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終.僕だけの女神
エピローグ
しおりを挟む「ぬわーーっ! だ、だ、大爆死いいィーーーッ!」
――とある小さな村の、お日さまがてっぺんに近い頃。
質素な造りの決して大きいとは言い難い家屋のリビングに、美しく澄んだ声で、ワケのわからん叫び声が響いた。
「なんだよこのデイリーガチャみたいな結果は‥‥こんなの絶対おかしいよ‥‥」
その中央に置かれた机の上で、艶やかな白銀の長髪をぼっさぁーと撒き散らして美しい女性が突っ伏していた。彼女の周りには齧りかけのリンゴが描かれたカードが散らばっている。
「よーし、デートしてくれたら兄ちゃん魔法のカード買ってあげちゃうゾ!」
その隣では、同じ色の髪をした美青年が楽しそうに女性の頭を撫でていた。
「今日のパンは昨日のより美味しいわね。明日もこの焼き加減を心掛けなさい」
その向かいでは、角度で色が違って見える不思議な髪色をした女性が、凄まじい勢いでパンを喰らっていた。
――それが、現在の我が家である。さらに言うなら、ここ最近の我が家だ。
説明するまでもないと思うが、場に揃っているのは件の神様3人衆。無事に村へと帰ってきた僕らは、約束通り彼女らに小麦を奉納することとなった。
ただ、毎回神殿まで捧げに行くのはあまりにも骨が折れるし、アルテミス様の神殿に至っては海の向こうで、陸路を通って行けば膨大な時間がかかってしまう。
ならどうするか――ウチに来ればいいじゃない!
という感じで、オリュンポスから帰ってきて以降、毎日ウチに入り浸ってメシを喰らいつつ、何をするでもなくダラダラしている神様たちである。
信者的にはありがたみがスゴい出来事ではあるんだけど、傍目には単なるダメな大人でしかない。信仰心なんかは別として、こんな大人にはなりたくないものだ。
「はーい、お待たせしましたー」
そんな神々しい現場で僕はいったい何をしているかというと――お料理である。
小麦の奉納と同時に料理を振る舞う約束もしていたので、僕は神々の前に皿を並べ、特製のパツァスを振る舞わせていただいていた。
もちろんその神々の中には僕の唯一神であり最愛の妹、ソフィも含まれており、僕はいつも通りソフィの皿にだけ少し多めに盛り付ける作業に勤しんでいた。
「――っ! 待ちなさい、ニコ。ソフィの皿だけ少し具が多いわ。私の皿と交換しなさい」
「くっ‥‥! 仕方ないですね‥‥」
が、ゴッド観察眼の前では僕の猪口才な行為など無意味。あっさりと見破られ皿を奪われてしまう。悔しさに歯を食い縛る僕をよそに、アテナ様は満足そうに臓物のスープを堪能していた。
「あたしヨーグルト食べたい」
そしてアルテミス様は自由だった。
「ウチには無いですよ。ヨーグルト好きのお家があるんで、どうしても欲しかったらそこで貰ってきてください」
「あぁ!? さっきのガチャであたしの財布のライフポイントはもうゼロよ!」
「よーし、アルテミス! 兄ちゃん好きって言ってくれたら俺が買ってきてあげるぞ!」
「すき」
「よっしゃ待ってて!」
言うが早いかアポロン様が外へ駆け出して行った。お店じゃないからお金なんていらないんだけど。
まあ、あんな人間離れしたイケメソが行けば喜んで分けてくれるだろうから、今度なにかお礼を持って行かなきゃ。
ずいぶん騒がしくはなったものの、僕らはすっかり日常へと戻って来られ、今日もソフィの笑顔を見ることが出来る。僕にとってはそれがなによりだ。
ちなみに、本物の神々に出会った僕はかつてのような信仰深い人間に戻ることが‥‥出来たということはなく、相変わらず村でのお祈りには心がこもってなくて適当であった。
確かに僕の神に対する認識は改まったし、新たな信仰心も多少は芽生えている。が、それは飽くまで目の前でメシを掻っ食らっている神や、平面少女に恋をする神という個人に向けられたものであり、かつてのような「なんかこういう感じの神様~」という漠然としたものに対する信仰ではなかった。
