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王国編

02 娘が婚約破棄された:ジョージ(父親)視点

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 私の名前はジョージ・エンダーハイム。
 もともとは文官をやっていたのだが、国王陛下に能力を認められて宰相をやらされている。
 別に宰相の仕事がいやというわけではないのだが、当初の契約では5年が期限だったはずなのにあれやこれやと理由を付けて今年で20年も宰相をやらされているのが不満だ。

 高位貴族からの当てこすりや嫌味も多いし、なによりこのままいけば国王陛下が次代に王冠を譲った後も宰相をやらされそうなのがな。
 とはいえ、私以上に宰相の仕事が出来そうなのは我が娘位なもので、その娘も次期王妃……とてもとても宰相を任せることは出来ない身分だ。
 しかし、宰相職を求める高位貴族に限って仕事ができないのはどうなのか……下位貴族は下位貴族で任せた仕事をこなす能力はあっても国民のために仕事を作り出す能力には長けていないしなぁ。

「閣下、外務局から書類が回ってきました」

「ああ、仕分けが済んだらこちらに回してくれ」

 本来なら宰相は王宮に回された書類を仕分けして国王陛下に奏上、あるいは国王陛下が下した命令を国の全体に伝えるというのが主な仕事なのだが、私が宰相に就任してからというもの陛下の執務の一部まで私の仕事にされている。
 これは陛下の信頼があってのことというのは分かっているものの、流石に忙しくて趣味の時間が年々削られているのにはイライラする。
 とはいえ、陛下にすべての仕事を任せれば破綻してしまうことは宰相に就任した1年目でわかっていることなので、仕方がないことなのだが。
 はあ、誰かに宰相を任せてとっとと引退したいものだ。

 などと考えていたら、娘からの小型郵便魔導具が窓から入ってきた。
 この魔導具は地を歩く犬型の陸便、木々を飛び移るカエル型の跳便など種類があるが、今回やってきたのは空を飛ぶ飛行機便、これは特急型となっており、娘曰く緊急事態の特別仕様だとか。
 空を飛ぶのならこのような不可思議な形ではなく、鳥や虫を模して作れば、と聞いたことがあるがどうも羽の構造を再現するのが難しかったらしく、紙がひらひらと舞うのを見てこの形を思いついたのだとか。

 と、魔導具の解説は良いか、とにかく特急型を送ってきたということは何か不測の事態が起きたということだな。
 今日は確かアイリスは公爵家のパーティーに参加していたはずだな……パーティーはバラム公爵の家で行われているはず……嫌な予感がするな。

「…………はあっ!!??」

「ど、どうしたのですか、閣下?」

「いや、何でもない。気にするな」

 アイリスからの手紙は確かに特急便を使うに値するような内容だった。
 あろうことか、公爵家のパーティーで王子がアイリスに対して婚約破棄を持ちかけるとは、しかもアイリスの容姿をけなすとは……。
 確かにアイリスは特徴のない顔をしており、現在の主流となる容姿ではないが、まさか王子が大勢の人前で容姿という変えることのできないものを誹謗するとは。
 しかし、これはあれだな。王子のしたことは間違いなくクズの所業ではあるが、エンダーハイム家にとっては都合がいい……アイリスも手紙に書いているが今回のことをきっかけに計画を進めさせてもらうか。

「閣下、こちら外務局からの書類です」

「ああ、それなのだがな。どうも私の娘が殿下から婚約破棄されたらしい。私が宰相の地位についているのは殿下との婚約ありきだからな、これから宰相候補者に手紙を送るのでその書類は新しく決まった宰相に任せるように」

「…………は? ……な、なにをおっしゃっているのですか?」

「ああ、宰相候補者への手紙は既に用意してある。これを魔導運輸局に渡してくれれば大丈夫だ」

「そうではありません! 宰相が替わるなど陛下がお許しになるわけないではありませんか!」

「陛下がお許しになるかどうかは関係がないよ。私が宰相を辞めることは法が許しているのだからな」

「……王国法」

「そう、キミも王宮で働いているということは王国法についても熟知しているだろう。王国法では宰相の任期は5年間と明確に決まっている」

 そうだ、王国共通の法であり、他国にも公開している正式な法律である王国法にしっかりと宰相の任期については記載されているのだ。
 それをあの国王が本来純粋な王族に適用される王族法と無理筋な王命を組み合わせて、アイリスが生まれる前に婚約を決めるからこんな面倒なことに。

「で、では、本当に宰相を……」

「ああ、辞めることになるね。で、キミにはこの手紙を魔導運輸局まで運んでほしいんだ。あ、今している仕事はひとまず放置でいい」

 こんなこともあろうかと、というかこんなことが起きてほしいなという願望があったから宰相候補者はあらかじめ見繕っておいたし、候補者への手紙も机に常備してある。
 ほとんどが自分の領地の利益しか考えていないクズばかりだが、領地を栄えさせる手腕、爵位などを考えると声をかけないわけにもいかない。

「わ、わかりました」

「ああ、それとは別にキミ宛ての手紙もある。もし、宰相として辣腕を振るいたいなら黒の手紙を、出世コースから外れてもいいから中央から外れたければ白の手紙を受け取ると良い」

