6日後はデッドエンド ~世田高生は、死の運命を受け入れない~

とりくろ

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第二部 生と死の境

第30話 三角関係

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「あれっ」

 明人たちが会議室に戻るなり、期せずして二つの声が重なった。
 グリーンハートの期待の新人ホープとの初顔合わせのために来たのだが、

「早池峰さん」

「古宮くん」

 目を丸くした明人に、同じくハト豆な顔を向けたのは、千星であった。

 千星はひときわ異彩を放つ衣装を身にまとっていた。なんと白を基調とした海軍の軍服風スーツである。
 白い上着と白いズボン、白いドレスシューズに、アナが以前つけていた藁細工と同じマークをあしらったその衣装は凜として美しい。手にしている軍刀も勇壮だ。
 本人の美貌とあわさって、野暮やぼったいミリ服集団の中、きらめくような存在感を放っていた。

(おおー……)

 明人はため息が出そうになった。胸が高鳴り、顔が熱くなった。
 二重の意味で不意を打たれた。
 ここで出会ったことも驚いたし、颯爽さっそうとした千星の姿にもガツンとやられた。ただ銃を手にしていないが、それでホープと呼ばれるはずはないから、なにか秘密があるのだろう。

 会議室には透良もいた。
 彼女も千星の麗姿れいしがいたく気に入ったようで、食い入るように見とれていた。
 いつだって美少女は正義である。

「あら。お姫の知り合い?」

「同じ学校に通っているんです。ほら、前に言った、隣の世界を破壊した人たちですよ」

 とベレッタに問われた千星が応えた。
 アナも一緒のはずだが、姿がない。別行動中なのかもしれない。

「へえ! 英雄様じゃない。ミートチョッパーも組む気になるわけだ。なんだ、二人とも早くそれを言ってくれたら良かったのに」

 とベレッタが気楽な調子で明人たちを評価した。
 だが、おそらくそのために千星がその麗しい顔をくもらせた。明人をじろりと見た。

「そっちもクイーンがこの世界の鍵だと踏んだの?」

「まあね。貪食界の鍵と特徴が似てる」

「そう。でも、後から来て横取りを狙うなんて、お行儀が悪いんじゃないかな」

 千星は叱りつけるような風情で言い、ゾクリとしそうな瞳で明人を射すくめた。この世界に煽られた競争欲は今も暴走中らしい。
 本来明人たちは協力者なのだが、今の彼女には競争相手にしか見えないのだろう。
 あるいは、競争相手であってほしい、と心のどこかで願っているのかもしれない。競争するためには競う相手が必要だからだ。

「そういうつもりで来たわけじゃないよ。そもそも俺たちは早池峰さんがここにいることさえ知らなかったんだ。横取りもなにもないでしょ」

「そうなの? じゃあクイーンを殺すのは私たちに任せてくれるよね。本当に横取り狙いじゃないなら、それでいいでしょ」

 と千星は鋭くかぶせてきた。
 黙って聞いていた透良が、なにか言いたそうな顔をした。

「む」

(まずいな。バッティングしてる)

 そう気づいた。
 クイーンの首を狙っているのは透良も同じだ。クイーンを倒せればそれでいい明人たちと違い、彼女は千星と都合がぶつかってしまっている。

(どうさばいたものか)

 考えこんだ。
 ここまで来て透良をお払い箱にするのは不義理だ。
 といって今の千星に譲ってもらえるよう頼むのも難しいだろう。
 クイーンの首は一つしかないから、仲良く半分こもできない。

 しかし明人としては、物別れになる結末だけは避けたい。クイーンを仕留めるための戦力はできるだけ多い方がありがたいからだ。
 となると千星と透良の双方に妥協してもらえるよう仲裁したくなる。
 問題は落とし所をどこにするかである。

(討伐隊全員の功績ということにする? いや、実際そうなんだが、それを前面に押しだすとかえってこじれそうだな。競争したくてしょうがないってのが本音じゃな。むしろ彼女たちの場合、乱暴なようでも早い者勝ちにしたほうが好みにあったりするのか?)

