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第二部 生と死の境

第27話 雪国の少女

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 少女は透良すらと名乗った。
 住まいは『雪国。』らしい。それ以上はなにも言わなかった。
 手袋をつけているので、手のひらに数字があるかどうかはわからない。だが物々しい武器を持っているので、参加者には違いないのだろう。

「さて質問タイムなわけだけど……」

 と言って、透良は探るような目で遠慮なく明人とベルを交互に見た。

「お前ら、何者? ごまかさずに答えて欲しいな。できれば。なるべく。いや絶対。なんだかんないけど、普通の参加者ではないしょ? そんなナリだし」

 ゆらり、ゆらりと、手の内の突撃銃を揺らしながら問うた。
 学生服を着た丸腰の高校生と、二足歩行するネコのぬいぐるみのコンビは、彼女の目に奇妙なものと映ったようだ。
 当然かもしれない。

「俺は古宮。古宮明人ふるみや あきと。こっちはベルだよ。これでいいかな」

 と明人は答えた。
 『神とその預言者だ』とは答えられなかった。最も正直な回答だろうが、かえって撃たれそうだ。

「古宮はわかるけど、ベル? また珍しい名前だなー。ナニ人よ。いや外人なんだろうけどさ」

「人ではなく神だ」

 大真面目にベルが答えた。

「ふざけるの禁止」

「ふざけてなどいない」

「それ余計に駄目しょや」

 透良が苦りきった顔をした。
 ベルもまた不満そうに耳をイカミミにしていたが、これに関しては透良の反応のほうが正当だろう。見ず知らずの他人にいきなり神を名乗られたらこうもなる。

「ああ、もう。そんなに答えたくないんだったらいいよ。『言えないようなことをしようとしてる怪しい奴』って思うから」

 ぶらぶらさせていたAK-47の動きが止まった。透良の人差し指がトリガーに伸びた。
 ただの脅しかもしれないが、

『怪しすぎるからここで始末する』

 そんな決意を固めた可能性もある。彼女の殺伐ぶりからすると、それも選択肢のうちに入っていかねない。

「待った待った。悪いことをしに来たわけじゃないよ」

「じゃー、なにをしようとしてるんさ。言えることならちゃんと言おう?」

 じろっ、と怖い目が明人に向けられた。

 明人は言っていいものか迷った。
 隣のベルに視線をうつすと、しかたないと言うようにベルがうなずいた。
 明人は咳払いし、

「この世界を破壊する、って言ったらどうかな」

 そう伝えた。
 貪食界どんしょくかいを打ち破った実績ある者として、いささか重々しく言ったつもりだったが、

「はあっ? なに言ってんのお前。銃もないくせに、格好つけてるんでないよ」

 化け物銃の持ち主は大仰おおぎょうにため息をついてみせた。

「だいたい世界を破壊って、なんでそんな発想になったんさ」

「そうしないと死ぬんだよ。知らないだろうけど、手のひらにある数字は余命の日数なんだ。この数字が【0】になるまでにこの世界を壊して脱出しないと、枯れ死んでしまう。……実際、そうなった人も見た」

 と明人は己の手のひらを見せた。そこには【4】とある。余命はあと4日ということだ。
 だが、

「あー、それね。そっかそっか。そっちに挑んでるってこと。また珍しいね。余命のことに気づいてる奴だってそういないのに」

 透良は明人の想像もしなかった反応を返した。
 あっけらかんとして、気にしていなさそうで。
 自分のことなのに、どこか他人事のような、そんな反応。

「知ってたのか?」

「まーね。7日目を迎えるとタイムアップで死ぬ。致命傷を受けても死ぬ。んで、ここで死ねば、現実でも死ぬんでしょ。知ってる知ってる。その数字ならあたしの手にもあるよ。ほれ」

