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3章
3-2
しおりを挟むカウンター席でココアを飲みながらトッポを齧るマイカの横で珈琲を飲みつつ、目の前に座るギルに改めてお勉強のお時間である。
「絶対に使えとは言わねえけど、魔銃は常に持っておくようにしておけ。扱い慣れた武器のが戦いやすいっつっても、ギルの場合距離がある時はどうしようもねえだろ」
「そうッスね‥‥。ちゃんと練習もしとくッス‥‥」
アホだが、態度は素直なギルである。椅子をこちら側に向けてお行儀よく座り、しゅんと項垂れて話を聞いている。
「この世界じゃ、魔銃は持ってんのが当たり前ってレベルだからな。持ってねえと単純に不利だ。やっぱ飛び道具って便利だしなー」
使い始めるとそれがいかに便利な代物かがよく分かる。強ければ銃などに頼らずともどうにでも出来ると思っていた頃が懐かしい。もちろん相手次第ではナイフ1本で圧倒することも不可能ではないが、銃があればかなり楽になることは間違いない。
「あの、そういえば兄貴。別に魔銃使わなくても魔力は撃ち出せるって聞いたことあるんスけど、それってホントなんスか?」
どこで聞いたのか、魔力というもの根本に関わる疑問を、小さく挙手するギルに投げかけられる。
ギルの言う通り、魔力による銃撃には必ずしも中継としての銃器は必要ではない。だが純粋な魔力の放出が禁止されているように、これはそんな簡単な話ではなかった。
ヴァンは親指と人差し指を立てて、指で銃の形を作ってギルに向けて構える。
「ギル、お前魔銃の構造は知ってるよな」
「まあ、この間作ってもらったんで、だいたいは‥‥」
ギルはやや苦い表情を浮かべつつ、二の腕の辺りをさする。
魔力には人体を伝導し、また本人の魔力は本人の肉体でしか伝導することがないという性質がある。
つまり、魔力を体外に放出していながらもその魔力を伝導させている魔銃には――その人の血肉が埋め込まれているのである。
魔銃を作成するときに肉の一部を削ぎ落して血を抜き、銃に埋め込む。放っておけば当然腐敗するが、日々魔力を流し込んで魔力をまとわせておけば、1年近くは状態を保つことが出来ることが分かっている。
「魔銃ってのは、言っちまえば魔力の方向を調整するだけのモンだ。だから構造は単純で、掃除も整備も必要ない。むしろ使うほどに〝中身〟の活きがよくなるくらいだからな。まあ要するに、魔銃なんて補助道具にすぎない。お前の質問の答えはイエスってことだ」
言って、ヴァンは指で作った銃の先を店の隅、棚の上に置かれたインテリア用のマグカップへと向けた。そのまま集中力を高め、やがて指先が小さく発光したかと思うと指先から小さな光弾が撃ち出され、数m離れたそこに正確に命中しマグカップはパキンと乾いた音を立てて崩れ落ちた。
「おおっ、すげーッス! 兄貴魔銃なんかいらねーじゃねーッスか!」
ギルが感嘆の声を上げるが、事実そうではないからヴァンは魔銃を使用しているのだ。
「アホ、よく見ろよ。実際魔力は撃ち出せたし、カップも割れた。けど、あの程度の威力で人が殺せると思うか?」
割れたマグカップの破片は大きく、銃で撃った時のように粉々に砕けたわけではない。床に落として誤って割ってしまった時のような割れ方だ。今の一撃の威力はせいぜい、強めに殴った程度であることがうかがえる。
「撃てるか撃てないかと聞かれたら、撃てる。けど、攻撃手段として機能しないってのが実際のところだ。この距離でこの威力だったら、石投げるのと変わんねーしな」
「はあー、なるほど‥‥」
ギルは自分の指をしげしげと眺め、指を銃の形にして適当に狙いを定め――リアが撃った。
