラガ=ラ=ハの情報を、「私の叔母で、育ての母で、前任の筆頭神官にして、師匠でもある、ククリ」として統合していた。またフラガ=ラ=ハについては、「ククリの師匠で、生前の彼の話をククリからよく聞かされていた」といった感じで、記憶の索引が再構成されていたのだ。
ルークに言わせれば「運が良かっただけ」とのことらしい。「不連続ではあるものの、時系列的に矛盾するわけでもなく、論理的な矛盾があるわけでもなかったため、運良く脳機能の調整可能範囲に収まって、うまく調整されたのではないか?」というのが彼の見解だった。
私は、ルーテシアとルシーニアの幼少時代を知っている。彼女たちはククリとフラガ=ラ=ハの両方に幼少時代に会っている。
ルーテシアは健康体で産まれたためククリの手元からすぐに離れたが、ルシーニアはとても病弱だったため、長期間ククリが担当医をしていた。
ルーテシアは、妹を心配して、病棟に頻繁に来訪していたので、当時のククリについて鮮明な記憶が残っているようだ。
フラガ=ラ=ハになったばかりのときは、すでに退院した幼いルシーニアの警護を担当させられていた。そのため、姉のルーテシアとも会う機会が多々あった。
フラガ=ラ=ハは、成長したルシーニアやルーテシアと彼女たちの幼少期についてあまり深い話をしていなかったこともあり、ククリでないと知り得ない記憶に気づくことはなかったのだ。
今の私になり、ククリを知る者達との会話を通じ、再び記憶の再整理が行われククリ時代の記憶とフラガ=ラ=ハ時代の記憶を分離できるようになってきた。その結果、比較的新しいククリの記憶も、断片的ではあるが、若干残っていることがわかったのだ。ククリがヨトゥンヘイムから切り捨てられた理由まではわからないが、幼少時のルーテシアとルシーニアの記憶は残っていたらしい。
私はククリとして長期間、産まれたばかりのルシーニアに付き添っていたために、彼女の生命の位相軸を知ることができたのである。
ゼディーの宮殿で、ルシーニア達と合流した私は、ルシーニアと2人だけでムスペルヘイムのドリアン=ルークの宮殿に直行することになった。
目的は、私の精密検査である。
私は、ほんの3千年くらい前まで、ヨトゥンヘイムで進められていた研究の実験素体として、全くの別人として生活させられていた。
それは、アースバインダーの基礎理論を応用した、筆頭神官や外界の観測班などの危険な任務での致死率を低下させるための研究だった。
アースバインダーの効果は絶大だが、バインドされている領域以外では、性能が激減するため、拠点防衛にはよいものの、外界での活動任務には都合が悪かった。
それを改造し、自身の細胞をもとに生成された、自身の生命の根源体と相性の良い〝空の肉体〟を端末として遠隔接続し、生命と肉体の安全性を確保しつつ危険な任務を遂行できるようにする研究が進められていたのだ。
その際、私はククリとして生きた記憶のほとんどを、浄化の湖の湖水によって消去されてしまった。
そして、3万年近い期間、容姿も名前も性別までも違う全くの別人フラガ=ラ=ハだと信じ込まされて生きていたのだ。
この実験において、記憶を消去する必要性はなかったはずだが、本来のククリは宮廷医師という育成が難しい希少な役職についていたため「なにか大きなミスをした」もしくは「とても重大なことを知ってしまった」ことで、実験素体にされ記憶を消去されてしまったものと推測される。
私の記憶の消去は、かなり乱暴なやり方で行われたらしい。
浄化の湖の湖水をつかって、基本的な生活に必要な古い記憶を少しだけ残し、それ以外の記憶を全て消去してしまったらしい。
別人になったばかりの私は、実験中に事故が発生し、記憶情報に大きなダメージを受けたと言われ、フラガ=ラ=ハとしての偽の過去を刷り込まれた。
フラガ=ラ=ハとは、すでに他界しているが実在したガルダーガ族で最長寿のルガルの名前だ。
ククリは、彼の最後の弟子だった。
私の名付け親はククリであり、ククリは私の母の妹、つまり、叔母とされた。
私の母親は私を出産時に他界、父親はその時に外界任務に出ており、その最中に他界してしまったため、叔母のククリに引き取られて育ったと信じこまされた。
ククリについての記憶があるのは、幼少の頃、いつも彼女のそばにいたからではないかということにされた。
