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2章 領都

22 コンプレックス

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 ウィリアムさんが領主様に話を通してくれたおかげで食材の在庫状況は見る見るうちに改善していった。
 まあ、もともとそのまま食べていた食料をこちらに融通する代わりに格安で領主様や騎士団に食事として提供するという形になっているので結局は客から食材を受け取っているようなものなのだが。
 村からも斑芋が種イモとして領都の流れ始めているので、領都の市場に斑芋が並ぶ日も近いだろう。

 ただ、白根のほうは栽培が始まったばかり……というか、村でも畑で栽培するか、森で種まで成長させてから村の畑に移すか決まってないらしく領都に現物や種が送られてくるのは来年以降になるみたいだ。
 食堂の裏庭畑には種を採取する用の白根が植えてはあるが、まだまだ季節一つ以上はかかるからこれ以上白根は使えないということになる。
 緑菜、紫トマト、水瓜は領都でも栽培されているので豊富にあるが、やはり料理に使いやすい食材が必要だ。
 税として徴収している果物も見せてもらったが、リンゴに似たものやオレンジに似たもの、ブドウに似たものがあったので天然酵母づくりやジャムづくりには使えそうだが、残念ながら肉料理にはソースくらいにしか使えないし、主食になりそうなものはなかった。

 ただし、イーリスの天職は本物だったというのは確かな収穫だろう。
 パン作りに関しては俺どころかミーナをもしのぐ才能を持っていて、放っておけば騎士団員全員分のパンを一人で作ってしまうし、天職が戦闘系のはずの手伝い要員ですらイーリスに教えられながらなら拙いながらもパンを完成させているのだ。
 しかも、俺の適当な解説しかないというのに、天然酵母に関しても成功させつつある。
 パン作りに使えるようになるにはあと二、三日はかかるだろうが、今のところはカビが生える様子もないので、あとはきちんとパンが膨らむかどうかだろう。

 とはいえ、この世界でパンを作るためには天職以外にも必要なものがまだまだ足りない。
 小麦粉代わりに使えるらしい白根の種は収穫すらできていないから試すこともできていないし、かまどではなくパン窯が必要になるからその作成もしなければならない。
 ガスレンジみたいに一定の温度にするのが難しくなければフライパンと蓋があればパンも焼けるんだろうけど、この世界のかまどは魔法で火をつけている関係上、熱量が魔法使いの技量に左右されるし、そもそもフライパンや蓋が鍛冶師に作れるかどうかもまだわからない。

「マサト様、料理って、パンづくりって楽しいですね」

「そうかそうか、楽しいって思ってくれるのはいいけど、パン作り以外も頑張らないとな」

 イーリスの才能は本当にパン作りに振られているらしく、パン以外の料理の場合には俺やレイジよりはうまいがミーナには遠く及ばないような感じになってしまう。
 ただ、パンの具材を作る場合には天職が発動するらしく、斑芋とデビルボアのひき肉を使ってコロッケを作った時にはミーナ以上の出来のものを作り上げていた。

「ところでマサト様、お母様がパウンドケーキを作ってほしいと言っていたのですが……」

「またか。……キラーバードの卵はたくさんあるから作ってもいいんだが、栄養が凄いから食べ過ぎると体に悪いんだよな」

 この世界では野菜や果物しか食べられていなかったからカロリーなんて概念はなかったし、説明しても理解できないだろうからとくには言わなかったんだが、パウンドケーキはハイカロリーすぎるのだ。
 しかも子爵夫人であるエレインさんはお茶を飲むときにパウンドケーキを食べるだけならまだしも、普段の食事でもパン代わりに食べるほど気に入っているらしく、このまま要望に応え続けてしまえば確実に肥満体形になってしまうだろう。

「やはり、ダメですか?」

「そうだな、パウンドケーキは流石に重すぎるから数日に一回くらいに抑えたほうがいいと思うよ。今日のところはシナモンロールとクルミパンにしようか。ミーナ、イーリスに作り方を教えてあげてもらえるか」

「いいですよ」

 とりあえず、イーリスのほうはミーナに任せておこう。
 クルミパンは領主であるジョシュアさんがお気に入りで、次期領主でイーリスの兄であるランドールさんは普通の丸パンをスープに浸して食べるのがお気に入りらしい。
 丸パンとクルミパンは天然酵母次第で再現可能だが、砂糖が見つかっていない以上パウンドケーキは再現不可能だから、あまり慣れさせたくはないんだよな。