弾はギルの指先をかすめて壁を撃ち抜いた。実銃による、確かな殺傷力を持った一撃。リアの口元にはいつも通りの笑みが浮かべられているが、その目は全く笑っていない。
そしてその数瞬後、ギルは床に叩きつけられていた。靴底で手の平を踏みつけられ、為す術もなく床を舐める。その目の前に、齧り折られたトッポの破片がポトリと落ちた。
「今のは、リアのナイス判断だぜ。人の話は最後まで聞くことだな」
言って足を離すと、ギルはしばらく状況が飲み込めない様子で這いつくばり、やがてゆっくりと身を起こすと深く頭を下げて全く意味は分からないまま謝罪を述べた。ヴァンは冷たい視線を送るだけで何も答えず、新しいトッポを咥えて座り直す。
「いいか、さっきのは確かに大した威力じゃなかったが、あれは本来魔力が持っているべき力じゃねえ。魔銃は魔力を増幅させることはできねえから、魔銃から撃ち出されるのはその人の持つ魔力本来の力だ」
ギルは座り直して真剣な顔でヴァンを見ながら話を聞いているが、どことなく反応が薄い。あまり理解出来ている様子ではなさそうだった。
「‥‥分かりやすいように結論だけ話してやる。魔銃を使わず魔力を撃ち出す場合、集中して命中精度を高めれば弱くなる。さっきみたいにな。逆に威力だけを考えれば、強いが狙いはめちゃくちゃだ。どこに飛んでくか分かったもんじゃねえ」
「なるほd「だからお前が今やろうとしてたことは、目ぇ瞑って銃の引き金引こうとしてたのと同じなんだよ!」
呑気に納得しようとするギルの顔面を鷲掴み、ギリギリと握り潰さんばかりの勢いで力を込めた。
「あぎゃあああすんません! すんませんッス!」
本気の叫びをあげて悶絶するギルだが、こればかりは本当に笑えない。先ほどもリアが撃って止めていなければ、冗談ではなく誰か死んでいた可能性もないとは言えなかったのだ。
「本当、いつまで経っても頭使えないのね。ちゃんと脳ミソ入ってるの?」
マイカの口の悪さはいつも通りだが、今ばかりは甘んじて受け入れるべきだろう。
「だから、実戦で使う場合は魔銃無しだと魔力なんてモンは使いもんにはならねえ。分かったか?」
「あい、わ、分かったッス! 分かりましたッス! もう下手に撃とうとしないッス!」
必死に叫ぶギルをようやく離してやると、べしゃりと再び床に倒れ伏して荒い息を吐く。
「魔力は身体のどこでも自由に通れるからたとえ指を真っすぐに伸ばしたって、指の腹でも関節でもどこからでも外に飛んでっちまう。だが魔銃はそうならないように、銃身部分に一直線にレールが敷かれてる。だから全力で魔力を撃ちだしても狙い通りに飛んでくってワケだ」
ギルは苦しげに喘ぎながら身を起こし、倒れるように椅子に腰かけた。そのまましばらく無言で自分の指を眺め、ふと何かに気付いたようにヴァンに視線を向ける。
「‥‥あ、それじゃあッスけど、上手いこと指にレールが敷けたら、ちゃんと狙い通りおもっきり撃てるってことスか?」
「‥‥アホなのか鋭いのか、どっちかにしてくれ」
別に褒めてもいないが、「あざまッス!」という声を聞きながら、椅子に深く腰掛けカウンターに背を預ける。
「まあ、それも出来なくはないって程度さ。要は、自分の指も魔銃と同じような構造を持たせてやればいいだけだからな」
ギルは理解できていなさそうに眼をパチパチとさせる。期待通りの反応にニィっと愉しげな笑みを返しながら、ヴァンは自らの人差し指に沿ってスーッと爪を走らせた。
「そのまんまさ。レールを引いてやるんだよ。――血と肉で、魔力が通るための隙間を空けてやるのさ」
ギルは自分の指を見つめ、そこがぱっくりと左右に裂ける想像でもしてしまったのか、顔を青くして指を抱いた。
「そ、それはスゲー嫌ッスね‥‥」
