revived

高坂ナツキ

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 左肩にかけた能力を解きながら諒真の質問に返答する咲良。
 傷口をふさぐ分だけを残して氷が解けると、それまで咲良の左肩に埋まっていた刃がべちゃっと地面に落ちる。

「どうして、戦い方があんなに変わったのか不思議だったんですけど、どうやら最後に取り出した武器だけは能力で作り出したものではなかったようですね」

 男の手から離れているにもかかわらず、一向に塵と化さずに原形をとどめているその刃を見ながら咲良はつぶやく。

「……ごめん」

 男が死亡していると聞きホッとした諒真の口から出たのは謝罪だった。

「どうしたんですか? 敵は倒せましたし二人とも生きています。ことさらに謝られる理由はないと思いますけど?」

「確かに二人とも生きているけど、それでも守ると言った手前、芦沢さんが血まみれなのを見たらやっぱり謝るのが筋かな、と」

「そういうのならこちらも謝らないといけませんね。私の方こそ諒真さんを守ると言ったのに守り切れませんでした」

 お互いに謝罪する姿がツボに来たのか思わず吹き出し、二人は大笑いをする。
 もちろん二人とも大怪我を負っているので、すぐに笑いは痛みをこらえる声へと変わっていくのだが。

「次は無傷で済むように努力するよ」

「だったら、もっと強くならないといけませんね」

「とりあえず今は、ありがとう……俺の敵を討ってくれて」

「はい。諒真さんの敵を無事に討てて良かったと私も思っています」

 思わず笑顔になる二人のもとにブライアンが部下を引き連れてやってくる。

「二人ともお疲れさま。どうやら無事に……とはいかないまでも目標を達成したみたいだね」

 部下に指示を出して証拠が残らないように男の死体を回収させながらブライアンは二人をねぎらう。

「はい、所長。傷だらけですけど、諒真さんの敵は討てました」

「ワタシも一般人に被害が出なくてホッとしているよ。とにかく二人はすぐに手当てが必要だね、なにはともあれ諒真君も咲良ちゃんもお疲れさま」

 校門を開けて数台のワゴン車が諒真たちのもとへと向かってくる。周りにいる研究所の職員はスプリンクラーの始末などに躍起になっている。
 諒真はここに至ってようやく自分が殺されてからの一連の騒動が終息したことを実感した。

 もちろん敵を倒せば、はいそれで終わり、というほど高校生は甘くない。
 研究所の技術の粋で日常生活に復帰できるほどに回復した諒真と咲良は翌日から学校に行くことになった。
 とはいえ、完治したわけでもないので当分激しい運動は無理だろう。

「やあやあ、お二人さん。今日も仲良くご登校……かな?」

 これは今日の体育は見学確定か、などと諒真が考えていると後ろから声をかけられる。

「家が近所だからな、わざわざ登校時間をずらすのも不自然だろ」

 声の主、彩夏に向かって諒真は無難に返答をする。

「おはようございます、彩夏さん。一日ぶりですね」

「ふっふっふ、家が近所だと体調を崩すのも一緒になるのかな? 昨日は二人してお休みだったじゃないか」

「たまたまだろ? 俺は徹夜で本を読んでた影響での休みだし」

 ニヤニヤとした表情で追及してくる彩夏をあらかじめ決めてあった理由で躱そうとする諒真。

「私の方は引っ越しの手続きの関係でしたね。ガスが通ってなかったのでガス屋さんに来ていただいていました」

 咲良の方もあらかじめ相談して決めてあった理由を話す。
 ただ、これは本当のことで昨日、研究所で特訓していた同時刻にガスの開通を依頼していたらしい。
 唯一、嘘なのはそこに立ち会ったのは咲良ではなく研究所の職員だということだ。

