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4章
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しおりを挟むたっぷりと時間をかけて買い物を済ませると、先ほどの服屋へと再び足を向ける。袋一杯に菓子を詰めた目つきの悪い男に注目する人はおらず、その人がどんな生き方をしているかなどやはり見た目だけでは分からないものだ。
店に戻るとすでに買い物は済んでいたようで、店の窓越しに店内に入ってすぐのソファに腰かけるマイカの姿が見えた。お行儀よく背筋を伸ばしてわずかに俯き、腹の前に袋を抱えて居心地悪そうにじっと身を硬くしている。普段、店内でココアをすすりながらアレコレ文句を垂れてくるマイカとはまるで別人だ。
そんなマイカが顔を上げてこちらの姿を認めると、即座に立ち上がって店の扉をくぐる。店の出入り口が何かの境界線であったかのようにいつも通りのしかめっ面に戻ると、小走りでこちらに向かって駆け寄ってヴァンを睨み上げた。
「遅いじゃない。どれだけ待たせるつもりなのよ、バカ」
そして開口一番、憎まれ口である。服の入った袋を押し付けられ、苦笑いでそれを受け取る。もふもふと頭を撫でてやると、いつもより控えめな動きで押しのけられてしまう。
店を離れると、マイカは肩の力を抜いて小さく息を吐いた。
「悪かったよ。で、良いのあった?」
「あったから買ってるんでしょ。当たり前のこと聞かないでよ」
先程の店内の態度はもはや影も形も残っていない。それでも、行きも帰りもガチガチで外ではひと言も喋ることの出来なかった頃のマイカと比べれば、やはりずいぶんと柔らかくなっていた。
「他に行きたいところはないか? もう帰るか?」
「この辺りのことなんて何も知らないんだから、あるわけないでしょ。頭使いなさいよ」
「へいへい、それじゃ帰りましょかね」
すたすたと一歩前を行くマイカを嘆息と共に後ろから眺める。小さな背中を撫でるように揺れる髪の毛を見ていると、いつの間にか少し長くなってきているようだ。マイカは髪が伸びると毛先が跳ねてくるので分かりやすい。
帰りの電車の中で、マイカは先程とは別の沈黙を保っていた。中途半端な田舎の私鉄は適度に空いていて、窓に沿うように設えられた椅子の一番端に座り、その隣にヴァンが座る。いつも電車に乗る時は何気なく選んでいるように見えるその位置だが、それは知らない人に隣に座られないためだということには何となく気付いていた。
体を傾け、ヴァンに半分背を向けるようにしてマイカは窓の外を眺めている。流れゆく景色に心を躍らせているわけではなく、自分とかけ離れた日常に羨望しているわけでもなく。その瞳が映す光景にいったいどんな思いを馳せているのか、ヴァンには分からない。
喫茶店近くまで帰って来るとマイカは徐々に早足になって、ヴァンが遅れると振り返って鋭い瞳で睨みつけてくる。仕方なくヴァンも足を速めてマイカの背を追い、店の前まで来るとヴァンに持たせていた服を奪い取って店内へと入って行ってしまった。
ヴァンに対する気遣いなど見せてくれるはずもなく扉は目の前で無情に閉まり、扉の向こうから「ただいま」と愛想のない声が聞こえてきた。ひと足遅れて帰還を告げると、その光景に弟たちも楽しそうに笑みを浮かべていた。
「リアはどこいる?」
「姉さんなら地下じゃねえかな」
菓子の入った袋を側に座っていた弟に渡しながら尋ねると、予想通りの答えが返って来る。袋の中からトッポの箱をひとつ抜き出すと、弟もその中身を物色していた。
「うわ珍しい、トッポ以外のお菓子が入ってる」
「それはマイカのだから勝手に食うなよ」
「へいへい、だと思ったよ」
買ってきたトッポの袋をさっそく開けて、ヴァンは地下へ続く階段へと向かった。
