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幼少期

84 海戦準備

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 安置所から2人を伴って出てくると、護衛に置いてきた騎士だけでなく領主のアントン、それに数人の領民が待っていた。
 アントンはわかるが、領民の方は……マリオたちの家族か。
 ……さっきまで安置所で泣いていたのは聞かれてないよな? 聞かれていたら、かなり恥ずかしいのだが……。

「アントン、戦力の準備は終わったか?」

「はっ! つつがなく」

「では、行くぞ!」

 アントンは俺たちを先導し、領民は安置所の中へと入っていく。
 おそらく、葬儀の準備が押しているのだろう。
 夏の終わりとはいえ、まだまだ暑い。早く遺体を弔ってやらねば、腐敗が進んでしまうからな。

 領主館の前にある広場に出ると、そこにはバルディ領の騎士や兵士だけでなく、多くの領民も駆けつけていた。
 漁師の多いバルディ領では領民も兵士に負けず劣らず鍛えている者が多く、広場にはガタイの良い人間ばかりが集合していることになる。

「これだけの人数が乗れる船も準備してあるか?」

「はっ」

「では、気勢を上げておくか」

 広場には一段高くなるステージが準備されている。
 こういった時のためというのもあるが、普段ここでは市が開かれたり、劇が行われたりしているから、そういう時のためのものだな。

「聞けっ! 私はゲルハルディ伯爵家が一子、マックス・フォン・ゲルハルディだ!」

 ステージに俺が立った瞬間はざわざわとしたが、俺が名乗った瞬間に騎士も兵士も領民もこちらの話を聞く姿勢になった。

「現在、バルディ領近海に不審な大型船がたむろっている! 本来なら丁重にお帰り願うところだ!」

 広場に集まっているのは事情を知っている者ばかりなのだろう。
 疑問を浮かべるものはおらず、こちらの話に聞き入っている。

「だがっ! 奴らは非道にも、ただ近づいただけというバルディ領の領民の乗る船を沈めてきた! しかも! 船員3名はそのせいで死亡した!」

 こちらの事実は知るものが少なかったのか、騎士たちは騒ぎはしなかったが、兵士の一部や領民からは驚愕の声が漏れる。

「我が国を舐めた行い、決して許せるものではない!」

 俺の言葉に対して、口々にそうだそうだ、という声が聞こえる。

「奴らはなんだ!?」

『敵だっ!』

「我らを舐めた敵には何が必要だ!?」

『鉄槌をっ!』

「野郎どもっ! 行くぞっ!」

『おうっ!!』

 こういう口上は士気向上や一体感の形成のためには必要なのだが、いかんせんやってる方は恥ずかしい。
 前世でも新しいシリーズの開始時期や、新年会などでこういった口上はやっていたが、やはり慣れないものだな。

「マックス様、お疲れ様です」

「ああ、クルト。疲れたよ」

「あとはこちらで振り分けておきます。マックス様は最後尾に配置しますので」

「待てっ! 俺は最前線だ」

「はっ?」

「お・れ・は最前線だ!」

「出来るわけないでしょう!?」

「アホか、あれだけの啖呵を切っといて、後方でゆうゆうと観戦してろってか? まず、俺が一当てする。取りこぼしを騎士や兵士で囲め」

「……マックス様。これは遊びではないのですよ?」

 おーおー、クルトのマジ切れだ。

「わかっている。こちらにも秘策があるということだ」

「秘策……ですか?」

「ああ、うまくいけば敵船団の大半が航行不能になるようなのがな」

 秘策ってのは当然だが、合成魔法のことだ。
 ゲルハルディ領で試した泥濘魔法は地面の無いところでは使用不可だが、他の組み合わせなら海上であっても十分に威力を発揮するものがある。

「……ですが…………」

「危険は承知だ。秘策が通じなかったら、クルトの言う通り後ろに下がる」

「……」

「これ以上犠牲者を増やさないためには、これが上策なんだ」

「…………はぁ、わかりました。マックス様は一度言い出すと聞かないですからね」

 クルトが諦めたように言葉を吐き出す。
 ふう、何とか説得は成功か。

「では、俺とレナ、それにクルトは最前線。残りの護衛騎士は左右の端に配置して、俺の秘策から漏れた船を潰すように」

「はっ!」

「マックス様……私も一緒でよろしいのですか?」

「レナには悪いが、あの魔法を使おうと思ってな。事情を知っているのはレナだけだし、あまり人に見せるものでもない」

「そう……ですね。あの威力の魔法なら十分脅威になりますし、無暗に人にさらさない方が良いでしょう」

「だから、甲板には俺とレナとクルトだけにして、一当てする。恐らく、敵船団は航行不能になるからそこを兵士や騎士に攻めてもらう形だな」

 合成魔法のことは王都……特にゲームの主人公や、メインヒロインであるミネッティ伯爵令嬢には知られたくない。
 この海戦が無事に終われば王都に召喚されるだろうが、その時にはダンジョン産のアーティファクトを使ったことにするか。
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