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番外編
13 バカな王子とバカな国王とバカな第一皇子のその後:それぞれ視点
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・バカな王子のその後:ゲオルグ視点(元・王太子)
俺はゲオルグ。かつては次期王、王太子としてもてはやされていたが、今やただのゲオルグだ。
王太子としてもてはやされた俺は、かつて婚約者をブスだと罵り、婚約破棄を突き付けた。
そのこと自体は今でも間違っていないと思っている……思っているが、だったら、なんで今こんなことになっているんだ?
王国に打撃を与えたという理由で、王位継承権を破棄され、廃嫡され、ライサンダー侯爵の屋敷に住み着いた俺だが、侯爵が俺を温かく迎えることはなかった。
王太子時代はあれほどすり寄ってきたのに、まるで汚物を見るような目で見てきて、文官として実地で学びながら仕事をしろと言い出した。
当然、俺は反論した。侯爵家で迎え入れたのだから、侯爵になるのが筋だと。
だが、次期侯爵には俺が選んだ侯爵令嬢は領主教育を受けておらず、次期侯爵には弟が選ばれていたというのだ。
最初は王族に戻るだの、俺こそが王に相応しいだの威勢のいいことも言っていたが、一向に仕事は減らず、更には文官の間でも無能と蔑まれることが多く、1年が経とうかというときには既に喚く気概も無くなっていた。
王族として教育を受けて他の奴らよりも賢いはずなのに仕事は遅く、いつも疲れて部屋に戻ってくる俺にあれだけ愛していたはずの侯爵令嬢はいつもため息をついてくる。
曰く「王子のくせに無能」、「王妃になって遊んで暮らすはずが」、「綺麗だと思っていたけど王宮から離れたらこんなもん」だと。
ふざけるなっ! みすぼらしくなってるのはお前もだろうがっ! 俺の手伝いすらできないくせに王妃になどなれるわけがないっ!
何もかもを諦めて死んだ魚のような目で仕事仕事の毎日を過ごしていた、俺の元に憎きマティアスがやってきた。
俺を追い落とし……いや、俺が勝手に落ちていっただけか……王になったはずなのに、俺以上に疲れてやつれている奴の姿を見た時、俺は笑うことすらできなかった。
「クズ、ライサンダー侯爵に聞いたところ、1人前の仕事すらできないようだな」
「……笑いに来たのか?」
「ふんっ、そんな価値すらお前にはない。……来訪したのは、お前を王宮の外れにある離宮に連れていくためだ」
「……離宮に?」
「クズには知る由もないだろうが、王宮での仕事には王族でしか閲覧できない書類というものが数多くある。お前はこれから離宮でその書類を確認する仕事をしてもらう」
「……はっ、あれだけ俺のことを罵っていたくせに連れ戻すというのかっ! 仕事など国王のお前がやればいいだろうっ!」
「ふざけるなっ! お前がアイリス嬢と婚約破棄したことで、俺がどれだけ苦労したかもしらないくせにっ!」
俺の叫びに呼応するかのように、マティアスも俺に向かって叫んできた。
苦労だと……知るかそんなもん! 俺には関係ないことだっ!
だが、俺のその思いとは裏腹に、俺と侯爵令嬢は離宮へと幽閉された。
出入り口には厳重にカギがかけられ、窓はハメ殺しで出られないように外にも内にも鉄格子がかけられている。
出入り口に一番近い部屋には俺専用の執務室が設けられ、そこには侯爵令嬢は入れないようになっていた。
もちろん、離宮内外には見張りの兵士が常駐し、自死できないように常に見張られている。
「……嘘だろ? 侯爵の元でしていた仕事の数倍はあるじゃないか」
「ふんっ、これでもクズでもわかるような書類だけ。俺の執務机にはこの数倍の量の書類がある」
「……は?」
「もちろん、王妃に側妃2人にも割り振っての量だ。……わかったか、これがお前がアイリス嬢を王妃から追いやった結果だ」
……嘘だろ? アイリスは……いや、アイリスと宰相はこの量の仕事を常時やっていたというのか?
