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幻想への帰還
空間蝕
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────キョウヤ(ヒューマノイド、学生)
5年ほど前から、常識を覆す大災害が世界各地で定期的に発生するようになった。
新月の夜になると、直径10km程の円筒状の空間内の物質が、跡形もなく消え去るのだ。
人類はその現象を空間蝕、もしくは単に蝕と呼ぶようになった。
蝕について、有識者たちは様々な仮説を立てているが、具体的な対処方法はまだ見つかっていない。
唯一分かっていることは、月の満ち欠け周期にあわせて必ず1回だけ、新月の夜に、人類が密集した世界のどこか一箇所でその現象が起こるということだけだ。
あまりにも人知を超えた現象で、高度な文明を有する知的生命体の仕業ではないかと、まことしやかに囁かれるようになっていた。
今宵は新月だ。
にもかかわらず、ここ伊勢守市では、普段通りの生活が営まれていた。他の街も同じような感じらしい。
長期間、緊張状態にさらされることで、脳が適応しはじめたのだろう。
初期の恐慌状態が嘘のように静まり返っている。
多くの者が「どこにいても危険から逃げられないのなら気を揉んでも仕方ない」という見解に達したのかもしれない。
新月の夜は、人口密度の低い田舎で、大切な人たちと一夜を過ごす。それが、人類の新しい習慣となっていた。
それは、仮に蝕に飲まれたとしても、人口密度を低くすれば、被害者を最小限に減らせるという苦肉の策でもあった。
最近はなぜか、日々を大切に生きる、そんな人たちが増えてきた気がする。
皆、謙虚というか無欲というか、いつ蝕に飲まれても良いように1日1日を感謝して過ごすといった風潮になっていた。
俺はいつものように、近所の小高い丘に登り、天体観測をしていた。
今の時代、天体観測は、仮想空間で済ませるのが当たり前だ。
倍率や精度もはるかに高い。
それでも、大気に触れる感覚と、このアナログな雰囲気がすきでこんなレトロな趣味を続けいている。
いつもと同じ満天の星空に、時間を忘れ没頭した。
ふと、レンズ越しに、なにか幕がかかったような感じがした。
慌てて、望遠鏡から目を離し、レンズを確認してみたが、なにも変わったところはなかった。
空を見上げても、とくに変わったところはないようだった。
気のせいかと思い、再び、望遠鏡を覗こうとした瞬間、突然の轟音と共に、世界が大きく振動した。
あきらかに地震のそれではなく、脳に浸透するかのような大音量の高周波をともなった大振動だった。
俺は、耐えきれず、倒れ、のたうち回った。
いつまで経っても、振動が収まる様子がなかった。
終わりの見えない不安と恐怖が、さらに苦痛を強めた。
ようやく静寂が訪れた。
一安心しつつも、不安をいだきながら、時間やニュースを確認しようと、震える手で、ポケットから携帯デヴァイスを取り出したが、画面はひび割れ、起動すらしなくなっていた。
自慢の望遠鏡に至っては、倒れたせいなのか、高周波のせいなのかよくわからないが、レンズが粉々に砕け散っていた。
俺は、こいつらにつぎ込んだバイト代を思い出し、落胆した。
だが、そんな庶民染みた思考のおかげで、ようやく気持ちが落ち着いてきたらしい。
よろめきながらも、なんとか立ち上がることができるようになった。
空を見上げると、俺の知っている星座は一つもなかった。
星の配置は、まるで違っていたのだ。
眼下に広がる街の様子を見ると、街の明かりは全て消えていた。
バッテリー駆動の予備灯、自家発電装置なども機能を失っているのかもしれない。
光源がないのに、なぜ街が見えるのだろう?
と疑問におもった。
足元を見ると、前方に薄く、自分の影が伸びていた。
明かりの正体を確かめようと軽い気持ちで振り向た。
が、その正体に唖然とした。
背後の空にあったのは、俺の知っている月ではなかった。
混沌とした模様がゆっくりと不安定に変化する、三日月のような巨大な何かが、空で青白く発光していた。
恐ろしさだけでなく、なぜか懐かしさも同居する、不思議な光景だった。
無機質な天体とは思えない、まるで生きているような巨大なソレは、ここがもう俺の知っている世界ではないことを告げているようだった。
「蝕に飲まれたのか……」
とりあえず、家に戻ったほうがいいだろう。
いあ、災害だから、緊急避難場所のほうがよいのか?
でも、妹が寝てるだろうから、まずは家だな、非常食も確保しておこう。
おれは、丘を降りようと階段へ向かった。
階段を降りようとした時、誰もいないはずの後方から、若く中性的で優しい感じの声がした。
「ねぇ、君、ちょっと、話を聞かせてもらってもいいかな?」
妙な音声だった。異国の言葉なのに、意味が頭に伝わってくるのだ。
この世界の住人だろうか?
「!!!」
心の準備もせずに迂闊《うかつ》に振り向いたことを後悔した。
恐ろしくて声が出なかった。
俺の目の前にいたのは、ゲームや映画で見るような、いあ、それ以上にリアルな、巨大なワーウルフだったのだ。
なぜか、作り物ではないことが本能的にわかった。
そして、まるで遺伝子にでも刷り込まれているかのように、身体中の細胞から湧き上がる恐怖が、俺をパニック状態にした。
隣にワーウルフではない小柄な人影が見えた気もするが、今はそれどこれではないのだ。とにかく、これはやばいと俺の生物としての本能が警告していた。
「あの、君? ちょっといいかな?」
小さい人影がなにか語りかけているようだが、パニック状態の俺には、なにをいってるのかすらわからない、とにかく俺は一目散ににげ、道路脇に立てかけておいた自転車に跨って、疾走した。
なんだ、どーなってる?
やばいぞ! とにかくやばい!
