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辺境伯は王女から婚約破棄される

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「ハリス・ワイマール、貴男との婚約をここに破棄いたしますわ」

 会場中にラライザ王国第一王女であるエリス・ラライザの宣言が響く。
 王宮の大ホールで行われている高等学校の卒業記念パーティーには高等学校の卒業生やその婚約者、あるいは既に在学中に婚姻を済ませている伴侶が集まっていた。
 彼らの大半はこれから領地に戻ったり王宮に仕官する見習いのために爵位を継いではいない状態、つまりは親の癪の優劣以外にはまだ地位の上下が明確にはなっていないものばかりだ。
 だからこそ、第一王女という絶大な権力を有するエリスを止められるものはいなかった。

「エリス嬢、貴女は自分が何を宣言したかを分かっておいでなのですか?」

「当り前ですわ。第一王女であるこの私が辺境伯子息だなんて田舎者と婚約を結ぶこと自体が間違っているのです」

 辺境伯子息という国内では王族、公爵の関係者に次いで地位の高い物を捕まえて田舎者と蔑むエリスに対してまともな感性を持つものは徐々に距離を取り始める。

「この婚約は今は亡き前国王陛下の願いから組まれたものなのですよ? エリス嬢一人の判断で婚約破棄などできるわけがないのはご存じですよね?」

「お祖父様の願いだから私が我慢して王家の籍を抜けて貴男みたいな芋臭い不細工に嫁げと? 貴方みたいな不細工なんかに微塵もときめきもしないのに? しかも王宮から何もない田舎に行けだなんて拷問以外の何物でもありませんわ」

「であるのならば、貴女の父上でもある国王陛下に願い出ればよいだけのこと。このように卒業パーティーで宣言するようなことではないとなぜわからないのですか?」

「お父様へ願い出る? そんな必要はないわ。お父様の意志はここにあるのだから」

 そう言い放ったエリスは右手を高く掲げる。
 その手には本来国王だけが持つはずの王印が握られていたのだ。
 爵位持ちの人間ならば爵位継承の際に必ず目にするもの、ゆえに見間違えることはない。
 自身の一生に一度の爵位継承の際に目にするのだから忘れるわけがないし目に焼き付けることになる。
 そして、会場内にいるすべての爵位を持つ人間がそれが間違いなく本物だと、そう心の中で思ったのである。

「なぜ、貴女がそれを? 王印は国王陛下以外の人間が持つことはこの国が成立した瞬間に決められたこの国の根幹。もしそれが偽造したものならば、たとえ王女と言えど斬首は免れないのですよ」

「偽造? そうね、貴男はまだ王印を見たことがなかったわね。間違いなく個の王印は本物よ。この会場内にも爵位を持っている人間は何人かいるわ。そして、その誰に聞いてもこれが本物だと認めるでしょう」

「まだ、片方の質問にしか答えてもらっていません。重ねて問いますが、なぜ貴女がそれを持っているのです?」

「簡単なことよ。それは私が第一王女だから。お父様や貴方達、辺境伯家が勝手にお兄様を王太子として持ち上げているのは知っているけれど、第一王子だから王太子にするのならば第一王女の私がこの国を継ぐのも道理のはず」

 そんなわけがない。
 王太子である第一王子は現ラライザ王家の長子であり、第一王女であるエリスは末子である。
 さらに言えばその二人の間にも腹違いではあるが第二王子と第三王子が既に宰相補佐と中央騎士団長として国内で活躍している。
 たとえ、第一王子が何らかの不手際を行い王太子の地位を返上したとしても何の功績も積んでいない第一王女が次期国王の立場になることはない。

「では、貴女はその王印をもって次期国王として名乗りを上げ、王印に誓って私との、ひいては辺境伯家との婚約を破棄すると言っているのですね?」

「最初から言ってるじゃない。私は貴男との婚約を破棄する、と。大体、辺境なんて田舎も、そこに暮らすような野蛮人も私のような完璧な王女にはふさわしくないのよ。私との婚約を継続したいのは分かるけれど、恨むのなら貴男を芋臭い不細工に生んだ両親と、魔域なんて野蛮な地の傍に生まれた自身の運命を恨むことね」