 透良は明人に己の手袋をすこしめくって見せた。
 その小ぶりな手のひらには【3】とあった。

「それでどうして平気でいられるんだ。死んじゃうんだぞ?」

「人は死ぬよ。いずれ必ずね。そりゃ享年16才はちょびっと早いかもだけど、それだけさ」

 透良は肩をすくめた。
 カラカラに乾ききった死生観である。
 だがそれ以上に、透良のどこか諦めたような虚無的な表情が明人は気になった。
 16歳なら明人と同じだ。
 しかし同い年の友人たちに、こんな顔を見せた者はない。
 この死に満ちた闘争界に身を置くあいだに、よほど過酷な体験をしたのだろうか。

「で?」

「『で?』って、なにが?」

「世界を壊すってどうやるんさ。ロケット弾をたたきこんだって、えぐれるだけしょ」

「ああ、いや。そういう方法じゃない。この世界には維持するための鍵キーアイテムがあるんだ。それを壊せば世界も崩れるんだよ」

「ふーん? そんな話は初めて聞いたけど、まあいいや。その鍵ってなに」

「わからない」

「なにそれ。そんじゃ話になんないしょ」

 透良が失笑した。呆れた、と言わんばかりだ。

「もし貪食界と同じだとすれば、『モンスターが湧いてくる何か』だな」

 とそれまで黙って聞いていたベルが助太刀に入った。

「モンスターが、湧いてくる?」

 とたん、透良の表情がすっと消えた。
 その瞳が鋭く細められた。

「ああ。心当たりがあるのか?」

 ベルの問いに、透良はすぐ答えなかった。
 代わりに再びAK-47をもてあそびはじめた。ゆらゆら揺れる、その化け物じみた鉄と木の工作物の向こうから、剣呑けんのんな光をたたえた瞳がちらちらと明人たちに向いた。
 ぴたりとAK-47が静止した。

「……心当たりなら、あるよ。この世界には一匹だけ、そういう特別なモンスターがいるんだ。いわゆるボスモンスターって奴だね。女王クイーンって呼ばれてるデカブツなんだけど」

本当マジ?」

 明人は思わず身を乗り出した。
 心配していた鍵探しに早くも決着がつくかもしれない。
 しかも名前もそれらしいではないか。モンスターを産む女王アリ的な存在だからクイーンなのだとしたら、イメージにもぴったりだ。

「気になるな。くわしく教えてもらえまいか。倒してみる価値がありそうだ」

「挑む気?」

「挑まないと死ぬからね」

「なるほど、嫌でも挑むしかないわけ。……いいよ。そんなら教えてあげる。けど、一つ条件があるよ」

「条件とは?」

「ちょびっとばかり、そいつにはあたしも因縁いんねんがあるんだわ。だから、あたしも一緒に行かせてもらう。そのデカブツを殺すまでね」

 いったい何を考えてのことか、透良がそんなことを言いだした。

「……?」

 意外な申し出であった。
 単独行動を好むタイプのように見受けられたし、『銃なし』の明人たちをさして戦力として評価しているようにも見えなかった。

 それに心配なこともある。

「同行するあいだは俺たちを襲わないんだろうね? 後ろから撃たれるのはごめんだよ」

「約束するよ。守るかどうかは信じてもらうしかないけどね。でも疑ってる余裕あるんかい? あんたら、どうせこの世界に関しちゃド素人だろ。この広い世界に一匹しかいないボスモンスターを、手探りで探す余裕なんかないんでないの」

「む」

 痛いところをつかれて、黙りこんだ。
 彼女の指摘はただしい。
 タイムリミットまであと四日しかない。しかも手つかずの虚栄界きょえいかいがまだ後ろに控えているのだ。

 もちろん危ない。
 クラスメートの千星と違い、彼女は素性も知れない相手だ。どこまで信用できるかわからない。

 しかし、千星たちとの協働に失敗した現状、せっかく得られたとっかかりを、自ら手放す余裕はあるだろうか。

「……俺はアリだと思うけど、ベルはどう思う?」

 とベルに振った。
 不安は残るが時間がない。この世界に通じた案内役は、必要だ。
 そう判断した。

「明人がいいならかまわんよ。時間の余裕がないのは事実だ」

「お、話が早いねー。んじゃそういうことで、短い付き合いになるだろうけど、しばらくよろしく頼むよ」

「よろし……、いや待った」

「なにさ」

「忘れるところだったけど、こっちに俺たちの知人が来ているはずなんだ。二人ね。同行する間はそっちにも手を出さないと約束してもらえるかな。同士討ちになったら目も当てられない」