 と考えて、明人が一当てしてみようと口を開いた、まさにそのとき。

「やめなよ、ご同類。みっともない。『あたしに獲物を恵んでくださいませー』って乞食か?」

 透良が燃料を投下した。

(言い方ーっ!?)

 透良の求めたいこと自体は明人もなんとなくわかる。だがそんな言い方があるだろうか。

「……。ミートチョッパー、だっけ? 横から口を挟まないで」

 案の定、千星の声のトーンが一段と低くなった。
 が、透良はひるんだ様子もない。

「口で四の五の言うことない。自分が先に殺せばいいのさ。横取り野郎がウザいなら、そっちもね。そだろ? それが『こっち側』の流儀だ」

「だから、引っ込んでて。関係ないでしょ」

「あっそう。関係ないかい」

 透良が口をとがらせ、右目だけを細める雌雄眼しゆうがんになった。
 だが突然にやりと悪い顔で笑った。なんのつもりか明人のそばに近寄った。

「っ?」

 なにかよからぬことをする気になったのはまちがいない。
 だが行動が読めない。
 いったいなにをする気なのか、と明人が身構えていると、

「じゃあ、こうすれば関係できるかな?」

 そう言うなり、透良はいきなり明人の右腕にすばやく己の左腕をまわした。あっという間の早業だ。抵抗するヒマもなかった。
 いきなり確保されて明人も驚いたが、千星も目を丸くしていた。
 なんのつもりかと思ったら、透良は明人にこれ見よがしにしなだれかかってきた。

「お、おい、突然なんだよ!?」

 慌てた。
 意外に柔らかい感触もかなりまずいが、それよりなにより千星の顔から表情が消えた。

「お? 効くんだこれ。ちょっとはこのウリ坊を気にしてたのかなぁ?」

 とてもとてもイヤミな声でそう言って、透良は左へ首をかしげた。つまり、明人の右肩に頭をすりつけた。普通なら明人に甘える仕草なのだろうが、この場合は純粋に千星を挑発しているだけだろう。

「そういうのじゃないに決まってるでしょ。おかしな挑発をされると、誰でもいい気はしない。わかるよね?」

 凍りついた空気を裂くように、千星の冷たい声が透良に浴びせられた。表情が乏しくなっているのは、何とも思っていないのではなく、感情を隠したからだろう。
 隠さないといけないくらい爆発寸前ということでもある。

「おい、透良おかしな真似はよせ。これ以上煽るな」

 明人は透良の企みを防ぐべく、彼女を振りほどこうとした。
 一体なんのつもりか知らないが、これ以上事を荒立てられては困る。

「ふふん」

 が、この修羅道一直線は、退けようとする明人の手をうまく避け、かえって体を明人に密着させた。
 しかも折る気かというほど腕に力をこめた。

(ぐっ!?)

 関節をキメられた痛みに体が強ばった。
 女の子に細身の体をぐっと寄せられるのは、平時ならぐっと来たかもしれない事態だが、現状それどころではない。
 やんぬるかな。
 猛禽類もうきんるいを思わせるほど鋭くなった千星の目が、とうとう悪戦苦闘あくせんくとうしている明人に向いた。

(わかる! 今の俺めっちゃ駄目だよね!?)

「古宮くん、そいつのことは名前で呼んでるんだ?」

「え、そこ? いや、だって早池峰さん、……」

 なにかエクスキューズをしなければと、あわてて明人は凶暴なひっつき虫を後にまわして千星に何かを言おうとした。
 が、その綺麗な眉がぴくりと震えたのを見て、とっさに口をつぐんだ。

(どうしろと!?)