「……きちんと、……きちんと王印に誓っていただけますか?」

「しつこいわねっ! そんなに言うのならば誓ってあげるわ。私、エリス・ラライザはラライザ王家に伝わる王印とラライザ王家に受け継がれたこの貴き血に誓ってハリス・ワイマールとの婚約を破棄いたしますわっ」

 エリスが宣言をした瞬間、大ホールの重厚な扉が開きホール内へと多数の人間が入ってきた。

「何をやっているっ! 祝いの場にてふさわしくない行いをしているものがいると報告があったぞっ!」

 多数の騎士に囲まれながら前へと現れたのはラライザ王国・国王陛下だった。

「お父様、別になんてことはないわ。今、この田舎者に婚約破棄の宣言をしていただけよ」

「なっ!?」

「国王陛下、王家の人間は余程素晴らしい教育を施されているようですね。ただいま、第一王女であらせられるエリス・ラライザ殿下より国王陛下しか持つことを許されない王印と、貴き王家の血に誓いを立てて婚約の破棄を宣言されました」

「お、王印だとっ!? なぜそれをエリスが……」

「国王陛下、陛下は驚いているようですが、私に驚きはありませんでしたよ。なぜならば、私が辺境伯を継ぐための書類を先日提出した際に宰相補佐の役目を継いでいる第二王子殿下が私に見せびらかすように王印で決済を行っておりましたからね」

「父上っ! 王印をエゼルバイトに渡したのですかっ!? 王印は国王の象徴。ただの決済印とはまるで意味が違うのですよっ!」

 ハリスの言葉に驚愕するのは国王ではなく、国王と一緒にホール内へと入ってきた王太子。

「ワ、ワイマール辺境伯子息の勘違いではないかっ? 王印は確かに余の執務室にある」

「陛下、もう一度申し上げますが、私は既に辺境伯を継いだ身、辺境伯子息ではなくワイマール辺境伯ですのでお間違え無いようにお願いします。ですが、王印が陛下の執務室にあるのならば私の手元にある爵位継承の書類には偽造された王印が捺された書類ということになるのでしょうか?」

「そ、そうだ。ワイマール辺境伯子息」

 若干顔を青ざめながらもハリスの言葉に追従する国王。

「では、父上。エリスの持っている王印も、エゼルバイトが爵位継承の書類に捺した王印も偽造されたものであるというわけですね」

「……そ、そのとおりだ」

「でしたら、王印を偽造した両名は斬首が妥当でしょう」

「ま、まてっ! それはならん! 国に害をなしたわけでもないのにかわいい子供たちを斬首になぞできんっ!」

「父上っ! それでは民にも臣下にも示しがつきませんっ! そもそもエリスは王印を掲げて婚約破棄をしたと言っているでありませんかっ! 辺境伯家との婚約を破棄するなど国に害をなす以外の何であるのですっ!?」

「お兄様もお父様も勝手なことばかり言わないでくださいっ! なぜ私が国のために野蛮人しかいないような土地に嫁がなければならないのですっ! 田舎との婚約が国のためになるのならお兄様が嫁げばよいじゃありませんかっ! それにお父様もお父様です、これはエゼルバイトお兄様からお借りした本物の王印です。爵位を授与された人間なら誰にでもわかることなのに私を斬首だなんて勝手なことばかり言わないでっ!」

「陛下も、殿下方も身内の争いは身内だけの場でお願いします。誰が持っている王印が本物であるかなど私には関係のないことです。問題は王女殿下が王印と王家の血に誓って婚約を破棄した事実だけです」