そして、リハビリ期間を経て、筆頭神官に復帰することになったのだ。
しかし、筆頭神官として危険な任務に投入され続けてきたにも拘わらず、3万年近く生き残り続けてしまったことで、稼働時のデータ蓄積には大いに役立ったようだが、死亡時のデータ蓄積が進まないという理由からお役御免となり、意識が元の肉体に戻されたというわけである。もちろん消去された記憶はもどらず、実験期間中の別人として生きた記憶が残ったままだった。
元の肉体に戻されて事実を知らされた私は、ヨトゥンヘイムにとって反旗を翻しかねない危険分子とされ、奴隷として鎖に繋がれて生きる道しかなかった。それを知ったルシーニアは、ニダヴェリールの大量の外交カードを切ることで、私を引き取り、ニダヴェリールでルーノ族の一員として生きられるように取り計らってくれたのだ。
しかも、ルーノ族の長老の一人としての席と、ニダヴェリールの宮廷特別顧問という、とても高い役職まで用意されていた。
私は、彼女の気持ちはありがたかったが、ヨトゥンヘイムに大量の外交カードを切ることで、ニダヴェリールやヘルヘイムへのヨトゥンヘイムの影響力が増大し〝生命の営み〟がエオリアン=ユーフィリアによる独裁体制になるのではないかと、とても心配した。
それでも、彼女は「これは、ルーノ族と十分相談して導き出した、ニダヴェリールの総意」として、私を迎い入れることは、大量の外交カードを切ることよりも、はるかに価値があるとまで言ってくれた。
予想以上に法外な外交カードを得られることで、気を良くしたエオリアン=ユーフィリアは、交渉を受け入れ、私をニダヴェリールへ引き渡した。
しかし、ルシーニアは大量の外交カードを切るまえに、秘密裏にアイオニアン=ゼディーとドリアン=ルークと話をつけ、強固な友好関係を締結していたのだ。
それは、ニダヴェリールの影響力が、大量の外交カードを切る以前よりも、大幅に増大することを意味していた。
そして、これを境に、ロクリアン=ルシーニアとエオリアン=ユーフィリアの個人的な関係は、完全に破綻してしまったのだ。
この件が原因で、ミクソリディアン=ティフォーニアが、生後すぐにリディアン=ルーテシアから奪い去られてしまうことにも繋がったのだと私は考えている。
また、それがなければ、リエルの事件〝イスカリオテの迷光〟もおこらなかったのかもしれないと思っている。
……
ニダヴェリールと友好関係を結んだことで、ムスペルヘイムとニブルヘイムは、史上初の休戦状態にはいった。
ミクソリディアン=ティフォーニアが産まれた際、1日だけ、出産祝いと称した大規模な戦闘がおこなわれただけだ。
失意のドリアン=ルークはというと、いまはルシーニアに夢中だ。
ルシーニアは明確に拒絶の意思を示しているが、ルークは適度な距離を保ちつつ、彼女の気引こうと躍起なようだ。
ただ、私の精密検査については、別の理由がある。
昔のククリは、宮廷医師として、彼の主治医をしていたからだ。
彼が、外界の宮廷医師を主治医として受け入れたのはククリのみだった。
ルークは、ククリをとても信頼していたようで、宮廷医師の職を退いたと聞いた時はとてもショックを受けたらしい。
そのククリが記憶を消され、実験素体として利用された挙句、奴隷として生きるしかないと知った時には、彼は、かなり苛立ったという。
すぐさま、ルシーニアに連絡をとり、救出する方法を検討してくれたとのことだ。
ゼディーも同じような感じだったというから、私の知らないククリという女性は、とても素晴らしい人格を備えたルガルだったのだろう。
でも、私は、そこまで信頼されるククリにはなれそうにはない。
ニダヴェリールに引き取られたばかりのころは、彼らに会う度に「本物のククリでなくて申し訳ない」と謝るのが習慣になっていたくらいだ。それを言うと彼らに叱られるので、最近は自粛している。
だが、私なりに努力は続けている。
どこまで彼女の領域に近づけるのかはわからない。
戻るのが不可能な以上、いまの自分らしさを伸ばしていくしかないと思っている。
ルークとゼディーは、ククリが来訪した際に、彼女から医療技術について指導を受けていたらしく、技術資料を大量にストックしていた。ある時、彼らから、それらの技術資料が送られてきたのだ。何事かと思いつつ斜め読みしてみたら、昔の記憶が少し残っているおかげか、意外にすんなり頭に入ってくるので、時間はかかったものの、基礎の基礎くらいは理解できるくらいにはなってきた。