「……俺はなんてことを」
「わかったのなら、とっとと仕事をするんだな」
俺は王宮から追いやられたときも、ライサンダー侯爵になじられた時も俺が間違ったことをしたとは思わなかった。
だが、年々老いやつれていく自分と侯爵令嬢を見るたびに、なぜ、容姿なんかで人を判断したのかわからなくなっていった。
人は老い衰えるものだというのに……俺にできることは一生をここで王国のために使うことだけ。
減るどころか、増える一方の書類に囲まれながら、俺は思考することを止めた。
――――――――――――
・バカな国王のその後:マティアス視点(元・公爵令息、現国王)
バカな従兄弟が自分の婚約者に婚約破棄を突き付けたというのは、事件が起こったその日に俺たち公爵家へと伝えられた。
あの敏腕と噂される宰相の娘と婚約破棄し、権力欲の権化であるバラム公爵の子飼いの侯爵令嬢と婚約したとか。
戦や魔獣退治にはめっぽう強い父上だが、書類仕事はからっきしで伯父上が王位に就く前から公爵として臣籍降下していたが、俺も父上に似て荒事に向いていた。
父上ほどに書類仕事ができないわけではないが、やはり机に向かうよりも荒事の方が好きで、公爵家の騎士団の副団長にまで上り詰めていた。
そんな政治の世界からは遠のいていた、俺と父上が王宮へと呼ばれ、国王である伯父上の前で説明を受けている。
「……つまり、ゲオルグの後始末のために息子に国王をやれというのだな?」
「すまん。余が国王を続ければ周辺諸国に舐められ戦争へと発展する。それはゲオルグがこのまま国王になってもそうだろう……いや、正直に言おう。ゲオルグには国王として采配できるほどの知力がない」
「? 伯父上? ゲオルグは仮にも王太子だったのでしょう?」
王子ならばともかく王太子の使命を受け入れたのならば、多少でも国王の仕事の引継ぎが始まっているはずだ。
「教育係、側近、それらが誤魔化していたらしい。ゲオルグは何の仕事もしていない……いや、仕事をしているように見せかける書類の決裁しかしていない」
伯父上が言うにはゲオルグがやっていたのは、何の意味もない、決済されても実行には移らない書類で、その書類さえも碌に中身を確認しないで決済印を押すだけだったようだ。
はあ? 俺でさえ騎士団の副団長として書類の確認が重要なことくらいは知っているぞ?
「……致し方ないな。マティアス、お前が次期国王だ」
「待ってください! 俺は国王になるつもりなんて……それに、俺が抜けたら騎士団が!」
「ゲオルグに子供がいない以上、王位継承権の最上位はお前だ」
「父上が……父上がいるではないですか!」
「私は既に王位継承権を返上している身だ。契約魔術で国王にはならないと縛ってしまっている」
嘘だろ? 確かに、俺の王位継承権は返上していないが、国王になるつもりなんて欠片もなかったんだ。
「私は公爵家の騎士団の副団長です」
「お飾りのな。……団長から聞いている。書類仕事も討伐もそれなりにやるが、あえて副団長に置いておく意味はないと」
「……は?」
「書類仕事は最低限、討伐では率先して魔獣に向かい、指揮もしないと。副団長に置くならもっと相応しいものもいるが、公爵となった時に騎士団のこともわからないと困るからあえて副団長にしたと」
……嘘だろ? 確かに俺は独断専行というか、自分で討伐することに誇りを持っていたが、団長がそんなことを?
騎士たちは俺のおかげで怪我がないと、討伐が楽になったと言っていたんだぞ?