「だが、ハリス、そなたとの婚約はお祖父様、前国王陛下と前辺境伯……いや、ハリスが辺境伯を継いだなら二代前の辺境伯か、その二人の約定のもとに結ばれた婚約だ。このような児戯によって破棄など有り得ぬ」

「王太子殿下、お言葉ですが王女殿下の婚約破棄宣言の前に約定をたがえたのは王家の方です。辺境伯領では私が高等学校に入学する前よりスタンピードが多発しており、高等学校に通えない旨は王家に奏上しているはず。ですが、ワイマール家がラライザ王国に併合される際になされた盟約……有事の際には王家がワイマール家に支援をするという盟約が守られておりません。」

「なっ! 一体どういうことなのです!? 父上っ!」

 ハリスの言葉に驚愕し自身の父親であると同時にこの国の最高権力者である国王に水を向ける。

「まてっ! それこそ何かの間違いだ。余はワイマール辺境伯からの知らせを受けた際にエゼルバイトに辺境伯領に向けて食糧支援と物資支援をするようにと伝えた」

「ああ、それならエゼルバイト兄さまが予算の無駄だからお母様と私のドレス代に変更してましたわ」

「「はっ!!?」」

 あっけらかんとした様子で告げるエリスに対して王太子も国王も外聞もなくアホ面を晒す。
 それはそうだろう、国王が臣下の奏上を受けて予算の編成を組むように宰相補佐に伝えたものが宰相補佐の独断で資金の流用がなされていたのだから。

「まて、情報量が多すぎる。エゼルバイトが勝手に余の命令を無視して辺境伯領への支援金を流用したのかっ!? それも正妃とエリスのドレス代にしただとっ?」

「お父様が悪いのよ。田舎で魔物が暴れたのか知れないけれど新しいドレスの仕立てをするななんて言い出すのですもの」

 国内で問題が起きた場合、その問題の解決に予算を割り当てるのは至極当然のことである。
 予備費などで足りない場合は王族の予算を削り問題解決をはやめるのも国を守る王族として至極当然の考え方だ。

「エリス、もう黙れ! 臣下を守るべき王族が臣下のために組んだ予算を私的流用など許されるはずがないっ! すまないハリス、完全にこちらの落ち度だ」

「王太子殿下、何も謝ってもらう必要はありませんし、今更謝られたところで殉職した騎士団も腹をすかせたまま亡くなった子供も還ってはこないのです」

 ハリスの静かな……それでいてはっきりとした物言いに王太子はおろか、国王ですらひたすら沈痛な面持ちをするしかなかった。

「陛下、王太子殿下、今宵は婚約者であった第一王女の卒業記念でしたのでこの会場に赴きましたが、王宮に参上したのはただそれだけの理由ではないのです。辺境伯領を代表した私が王宮に参上したのは古来よりの盟約に反した王家に対してワイマール家のラライザ王国からの独立を伝えに参ったのです」

「ど、独立だとっ! ダメだ、そんなの認められるわけがないっ!」

「お父様ったら慌てちゃって、別に田舎の一つや二つ、独立したところでどうでもいいじゃない。どうせすぐに泣きついてくるわよ」

「エリスっ! 本当に黙っていろっ! ハリス、本当にこちらが悪かった。すぐにでも亡くなった方への慰労金と遺族への謝罪の使者を立てることにする。だから、独立などそのようなことは言わないでくれ」