ちなみにアテナ様はウチで焼いたパンをずいぶんと気に入ってくれたようで、助力の対価に見合っていると認めてくれたようだ。今回の件はアテナ様抜きでは本当にどうしようもなかったので、満足してくれたようで僕も安心だった。
僕も席に着いて、みんなと一緒に食事の時間とする。うん、我ながら美味しく出来ている。
隣で食べるソフィも笑顔で「おいしー」と言ってくれていて、それだけで僕の幸福指数は限界突破である。
こんな心穏やかに日々を過ごせるようになったのは、何度も言うがここにいる神様たちのおかげ。
ただ、あの日のことでひとつだけ、今も拭いきれない疑問が残っていた。
「あの、アルテミス様。僕、いまだに分からないことがあるんですけど」
「若さの秘訣かい!?」
「ゴッドボディだからでしょうね」
いい加減ツッコミもかなり雑だ。
「どうして、ヘラさんはソフィのこと見逃してくれたんですか? 説得された理由がよくわからなかったんですけど」
兄妹愛は素晴らしいってのはその通りだと思うけど、なぜ、それでヘラさんが理解を示してくれたのか。そんな他人の理屈が通用する人には見えなかったのだが。
「ああ、そんなこと。つーかお前、もっと神のこと勉強しろや」
ジト目を向けられ、すんませんヌヘヘと適当すぎる謝罪を返し、アルテミス様は呆れた息を吐きながらも少しだけ得意顔になって解説を「ヘラさんは、父さんの姉だからよ」
「わーお! あたしの説明パートをよく分からんタイミングで奪うなよ!」
パツァスを喰らいながら、アテナ様が代わりに教えてくれた。
「ヘラさんも弟である父さんのことを愛しているから、姉弟愛ってのにひどく共感できたんでしょうね」
「ま、そゆこと。あの人は他人の事情になんて欠片も興味ないけど、自分とゼウスに関わることだったら全部認めたい人だから」
助かった理由に納得すると同時、僕とソフィはハッとして顔を見合わせた。
「つまり‥‥ソフィ」
「そうだね、お兄ちゃん‥‥」
僕たちはぎゅっと手を取り合って、歓喜の声を上げる。
「僕らも何の問題もなく結婚できるよ!」
「やったね! 神様公認でお兄ちゃんのお嫁さん!」
「ははは、真っ先にその考えに至るとは、さすがだな」
いつの間に帰ってきていたのか、アポロン様が嬉しそうにはしゃぐ僕らの肩に手を置いた。
「いずれ、俺とアルテミスも‥‥ね」
「しねーし」
スマゴから視線を外さないまま一蹴だった。それでもアポロン様は「素直じゃないアルテミス可愛い」と最高に嬉しそうである。
「そもそも、あなたたちは血縁じゃないでしょう。最初から問題なんてないじゃない」
「いやー、でも、僕の中では本物の妹みたいなものなので、やっぱり色々考えちゃうじゃないですか」
「えへへ、この背徳感がたまんないよね‥‥」
「わかる(天下無双)」
「私はあなたたちの思考回路が分からないわ」
――と、そんな幸せな空気を阻害するように荒々しく玄関の扉が開かれた。
現れたのは、ひとりの男。頭には麦わら帽子を被り首にタオルをかけ、服と手は泥で汚れて大層みずぼらしいカスみたいな格好だ。
男は無言で手を洗うと、どっかりと無駄にデカいクソみたいな態度で椅子に腰を下ろした。
「‥‥‥‥」
そのまま、無言の時が流れる。
やがて男は焦れたように机を叩くと、ギリィ!と僕を睨みつけてきやがった。
「オレのメシは!」
「オリュンポスに帰ってゴーソンのおにぎりでも買ったらどうですか。今日から100円セールやってるッスよ」
男の名はヘルメス。ウチの畑に通う、無能な小間使いである。
約束通りヘルメスはウチにやってきて畑仕事の手伝いをしている。神様ズに奉納するために開墾した、というかヘルメスに開墾させた畑の管理はほぼ全てヘルメスに任せており、初日にいい加減な仕事をしてアテナ様に完膚なきまでにボコされて以降、仕事ぶりはわりとマジメだ。
「ったく、我がままなバイト君ですね。ほら、残り物だけどこれでも食わせてやりますよ」
「テメェ、マジ、いつか殺す」
