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2章 領都

21 ライアン

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「おお、この唐揚げはヘビースネークのものよりもシンプルだが確かな味わいがあるな。なによりもヘビースネークのものとは違って噛みしめるたびに出てくるこの肉汁がたまらん」

「むっ、これは……」

「いやあ、キラーバードの卵も美味いものだなぁ。何よりもこの上にかかっているソースがいい」

「……しかし」

「しかも、このスープ。キラーバードの骨から作ったのだろう? 道中に食べたものとは違うが、これまた絶品だ」

「……いや」

 ウィリアムさんはべた褒めなのだが、ライアンさんの反応が気になる。
 そして、あとの二人は話すのも億劫なのかウィリアムさんの言葉にも反応を返すこともなく食事を続けている。
 ウィリアムさんが連れてきた騎士は全員、身分が高いのかフォークやスプーンといった簡易的な食器の使い方は問題ないようだ。

「どうした、ライアン。先ほどから反応が悪いじゃないか。そんなにもこの食事が気に入らないのなら私がライアンの分まで食べるから遠慮なく残せばいいじゃないか」

「……ウィリアム、私がこの食事を残すだとっ! そんな馬鹿なことをするはずがないだろうっ! 私がさっきから思っていたのは村に行った見習いたちがこんなにも美味いものを食べていたことへの憤りだっ!」

 ライアンさんが吠えた言葉に同意したのか、食事に夢中だった同席している二人の騎士も無言ではあるものの頷いている。
 まあ、近場の村に鍋を運ぶだけの簡単な任務だから見習いに譲ったらそいつらは道中で旨いものをたらふく食って、ゆっくり帰ってきたと知ったらこんな反応にもなるのかもしれない。

「美味いならいいじゃないか。それに私と見習いに任せて領都に残ると選択したのはお前たちだろう?」

「そうだ、私たちが自分から志願して領都に残った。だが、この食事は能力が上がるんだろう? 実際、ウィリアムについていった見習いたちは熟練の騎士たちに勝る筋力を得ているじゃないか。それがずるいと言っているんだ」

「とはいっても、私だってマサト君に会うまではそのことを知らなかったんだからお互い様だろう。そればかりは運と考えて諦めてほしいな」

「諦める必要はないだろう、ウィリアムや見習いはしばらくの間ここに来るのを遠慮して我々に譲ればいいのだ」

「なっ、別に皆で来ればいいだろうっ! のけ者にする必要はないはずだっ!」

「いいや、ウィリアムならわかっているだろうが、この食堂には従業員が四人しかいない。料理の何たるかも知らない私だが、たった四人で百人を超える騎士団の団員全ての食事を用意するのは並大抵のことではない。確実に食べられないものが出てくるだろう」

 ……はっ!? 騎士団員って百人以上もいるの!?
 村に来た騎士が二十人くらいだったからその倍はいるかな、とか思っていたら五倍もいるの?

「……いや、それは……確かに道中もマサト君たちには、迷惑をかけたが……」

 思わぬ反撃に驚いたのかウィリアムさんは口をもごもごとさせながら、それでも反論を紡ごうとしては失敗している。
 というか、迷惑をかけている自覚はあったのか。

「キミはどう思う、マサト君といったか?」

「そう……ですね。百人分以上の料理を四人で提供するのは大変ですし、そもそも領都にたどり着くまでの間に食材をかなり消費したので物理的に百人分以上の料理は作れないですねえ」

 肉は道中でも確保していたので、村から冷凍しっぱなしのフライラットの肉や、デビルボアの肉がある。
 ただ、これも百人を超える量を作ろうと思えば一食分か二食分が限界だろう。
 パンは言わずもがなだし、スープにしたって野菜は消費する一方で、裏庭畑の収穫もまだだから領主様にいくらか融通してもらったとは言っても不可能だ。

