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第三部 世田高の預言者たち

第49話 手伝う気、ハブる気

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「ベルとアナってのは、一体どこの神サマだ? そんな名前の神は聞いたことねえぞ」

 と幸十が四角いミニサンドを手に取りながら明人に聞いた。

「三千年前くらいのシリアあたりって聞いたけど」

「あー、そんな昔か……。そりゃ現代まで伝わってなくてもしょうがねぇわ」

 と幸十が手の中のミニサンドをまるごと口の中に放りこんだ。

 千星がなにか言いたそうにアナを見た。
 だが、結局なにも言わなかった。二人のあいだでなにかやりとりしていたようだが、内容はわからなかった。
 そのかわり、アナが口を開いた。

「兄様。あの名を伝えてはいかがですか。もう隠さずともよいでしょう」

「む? ……いや、なにぶん誤解を招きやすい名ゆえな。特に困るわけでなし。今まで通りで良いではないか」

 歯切れの悪い調子でベルが言った。
 アナはすこし不満そうだったが、それ以上何も言わなかった。
 千星もベルとアナをちらりと見たが、それだけだ。

(もう一つの名?)

 なにかあるらしい。明人も初耳である。
 気になったが、言いたくないものを無理に言わせるのもはばかられた。
 いずれ言ってくれるだろう、と思うことにした。

「ま、わからんものはしゃあねえな。じゃあ、あっきーから見てどうなんだ。ヤバい感じの神じゃねえんだよな?」

 と幸十が明人に聞いた。
 彼にはベルとアナの声が聞こえない。ベルの名前のことを話していたのも伝わらないわけだ。
 あえて指摘することもないので、

「そこはだいじょうぶ。いい神様だよ。しばらく一緒にいて見てきたから、まちがいない」

 と明人は質問にだけ答えた。

 本音は行動に表れる。
 明人がこれまで見てきたベルの行動は、常に善神のそれであった。また本人が善神たらんと心がけていることもよく知っている。だから自信を持って答えられた。

 横のベルが、見るからにごきげん麗しくなった。
 しっぽがぴこぴこ揺れていた。なんだかキラキラしている気もする。

 アナが己の巫女をチラチラ見ているのは、『あなたもなにか言っていいのですよ』の意であろうか。
 こちらは無情にも流されていたが。

「だったらだいじょうぶだな。あっきーはカンがいいし」

 と幸十は簡単に納得した。
 明人の嗅覚を信用しているらしい。

「けどよ。逆に、来てる神ってそれだけなのか? むしろよく知られてる神サマこそ、あがめられてる分はたらくべきじゃね」

「見てないね」

「知名度があるとかえって来づらいのだよ。下手に顔を出してそのことが広まると、世界中の人間が神頼みに走りかねんからな。よほど信頼できる預言者が代理人になってくれればともかくだ」

 とベルが補足した。

「……ってことだそうだけど」

「神の世界も世知辛いな」

 明人がベルの補足を伝えると、幸十はなんとも言えない顔をした。

「じゃあアテにできるのは今ここにいる奴だけってことか……。たのむぜ、あっきー、早池峰。神やら預言者やら巫女やらがガチで殴り合うゲームってんじゃ、一般人ができることなんざタカが知れてる。マジな話、お前らが死んだら攻略の目がねえ」

 軽いノリで幸十が言った。
 だがその内容は重い。
 千星と明人が死んでしまったら、のこされた幸十も数日で死ぬしかない、と言っているのだ。

 たしかに、残念だがその通りである。三界は甘くない。幸十一人になったらほぼ詰みだろう。

(ゆっきーの命までかかってきたんだな)

 明人は肩が重くなった気がした。
 プレッシャーが実際の質量を持ってのしかかってきたかのようだ。
 逃げられるものなら逃げたいくらいであった。

(もし透良のときのようにまた目の前で死なせてしまったら)