 今の千星の詰問は『いったいお前はどちらの味方なんだ?』という意図だったのだろうか。
 しかしそうは言っても、あの場でいきなり千星を名前呼びするのもなにかちがうだろう。ここまで来ると、もう理屈ではないのかもしれないが。

 千星が長い息を吐いた。
 その手がぎゅっと握りしめられているのがとても怖い。

「ねえ貴女。私と殺し合いたいわけじゃないんだよね。すくなくとも、今は」

「そだよ。今はね」

「『勝利をねだるな、勝ちとれ』。要するにそう言いたい、ということでいいの」

「それと『あのデカブツを誰が殺るかは早いもの勝ち』も追加でよろしく。それで以上だよ、ご同類」

 透良がにたりと狂暴な笑みを見せた。

 修羅姫二人の視線が冷戦を繰り広げた。
 戦場のどまんなかにいる明人は身の縮む思いだ。黙ってやりすごしたい気持ちでいっぱいだが、しかしそれでも言うべきは言わねばならない。

「それと、ほら。『お互い、少なくともクイーンを倒すまでは協力しあおう』だよね? フレンドリーファイアFFとか足の引っ張りあいとかなしで……」

 できるかぎり頑張って穏やかに言った。
 味方への攻撃をフレンドリーファイアという。

 美少女二人の怖い視線がざくざくと明人に突き刺さった。

「……そうだね」

「ま、最優先はあのデカブツだね」

 それでもなんとか同意してもらえた。
 とんでもない経緯をたどったが、結果だけ見れば、明人のねらった着地点に落ちついたわけだ。
 墜落した、と形容するほうが正確かもしれないが。

 パン、パン、と手を叩く音が会議室に響いた。

「はい、はい。じゃれ合いはもうその辺でいいでしょ。潮時だよ」

 止めに入ったのは、後ろで見ていたベレッタだ。

「リーダー。でも」

「だから、潮時。あいだに挟まってるウリ坊くんが困ってるでしょ」

「う……」

 まだ不服そうではあったが、ごめんなさいと小さな声で謝って、千星は素直に引き下がった。

「おい透良。お前もいい加減にしろよ」

 まだしがみついていた透良に、明人も言った。

「ほいほい」

 今度は透良もことのほか素直に離れた。
 にたにた笑いを明人に向けた。

「なんだ、嬉しくなかったのか? 体を固くしてたくせに」

「それは強ばらせているって言うんだ」

 話す明人たちを、千星が険しい顔で見ていた。
 よせばいいものを、わざわざ透良が鼻で笑ってみせた。
 また千星の眉が震えた。
 明人は冷や冷やである。

 透良は千星が気に入らないのではあるまい。
 むしろ逆で、たいそう気に入ったからこそ、あの手この手でちょっかいをかけているのだろう。それはわかるのだが、気の赴くまま奔放なコミュニケーションの取り方をされると、そばにいる者は胃壁が削れる。

 ベレッタがため息をついた。

「危険人物だね、ミートチョッパー。それじゃクイーン討伐が終わった後でチームに誘えないよ」

「そりゃ何よりだね」

「……。あまりケンカを煽らないでもらえるかな。忘れているかもしれないけど、うちはモンスター退治専門のクラン。対人戦はふっかけられない限りやらないの」

「わかったよ。本音を言えば、あんたらにも対人戦の楽しさをわかってほしいんだけどね。ま、無理にとは言わないさ」

 右手に銃を持ったまま、透良は器用に肩をすくめてみせた。

(なるほどね)

 そばで聞いていて納得いくものがあった。
 透良がどうしてこんなにやたら挑発するのか。どうして強引にでも人を怒らせようとするのか。
 そうすれば争えるから、なのだ。
 闘争界の参加者は競争欲を煽られる。それは当然透良にも言えることだろう。彼女の場合はかなり地もありそうだが。

 隣でずっと様子を見守っていたベルが、明人に小声で言った。

「思わぬ三角関係が降ってわいたな」

「まあ、そうだね。美少女二人にかこまれたよ」

 ただし二人が奪いあっているのは明人ではなくクイーンの首だ。

「なにを言っているか。お前と透良とで、千星を取り合っているのだよ」

「……今ので?」

 とてもそうは思えなかったが、ベルの表情は真面目そのものだった。
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