そうだ、早く家に戻らなきゃ!
よかった、道路に亀裂はないようだ。
でも、やけに街が静かだ。
あんな化け物がたくさんいたら大騒ぎのはずなのに……。
だけど最初の奴以外は、まだ見かけていない。
あれは幻想だったのか? ……いあ、あれは確かに本物だった。
これからどうなる? どこに逃げる?
逃げ場なんてあるのか?
2丁目の角を曲がれば、家までもうすぐだ。
見通しの悪い曲がり角に出くわすたびに、化け物と出くわすんじゃないかと不安になる。
今度も、何もいないでくれよ……。
「ひぃ!!!」
人影があったので反射的に悲鳴をあげてしまった。
が、よく見ると、同級生のカズキとリョウコだった。
「なんだ、キョウヤじゃん、なにびびってんのさ?」
「キョウヤくん、女子じゃないんだから、その悲鳴はやばいよ?」
「カズキとリョウコか……びっくりさせるなよ……」
「すごい汗だくだけど、なにかあったの?」
リョウコが心配そうに尋ねる。
「カズキはともかく、リョウコはよく平然としてられるな?
なにかって……蝕だよ!? 化け物だよ!?
なあ、おまえら、化け物に出くわさなかった?」
俺は焦って捲し立てるように言った。
「蝕? 化け物?
おまえ、寝ぼけてるんじゃねえの?」
カズキが何事もないかのように答える。
「なにいってる、化け物はともかく、蝕に飲まれただろ?
なんか、世界がぐぉおおって感じに震えてさ?」
「ああ、さっき地震があったよね?」
リョウコが呑気に答える。
「地震? ちがうだろ、あの月みろよ? おかしいだろ?」
「月? いつのも月じゃん、お前変なものでもくったのか?」
なにいってる? ……あきらかにおかしいぞ?
「……そいえば、おまえら、目が、両目の視線がめちゃくちゃっていうか……」
「え? なに? 意味わかんなーい」
リョウコが近づいてくるので、俺は本能的に身構えた。
「なんで、私まで怖がるのよー?
ひどーい、友達だと思ってたのにー」
リョウコの口の中に、巨大な犬歯がみえた。
「ひぃ!!! おまえら、誰だ? いったいどうなってる?」
俺は、自転車を後方へ切り返し猛ダッシュした。
はずだった……。
気がついたら、リョウコに組み伏せられ、人間とはおもえない馬鹿力で俺の頭を地面におさえつけられていた。
「ダチから逃げるなよ」
カズキがゆっくりと近づいてくる。
「そうだよー、キョウヤくん、ちょっとまってね。すぐに、仲間にしてあげるから」
リョウコが、俺の首すじに牙を突き立てようとしていた。
なにが、どーなっているんだ?
わけがわからないまま殺されるのか?
こいつらみたいに化け物にされるのか?
突然、遠くから、異国の言葉が聞こえた。
今度の言葉は、まるで理解できなかった。
その途端、急に体が解放された。
後ろを見たら、カズキとリョウコがミンチになっていた。
俺は恐怖で縮み上がった。
いったいなんなんだ?
「……大丈夫ですか!?」
背後から異国の言葉がかけられた。
今度の言葉は理解できた。
でも、丘の上で聞いた声とは違う声だった。
恐る恐る振り返ると、人間が5人立っていた。
まるで中世の騎士のような出で立ちだった。
服装はともかく、助けてくれたし、目の焦点も普通だったので、この世界の住人なのだろう。
「……ありがとうございます!
その……ここはどこなのですか?
俺はいったいどうなったのでしょうか?
俺の友人はなぜ化け物になったのですか?」
「落ち着いてください。驚くのも無理はないでしょう。
ここは危険です。安全な場所まで送りますよ」
「あ! でも、家族が……」
「ご家族ですか? お家はどちらですか?」
「そこの、赤い屋根の家です」
「……わかりました」
そういうと、騎士が3名、俺の家に突入した。
しばらくすると、妹を抱きかかえて3人の騎士が出てきた。
妹は泣きじゃくっていた。
「父さんと母さんは?」
「残念ながら、すでに吸血鬼になっていました。
妹さんは狭いところに隠れていたようですね。
ノフェラトゥは鼻が効くので、見つけられる前に突入できてよかったです」
少し離れたところで別の騎士が魔法のようなものを使っていた。
「生存者はもういないようです」
「わかった、一旦帰投しよう」
「「「了解」」」
俺と妹は、騎士達に促されて、彼らの仮設本部へ向かった。
……
騎士の隊長さんの話では、吸血鬼とは、人間の生き血を糧にしている特殊な生命体とのことだという。彼らは、狂気にとりつかれており、脳のリミッターが外れているため、筋力も通常の人間で太刀打ちするのは困難なのだそうだ。
この世界の人間は、魔術がつかえるらしく、魔術を使って吸血鬼を撃退しているのだという。
吸血鬼は、大地の至る所に潜伏しており、人間達は、身を守るために、強固な要塞を築いてその中で生活しているとのことだ。
この辺りは、近年、彼らにとっての異世界から、街ごと転移するようになり、至る所にその残骸があるらしい。
そういった事情から、何も知らない人間達を吸血鬼から保護するため、転移があるたびに、彼ら騎士団が、救出活動をおこなっているのだそうだ。
範囲が広く、吸血鬼の巣も密集している地域なので、この地域全域を安全地帯にできるほどの力は、人間はもっていないとのことだった。
この世界は、強力な知的生命体が複数種存在し、覇権争いなどもあるようで、とても荒廃しているのだとか。是弱な人類は、みんなで集まり協力して日々を耐え忍んで生き抜くのが精一杯という状況らしい。
彼らの仮設本部は、近所の運動公園のグラウンドに設置されていた。
周辺にはたくさんの騎士がいて厳重に警備されているようだ。
他にも生存者がいるようで、次々にテントのなかに入ってゆく。
俺は妹の手を引きながら、これからのことを考えていた。
その時だった。
「ぐぼぉああああ!」
大きな影が横切ったかとおもったら、目の前を歩いていた2人の騎士さんの体が、胴体ごと切断された。
「うぁああああああ!」
騎士さんの悲鳴が聞こえたので後ろを振り向くと、2人の騎士さんがドロドロに溶けだしていた。
俺は、妹を抱き締め、もう、どうして良いのかわからなくなっていた。
「ガーンズバック! 広場のノスフェラトゥを殲滅してきて!」
どこから発せられているのかは不明だが、異国の言葉で、若い大人の女性の声がした。
広場で、巨大なワーウルフが騎士さんたちを殺戮《さつりく》しはじめた。
「あ、君はさっきの!」
丘の上で聞いた声がした。
「え?」
気がつくと俺の目の前に、軽装の鎧を身にまとった、少女が立っていた。
こんな状況ですら、しばらくの間、見惚《みと》れてしまうほど美しかった。
「さっきは、ごめんね。初めて人狼をみたら驚くよね?