「そうだな。それも考慮しておくべきだ。……アニーたちと同士討ちになれば、目も当てられなくなるのは我らのほうであるしな」

 ベルがいささか切ない補足を入れた。戦神を妹に持つ兄の苦労が偲ばれる。

「いいけど、それ、むこうから襲ってきたらどうするんさ」

「それはない、と私が保証しよう。その二人は明人のクラスメートと私の妹だからな。こちらから仕掛けなければ敵対すまいよ」

「ふーん。まあいいか。特徴は? うっかり襲っちゃうと困るから聞いておきたいんだけど。もしかしたら、もう会ってるかもしんないし」

「一人はアナと言って私の妹だ。見た目は、そうだな。端的にピンク色をした私と思えばいい」

「絶対見たことないわ。もう一人は?」

「俺と同年代の女の子で、ロングの髪が綺麗な、ものすごい美人だよ。よく目立つから、見たことがあればすぐ思い当たると思う」

「そっちも多分見てないなー。そんなに美人なの」

「かなりのものだね。ひいき目とかじゃなく、本当に」

「へえ、いいね。美人はいい。ってて楽しいし、って嬉しい。単純に獲物として美しいだけでなくて、ちゃんとこちらを殺しに来ることが多いんだわ」

 透良がニヤリと剣呑けんのんな笑みを浮かべた。

「もったいないことしたかな。そんな美人なら殺りあいたかった」

「それじゃプレイヤーキラーPKだよ。そんなに戦うのが好きならモンスターとやればいいじゃないか」

「ヒマな時はそうしてるよ。けど、どうせやり合うなら人間がいいんだわ」

 修羅道一直線なご回答が返った。

「誤解があるようだけど、ただ戦うだけで楽しめるわけでない。そこに感情があるから楽しいんだ。出会って、戦いになって……相手が怖がったり、怒ったり、悔しがったり、痛がったり、悲しんだりする。それを感じられるのがいいんだ。撃たれた奴が最期の瞬間にほんのわずかピクッとする、ごく短時間の反応にさえも、そいつの心が感じられる。それがたまらないんだ。なんて言うかなあ」

 楽しそうに透良は語った。
 その様子は、今までで一番楽しそうにしているように見えた。

「コミュニケーション。そう、コミュニケーションだ。それが楽しいんだ」

「火力依存のコミュ力だね……」

 明人は思わず天を仰いだ。
 さすが闘争界はコミュニケーションの取り方もひと味違う。

「それで、もう気になることはない? ……ないみたいだね。それじゃ改めて、あのデカブツを殺すまでヨロシク。あ、それと、あたしから仕掛ける前提ばかり気にしてたけど、あんたらこそ裏切ったら殺るかんね?」

 透良が脅すような声でそう言った。
 空脅しではないだろう。その冷たい目と手の内のAK-47が、なによりの証だ。

「心配いらんよ。約束は守る」

「そう願うよ。あ、いちおう古宮もね。そっちは素手だから元から心配ないんだろうけど」

「やんないよ。人を襲うこと自体お断りだっての」

「え。……それはそれでどうよ? せっかくこの世界に来てるってのに」

 透良は眉をひそめ、『これだからお前は』と言わんばかりにわざとらしく首を振ってみせた。
 倫理的に正しいのは、むしろ明人のはずなのだが。

「古宮さぁ、お前ほんと何のために生きてんの。がんばって世界を壊すのは何のためよ?」

「死なないで済むようにするためだよ。決まってるだろ」

「うわぁ理解できない。変な奴」

「どっちがだよ。そっちこそ、そんな殺伐とした生き方じゃいつか後悔するぞ」

 ムッときて明人はそう言ってやったが、

「するもんかい」

 んべっ、と透良は舌を出して見せた。
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