「ふむ、今日はクルミパンですか。メインはなんでしょうか?」

「ライアンさん。まだ決まってませんけどウィリアムさんがキラーバードと一緒にデビルボアも持ってきてくれたので、久々にデビルボアで何か作ろうかと思っていましたよ」

 村から持ってきた肉はもちろん、道中で狩ったデビルボアの肉も在庫がかなり少なくなってきていたからこの補充は助かった。
 騎士の人たちの中でも、唐揚げよりもステーキのほうがいいっていう人が一定数いるからいつもいつも唐揚げにするというわけにはいかない。
 まあ、ステーキステーキとうるさい人たちにはチキンステーキを出しているが、やはりステーキと言ったら牛か豚だろう。
 それに、レイジもハンバーグが食べられなくてしょんぼりしていたしな。

「デビルボアということはステーキですか?」

「そうですね、ステーキと、揚げ物のボアカツ、あとはハンバーグの中から選べるようにしましょうかね。三頭も狩ってきてくれたので在庫は潤沢ですし」

 もちろん、キラーバードは毎日のように届けられるので冷凍庫はキラーバードだらけだ。
 卵は産卵時期が決まっているのか、初日ほどの大量にはならないものの、定期的に十数個単位で毎日届く。

「ふむ、私が食べたことのない料理も出るということですね。それはぜひとも食べに来なくては」

 ステーキはファンが多いから、冷凍肉が多かった最初の数日は提供していたからライアンさんも食べている。
 だが、ボアカツやハンバーグは領主一家以外には出していないのだ。

「ライアンさん、ずっと気になっていたんですが、ライアンさんはどうしてそこまで料理を気にするんですか? 最初は懐疑的だったじゃないですか」

 ライアンさんはこの食堂に初めてウィリアムさんに連れてこられた時にはこちらの言い分を疑うような発言をしていた。
 まあ、料理を広めるうえでは食べてもらえれば何でもいいといえば何でもいいんだが、毎日のように食べに来るライアンさんを見ていると少し気になった。


「そう……ですね。マサト君は私の身体を見てどう思いましたか? 騎士団に所属している割には線の細い体をしているとは思いませんでしたか?」

 確かに、ウィリアムさんや見習いに比べてもライアンさんは体つきが普通だ。
 まあ、村でも移住してきた人の中には線の細い人がいたからこんなもんかと思っていたが。

「確かに細いですが、俺よりは十分鍛えられていますよ?」

「ありがとう。でもね、私の力……君が言うようなステータスではなく腕力だが、騎士団でも最下位クラスなのだよ。戦闘系の天職を持っているというのに、入ってきたばかりの見習いに力仕事で気を使われるのは流石に応えるのだよ……」

 戦闘系、というか体育会系あるあるなのだろうか……力こそがすべてとは言わないまでも、気になるのは確かか。
 かくいう俺もミーナに荷物持ちなんかで気を使われることが多いから、気持ちはわかるしな。

「なるほど、それで料理でステータスの力を上げたいと」

「ええ、戦闘に関する知識は勉強すれば増やせるのですが、筋力は鍛えても鍛えても増えないのですがる思いなのですよ」

「そうですか、まあ、力を高める食材はおそらく肉……少なくともデビルボアとフライラットの肉で力が上がるのは確認できているので肉料理を食べるのはいいことですね」

「ああ、今いる騎士団のメンバーには無理だろうが、これから新しく入ってくる新人にはふがいないところは見せたくないからね」

 まあ、騎士団に所属している人は毎日のようにここに食べに来ているから、能力値に差ができないしな。

「では、今日も肉料理を用意しておきますね」

 バランスを考えて野菜も用意してはおくが、ここでしか食べられない肉料理や温かいスープ、それにパンを楽しみにしている人やはり多い。
 俺としてはパンは食堂の食材ばかりを使ったものだから、あんまり推奨できないんだけどな。

「そうそう、マサト君。ウィリアムが領主様から話があるからマサト君を連れて来いと言っていたんだが、ついてきてもらってもいいかな?」

 いやいや、食堂の献立とか聞いてる場合じゃなかったのでは?
 領主様からの伝言、いや、上司である騎士団長の伝言を放置して世間話するとかこの人も対外肝が据わってるよな。

「イーリスとミーナはそのままパンを作っていてくれ。レイジはデビルボアの肉の三分の一ほどをミンチにしておいてくれ。……では、ライアンさん、行きましょうか」

 とりあえず、レイジとミーナ、それにイーリスには今日の献立なんかは軽く説明してあるから適当にやっておいてくれるだろう。

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