気が利かなくて、すまなかったね」
俺は、我に返った。
「るがる? ……広場のノスフェラトゥって……騎士さんを殺してる??」
「ああ、あれは全部吸血鬼だよ。
君をここまで連れてきた奴らもね」
「ええ?」
俺にはもう、なにが、なんだか、わからなかった。
すでに考えるのをあきらめた俺は、広場で行われている一方的な殺戮を呆然と眺めていた。
本部と称されていたテントの幕が、戦闘に巻き込まれて剥がれ落ちた。
「!」
そこには、避難したはずの人間は一人もおらず、巨大な化け物が一匹だけいた。
「あれは、グール。移動式の食料保管庫みたいなものだよ。
君が騎士と呼んでいたノスフェラトゥ達は、上位世代のノスフェラトゥに食料を捧げるために働いていただけなのさ」
「上位世代?」
「ノスフェラトゥは、自分をノスフェラトゥにした〝親〟の意志には絶対に逆らえないんだって。何を考えているかだって全部筒抜けになるらしい。親の許可がないと自分の体すら自由に動かせないって話だ。しかも、自分の子孫が多いほど力が強大になるらしい。
始祖から始まって、長老とよばれる第一世代、第二世代ってのが絶大な力を持っている。
でも、親が死ぬと子が全滅するから、姿をあらわすことはないだろうけどね。
出くわすとしたら、第三世代、第四世代以降って感じじゃないかな?
今、ここら辺にうろついているのは、古くても第六世代以降てところだね。
……そろそろかな?」
「……終わった。ルキフェルは第四世代がいたわ。マモンは第五世代だけ。他はいなかった」
さっき聞いた大人の女性の声だ。あいかわらず姿が見えない……。
「第四世代か、それはラッキーだったね。
みててごらん?」
少女はそう言って、広場を指差した。
広場にいた騎士達の体が歪んだかと思うと、液体状になって、崩れ落ちた。転がっていた騎士達の死体も全て、同じように液状化してしまった。
「親が死んだから子孫が全滅したんだ。
ああいう状態にならないと、ノスフェラトゥは再生しちゃうんだ」
「無駄話してないで、用事を終わらせてさっさと帰りましょ」
姿の見えない大人の女性が催促した。
「あー、そうだった。 ねえ君?」
少女が俺に質問を投げかけた。
「はい?」
「君の世界のラフィノス公国の女王様のファーストネームを教えてくれるかな?」
「ラフィノス? あの国か……、えーっとたしか、エレーナだったかな?」
「エレーナか……ありがとう、それを聞きたかったんだ。
では、ご武運を!」
「え? あ、ちょ、ちょっと、まって!」
立ち去ろうとした彼女達を、俺は、引き止めた。
「お願いですから、待ってください!」
「ん? 何だい?」
少女は立ち止まった。
「ほら、そんなの放っておいていくわよ!」
姿の見えない女性は先を急ごうとしている。
「助けてもらったのはとても感謝しています。
でも、このまま放置されてもどうしたらいいかわからないのです。
せめて、手がかりでもアドバイスしていただけませんか?」
「そーだなー、アドバイスか……」
少女は考え込む。
「本当にお人好しなんだから……。
あのね、坊や。
この世界は、ヒューマノイドが生きるには過酷すぎるのよ。
私から言えるのは『ヒューマノイドとしてできるだけ早く死ね』ことってくらい。
吸血鬼なんかにされたら、死ぬことすら許されない奴隷としての生涯が、それこそ何千年、何万年てつづくわよ?」
姿の見えない大人の女性は、辛辣な事実を告げた。
「うは! 君は辛辣だね……。
ま、確かにヒューマノイドには過酷な世界だよね。
でもさ、大地の生命を守るのは、ルーノ族の使命じゃなかったの?」
「まぁ、そうだけど、ヒューマノイドって、アルデバドス族のおもちゃでしょ?」
「アルデバドスは滅んだじゃないか」
「一匹かえってきたでしょ? ガイゼルヘルが」
「酷い言い方するな。言いつけちゃうよ?」
「いいわよ。あいつ嫌いだし。
あ、そうだ、ガイゼルヘルに任せればいいんじゃない?」
「それこそ、皆殺しにされちゃうよ……」
「即死で済むから痛くないわよ。楽に死ねるでしょ?」
「エリューデイルさんが黙ってないとおもうよ?」
「エリューデイルさんには内緒にするにきまってるじゃない。
これ以上、彼の負担を増やしたら私がククリさん達から叱られるもの」
「ククリさんだって黙ってないんじゃない?」
「うーん、たしかに。それは考えていなかったかも……。
つまり、どうやって、バレないように、この坊や達を早く楽に死なせてあげられるかよね?