「はあっ……マティアス、甥であるお前の境遇には同情するが、公爵家と王国、どちらが優先されるかは決まっている。ゲオルグの廃嫡と同時に余は引退、その時点からマティアスが国王だ」
父上の言葉が頭の中をグルグルと回っていて、気づいたら元凶の従兄弟は廃嫡され、俺は国王になっていた。
こんなことになった原因である従兄弟にはついつい、罵声を浴びせていたが、まったく心が痛まなかった。まあ当然だ。
で、国王になって気づいたのは自分が無能だということ……いや、これでも従兄弟に比べればはるかにマシらしいが、伯父上の半分も執務が出来ない。
国王の仕事は王族でしかできないことが大半で、新しく入ってきた宰相でも手を出せないものが多く、執務机の書類の量は減ることがない。
苦肉の策として、優秀だと噂の伯爵令嬢を3人、王妃と側妃に据えて仕事を割り振ったが、それでも書類が半分になった程度。
執務机から離れることはおろか、一杯の茶を楽しむ休憩すら得られない始末。
「……アイリスは……アイリス・エンダーハイム嬢はどこに行った!?」
気づいたら、俺は宰相に怒鳴っていた。
そうだ、あれもこれもあのクズとアイリス嬢が悪いんじゃないか! アイリス嬢を王宮に連れ戻して執務をさせればいい! そうだ、俺はそもそも国王になんてなりたくなかったんだ!
宰相を脅し、国内貴族を黙らせ、執務を放り投げ、俺はアイリス嬢が向かったとされる皇国へと向かった。
皇国に着いた俺は早急にアイリス嬢との面会を求めたが、皇王陛下はのらりくらりかわし続け、ついに面会できるとなった時も自分が同席すると言い出した。
今のアイリス嬢は平民だから、いざとなったら、無理やり連れて帰るつもりだったのに計画が狂うな。
結果として、アイリス嬢を連れ戻すことは出来なかった。……国王である俺が伏してお願いしたというのに、アイリス嬢も皇王陛下も筋違いとして一蹴した。
このこともあり、王国は周辺諸国から無能の集まりと蔑まれ、戦争にはならずとも外交において不利な交渉を強いられる結果となってしまった。
しかも、王国に戻れば王妃や側妃から王族が少ないからこんなことになった、次期王候補のほかに宰相として最低でも3人、つまりは4人は子供を産まなければ国が回らないと言われてしまった。
こちとら、連日の執務で疲れ果て、そんなことをする余裕もないのに、媚薬まで使われ無理やり子作りをさせられる始末。
アイリス嬢や皇王陛下の助言通り、元凶であるクズを離宮に閉じ込め、執務の一部を任せ、側妃も増やしたが、それで何とか回せているのが現状だ。
俺は何を間違えたんだ? ……いや、わかっている。王族だというのに王宮のことなど鑑みず、騎士団で副団長になったことで有頂天になって周りが見えていなかったことだ。
ゲオルグの失態を止めるのは従兄弟である俺であったし、アイリス嬢が苦境に立たされていたのなら陛下に奏上するのは俺であるべきだった。
ああ、せめて、自分の子供たちがこんなことにならないようにするのが俺のやることなのだな。
――――――――――――
・バカな第一皇子のその後:ルチアーノ視点(元・第一皇子)
王国からやってきた転校生にこっぴどく振られた……というか、もともとそんなことは出来なかったわけだが……というのはあっという間に学園でも知られることとなってしまった。
まあ、でも、私が皇王となれば、皆が私を崇め奉るだろう。
父上もわかっていない、もう貴族がどうの、平民がどうのという時代は終わったのだ。
能力があれば、容姿が優れていれば、平民だろうと国の頂点に座る資格があるというのに。
そう、思っていた。そう思っていたのに、学園卒業と同時に受けた唯一神の選別に私ははじかれてしまった。
平民だとか貴族だとか皇族だとか、唯一神の前では何の意味もない、そう教わったはずなのに、皇族には更にその後があったらしい。