「おやおや、昨日まではガスが通ってなかったのかい? それは不便だったろうね」

「はい、今までは寮みたいなところに住んでいたので、実際に一人暮らしをしてみると色々と手続きがあって大変だなと実感しています」

「ふむ、それは一人暮らしをしたことのないボクにはわからない苦労だね。大学に行って一人暮らしを始めたら同じ目に合いそうだよ」

 大げさなジェスチャーを交えて話す彩夏を加えつつ、三人は学校までの道を歩き出す。
 学校が近づくにつれ、周囲にはちらほらと通学途中の学生たちも増えてきている。

「両手に花とは、良いご身分だなリョーマ」

 重吾の声が響くと同時にガシっと肩を掴まれる。

「もれなく棘もついてくるだろうけど、それでもいいのなら会話に混ざってきたらどうだ、シゲ」

「棘つきかぁ、でもその程度で怯むオレではない。アヤちゃん、咲良ちゃん、おはよー」

 積極果敢に二人に向かって朝の挨拶をする重吾。

「おはようございます、シゲさん」

「まったく、朝っぱらからシゲは騒がしいな。そんな調子じゃあ低血圧女子は逃げ出すよ」

 挨拶を受けた二人は、それぞれのリアクションを返す。

「辛辣ぅ、咲良ちゃんは普通に挨拶してくれたけど、アヤちゃんの態度がグサグサと心に突き刺さるほど棘だらけだよリョーマ」

「シゲ、声が大きすぎて耳が痛い」

 彩夏のリアクションに対して必要以上のオーバーな反応を見せた重吾に対する諒真の返答も彩夏以上に辛辣だった。

「うわあーん、咲良ちゃん。二人の態度が心に突き刺さるよー、慰めてくれー」

「え、えっと、ドンマイです、シゲさん。……でも、確かに少し声が大きすぎるとは思いますよ、周りの人がかなり注目してますし」

 確かに咲良の言う通り、周りにいる通学中の学生はもちろんのことゴミ出ししている主婦や通勤途中のサラリーマンも重吾の声に驚いて四人のことを注目している。
 咲良は注目されるのに慣れていないのかキョロキョロと挙動不審になっているが、彩夏と諒真の二人にとってはこの程度のことは日常茶飯事なのかまるで動じていない。

「ところで、昨日は二人して休んでいたけど、まさか二人はお互いの風邪をうつしあうような関係にはなっていないだろうな?」

 重吾自身も注目されるのには慣れているのか咲良の忠告をまるっと無視して話を続ける。

「シゲ、その話は先ほどボクが聞いたばかりだよ。二人とも別々の用事で休んでいたみたいだよ」

「まったくだ、シゲは相変わらず一周遅れの話題を提供するな」

「二人の態度はいつも辛辣だけど、咲良ちゃんが転入してきてからはより一層ひどくなっている気がするよ」

「ところで、風邪をうつしあう関係ってどういう関係ですか?」

 重吾の叫びに対して咲良が基本的な質問をぶつける。

「それはもちろん、ちゅっちゅっするような関係に決まっているじゃないかっ」

「別に普通に看病をしていてもうつる時はうつるとボクは思うけどね」

「アヤちゃん、それは夢がない、夢がないよ。健全な男子高校生としては看病でうつるよりもイチャイチャしてうつる方がロマンがあるってもんさ」

 彩夏の現実的なツッコミに対して重吾は大声で反論する。
 周囲にいる通行人は、重吾の叫びに対して苦笑いをしたりうんうんとうなずき声には出さない同意を返したりしている。

「出会って一週間も経ってないのにそんな関係になるわけないだろ。俺はシゲと違って恋愛には慎重なタイプなんだ」

「そうですよ、ただお互いに一生をかけて守りあうと誓い合っただけですよ」

「え?」

「は?」

 諒真の言葉に追従して発した咲良のセリフに彩夏と重吾の二人が思わず間の抜けた言葉を漏らす。

「ああ、確かにそれは宣言したな」

「待ってくれ、諒真。それはプロポーズということかい?」

「そういうことじゃない。単純に芦沢さんには多大な恩義があるからこれから一生をかけてその恩を返していくということだ」

「いやいやいや、一生をかけたらそれはもうプロポーズってことだろ?」

「下世話なことを言うなよ、シゲ。俺は芦沢さんに好きだとも愛しているとも言っていないんだからプロポーズなわけないだろ」

「そうですよシゲさん、それに私の方も諒真さんのことを守るつもりですから単なるお相子です」

 諒真と咲良は独自の理論を展開するが、彩夏と重吾の方はますます困惑を広げるだけであった。

「くく、あはははは」

「いやいやいや、笑ってる場合じゃないから、オレもアヤちゃんもわけわかんないままだから」

「そうだよ、諒真。シゲと同じ立場というのは業腹なのだからボクにくらいわかるように説明してほしいものだ」

「いやいや、悪い悪い。なんかやっと日常に帰ってきたんだなぁ、と思ったらつい笑いがこみあげてきてな」

「ふふふ、そうですね諒真さん。今日は天気もいいですし、本当に平和って感じですね」

 自分自身を殺された事件に決着がつき、諒真はようやく日常へと回帰することができた。
 これは仮初の平和であるのかもしれないが諒真にとっては貴重な日常である。
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