 そんな恐れまでよみがえった。
 だが

「もともと俺たちも三界の攻略は既定路線だ。なんとかがんばるよ」

 そう答えた。
 逃げることはできないのだ。逃げれば死ぬ。自分も、幸十も、千星もだ。
 これが自分の責務なのだと覚悟を決めるしかないわけだ。

「おう、頼むわ。ま、オレも手伝えることは手伝うからよ」

「え。手伝う気?」

「いや、そりゃそうだろ!? むしろオレだけハブる気だったのか」

 幸十が顔を引きつらせた。
 明人からすれば当然の疑問だったが、彼にしてみれば予想外も予想外だったらしい。

「死ぬよ?」

「あぶねぇのは知ってっけどよぉ。だからってオレだけ『あとよろしく』なんてできるわけねぇだろが。それに、ムチャさえしなきゃそんなにあぶなくねーぞあの世界。虚栄界って呼んでるんだったか。まあ、一言でいえばチープなソシャゲ風の世界なんだわ。石と砂ばかりの外と、古くせぇ町一つのシケた場所でな。住人自体は、なんつうかガンギマリの拝金主義者が集まってるが、そのぶん直接命のやりとりなんか一度も見てねえよ。いちおうモンスター退治はあるけど、バトルがねえし」

「モンスターがいるのに、バトルがない? どういうこと?」

 千星がくいついた。
 前のように競争心が暴走していなくとも、バトルと聞くと興味がわくらしい。そこは素なのだろう。

「お互い攻撃しねえのよ。勝負を決めるのはたがいの金額なんでな。つまり、持ってる武器と防具の合計額が、モンスターの値段より高けりゃ勝ち、低けりゃ負けってわけ。で、勝つとゲーム内通貨が手に入るし、負けても特になにもねえの。ソシャゲっぽいっつったのはそこだな」

「あー、本当にソシャゲっぽいね」

 めんどうな戦闘パートをスキップさせるあたり、実にソシャゲらしい。
 明人は気にならなかったが、

「ひどい……」

「なんたる冒涜ぼうとくでしょうか。拝金主義を戦いに持ちこむとは……」

 千星とアナが嫌悪感をあらわにした。
 虚栄界のシステムは戦女神とその巫女の美意識にあわなかったようだ。

「そう言ってもしょうがねえべ。実際そうなってんだから」

「そうだけど」

「ま、そんなわけで。バカな真似さえしなきゃ、そこまで危なくねえのよ。だいたいお前ら、人手が必要だろ? 世界の鍵だっけか。ノーヒントでそんなものを探さなきゃいかんのに、『自分たちだけで調べます』なんて余裕ぶっこいてられねえべ」

 と幸十はずばり言った。
 彼は親しい相手にはだいたいこういう率直な物言いをする。

「それはまあ、その通りなんだけど」

 と明人は言って、ベルを見た。
 意見を聞きたかったためだ。
 実のところ明人としては幸十がいてくれたほうがありがたい。なんと言っても昔からの付き合いだし、なにかとはしこい彼が手伝ってくれるなら大助かりだ。だが関わらせていいものか判断つきかねた。

「受けるべきだろうな。一理あるし、この分では断っても勝手に動きそうだ。あずかり知らぬところで横死されても後味が悪かろう」

 とベルは言った。
 もっともなことである。
 アナと千星も同感だったようで、二人同時にうなづいた。

「みんな良いみたいだ。俺もね」

「おし。……よかった。じゃあ頼むわ。今晩、あっちに行ったら町の中央にある神殿まで来てくれよ。趣味わりーオッサンのでかい石像があるから、その下で待ち合わせようぜ」

 と幸十は笑った。
 『手伝う』と本人は称していたが、実際は虚栄界の攻略に関わる気まんまんであるらしかった。

(いい奴だよなあ)

 明人はあらためてそう感じたが、だからこそプレッシャーも強くかかった。
 下手を打つと、自分ばかりかこの良き旧友まで虚栄界で死なせることになるのだ。
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