唯一神は平民や貴族が祈らなくても問題にしない、だが、国を守る皇族が教義を理解せず、捻じ曲げていた場合には皇族として認めない。
つまりは、私は皇族ではいられなくなってしまったのだ。
私はもう第一皇子ではない、ただのルチアーノ。
粗末な小屋のような家と、雀の涙ほどの金銭援助はあるものの、今までのような暮らしは出来ず、周りにいる人間もめっきり減った。
それでも、私の美貌が衰えたわけではないから、学園で愛し合っていた女生徒たちと逢瀬を繰り返していたのに、年々、その数も減っていった。
離れていった女性たちは、皇子じゃなくなったのなら価値はない、お金もないなら意味がない、年を重ねて現実が見えてきた、などと言い出した。
学園ではあれほどもてはやされていたというのに、所詮みんなが見ていたのは私ではなく第一皇子という肩書。
平民も貴族も関係ないと言っていたのが、バカらしい……そう思っていたのは私だけで皆は肩書が大事だと思っていたらしい。
学園では後宮に入ると豪語していた女性たちも、卒業後は伴侶を得、私には見向きもしない。
私にできることは自堕落に暮らすことだけ。
元皇族として、監視されている以上、働くこともできず、かといって、反乱につながるようなこともできない。
なにかをすれば、暗殺されてもおかしくない身分だ。
だから、私はこうして今日も安ワインを傾けながら愚痴るしかないんだ。
私は何も間違っていない。教師たちがきちんと教えなかったのが悪い。唯一神が私を認めなかったのが悪い。
……いや、わかっている。これは逃避だ。弟が教えられた以上のことを学んでいたことを知っていた。教師たちが「教えたことは最低限、これからは自身で何を学ぶか考えてください」と言っていたのを覚えている。
ハハハ、そうだ、なにもかもが私の怠慢が招いたことなのだ。
理想も夢も、叶えるためには努力が必要と知っていたのに……父上も母上も弟妹達も努力していたことを知っていたのに。
もう私にはどうすることもできない。ただただ、家族の健康と幸せを唯一神様に祈るだけだ。
ああ、神様。私の家族が幸せになれますように。
俺はゲオルグ。かつては次期王、王太子としてもてはやされていたが、今やただのゲオルグだ。
王太子としてもてはやされた俺は、かつて婚約者をブスだと罵り、婚約破棄を突き付けた。
そのこと自体は今でも間違っていないと思っている……思っているが、だったら、なんで今こんなことになっているんだ?
王国に打撃を与えたという理由で、王位継承権を破棄され、廃嫡され、ライサンダー侯爵の屋敷に住み着いた俺だが、侯爵が俺を温かく迎えることはなかった。
王太子時代はあれほどすり寄ってきたのに、まるで汚物を見るような目で見てきて、文官として実地で学びながら仕事をしろと言い出した。
当然、俺は反論した。侯爵家で迎え入れたのだから、侯爵になるのが筋だと。
だが、次期侯爵には俺が選んだ侯爵令嬢は領主教育を受けておらず、次期侯爵には弟が選ばれていたというのだ。
最初は王族に戻るだの、俺こそが王に相応しいだの威勢のいいことも言っていたが、一向に仕事は減らず、更には文官の間でも無能と蔑まれることが多く、1年が経とうかというときには既に喚く気概も無くなっていた。
王族として教育を受けて他の奴らよりも賢いはずなのに仕事は遅く、いつも疲れて部屋に戻ってくる俺にあれだけ愛していたはずの侯爵令嬢はいつもため息をついてくる。
曰く「王子のくせに無能」、「王妃になって遊んで暮らすはずが」、「綺麗だと思っていたけど王宮から離れたらこんなもん」だと。
ふざけるなっ! みすぼらしくなってるのはお前もだろうがっ! 俺の手伝いすらできないくせに王妃になどなれるわけがないっ!