だが、診療行為をおこなえるレベルには程遠く、ルガルの応急手当てが精一杯といったところで止まっていた。
その話をルークにしたら、ルークがククリから教えてもらったレベルまで、私に教えてくれるということになった。ルシーニアが賛成してくれたこともあり、定期的にムスペルヘイムに通うようになった。
その際に、私の体調を心配してくれたルークが、ムスペルヘイムの最新技術で精密検査を実施してくれることになり、それが定例化したのだ。
彼の講義のおかげで、さすがにオーヴァーロードの診療までは無理だが、ルガルについては、ルーノ族の医師から正式なお墨付きをもらえ、医療行為の許可をいただけるまでになっていた。
ルークの講義には今も通っている。
今回も、精密検査後は彼の講義だ。
ルシーニアは私がルークの元へゆく際は必ず同行する。
心配性な彼女は、ルークが私におかしなことをしないか気になるらしい。
それもあって、ついでに彼の講義を一緒に受けてきた。
さすがはルシーニアで、あっという間に私が手の届かないレベルに到達してしまった。最新の医療技術についてルークと議論できるレベルだ。
最近は、ルシーニアに時間がある時は、彼女が私に講義をしてくれている。
ルシーニアは講義と精密検査は、自分がやるとまで言いだしているほどだ。
私たちに講義をしているルークはとても楽しそうにしている。
楽しそうに教えてもらえると、こちらも俄然やる気が出る。
それと、本人には絶対に言えないが、ルシーニアの講義は、厳しすぎてついて行けないのだ……。
それもあって、今も、彼の講義の受講を継続している。
それに、ルークにはたくさんの借りがある。
すこしでもルシーニアと過ごせる時間を作ってあげたいのだ。
……
私の症例から、人狼の脳というのは、案外、冗長であることがわかった。
雑な記憶消去を施されたにもかかわらず、周囲に思い込まされた辻褄の合わない情報について、いい具合の落とし所を見つけ、自身のなかで矛盾が生じないように調整されていたのだ。
私は、本来のククリの記憶と、彼女の記憶の中にある私が知り得ない彼女の師匠フラガ=ラ=ハの情報を、「私の叔母で、育ての母で、前任の筆頭神官にして、師匠でもある、ククリ」として統合していた。またフラガ=ラ=ハについては、「ククリの師匠で、生前の彼の話をククリからよく聞かされていた」といった感じで、記憶の索引が再構成されていたのだ。
ルークに言わせれば「運が良かっただけ」とのことらしい。「不連続ではあるものの、時系列的に矛盾するわけでもなく、論理的な矛盾があるわけでもなかったため、運良く脳機能の調整可能範囲に収まって、うまく調整されたのではないか?」というのが彼の見解だった。
私は、ルーテシアとルシーニアの幼少時代を知っている。彼女たちはククリとフラガ=ラ=ハの両方に幼少時代に会っている。
ルーテシアは健康体で産まれたためククリの手元からすぐに離れたが、ルシーニアはとても病弱だったため、長期間ククリが担当医をしていた。
ルーテシアは、妹を心配して、病棟に頻繁に来訪していたので、当時のククリについて鮮明な記憶が残っているようだ。
フラガ=ラ=ハになったばかりのときは、すでに退院した幼いルシーニアの警護を担当させられていた。そのため、姉のルーテシアとも会う機会が多々あった。
フラガ=ラ=ハは、成長したルシーニアやルーテシアと彼女たちの幼少期についてあまり深い話をしていなかったこともあり、ククリでないと知り得ない記憶に気づくことはなかったのだ。
今の私になり、ククリを知る者達との会話を通じ、再び記憶の再整理が行われククリ時代の記憶とフラガ=ラ=ハ時代の記憶を分離できるようになってきた。その結果、比較的新しいククリの記憶も、断片的ではあるが、若干残っていることがわかったのだ。ククリがヨトゥンヘイムから切り捨てられた理由まではわからないが、幼少時のルーテシアとルシーニアの記憶は残っていたらしい。
私はククリとして長期間、産まれたばかりのルシーニアに付き添っていたために、彼女の生命の位相軸を知ることができたのである。
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