面倒だから、ここでガーンスバックに殴り殺……」
「ちょーーーと、まった!」
俺は少女と姿の見えない女性の会話に割り込んだ。
「なに? 坊や?」
「なんか、俺を即死させるのが前提になってきちゃってるけど、人間として真っ当な人生を生きるすべは他にはないのですか?」
「ない!」
姿の見えない女性は断言した。
「……真っ当な人生というのは難しいけれど、すこしだけマシな選択肢だったらあるかも?」
少し考え込んでいた少女は、そう言って微笑んだ。
少女の提案は、無色のホムンクルスという種族に保護を申し出るということだった。
彼らは、もともとヒューマノイドの管理者だったからだ。
廃棄処分されそうになったヒューマノイドの命の恩人ともいえる種族なのだそうだ。
「やめといたほうがいいわよ。あいつら何考えてるかわからないし。
異世界からの転移だって奴らの仕業なんでしょ?」
姿の見えない大人の女性は否定的だ。
しかも、蝕の元凶って……。
「でも、それ以外だと、そこに転がってるグールの死体をかついで、ルキフェル氏族のところにいって、家畜にしてもらえるよう交渉するってことくらいしか思い浮かばないかな。
ルキフェル氏族は食料を安定して確保できるようにヒューマノイドを家畜化してるからね。繁殖性能が低かったり、高齢化したり、病気になったりした時点で、ノスフェラトゥにされちゃうリスクはあるけど、運が良ければ、ヒューマノイドとして、長期間、食っちゃ寝生活できるよ。
頃合い見計らって、うまく死ねれば、それなりの生涯にはなるとおもう」
「それもだめよ。奴らの食料増やすくらいなら、私がここで殺す」
姿の見えない女性がそういうと、突然、グールの死体が溶け出した。
いつの間にか、広場にいた生存者達もこちらに集まって、俺たちの話に耳を傾けて向けていた。
俺とサエをふくめて、全部で12名。みんな俺と同年代かそれより下だ。
「じゃぁ、その無色のホムンクルスてのに保護してもらうのが一番マシってことですか?」
俺と同年代の女の子が少女に質問した。
見覚えがある……同じ学校の一つ下の生徒だ。
ああ、そうだ、カズキの妹だ。たしかミユキちゃんだったっけ?
無事だったのか……。
「だろうね。
少なくとも吸血鬼よりは、比較にならないくらいマシだとおもうよ。でもね、無色のホムンクルスには、学派ってのがあって、それによって考え方がまるで違うみたいだから、そこは運次第だけどね。
学派は、傍目にはまるでわからないし、聞いても教えてもらえないから……全部で12名か。
これだけいれば、異界の生体サンプルとしてそれなりの価値は見出してくれるんじゃないかな?
どうする? 交渉してみる?
彼らの移動要塞が、転移結果のデータ観測で、その辺うろついてると思うし。
うん、それがいいかもね。
希望者は、こちらへ集まってー!」
少女がそういうと、皆、戸惑いながらも集まってきた。
俺たちの護衛に巨大なワーウルフを残して、2人は交渉に向かってくれた。
なんだかんだで、優しい人達だった。
近くに3つの移動要塞がいたようで、それぞれと交渉してくれたそうだ。
無色のホムンクルスは、異界の人間にずっと興味を示していたらしく取り合いだったらしい。結局、各要塞で等分し、4名ずつ引き取りたいとの打診を受けたそうだ。
俺たちの扱いについては、どの要塞も人手不足のようで、搭乗員として活躍を期待しているそうだ。
ただし、生体サンプルとしてデータ収集をしたいため、定期的な精密検査を行うとのこと。でも、奴隷や実験材料のような扱いは考えていないとのことだった。
少女は話を続けた。
「無色のホムンクルスは、ヒューマノイドの最終完成形の種族なので、非常に聡明で狡猾な種族なんだ。だから、正直なところ本心は全くわからない。けど、ここまでの条件を出してくれたということは、今の君たちにとっては十分すぎる待遇だと思う。
彼らとしては転移した街の全住人を受け入れたかったみたいだけど、いつも吸血鬼に先を越されるので、歯がゆい思いをしていたそうだよ。
あまり参考にならないと思うけど、それぞれの要塞の長を務めている無色のホムンクルスを紹介しておくね。感性で選んでね」
・レグルス=レオーニス=アルファ、性別は男性
・デネブ=キュグニー=アルファ、性別は女性
・フォーマルハウト=ピスケース=アルファ、性別は男性
「要塞の雰囲気がまるで違ったから学派は全部別だと思われる。
こっから先は、君たちの運次第」
俺たち12名は、相談した。
俺は、「妹と離れるわけにはいかないから、残り物で良いので2名分確保させて欲しい」とだけ伝えて、みんなに任せた。
情報が少なすぎるし、ここまでくればどれでも一緒だからだ。
なぜか、デネブとレグルスに人気が集まった。
お荷物になる小さい子と一緒は避けたかったのと、頼りになりそうな人と一緒になりたかったのだろう。
結局、俺たちはフォーマルハウトの要塞に決まった。
一緒になったのは、俺と同じく、弟の面倒をみないといけない1つ年下の女の子だった。
今度は少女が護衛になって、ルガルと姿が見えない女性が、要塞への引き渡しをしてくれた。
俺たちの順番は、最後だった。
引き渡しの際、なぜか、少女達も搭乗した。
少女達は旅の最中だったようで、この要塞が目的地の近くまで向かうこともあり、同乗させてもらうよう交渉したらしい。これまでずっと野宿だったそうだ。
これからの生活が、まるで想像できない。
でも、親切な少女達と同乗できるので、すこしだけ安心できた。