何もかもを諦めて死んだ魚のような目で仕事仕事の毎日を過ごしていた、俺の元に憎きマティアスがやってきた。
俺を追い落とし……いや、俺が勝手に落ちていっただけか……王になったはずなのに、俺以上に疲れてやつれている奴の姿を見た時、俺は笑うことすらできなかった。
「クズ、ライサンダー侯爵に聞いたところ、1人前の仕事すらできないようだな」
「……笑いに来たのか?」
「ふんっ、そんな価値すらお前にはない。……来訪したのは、お前を王宮の外れにある離宮に連れていくためだ」
「……離宮に?」
「クズには知る由もないだろうが、王宮での仕事には王族でしか閲覧できない書類というものが数多くある。お前はこれから離宮でその書類を確認する仕事をしてもらう」
「……はっ、あれだけ俺のことを罵っていたくせに連れ戻すというのかっ! 仕事など国王のお前がやればいいだろうっ!」
「ふざけるなっ! お前がアイリス嬢と婚約破棄したことで、俺がどれだけ苦労したかもしらないくせにっ!」
俺の叫びに呼応するかのように、マティアスも俺に向かって叫んできた。
苦労だと……知るかそんなもん! 俺には関係ないことだっ!
だが、俺のその思いとは裏腹に、俺と侯爵令嬢は離宮へと幽閉された。
出入り口には厳重にカギがかけられ、窓はハメ殺しで出られないように外にも内にも鉄格子がかけられている。
出入り口に一番近い部屋には俺専用の執務室が設けられ、そこには侯爵令嬢は入れないようになっていた。
もちろん、離宮内外には見張りの兵士が常駐し、自死できないように常に見張られている。
「……嘘だろ? 侯爵の元でしていた仕事の数倍はあるじゃないか」
「ふんっ、これでもクズでもわかるような書類だけ。俺の執務机にはこの数倍の量の書類がある」
「……は?」
「もちろん、王妃に側妃2人にも割り振っての量だ。……わかったか、これがお前がアイリス嬢を王妃から追いやった結果だ」
……嘘だろ? アイリスは……いや、アイリスと宰相はこの量の仕事を常時やっていたというのか?
「……俺はなんてことを」
「わかったのなら、とっとと仕事をするんだな」
俺は王宮から追いやられたときも、ライサンダー侯爵になじられた時も俺が間違ったことをしたとは思わなかった。
だが、年々老いやつれていく自分と侯爵令嬢を見るたびに、なぜ、容姿なんかで人を判断したのかわからなくなっていった。
人は老い衰えるものだというのに……俺にできることは一生をここで王国のために使うことだけ。
減るどころか、増える一方の書類に囲まれながら、俺は思考することを止めた。
――――――――――――
・バカな国王のその後:マティアス視点(元・公爵令息、現国王)
バカな従兄弟が自分の婚約者に婚約破棄を突き付けたというのは、事件が起こったその日に俺たち公爵家へと伝えられた。
あの敏腕と噂される宰相の娘と婚約破棄し、権力欲の権化であるバラム公爵の子飼いの侯爵令嬢と婚約したとか。
戦や魔獣退治にはめっぽう強い父上だが、書類仕事はからっきしで伯父上が王位に就く前から公爵として臣籍降下していたが、俺も父上に似て荒事に向いていた。
父上ほどに書類仕事ができないわけではないが、やはり机に向かうよりも荒事の方が好きで、公爵家の騎士団の副団長にまで上り詰めていた。
そんな政治の世界からは遠のいていた、俺と父上が王宮へと呼ばれ、国王である伯父上の前で説明を受けている。
「……つまり、ゲオルグの後始末のために息子に国王をやれというのだな?」
「すまん。余が国王を続ければ周辺諸国に舐められ戦争へと発展する。それはゲオルグがこのまま国王になってもそうだろう……いや、正直に言おう。ゲオルグには国王として采配できるほどの知力がない」
「? 伯父上? ゲオルグは仮にも王太子だったのでしょう?」
王子ならばともかく王太子の使命を受け入れたのならば、多少でも国王の仕事の引継ぎが始まっているはずだ。
「教育係、側近、それらが誤魔化していたらしい。ゲオルグは何の仕事もしていない……いや、仕事をしているように見せかける書類の決裁しかしていない」
伯父上が言うにはゲオルグがやっていたのは、何の意味もない、決済されても実行には移らない書類で、その書類さえも碌に中身を確認しないで決済印を押すだけだったようだ。
はあ? 俺でさえ騎士団の副団長として書類の確認が重要なことくらいは知っているぞ?