「要は、魔銃さえ使っとけば何の問題もねーんだよ。だから、持ち歩く癖をつけとけってこと」
そこで話は最初に戻る。結局はそういうことだ。指で撃ち出す機会などほとんどないといっていい。敢えて使うとすれば、相手に気付かれていない時に先制して威嚇するとか、かなり限定的な場面のみとなる。
「それじゃあ、今日のご飯当番はギルに決まりね」
突如リアが何の脈絡もなく宣言し、ギルは目を丸くする。
「えっ‥‥ちょ、今日は姉貴じゃないんスか!?」
「うん、だけど反省して作りなさい。キミのご飯は、最近はそこそこ美味しいし」
「ええ‥‥いやまあ、あざまス‥‥。俺、姉貴のメシもかなり好きなんスけど‥‥」
「ダメです、作りなさい」
明らかに押し付けられそうだったから押し付けてみたという感じだが、特に止める気はない。奔放なリアにすっかり慣れた弟たちは、押し付けられる対象が自分でなくなったことに安堵しつつギルの下っ端ポジションを眺めるのを楽しんでいるようだ。
気付くと、隣のマイカがヴァンの魔銃を手にして銃口を覗き込んでいた。血肉が詰まっているのを見ようとしているのかもしれないが、残念ながら外から見える場所には入っていない。魔力が撃ち出されているのは正確には銃口のわずかに下。銃口は実は単なる飾りのようなものである。
ヴァンの魔銃である以上、マイカが触ったところでそれは単なる金属の塊であり、暴発の心配はない。
が、ヴァンは指先でつまむようにしながらマイカから銃を取り上げた。
「あっ、ちょっと、なにすんのよ。別に触るくらいいいでしょ」
「ダメ。こんなもん、お前は触んなくていいんだよ」
「またそんなこと。どうでもいいこと気にしてるんじゃないわよ」
「どうでもよくない」
マイカは手を伸ばして取り返そうとするが、マイカの身長ではどれだけ伸ばしても届かない。しばらく必死に頑張っていたマイカだったが、やがて諦めてリアに向き直った。
「もういい、バカ。ねえ、リアの貸してよ」
「ダーメ。兄ちゃんがダメって言ってるんだからダメだよ」
「なによそれ。自分の意志はないの?」
「兄ちゃんと一緒っていうのが、私の意志だよ」
にこやかに拒絶され、マイカはさらに不機嫌に眼をいからせて弟たちに視線を向ける。しかしこの状況で貸せる者がいるはずもなく、その意思表示として弟たちは静かに視線をどこかに向けた。
マイカは「もう!」と苛立ちを露わにして立ち上がり、足音高く店内を後にした。
「マイカ、今夜は何食いたい?」
「‥‥シチュー!」
口調は荒くもそれにはきっちりと答え、バタンと勢いよくドアが閉められる。
店内に残るのは気まずい空気、などではなく、ヴァンも含めて楽しそうなニヤニヤ笑いだった。
「あーあ、兄貴また怒らせちゃったな」
「今夜は口聞いてもらえないぜ」
「まったく、損な役回りだよ」
「ンなこと言って、兄貴だって楽しんでるくせに」
その空気にまだ馴染まずぽかんとするギルの肩を、ヴァンはぽんぽんと叩いて言った。
「それじゃあギル、今夜はシチューで決まりな。アイツは人参好きだから、多めに入れとかないともっと機嫌悪くなるからな」
「あ、了解ッス‥‥。えっ、でも俺は人参ちょっと苦手なんスけど‥‥」
「アホ。マイカちゃんの要望が優先に決まってんだろ」
「マイカちゃんが機嫌悪くなったら、兄貴が被害者になるんだからな」
弟たちにイジられ、ヴァンにまで「そういうこと」と悪戯めいた笑みを向けられてしまう。
そんな扱いを受けながらも、ギルは自分がこの空気の中に溶け込めていることに、思わず緩んだ笑みを浮かべるのだった。
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