5年ほど前から、常識を覆す大災害が世界各地で定期的に発生するようになった。
新月の夜になると、直径10km程の円筒状の空間内の物質が、跡形もなく消え去るのだ。
人類はその現象を空間蝕、もしくは単に蝕と呼ぶようになった。
蝕について、有識者たちは様々な仮説を立てているが、具体的な対処方法はまだ見つかっていない。
唯一分かっていることは、月の満ち欠け周期にあわせて必ず1回だけ、新月の夜に、人類が密集した世界のどこか一箇所でその現象が起こるということだけだ。
あまりにも人知を超えた現象で、高度な文明を有する知的生命体の仕業ではないかと、まことしやかに囁かれるようになっていた。
今宵は新月だ。
にもかかわらず、ここ伊勢守市では、普段通りの生活が営まれていた。他の街も同じような感じらしい。
長期間、緊張状態にさらされることで、脳が適応しはじめたのだろう。
初期の恐慌状態が嘘のように静まり返っている。
多くの者が「どこにいても危険から逃げられないのなら気を揉んでも仕方ない」という見解に達したのかもしれない。
新月の夜は、人口密度の低い田舎で、大切な人たちと一夜を過ごす。それが、人類の新しい習慣となっていた。
それは、仮に蝕に飲まれたとしても、人口密度を低くすれば、被害者を最小限に減らせるという苦肉の策でもあった。
最近はなぜか、日々を大切に生きる、そんな人たちが増えてきた気がする。
皆、謙虚というか無欲というか、いつ蝕に飲まれても良いように1日1日を感謝して過ごすといった風潮になっていた。
俺はいつものように、近所の小高い丘に登り、天体観測をしていた。
今の時代、天体観測は、仮想空間で済ませるのが当たり前だ。
倍率や精度もはるかに高い。
それでも、大気に触れる感覚と、このアナログな雰囲気がすきでこんなレトロな趣味を続けいている。
いつもと同じ満天の星空に、時間を忘れ没頭した。
ふと、レンズ越しに、なにか幕がかかったような感じがした。
慌てて、望遠鏡から目を離し、レンズを確認してみたが、なにも変わったところはなかった。
空を見上げても、とくに変わったところはないようだった。
気のせいかと思い、再び、望遠鏡を覗こうとした瞬間、突然の轟音と共に、世界が大きく振動した。
あきらかに地震のそれではなく、脳に浸透するかのような大音量の高周波をともなった大振動だった。
俺は、耐えきれず、倒れ、のたうち回った。
いつまで経っても、振動が収まる様子がなかった。
終わりの見えない不安と恐怖が、さらに苦痛を強めた。
ようやく静寂が訪れた。
一安心しつつも、不安をいだきながら、時間やニュースを確認しようと、震える手で、ポケットから携帯デヴァイスを取り出したが、画面はひび割れ、起動すらしなくなっていた。
自慢の望遠鏡に至っては、倒れたせいなのか、高周波のせいなのかよくわからないが、レンズが粉々に砕け散っていた。
俺は、こいつらにつぎ込んだバイト代を思い出し、落胆した。
だが、そんな庶民染みた思考のおかげで、ようやく気持ちが落ち着いてきたらしい。
よろめきながらも、なんとか立ち上がることができるようになった。
空を見上げると、俺の知っている星座は一つもなかった。
星の配置は、まるで違っていたのだ。
眼下に広がる街の様子を見ると、街の明かりは全て消えていた。
バッテリー駆動の予備灯、自家発電装置なども機能を失っているのかもしれない。
光源がないのに、なぜ街が見えるのだろう?
と疑問におもった。
足元を見ると、前方に薄く、自分の影が伸びていた。
明かりの正体を確かめようと軽い気持ちで振り向た。
が、その正体に唖然とした。
背後の空にあったのは、俺の知っている月ではなかった。
混沌とした模様がゆっくりと不安定に変化する、三日月のような巨大な何かが、空で青白く発光していた。
恐ろしさだけでなく、なぜか懐かしさも同居する、不思議な光景だった。
無機質な天体とは思えない、まるで生きているような巨大なソレは、ここがもう俺の知っている世界ではないことを告げているようだった。
「蝕に飲まれたのか……」
とりあえず、家に戻ったほうがいいだろう。
いあ、災害だから、緊急避難場所のほうがよいのか?
でも、妹が寝てるだろうから、まずは家だな、非常食も確保しておこう。
おれは、丘を降りようと階段へ向かった。
階段を降りようとした時、誰もいないはずの後方から、若く中性的で優しい感じの声がした。
「ねぇ、君、ちょっと、話を聞かせてもらってもいいかな?」
妙な音声だった。異国の言葉なのに、意味が頭に伝わってくるのだ。
この世界の住人だろうか?
「!!!」
心の準備もせずに迂闊《うかつ》に振り向いたことを後悔した。
恐ろしくて声が出なかった。
俺の目の前にいたのは、ゲームや映画で見るような、いあ、それ以上にリアルな、巨大なワーウルフだったのだ。
なぜか、作り物ではないことが本能的にわかった。
そして、まるで遺伝子にでも刷り込まれているかのように、身体中の細胞から湧き上がる恐怖が、俺をパニック状態にした。
隣にワーウルフではない小柄な人影が見えた気もするが、今はそれどこれではないのだ。とにかく、これはやばいと俺の生物としての本能が警告していた。
「あの、君? ちょっといいかな?」
小さい人影がなにか語りかけているようだが、パニック状態の俺には、なにをいってるのかすらわからない、とにかく俺は一目散ににげ、道路脇に立てかけておいた自転車に跨って、疾走した。
なんだ、どーなってる?
やばいぞ! とにかくやばい!
そうだ、早く家に戻らなきゃ!