「陛下、そして殿下。辺境伯領われわれは散々待ちました。そして何よりも私に独立を促したのはそこにいる第一王女殿下です。
 きっかけはもちろん盟約違反ですが、この会場に足を踏み入れるまでは陛下や殿下が納得のいく説明をしてくれて真摯に謝罪してくだされば騎士団員にも民にも説明をきちんとして受け入れてもらうつもりでした。
 ですが、こともあろうに王女殿下は我が辺境伯領を田舎と、そこに住む愛する民のことを野蛮人と罵ったのです。
 私のことはなんと罵ってもらっても構いません。婚約者だったというのにこちらからの季節の折々の手紙に対して返信がなかったことも、ワイマール家が苦労して送った贈り物を燃やされたり売られたりしたと聞かされても我慢しましょう。
 ですが、我が愛する土地とそこに住む愛する民を馬鹿にされるのだけは我慢ならない。ワイマール家が大海を渡って移り住んできた貴方たちの臣下になったのは五代前のエリック王が魔獣と戦い続けていただけの我々に暖かな言葉と温かい料理をふるまってくれたからだという。
 だが、それも時が過ぎれば、人が変われば我々のことを野蛮人と罵り、盟約による支援も無駄遣いだといい勝手に贅沢に使い切る。これで、今まで同様に友誼を結び臣下としての礼をとれというのはあまりにも無体な扱いだと感じても仕方のないことでしょう?」

 ハリスの言い分に国王も王太子も反論の一つも頭に浮かべることはできない。
 国王は政治には深くかかわらず高等学校を卒業すればまもなく王族から抜けるからと甘やかしほとんど教育らしい教育を末子であるエリスに施さなかったことを悔いていたし。
 王太子も敵対勢力である正妃やその息子である第二王子、娘である第一王女とは距離をとり自滅してくれるならありがたいとその行動に対してロクに情報収集も問題の対処も行わなかったことを悔いていた。

 ただ一人、ことの元凶であるエリスだけが、野蛮人に使う無駄金を私のような美人のドレス代にしてあげたんだから感謝してほしい、とか野蛮人を野蛮人ということの何が悪いのかといったようなことを言葉の切れ目切れ目に叫んでいた。
 しかし、この場には既にエリスの言い分をまともに取り合うものなど存在しない。

「では、ラライザ王国国王陛下、ラライザ王国王太子殿下、これからはこうして顔を合わせる機会もほとんどなくなるでしょうが、どうか息災で」

 ハリスはこれまでと違い、臣下として王族に対してする礼はせずに外交上の付き合いのある帝国や神聖皇国の外交官に対する礼をとる。
 つまりは、これからはワイマール家およびワイマールの領地はラライザ王国の下ではなく対等な隣人、ただの隣国としてだけ存在すると言外に告げたのだ。

「ま、待ってくれ。魔獣の素材は……、辺境伯領で採れる魔獣の素材はこれまで同様に中央に回してくれるのだろう?」

「何を馬鹿なことをおっしゃっているのですか? 魔域で採れる魔獣の素材は国王陛下、貴方が税として納めるようにと法律を変えたのでしょう? 前国王陛下までは適正な価格で買い取り、魔獣の討伐により税は免除してくださっていたというのに。独立したのです、これからは税として納めることはあり得ませんし、売買をするとしても帝国や神聖皇国と比べて適正な取引だとこちらが思えば素材を卸すこともあるでしょう。ですが、今までのように何の対価もなくただ納めることはあり得ません」

 国王がすがるように問いかけたが、ハリスの心には何も響かず、むしろ一層の不快感を与えるだけだった。

「父上、見苦しいですよ。これは我々王家の人間がこれまで尽力してくれていた辺境伯領を蔑ろにしてしまったから起きた事態。粛々と受け入れて早急に問題の解決をし、そして信頼を回復するのが先決。甘い汁をすすろうなど考えてはいけません」

「だが、だがこの国は魔獣素材の輸出で持っているのだ。それが無くなったら破綻してしまう」

「父上が、いや国王陛下が正妃や王女に対して過剰ともいえる甘やかしをしたのが破綻の原因です。お祖父様の時代までは魔獣素材の利益など微々たるもので食料の輸出で十分に国民を養っていくことが可能だったのです。贅沢することが富の象徴などと言い始め、追従した貴族たちの散財さえなければこの国は今以上に潤っていたのですよ」