「……致し方ないな。マティアス、お前が次期国王だ」
「待ってください! 俺は国王になるつもりなんて……それに、俺が抜けたら騎士団が!」
「ゲオルグに子供がいない以上、王位継承権の最上位はお前だ」
「父上が……父上がいるではないですか!」
「私は既に王位継承権を返上している身だ。契約魔術で国王にはならないと縛ってしまっている」
嘘だろ? 確かに、俺の王位継承権は返上していないが、国王になるつもりなんて欠片もなかったんだ。
「私は公爵家の騎士団の副団長です」
「お飾りのな。……団長から聞いている。書類仕事も討伐もそれなりにやるが、あえて副団長に置いておく意味はないと」
「……は?」
「書類仕事は最低限、討伐では率先して魔獣に向かい、指揮もしないと。副団長に置くならもっと相応しいものもいるが、公爵となった時に騎士団のこともわからないと困るからあえて副団長にしたと」
……嘘だろ? 確かに俺は独断専行というか、自分で討伐することに誇りを持っていたが、団長がそんなことを?
騎士たちは俺のおかげで怪我がないと、討伐が楽になったと言っていたんだぞ?
「はあっ……マティアス、甥であるお前の境遇には同情するが、公爵家と王国、どちらが優先されるかは決まっている。ゲオルグの廃嫡と同時に余は引退、その時点からマティアスが国王だ」
父上の言葉が頭の中をグルグルと回っていて、気づいたら元凶の従兄弟は廃嫡され、俺は国王になっていた。
こんなことになった原因である従兄弟にはついつい、罵声を浴びせていたが、まったく心が痛まなかった。まあ当然だ。
で、国王になって気づいたのは自分が無能だということ……いや、これでも従兄弟に比べればはるかにマシらしいが、伯父上の半分も執務が出来ない。
国王の仕事は王族でしかできないことが大半で、新しく入ってきた宰相でも手を出せないものが多く、執務机の書類の量は減ることがない。
苦肉の策として、優秀だと噂の伯爵令嬢を3人、王妃と側妃に据えて仕事を割り振ったが、それでも書類が半分になった程度。
執務机から離れることはおろか、一杯の茶を楽しむ休憩すら得られない始末。
「……アイリスは……アイリス・エンダーハイム嬢はどこに行った!?」
気づいたら、俺は宰相に怒鳴っていた。
そうだ、あれもこれもあのクズとアイリス嬢が悪いんじゃないか! アイリス嬢を王宮に連れ戻して執務をさせればいい! そうだ、俺はそもそも国王になんてなりたくなかったんだ!