よかった、道路に亀裂はないようだ。
でも、やけに街が静かだ。
あんな化け物がたくさんいたら大騒ぎのはずなのに……。
だけど最初の奴以外は、まだ見かけていない。
あれは幻想だったのか? ……いあ、あれは確かに本物だった。
これからどうなる? どこに逃げる?
逃げ場なんてあるのか?
2丁目の角を曲がれば、家までもうすぐだ。
見通しの悪い曲がり角に出くわすたびに、化け物と出くわすんじゃないかと不安になる。
今度も、何もいないでくれよ……。
「ひぃ!!!」
人影があったので反射的に悲鳴をあげてしまった。
が、よく見ると、同級生のカズキとリョウコだった。
「なんだ、キョウヤじゃん、なにびびってんのさ?」
「キョウヤくん、女子じゃないんだから、その悲鳴はやばいよ?」
「カズキとリョウコか……びっくりさせるなよ……」
「すごい汗だくだけど、なにかあったの?」
リョウコが心配そうに尋ねる。
「カズキはともかく、リョウコはよく平然としてられるな?
なにかって……蝕だよ!? 化け物だよ!?
なあ、おまえら、化け物に出くわさなかった?」
俺は焦って捲し立てるように言った。
「蝕? 化け物?
おまえ、寝ぼけてるんじゃねえの?」
カズキが何事もないかのように答える。
「なにいってる、化け物はともかく、蝕に飲まれただろ?
なんか、世界がぐぉおおって感じに震えてさ?」
「ああ、さっき地震があったよね?」
リョウコが呑気に答える。
「地震? ちがうだろ、あの月みろよ? おかしいだろ?」
「月? いつのも月じゃん、お前変なものでもくったのか?」
なにいってる? ……あきらかにおかしいぞ?
「……そいえば、おまえら、目が、両目の視線がめちゃくちゃっていうか……」
「え? なに? 意味わかんなーい」
リョウコが近づいてくるので、俺は本能的に身構えた。
「なんで、私まで怖がるのよー?
ひどーい、友達だと思ってたのにー」
リョウコの口の中に、巨大な犬歯がみえた。
「ひぃ!!! おまえら、誰だ? いったいどうなってる?」
俺は、自転車を後方へ切り返し猛ダッシュした。
はずだった……。
気がついたら、リョウコに組み伏せられ、人間とはおもえない馬鹿力で俺の頭を地面におさえつけられていた。
「ダチから逃げるなよ」
カズキがゆっくりと近づいてくる。
「そうだよー、キョウヤくん、ちょっとまってね。すぐに、仲間にしてあげるから」
リョウコが、俺の首すじに牙を突き立てようとしていた。
なにが、どーなっているんだ?
わけがわからないまま殺されるのか?
こいつらみたいに化け物にされるのか?
突然、遠くから、異国の言葉が聞こえた。
今度の言葉は、まるで理解できなかった。
その途端、急に体が解放された。
後ろを見たら、カズキとリョウコがミンチになっていた。
俺は恐怖で縮み上がった。
いったいなんなんだ?
「……大丈夫ですか!?」
背後から異国の言葉がかけられた。
今度の言葉は理解できた。
でも、丘の上で聞いた声とは違う声だった。
恐る恐る振り返ると、人間が5人立っていた。
まるで中世の騎士のような出で立ちだった。
服装はともかく、助けてくれたし、目の焦点も普通だったので、この世界の住人なのだろう。
「……ありがとうございます!
その……ここはどこなのですか?
俺はいったいどうなったのでしょうか?
俺の友人はなぜ化け物になったのですか?」
「落ち着いてください。驚くのも無理はないでしょう。
ここは危険です。安全な場所まで送りますよ」
「あ! でも、家族が……」
「ご家族ですか? お家はどちらですか?」
「そこの、赤い屋根の家です」
「……わかりました」
そういうと、騎士が3名、俺の家に突入した。
しばらくすると、妹を抱きかかえて3人の騎士が出てきた。
妹は泣きじゃくっていた。
「父さんと母さんは?」
「残念ながら、すでに吸血鬼になっていました。
妹さんは狭いところに隠れていたようですね。
ノフェラトゥは鼻が効くので、見つけられる前に突入できてよかったです」
少し離れたところで別の騎士が魔法のようなものを使っていた。
「生存者はもういないようです」
「わかった、一旦帰投しよう」
「「「了解」」」
俺と妹は、騎士達に促されて、彼らの仮設本部へ向かった。
……
騎士の隊長さんの話では、吸血鬼とは、人間の生き血を糧にしている特殊な生命体とのことだという。彼らは、狂気にとりつかれており、脳のリミッターが外れているため、筋力も通常の人間で太刀打ちするのは困難なのだそうだ。
この世界の人間は、魔術がつかえるらしく、魔術を使って吸血鬼を撃退しているのだという。
吸血鬼は、大地の至る所に潜伏しており、人間達は、身を守るために、強固な要塞を築いてその中で生活しているとのことだ。
この辺りは、近年、彼らにとっての異世界から、街ごと転移するようになり、至る所にその残骸があるらしい。
そういった事情から、何も知らない人間達を吸血鬼から保護するため、転移があるたびに、彼ら騎士団が、救出活動をおこなっているのだそうだ。
範囲が広く、吸血鬼の巣も密集している地域なので、この地域全域を安全地帯にできるほどの力は、人間はもっていないとのことだった。
この世界は、強力な知的生命体が複数種存在し、覇権争いなどもあるようで、とても荒廃しているのだとか。是弱な人類は、みんなで集まり協力して日々を耐え忍んで生き抜くのが精一杯という状況らしい。
彼らの仮設本部は、近所の運動公園のグラウンドに設置されていた。
周辺にはたくさんの騎士がいて厳重に警備されているようだ。
他にも生存者がいるようで、次々にテントのなかに入ってゆく。
俺は妹の手を引きながら、これからのことを考えていた。
その時だった。
「ぐぼぉああああ!」
大きな影が横切ったかとおもったら、目の前を歩いていた2人の騎士さんの体が、胴体ごと切断された。
「うぁああああああ!」
騎士さんの悲鳴が聞こえたので後ろを振り向くと、2人の騎士さんがドロドロに溶けだしていた。
俺は、妹を抱き締め、もう、どうして良いのかわからなくなっていた。
「ガーンズバック! 広場のノスフェラトゥを殲滅してきて!」
どこから発せられているのかは不明だが、異国の言葉で、若い大人の女性の声がした。
広場で、巨大なワーウルフが騎士さんたちを殺戮《さつりく》しはじめた。
「あ、君はさっきの!」
丘の上で聞いた声がした。
「え?」
気がつくと俺の目の前に、軽装の鎧を身にまとった、少女が立っていた。
こんな状況ですら、しばらくの間、見惚《みと》れてしまうほど美しかった。
「さっきは、ごめんね。初めて人狼をみたら驚くよね?