 王太子の言は正しく、王妃や王女は月に数回、ひどいときには一週間毎日、夜会やパーティーを開き、そのたびに山のようにアクセサリーやドレスを仕立てていた。
 そして、そんなパーティーに出るような貴族は飲食よりも交友のほうを優先するのが分かり切っているのに山のような料理や輸送費だけで平民の家族が一月は食べていけるような金額がする高級酒をずらっと並べていたのだ。
 何よりも、ドレスの仕立てやアクセサリー、料理や高級酒など一定の職業についている人間にしか恩恵はないのにこうやって贅沢することで平民に金を落としている、金を落とすのが貴族としての務めだと嘯いていたのだ。

 一時的ならともかく、そのような贅沢を何年も続けるような予算がないことわかっていた国王はこれまで魔獣の討伐で税を免除していたワイマール辺境伯領に対して、魔獣の討伐の証拠として魔獣素材の無償提供、いやさ魔獣素材での納税を命じたのだ。
 それも、物品に夜の納税だからとごねて、これまで買い取っていた金額の数分の一での納税金額にしたのだ。
 足りない分は魔域に侵入してでも狩ってこいと命じるほど酷い物だった。


 あの卒業記念パーティー、および婚約破棄騒動から三年が経った現在、ワイマール辺境伯領改め、ワイマール王国とラライザ王国の関係改善は遅々として進んでいなかった。
 というのも、あの後ラライザ王国は王家の不手際の謝罪や、国家予算の私的流用をしていた正妃、第二王子、第一王女の処罰を敢行し、国王自身も王太子に国王の座を譲り蟄居したものの、同じ立場であった神聖皇国に接する北の辺境伯と、帝国に接する南の辺境伯がワイマール家に続いて独立を宣言したのだ。
 こちらももともと小国として存在していたものを数代前のラライザ国王が説得して臣下として併合したものだった。
 しかし、前国王になってからの暴挙、税の引き上げなど、当初、友誼を結んだ時に結んだ盟約とはあまりにも違う待遇に不満がたまっていた。
 そこにきてワイマール家へのあの仕打ち、次は自分たちの番かもしれないと思うのに十分なものだった。

 故に、ラライザ王国は版図を大きく削られ、今やワイマール王国ができる前の四分の一、王城から西の狭い地域しか国土がないのである。
 残った領土で残った民を食べさせていくだけでも苦労する、とても魔獣の素材を適正な金額で買い取れるような余裕は存在しない。
 それでも、前国王から国王の座を引き継いだ元・王太子のアイザック国王はこれも臣下を蔑ろにしていた罰だと受け入れ、少しでも民の生活が向上するように努め続けた。


 そして、ワイマール王国初代国王となったハリス・ワイマールと言えば、神聖皇国、帝国の両王家より友好の証としてやってきたそれぞれの王女にプロポーズされていた。

「ですから、そのようなことをしなくても神聖皇国相手にも帝国相手にもきちんと適正価格での取引ならば魔獣の素材を卸します」

「ハリス陛下、一領主ならばともかく国王となってしまった貴方には政略を受け入れる義務があるのですよ」

「そうです。私たちも帝室と皇家、名前は違えども国と民を背負う身。政略で嫁ぎ先が決まるのは当然なのですよ」

「ですから、政略など組まずとも正当な取引相手として両国ともに友好を築くと、先日使者を出したはずです。それとも、政略結婚として貴女達を嫁がせるから魔獣の素材を無料で、あるいは格安で寄越せとでも言いたいのですか?」

 帝国や神聖皇国の狙いがそれならばラライザ王国の前国王と実質的には変わらない。
 自身の娘を嫁にやるからこれからも命を懸けて魔獣の素材を集めろだなんてぞっとする。

「それは違います。我々神聖皇国も、そして彼女たち帝国もこれからも末永くワイマール王国と友好を築いていきたいだけなのです。ラライザ王国の失敗は友好を築く際に血を混ぜなかったこと」

「そうです。友好を築く二国の血がまじりあっていればお互いのことをもっと親密に感じたはず。少なくとも親戚や従兄弟ならば何も知ろうともせずに相手のことを罵ったり蔑ろにするなど決してできないはずですわ」