とはいえ、僕は僕で自分の家のことをしなくちゃならないし、アテナ様の食事量が尋常ではないので、正直ヘルメスが来てくれて助かっていたりする。絶対口には出さないけど。
「待ちなさい、ヘルメスが食べたら私が食べられる量が減るじゃない。ヘルメス、あなた神野屋のチーズ牛丼好きなんでしょう。早く帰りなさい」
「うっせーな。別にいいだろ帰るのメンドイし」
「なんだかんだ、人の子メシにハマってるんでしょ。確かにコイツの料理美味いしね」
「ありがとうございます。ところで人の子メシって名状しがたい不快感がありますね」
「えっ、忍者メシみたいで語呂良くね?」
「アルテミスの言う通りだ! 今日からこれは人の子メシだ!」
「私は呼ばないわよ。実際不快だわ」
「あたしも兄ちゃんが不快だからやっぱり呼ばない」
「もっと神が食べるに相応しい神聖な名前にすべきね。そう、ゴッドフードというのはどうかしら」
「もう好きに呼んでください」
「なんでもいいけどオレの量少なくね? しかも全然具が入ってねーじゃねーか。働いてやったんだからもっと寄越せや」
「うるさいですね‥‥。文句言うならとっとと帰ってゼウスのダンナの脇汗でも舐めたらいいんじゃないスか」
「それよりわたし、ヘルメスさんと食卓囲むのイヤです。早く食べて早く帰ってください」
「辛辣すぎて草」
「大丈夫だよソフィ、僕だけ見てればあんなの居ても居なくても関係ないから」
「お兄ちゃんと同じイスに座って口と口で食べさせっこしたい‥‥」
「俺もしたい」
「そんなことより、兄ちゃんマルチ手伝って」
神と同席しているとは思えない、神聖さの欠片も見られない騒がしい日常。
神頼みが蔓延する世の中で、神の存在を否定し続けた僕は半神の妹と共に暮らし、神と共に旅に出て神と食卓を囲むようになってしまった。
世の中ってのは理不尽だ。
神の助けを必要としている人はきっと世界に溢れているのに、それを求めていなかった僕が、こうして身に余る恩恵を受けている。
だけど自分たちにさえ不利益が無ければ、他の人のことなんてどうでもいいなんて言うつもりはない――なんて、言うつもりはない。
理不尽な世界を認めてしまった僕は今更良い子ぶるつもりなんてなく、自分の汚い部分を認められるようになってしまっていた。
僕には、正確にはソフィにはきっと、やろうと思えば多くの人々を救えるだけの力を有しているのだろう。
本物の神には至らない些細な力でも、無力な人間にとっては人生を変える大きな力だ。
だけど僕はそれを使って誰かを救おうなんて考えない。自分勝手な神々を見て反骨心を抱くことはなく、むしろそれに倣って利己的に生きたいとさえ思ってしまった。
色々と思うことはあれど、つまりはすごく単純なこと。
僕はソフィと一緒に居られれば、それだけでいい。
ソフィと、そして僕が幸せなら、それ以外の人のことなんてどうでもいいんだ。
こうしてソフィの笑顔を間近で見られるなら、それでいい。僕らに救えたはずの命がどこかで尽きたとしても、僕はきっと気にしない。
あれだけの出来事に巻き込まれて様々な経験をしたところで結局、ほんの少し神への信仰を取り戻しただけで、僕の主張は神々と出会う前と後で何も変わっていない。
僕はソフィのことだけを考えて、ソフィのためだけに生きている。
肩を並べて楽しそうにスマゴの画面と向き合う兄妹神と、サイヤ人並の勢いでパンとスープを貪り食う戦の女神、そしてぶちぶちと文句を垂れながら不遜な態度を崩さないカスの神。
そんな神々を尻目にソフィの頭をそっと撫でると、ソフィは幸せそうに微笑んで、静かに身を寄せてくれた。僕も身を寄せ、眼を閉じて寄り添い合う。
それだけで、世界が僕ら2人だけになれたような気がした。そしてそれは僕にとって、なによりの幸せだ。
僕が心から信仰する神は、いつだってソフィただ1人だから。
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お兄ちゃんはマジモンのシスコンだったんですね笑