気が利かなくて、すまなかったね」
俺は、我に返った。
「るがる? ……広場のノスフェラトゥって……騎士さんを殺してる??」
「ああ、あれは全部吸血鬼だよ。
君をここまで連れてきた奴らもね」
「ええ?」
俺にはもう、なにが、なんだか、わからなかった。
すでに考えるのをあきらめた俺は、広場で行われている一方的な殺戮を呆然と眺めていた。
本部と称されていたテントの幕が、戦闘に巻き込まれて剥がれ落ちた。
「!」
そこには、避難したはずの人間は一人もおらず、巨大な化け物が一匹だけいた。
「あれは、グール。移動式の食料保管庫みたいなものだよ。
君が騎士と呼んでいたノスフェラトゥ達は、上位世代のノスフェラトゥに食料を捧げるために働いていただけなのさ」
「上位世代?」
「ノスフェラトゥは、自分をノスフェラトゥにした〝親〟の意志には絶対に逆らえないんだって。何を考えているかだって全部筒抜けになるらしい。親の許可がないと自分の体すら自由に動かせないって話だ。しかも、自分の子孫が多いほど力が強大になるらしい。
始祖から始まって、長老とよばれる第一世代、第二世代ってのが絶大な力を持っている。
でも、親が死ぬと子が全滅するから、姿をあらわすことはないだろうけどね。
出くわすとしたら、第三世代、第四世代以降って感じじゃないかな?
今、ここら辺にうろついているのは、古くても第六世代以降てところだね。
……そろそろかな?」
「……終わった。ルキフェルは第四世代がいたわ。マモンは第五世代だけ。他はいなかった」
さっき聞いた大人の女性の声だ。あいかわらず姿が見えない……。
「第四世代か、それはラッキーだったね。
みててごらん?」
少女はそう言って、広場を指差した。
広場にいた騎士達の体が歪んだかと思うと、液体状になって、崩れ落ちた。転がっていた騎士達の死体も全て、同じように液状化してしまった。
「親が死んだから子孫が全滅したんだ。
ああいう状態にならないと、ノスフェラトゥは再生しちゃうんだ」
「無駄話してないで、用事を終わらせてさっさと帰りましょ」
姿の見えない大人の女性が催促した。
「あー、そうだった。 ねえ君?」
少女が俺に質問を投げかけた。
「はい?」
「君の世界のラフィノス公国の女王様のファーストネームを教えてくれるかな?」
「ラフィノス? あの国か……、えーっとたしか、エレーナだったかな?」
「エレーナか……ありがとう、それを聞きたかったんだ。
では、ご武運を!」
「え? あ、ちょ、ちょっと、まって!」
立ち去ろうとした彼女達を、俺は、引き止めた。
「お願いですから、待ってください!」
「ん? 何だい?」
少女は立ち止まった。
「ほら、そんなの放っておいていくわよ!」
姿の見えない女性は先を急ごうとしている。
「助けてもらったのはとても感謝しています。
でも、このまま放置されてもどうしたらいいかわからないのです。
せめて、手がかりでもアドバイスしていただけませんか?」
「そーだなー、アドバイスか……」
少女は考え込む。
「本当にお人好しなんだから……。
あのね、坊や。
この世界は、ヒューマノイドが生きるには過酷すぎるのよ。
私から言えるのは『ヒューマノイドとしてできるだけ早く死ね』ことってくらい。
吸血鬼なんかにされたら、死ぬことすら許されない奴隷としての生涯が、それこそ何千年、何万年てつづくわよ?」
姿の見えない大人の女性は、辛辣な事実を告げた。
「うは! 君は辛辣だね……。
ま、確かにヒューマノイドには過酷な世界だよね。
でもさ、大地の生命を守るのは、ルーノ族の使命じゃなかったの?」
「まぁ、そうだけど、ヒューマノイドって、アルデバドス族のおもちゃでしょ?」
「アルデバドスは滅んだじゃないか」
「一匹かえってきたでしょ? ガイゼルヘルが」
「酷い言い方するな。言いつけちゃうよ?」
「いいわよ。あいつ嫌いだし。
あ、そうだ、ガイゼルヘルに任せればいいんじゃない?」
「それこそ、皆殺しにされちゃうよ……」
「即死で済むから痛くないわよ。楽に死ねるでしょ?」
「エリューデイルさんが黙ってないとおもうよ?」
「エリューデイルさんには内緒にするにきまってるじゃない。
これ以上、彼の負担を増やしたら私がククリさん達から叱られるもの」
「ククリさんだって黙ってないんじゃない?」
「うーん、たしかに。それは考えていなかったかも……。
つまり、どうやって、バレないように、この坊や達を早く楽に死なせてあげられるかよね?