「なっ! マサト君まで私に食べるなというのかね!?」

「食べるなとは言いませんが、食堂にある食材には限りがありますし、四人で百人分以上の料理を三食も作るのは物理的に不可能だって話ですよ」

 夜に一食を提供するのだって朝の内から仕込みやパン作りを始めないと間に合わないだろう。

「むむっ……いや、だが、食材なら今日だってキラーバードを提供したじゃないか」

「そのキラーバードが問題なんですよ。ウィリアムさんたちが解体もせずにそのまま置いていってくれたおかげでレイジは昼から夕方まで解体と部位ごとの切り出し作業をずっとしていたんですよ?」

「あっ……いや……それは」

 ウィリアムさんも悪いことをしたというのが分かってくれたようだ。
 解体した状態で置いていってくれればそこまで手間はかからなかったのだが、解体したうえで部位ごとに切り分ける作業は戦闘系の天職を持っていて解体になれているレイジでも手間がかかったのだ。
 しかもキラーバードは騎士の人が抱えて持ってくる大きさで、しかも四羽も狩ってきたものだからさらに時間がかかってしまったのだ。
 まあ、デビルボアよりは大きくないが、骨の本数も違えば使う部位も違うからな。

「ウィリアム、まさか狩ってきた獲物をそのままここに置いていったのか?」

「マサト君がキラーバードの卵は戻さなきゃならないものがあるっていうから……」

「人のせいにすることではないだろう、戻すだけならウィリアムに一人か二人ついていけばいいのだから、残りは解体にまわせばよかっただけじゃないか」

 うん、ライアンさんの言うことがもっともすぎる。
 それになにより、レイジは食堂の従業員として契約していても天職は料理人じゃないし、イーリスは天職が料理人ではあっても教えているだけで食堂の従業員というわけではない。
 要するに、純粋に食堂の料理人と考えれば俺とミーナしかいないわけだ。
 品目が絞れたり、米が手に入っていて大量に炊けるような状況ならともかく、二人で大量の食事を作るのはかなり無理がある。

「……むむむ」

「はあ、ウィリアムは相変わらず配慮が足りないな。マサト君、私たちは君に対してどのような対価を与えればよいのだ? ああ、もちろん食事の代金は支払うのでそれ以外でな」

「そう……ですね。まずは食材の安定供給をしていただくのは前提条件です。領都に来るまでの間にも緑菜を提供してもらったり、獣を狩ってきてその肉を提供していただいていましたが、材料を持ってきていただかないと料理は作れません」

「ふむふむ」

「次にメニューの制限と手伝い要員を提供してほしいです。皆さんに召し上がっていただいているパンは料理人以外は慣れた人間じゃないと作るのは難しいですが、粉ふきいもでしたら料理人以外でも作れるのは村で確認済みです」

 レイジは初めからパンをそれなりに作ってはいたが、あれは俺がそばで指導をしつつ、料理人の天職持ちのミーナが一緒に作っていたからできた芸当だ。
 他の料理の仕込みがある以上、俺が付きっ切りで教えるのは難しいし、それはミーナやイーリスもそうだろう。
 何よりも俺は料理人の天職を持っているミーナとイーリスの育成を第一に考えなければならないのだ。

「手伝いは誰でもよいのですか?」

「戦闘系の天職持ちの人なら刃物を使った作業は得意みたいですから、戦闘系の天職持ちか、できれば料理人の天職持ちの人がいいですけどね」

「申し訳ないですが、騎士団への入団条件が戦闘系の天職持ちなので、料理人の天職を持っている人間は騎士団にはいないでしょう。ですが、ウィリアムから領主様に料理人の天職持ちを探していただくように上申させますよ」

「私が領主様に話を通すのかっ!?」

「当り前でしょう、領主様に直接会える人間は限られているのですから。大体にしてこの交渉だってウィリアムや見習いがここで食事をとれるようにという配慮のためにしているんですよ」

 まあ、見習いの人数分引いても八十人以上の食事は現時点では提供できないからライアンさんの言っていることは嘘ではないけど本当でもないな。

「とりあえず、人手とメニューの簡易化、あとは消費する食材の提供さえしていただければこちらとしては文句ないですし、手伝ってもらった人が騎士団のほうで料理をしてもらえれば料理が広がるのでこちらとしては言うことはないです」

 ライアンさんや領主様は料理の技術を広めたくはないのだろうが、俺としては料理の技術を広めるのが第一目標なのだ。
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