 私が机の上に2通の手紙を置くと、彼はビクッとしてしまった。
 私は私でやるべきことがあるので、彼がどちらの手紙を受け取るかはここに戻ってきたときに分かるだろう。
 私が向かう先は国王の執務室、もちろん扉の前には近衛騎士が立ち、扉には魔力での個人識別機能までついている。
 当然、宰相の地位にいる私の魔力は登録されているし、近衛騎士たちも私の顔は覚えているので止められることもなく執務室へ入室できる。

「ん? どうした、宰相? 今日の執務は終わったのか?」

 目の前には執務中の国王がいる……仕事はできないがきちんと仕事をしようとする真面目さはあるのだよな、この人は。

「陛下、本日の執務はまだ終わっていませんが、至急陛下のサインが必要な書類が出来ましてな」

「緊急案件か、どこぞの辺境伯からの報せか?」

「いえ、緊急案件を持ってきたのはアイリスで、書類が必要になったのは私です」

「は? アイリス? 確か今日は公爵家のパーティーに参加していたはずだが……って、これは爵位返上の書類ではないか!? こんなものにサインなどできるはずがなかろう! そなたは国王の義父となるのだぞ!」

「そうはならないのですよ、こちらもご覧ください、アイリスから届いた緊急の手紙です」

 国王にアイリスから届いた手紙の一部を差し出す。
 アイリスも国王の説得に自分の手紙が使われるのは理解していたようで、事実を連ねたものと、自分の見解、これからについて書いたものは分けて書いてあったから、婚約破棄の事実に書かれているものだけを差し出した。

「……な、………なんということだ! これは……これは事実なのか!?」

「事実かどうかは殿下か、公爵家へ随行していた王宮の人間が帰ってくればわかることですが、おそらくは事実でしょう。アイリスとてこのようなことで虚偽の報告をすればどうなるかなど分かっているでしょうから」

 暗にお前の息子とは違うからな、という皮肉を混ぜてみたが国王には通じたかな?
 本当にあのバカ王子は自分が仕事ができないことを部下のせいにするわ、家庭教師を恫喝して自身の成績を捏造するわ、本当にやりたい放題だったからな。

「だ、だが、婚約破棄だぞ! そんな大事なこと余の裁可なしに勝手に決められるわけなかろう!」

「通常の婚約であれば、確かに親である陛下や私が主導するべき事柄ですが、陛下が王命を下した結果、2人の婚約は契約魔術が用いられています」

「……む」

「契約魔術は双方の意思があれば契約の破棄が可能というものです」

「ぐぐぐ、だが! それでもそなたの爵位返上とは!」

「私が宰相の地位にいたのは殿下の義父だからです。婚約関係が破棄されたのならば宰相を新たに選出しなければなりませんし、領地のない我が家が王宮に残れば禍根になるでしょう」

「しかし!」

「陛下、優秀な陛下ならばどちらが良いかはわかっているはずです。このままでは我がエンダーハイム家は爵位を持ったまま他国へ亡命しなければなりません。それならば爵位の返上を受け、あとは平民と同じように扱った方がいいでしょう」

「……本当に覆らないのか?」

「契約魔術には破棄された人間は王族の伴侶になれないというものがあります。我が家に子供がアイリスしかいない以上、王族法で縛ることは不可能ですよ」

 我が家にとっては爵位の返上など、どちらでもいいことなのだが、爵位持ちの人間が他国に亡命というのは国内貴族をまとめられていないということで、外交上かなりの恥となる。
 だったら、亡命しなければいいのでは?と思うかもしれないが、伯爵という中位貴族の分際で宰相を長年やっていた関係上、我が家、というか私が公爵やら侯爵などの上位貴族に目の敵にされているからな。
 権力もなければ、引きこもるべき領地もない我が家にとってはこの国に留まるよりも、外国に出て行ってしまった方が安全なのだよ。

「……だが」

「陛下、爵位の返上は貴族の権利です。理由もなしに認めないとなれば陛下の経歴に傷がつくでしょう」

「…………わかった」

 アイリスに婚約破棄を突き付けた時点で王族にはかなりの傷がついているが、それと国王自身の経歴に傷がつくことはまるで意味が違う。
 ここで我儘を通して爵位の返上を認めなければ、退位後の国王の生活にも支障が出るからな。
 渋々といった体ではあったものの、爵位返上の書類には国王のサインがされ、これで晴れて我が家はただのエンダーハイム家となれた。

「新たな宰相候補については報せをすでに送ってあります。新たな宰相が決まるまでは執務も最小限のものになるでしょう」

 それだけを言い置いて、国王の執務室から離れる。
 自分で言うのもなんだが、優秀な宰相の離職、婚約者に対してした一方的な婚約破棄、しかも執務もまともにできないという事実からも、おそらくあのバカ王子が国王になることはなくなっただろうな。
 国王もバカを育てた責任をとって退位、爵位の返上を認めたからみすぼらしい生活になることはないだろうが、どこかの離宮で蟄居になるだろうな。

 などと考えていたら、宰相室までついてしまった。
 机の上の手紙は……やはり黒色の手紙が残されているか。
 これまで宰相室での執務を手伝ってくれていた彼には、中央から離れるもののまともな辺境伯への推薦状を渡せたから良しとするか。
 私も早く家に帰って家族と今後について話し合わないとな。
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