面倒だから、ここでガーンスバックに殴り殺……」
「ちょーーーと、まった!」
俺は少女と姿の見えない女性の会話に割り込んだ。
「なに? 坊や?」
「なんか、俺を即死させるのが前提になってきちゃってるけど、人間として真っ当な人生を生きるすべは他にはないのですか?」
「ない!」
姿の見えない女性は断言した。
「……真っ当な人生というのは難しいけれど、すこしだけマシな選択肢だったらあるかも?」
少し考え込んでいた少女は、そう言って微笑んだ。
少女の提案は、無色のホムンクルスという種族に保護を申し出るということだった。
彼らは、もともとヒューマノイドの管理者だったからだ。
廃棄処分されそうになったヒューマノイドの命の恩人ともいえる種族なのだそうだ。
「やめといたほうがいいわよ。あいつら何考えてるかわからないし。
異世界からの転移だって奴らの仕業なんでしょ?」
姿の見えない大人の女性は否定的だ。
しかも、蝕の元凶って……。
「でも、それ以外だと、そこに転がってるグールの死体をかついで、ルキフェル氏族のところにいって、家畜にしてもらえるよう交渉するってことくらいしか思い浮かばないかな。
ルキフェル氏族は食料を安定して確保できるようにヒューマノイドを家畜化してるからね。繁殖性能が低かったり、高齢化したり、病気になったりした時点で、ノスフェラトゥにされちゃうリスクはあるけど、運が良ければ、ヒューマノイドとして、長期間、食っちゃ寝生活できるよ。
頃合い見計らって、うまく死ねれば、それなりの生涯にはなるとおもう」
「それもだめよ。奴らの食料増やすくらいなら、私がここで殺す」
姿の見えない女性がそういうと、突然、グールの死体が溶け出した。
いつの間にか、広場にいた生存者達もこちらに集まって、俺たちの話に耳を傾けて向けていた。
俺とサエをふくめて、全部で12名。みんな俺と同年代かそれより下だ。
「じゃぁ、その無色のホムンクルスてのに保護してもらうのが一番マシってことですか?」
俺と同年代の女の子が少女に質問した。
見覚えがある……同じ学校の一つ下の生徒だ。
ああ、そうだ、カズキの妹だ。たしかミユキちゃんだったっけ?
無事だったのか……。
「だろうね。
少なくとも吸血鬼よりは、比較にならないくらいマシだとおもうよ。でもね、無色のホムンクルスには、学派ってのがあって、それによって考え方がまるで違うみたいだから、そこは運次第だけどね。
学派は、傍目にはまるでわからないし、聞いても教えてもらえないから……全部で12名か。
これだけいれば、異界の生体サンプルとしてそれなりの価値は見出してくれるんじゃないかな?
どうする? 交渉してみる?
彼らの移動要塞が、転移結果のデータ観測で、その辺うろついてると思うし。
うん、それがいいかもね。
希望者は、こちらへ集まってー!」
少女がそういうと、皆、戸惑いながらも集まってきた。
俺たちの護衛に巨大なワーウルフを残して、2人は交渉に向かってくれた。
なんだかんだで、優しい人達だった。
近くに3つの移動要塞がいたようで、それぞれと交渉してくれたそうだ。
無色のホムンクルスは、異界の人間にずっと興味を示していたらしく取り合いだったらしい。結局、各要塞で等分し、4名ずつ引き取りたいとの打診を受けたそうだ。
俺たちの扱いについては、どの要塞も人手不足のようで、搭乗員として活躍を期待しているそうだ。
ただし、生体サンプルとしてデータ収集をしたいため、定期的な精密検査を行うとのこと。でも、奴隷や実験材料のような扱いは考えていないとのことだった。
少女は話を続けた。
「無色のホムンクルスは、ヒューマノイドの最終完成形の種族なので、非常に聡明で狡猾な種族なんだ。だから、正直なところ本心は全くわからない。けど、ここまでの条件を出してくれたということは、今の君たちにとっては十分すぎる待遇だと思う。
彼らとしては転移した街の全住人を受け入れたかったみたいだけど、いつも吸血鬼に先を越されるので、歯がゆい思いをしていたそうだよ。
あまり参考にならないと思うけど、それぞれの要塞の長を務めている無色のホムンクルスを紹介しておくね。感性で選んでね」
・レグルス=レオーニス=アルファ、性別は男性
・デネブ=キュグニー=アルファ、性別は女性
・フォーマルハウト=ピスケース=アルファ、性別は男性
「要塞の雰囲気がまるで違ったから学派は全部別だと思われる。
こっから先は、君たちの運次第」
俺たち12名は、相談した。
俺は、「妹と離れるわけにはいかないから、残り物で良いので2名分確保させて欲しい」とだけ伝えて、みんなに任せた。
情報が少なすぎるし、ここまでくればどれでも一緒だからだ。
なぜか、デネブとレグルスに人気が集まった。
お荷物になる小さい子と一緒は避けたかったのと、頼りになりそうな人と一緒になりたかったのだろう。
結局、俺たちはフォーマルハウトの要塞に決まった。
一緒になったのは、俺と同じく、弟の面倒をみないといけない1つ年下の女の子だった。
今度は少女が護衛になって、ルガルと姿が見えない女性が、要塞への引き渡しをしてくれた。
俺たちの順番は、最後だった。
引き渡しの際、なぜか、少女達も搭乗した。
少女達は旅の最中だったようで、この要塞が目的地の近くまで向かうこともあり、同乗させてもらうよう交渉したらしい。これまでずっと野宿だったそうだ。
これからの生活が、まるで想像できない。
でも、親切な少女達と同乗できるので、すこしだけ安心できた。
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