「だが、お二人はそれでいいのですか? これではお二人は国ために犠牲になるようなもの。何もこのような芋臭い不細工に嫁がなくてもお二人ならばもっと容姿の優れた方に嫁げるのではないのですか?」

 思わずといった風にハリスは二人に忠告してしまった。
 神聖皇国の第二王女は楚々とした印象の美人で、まっすぐに伸びた黒髪も慈愛に満ち溢れた青い瞳も美人と呼ばれるにふさわしいだけの容姿を持っている。
 かてて加えて、話した限りでは相応の知性も上位者であり男性でもあるハリス相手にも言わなければならないことを言えるだけの胆力も持ち合わせている。

 帝国の第三王女も第二王女に引けを取らない容姿を持ち、内向きにゆるくカールした金の髪もやや吊り目がちだが意志の強そうな橙の瞳も異性を惹きつけてやまないだろう。
 さらには、こちらも相手を立てること、上位者相手にも持論を説ける胆力、すべてが上位者としてふさわしい。

 だからこそ、おそらく両者とも自国では月だ、太陽だ、花だ、蝶だと褒めたたえられてきたであろう二人に自分は似合わないとハリスは考えてしまう。
 三年前には自信はどんなことで罵られても気にしないと宣言してはいたが、やはりあの一件はハリスの心の奥底で燻ぶっていたのだろう。
 元・婚約者のエリスの罵倒が口から出てきてしまったのだ。

「……ふふ、芋臭い、ですか? 私、お芋は大好物ですの」

「……ハリス陛下は確かにお父様みたいに威厳がある風でもお兄様のように誰しもが見とれるような美人ではありませんが、かわいらしい感じが私は好きですよ」

「ですが、このような不細工相手ではときめきもしなければ恋にも落ちないでしょう?」

「ハリス陛下、恋に落ちるのなんて何も知らない幼子かしがらみなど何もない平民だけですよ?」

「そうです、我々のような貴族女性は、とりわけ国を背負う王家の女性は決して恋になど落ちたりはしません。代わりに愛を育むのです」

「……恋には落ちずに、愛を育む」

「そうです。恋に落ちた人間は相手の嫌な部分、嫌いな部分を見つければ瞬時に冷めます」

「ですが、成熟した女性は相手の気に入らないところも嫌なところもすべて含めて愛し、包み込むのです」

「すべて含めて包み込む」

 ハリスは確かにそれは未熟な子供や自制心の利かない人間には不可能なことだ思う。
 平民であっても決して不可能ではないが、子供のころから民のため、臣下のためにと自制心を働かせ続けている貴族ができない道理はない。
 それになによりも、今は亡き母親と隠居してしまった父親がそんな感じの夫婦だったのだ。
 お互いにお互いの文句を言いながら、喧嘩をしながらも相手のことを心配し、尊重しあっていた。
 確かに、あの姿を思い出せば恋などと刹那的なものではないのは恋愛経験のないハリスにもわかる。

「ですから、きっとこれから長い時間をかけて私たちはハリス陛下のいろんな側面を見るでしょう。それと同時にハリス陛下も私たちの知らない、想像もできないような一面を見ることになると思います」

「それでも、お互いにお互いのことを尊重し、愛し、末永く一緒にいたいのです」

 後に、ワイマール王国の歴史書にはこう記される。
 初代国王であるハリス・ワイマールは王国を築いたのち、同時期に二人の女性から求婚される。
 最初は頑なだった初代国王も二人の度重なる、諦めの知らない猛攻に絆されたのか二人を同時に娶る。
 だが、二人に対して正妃、側妃、あるいは第一夫人、第二夫人といった区別はせず、二人を平等に愛したという。
 晩年になり、王の座を子供に託したのちも三人は仲睦まじく暮らし、お互いがお互いのことを揶揄したり言い合ったりしても決して離れることはなかったという。
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