クルイアイ

くらうでぃーれん

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幕間:回想

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「友達いないの?」

 それが、彼にかけられた最初の言葉だった。

 忘れもしない。彼女にとって、全ての始まりとなるひと言。

「‥‥誰ですか」

 そして彼女が彼にかけた最初の言葉はそれだった。

 思い出すと、今でも後悔の念が絶えない。もっと早くから彼の事を知っていれば、こんな言葉をかけることもなかっただろうに。
 だけど彼は彼女の全てを許してくれるに違いない。彼女は、彼が誰よりも優しいことを知っているから。

 それは、彼女が中学2年生の時のこと。時は昼休み、場所は教室。中途半端な位置の席でぽつんと座る彼女の前に、その男子生徒は何の前触れもなく現れたのだった。

 彼は興味の宿らない瞳で彼女を見つめ、しばらくしてからズボンのポケットを漁り、続いて上着のポケット、内ポケットをごそごそとしてそこでようやく何かを見つけだした。
 取り出したのは1枚のプリント。彼はそれを彼女に差し出す。

「‥‥何」

 彼女が彼に向けるのは警戒心よりも、強い恐怖だった。知らない人と話すのは、本当に苦手だった。嫌いだといっていい。彼の行動の1つ1つの意図が読めず、それは彼女にとって恐怖にしかなり得なかった。

 彼は彼女がそれを受け取らないことに焦れている様子も見せず、じっとその差し出した動きのまま無言だった。

「名前」

 やがて彼は短くそう答え、彼女が恐る恐る受けとって広げてみると、それは最近行った小テストの用紙。氏名欄のところに目をやると、そこには同じクラスの記号と「水波唯一」という名前が書かれている。

 どうやら同じクラスの人らしいが、彼女にはその男子に見覚えが無かった。ちなみに、彼女は9割のクラスメイトの顔に見覚えが無い。
 前髪の隙間から見えるその男子は、平凡な顔立ちをしている。不細工ではないにしろ、とりたてて整った顔をしているわけでもない。

 ただ妙に印象強いのは、その表情。今の彼は何の表情を浮かべていない、無表情。その無表情はあまりにも淡白だ。
 どれだけ平坦を保とうとしても、誰しもそこにはわずかながらの感情が宿っている。しかし目の前の彼からは、そういったものを一切感じ取ることが出来なかった。

 それにしても不思議な名前だ。ユイイツ、とそのまま読めばいいのだろうか。苗字にすら心当たりがないのだから、この人の名前に聞き覚えがあるはずもない。

「それで、ユイって読むんだって」

 と、自分の名前を他人事のように、そして興味なさそうに説明していた。

「‥‥何」

 そして彼女は、ユイに再び同じ質問をする。今度のそれは彼の行動に対する疑問だった。
 ユイは先程から中空を見つめ、時折彼女に目を向けながら話しているだけだ。その手には総菜パンが握られていて、たいして美味しくもなさそうにもそもそと口に運んでいた。

「友達、いないの?」

 そしてユイも、同じ質問を繰り返す。ほぼ初対面でひどく失礼な質問ではあるが、彼の言葉は別段彼女を見下しているようではなかった。そして同情など、それ以外の感情も含まれているようではなかった。

 話すことが無いからとりあえず天気の話でもしているかのように、答えを求めているわけではなく、漠然と思ったことを口にしているだけのような口調。

 恐らくそのまま黙っていたところで、このユイという男子は特に気にしないのだろう。しかしだからといって、彼女はユイのことを無視してしまえるほど豪胆な性格はしていなかった。聞かれたことに律儀に、恐る恐る答える。

「‥‥6組」
「そう」

 ただし、最小限の言葉で。そしてユイの返答も、最小限だった。聞いておいて、興味なさげに相槌を打つ。
 彼女の答えは6組に友達がいるけど、自分は2組だからここにはいないという意味で言ったものだ。どの程度それが通じているのかは知らないが。

 彼女の数少ない、普通に言葉を交わせる友人は現在クラスを大きく離れて、階すらも離れてしまっている。そのせいか、2年に進級してからというもの会う機会は極端に減ってしまっていた。

「‥‥あなたこそ、いないの」

 塵ほどもない彼女の反骨心を限界まで奮い立たせ、どうにかそれだけを言い返す。彼女にそんなことを尋ねるユイこそ、今は1人だった。

「よく分からん」

 それはこっちの台詞だ、と言ってやりたかった。
 そしてユイはパンを食べ終えると何の言葉もなく立ち上がり、どこかへ行ってしまった。

 結局何がしたかったのかは、最後まで分からずじまいだった。





 それがマナが初めてユイと出逢った日。

 心苦しいことに、第一印象は最悪と言わざるを得なかった。
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