この家には地下室がある。やや圧迫感のある縦長の無機質な部屋で、特定の目的に利用されているそこに入り浸っているのはリアくらいのものだ。そう言えば、そこがどういう場所なのかは簡単に予想がつくだろう。
階段を中ほどまで降りると、ぼんやりと重々しい音が聞こえ始める。下まで降りて重厚な扉を開けると、遮るもののなくなった銃声がヴァンの鼓膜を激しく揺さぶった。
地下は簡易な射撃場となっていた。元は単なる倉庫兼武器庫として使っていたのだが、いつの間にやら改装が施されていた。犯人は言うまでもなくリアである。
扉を開けてすぐ、座り込んで射撃を繰り返していたリアはこちらの存在に気が付いた。集中していても視野が狭くならないのがリアの強さであり恐ろしさだ。
「お帰り兄ちゃん、良い買い物できた?」
「ああ、いつも通り和やかなショッピングだったよ」
「そっかー、良かったねー」
大して感情を込めることなく呟いて、ライフルの弾倉を外して立ち上がる。
「それで、私に何の用?」
「マイカの髪がちょっと伸びてたから、散髪してやってくれないかな」
「あー、そういえば伸びてたかも。いいよ」
マイカに限らず、一家の散髪は全てリアの担当だった。意外と、リアは上手いしセンスがいい。そして本人も特に面倒がってはいないようだ。
リアは気楽な様子で答えて銃を元の場所に戻すと、なぜか嬉しそうに目の前までやってきて、頬に唇を触れさせた。
「は? なにいきなり」
「兄ちゃん好き」
「わーい、嬉しいなー」
しかめっ面で答えてやるが、リアは相変わらず嬉しそうだ。これがもう少し心のこもった言葉であれば喜べたかもしれないが。
リアに続いて地上に戻り、リアはマイカを呼びに部屋へ向かい、ヴァンは店へと戻る。カウンターに入って自分の珈琲を用意していると、対面に座っていたギルがじっとヴァンを見つめていた。
「なに、ギルにも淹れてやろうか?」
「あ、あざッス。あ、いや、そうじゃなくて」
挽いていた粉が少なくなっていたので、ゴリゴリとミルを回しながらギルに視線を返す。
「兄貴って、嬢ちゃんにだけはやけに甘いッスよね」
ヴァンはミルを回す手を止めることなく「はあ?」と訝しげな声を漏らす。
が、聞いていた弟たちは声を上げて笑い始めた。
「あっはっは、そりゃ間違いねえな」
「マイカちゃんにだけは頭が上がんねえしな」
「姉さんにも甘いだろ」
「おれ達と2人の扱いの差がありすぎんだよー」
そんなからかいの声はいつものこと。ギルは弟たちの笑い声に苦笑で応えて、ヴァンに視線を戻した。
「あの、前にも聞いたかもしれないスけど、嬢ちゃんって何者なんスか‥‥?」
「何者ってなんだよ。マイカはただのガキだよ」
挽いた粉をビンに詰め、サイフォンを取り出し慣れた手つきで抽出の準備を整える。
「あー、なんつーか、嬢ちゃんって、なんでウチにいるんスか?」
敢えていい加減な返事をしたことに気付いているのかいないのか、ギルはさらに問いを重ねた。すぐに返事はせず、フラスコの中でお湯が黒く染まっていく様を見つめる。
「‥‥あんま、積極的に語りたい話じゃねえな」
「あ、そうなんスね。すんません、じゃあ別にいいッス」
「なんだよ、やけにあっさり引き下がるじゃねえか」
「そりゃま、兄貴の下に置いてもらうのが俺の最優先スから。突っ込んで嫌われて追い出されたら困るッス」
素直すぎる言葉に、ヴァンは出来上がった珈琲をカップに注ぎながら思わず笑みをこぼした。
「良い心がけだ。オレの機嫌を損ねて良いことはないぜ」
淹れたての珈琲をギルの前に差し出してやると、「あざッス! 超良い香りするッス!」と頭の悪そうな賛辞を頂戴し、ヴァンは満足そうに頷いた。
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