宰相を脅し、国内貴族を黙らせ、執務を放り投げ、俺はアイリス嬢が向かったとされる皇国へと向かった。
皇国に着いた俺は早急にアイリス嬢との面会を求めたが、皇王陛下はのらりくらりかわし続け、ついに面会できるとなった時も自分が同席すると言い出した。
今のアイリス嬢は平民だから、いざとなったら、無理やり連れて帰るつもりだったのに計画が狂うな。
結果として、アイリス嬢を連れ戻すことは出来なかった。……国王である俺が伏してお願いしたというのに、アイリス嬢も皇王陛下も筋違いとして一蹴した。
このこともあり、王国は周辺諸国から無能の集まりと蔑まれ、戦争にはならずとも外交において不利な交渉を強いられる結果となってしまった。
しかも、王国に戻れば王妃や側妃から王族が少ないからこんなことになった、次期王候補のほかに宰相として最低でも3人、つまりは4人は子供を産まなければ国が回らないと言われてしまった。
こちとら、連日の執務で疲れ果て、そんなことをする余裕もないのに、媚薬まで使われ無理やり子作りをさせられる始末。
アイリス嬢や皇王陛下の助言通り、元凶であるクズを離宮に閉じ込め、執務の一部を任せ、側妃も増やしたが、それで何とか回せているのが現状だ。
俺は何を間違えたんだ? ……いや、わかっている。王族だというのに王宮のことなど鑑みず、騎士団で副団長になったことで有頂天になって周りが見えていなかったことだ。
ゲオルグの失態を止めるのは従兄弟である俺であったし、アイリス嬢が苦境に立たされていたのなら陛下に奏上するのは俺であるべきだった。
ああ、せめて、自分の子供たちがこんなことにならないようにするのが俺のやることなのだな。
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・バカな第一皇子のその後:ルチアーノ視点(元・第一皇子)
王国からやってきた転校生にこっぴどく振られた……というか、もともとそんなことは出来なかったわけだが……というのはあっという間に学園でも知られることとなってしまった。
まあ、でも、私が皇王となれば、皆が私を崇め奉るだろう。
父上もわかっていない、もう貴族がどうの、平民がどうのという時代は終わったのだ。
能力があれば、容姿が優れていれば、平民だろうと国の頂点に座る資格があるというのに。
そう、思っていた。そう思っていたのに、学園卒業と同時に受けた唯一神の選別に私ははじかれてしまった。
平民だとか貴族だとか皇族だとか、唯一神の前では何の意味もない、そう教わったはずなのに、皇族には更にその後があったらしい。
唯一神は平民や貴族が祈らなくても問題にしない、だが、国を守る皇族が教義を理解せず、捻じ曲げていた場合には皇族として認めない。
つまりは、私は皇族ではいられなくなってしまったのだ。
私はもう第一皇子ではない、ただのルチアーノ。
粗末な小屋のような家と、雀の涙ほどの金銭援助はあるものの、今までのような暮らしは出来ず、周りにいる人間もめっきり減った。
それでも、私の美貌が衰えたわけではないから、学園で愛し合っていた女生徒たちと逢瀬を繰り返していたのに、年々、その数も減っていった。
離れていった女性たちは、皇子じゃなくなったのなら価値はない、お金もないなら意味がない、年を重ねて現実が見えてきた、などと言い出した。
学園ではあれほどもてはやされていたというのに、所詮みんなが見ていたのは私ではなく第一皇子という肩書。
平民も貴族も関係ないと言っていたのが、バカらしい……そう思っていたのは私だけで皆は肩書が大事だと思っていたらしい。
学園では後宮に入ると豪語していた女性たちも、卒業後は伴侶を得、私には見向きもしない。
私にできることは自堕落に暮らすことだけ。
元皇族として、監視されている以上、働くこともできず、かといって、反乱につながるようなこともできない。
なにかをすれば、暗殺されてもおかしくない身分だ。
だから、私はこうして今日も安ワインを傾けながら愚痴るしかないんだ。
私は何も間違っていない。教師たちがきちんと教えなかったのが悪い。唯一神が私を認めなかったのが悪い。
……いや、わかっている。これは逃避だ。弟が教えられた以上のことを学んでいたことを知っていた。教師たちが「教えたことは最低限、これからは自身で何を学ぶか考えてください」と言っていたのを覚えている。
ハハハ、そうだ、なにもかもが私の怠慢が招いたことなのだ。
理想も夢も、叶えるためには努力が必要と知っていたのに……父上も母上も弟妹達も努力していたことを知っていたのに。
もう私にはどうすることもできない。ただただ、家族の健康と幸せを唯一神様に祈るだけだ。
ああ、神様。私の家族が幸せになれますように。
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そうして――王太子とルシクラージュの、後悔と懺悔の日々が始まった。
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