料理を作って異世界改革

高坂ナツキ

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2章 領都

19 料理人(パン職人)

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「まあ、風呂のことは後でミーナに説明してもらうとして今はパン作りに戻ろうか」

「そうですね。イーリスさん、夜ご飯の準備が終わったら一緒に入りましょう」

 レイジとミーナには旅の間に風呂やらシャワーやらの説明はしてあるからミーナに任せておけば大丈夫だろう。

 しかし、レイジとミーナはいつも通り完璧にパン生地を練っていくのだが、意外なのがイーリスだ。
 彼女のパン生地はミーナを手本としているからなのか、ミーナの作った生地と遜色のないレベルで完璧だ。
 ……まあ、要するにこの中では俺の作ったパン生地が圧倒的にレベルの低いものとなっているのが浮き彫りになるだけなのだが。

「イーリス、初めてなのに完璧にできてるじゃないか。なあ、ミーナ」

「ミーナの目から見てもいい出来だと思います」

 俺の目から見ればレイジもミーナもイーリスも完璧に見えるが、料理人の天職持ちのミーナからすればレイジの生地はまだ完璧とは言えないらしい。
 そんなミーナの目から見てイーリスのパン生地はいい出来だというのだから、本当にミーナのパン生地に迫る出来なのだろう。

「私、このパン作りが好きです。パンの生地に触っていると、力を籠める方向やその力加減が頭の中に入ってくるようで……」

 天職を持たない俺にはそんな感覚はもちろんないのだが、ミーナのほうを見るとミーナもなんとなく腑に落ちないような顔をしている。

『個体名:イーリス・シェリルバイト 種族:人間 性別:女 年齢:十五歳 天職:料理人(パン職人) 食用:可 雑食性のために臭みがあることが多い。食用可能だが臭み取りに時間と手間がかかる。同種族の食肉は禁忌とされているので推奨はしない
ステータス 力:1 素早さ:1 頑健さ:2 器用:17 知力:6 運:1』

 気になってイーリスを食材鑑定してみれば結果はこんな感じだった。
 もちろん、貴族なので庶民に比べて高いステータスも気にはなるが、それよりも天職:料理人(パン職人)というのが異様だ。
 いや、レイジも天職:剣士(二刀流)だから、こういう表記の天職だ有ること自体は知っているが、領主様に聞かされたイーリスの天職は料理人だけだったはずだ。
 領主様にはパンを出しているのだから、料理人(パン職人)なんて言う表記だったのなら昨日の時点で俺に話を聞きそうなものなのだが……。

「イーリス、君の天職が何か君は聞いているかい?」

「? 料理人だと、そう教えられていますけど、違うのですか?」

「俺が鑑定してみた限りでは、君はパンに特化した料理人みたいだ」

 正直、伝えるかどうかは悩んだのだが、自身の能力についてはできる限り把握しておいた方がいいだろうということで伝えることにした。
 レイジの天職:剣士(二刀流)も、二刀流でしか能力が発揮できないわけではなくて、剣を使っている限りではそれが一本でも、あるいは短剣や大剣でもそれなりに使うことはできるらしい。
 ただ、長剣と短剣の二刀を使って戦うのが一番しっくりくるし、自分の体の動かし方がよくわかるらしいのだ。

 ということは、天職:料理人(パン職人)のイーリスも、パンに特化はしていても他の料理でもそれなりのレベルでなら習得は可能ということだろう。

「特化した……。マサト様には教会で教えられるのとは違う天職が見えているのですね……」

「俺自身が教会に行ったことがないので何とも言えないですが、この鑑定は神様に頂いたものなので信じていいと思いますけどね」

 イーリスと話すとついつい丁寧な言葉になってしまうな。
 教える立場だからある程度は砕けた口調で話すべきってのもわかるんだが、様付で呼ばれるとついつい反射で応えてしまうな。

「ミーナは普通の料理人でしたよね? イーリスさんとはやっぱり違うんですか?」

「詳しくは分からないけど、ミーナは料理に関しては全体的に天職の補正がかかるんだろうけど、イーリスはパンには補正が強くかかって、それ以外の料理では普通の人よりはできる程度の補正しかかからないんじゃないかな」

「僕の天職もそんな感じだからそうなんだろうね」

 比較できる対象がいるからなんとなくでも、内容がわかるのは救いだな。
 まあ、全然間違っている可能性も皆無ではないが。

「とにかく、イーリスはパン作りが得意ってことだな。それに、パン以外もこれから覚えていかなきゃいかないしな」

 天職自体がこの世界特有というか、前の世界には知識としても存在していないものだから俺自身にもよくわからないんだよな。
 いくらパンが得意でも、それだけ作っていればそれでいいとはならないし、最低限、スープやメインも作れるようになってもらわないと困る。

「そうですね、これまでこの食堂で作ってきたのもパンだけじゃないですし、今日の夜用に作るから揚げも作ってもらわないと困りますもんね」

「じゃあ、パン生地も出来上がったことだしレイジはパン生地をオーブンに入れた後はキラーバードのもも肉を一口大に切ってくれ。ミーナとイーリスには新しい料理のレシピを手伝ってもらうから」

「わかったよ」

「「はい」」

 パウンドケーキはパンではないが、イーリスの天職は機能するのかな?

 とりあえず、バターはあらかじめ室温に戻しておいてあるから、あとの材料を取り出すだけだな。
 今回は初めてだし、普通の型、一個分の材料でやってみるかな。

「マサトさん、今回はショートブレッドの時と同じ小麦粉を使うんですね」

「ああ、今回作る料理は分量を間違えると焦げたり、生焼けになったりしやすいからきちんと分量を量るぞ」

 まあ、ショートブレッドの時も量ってはいたが、何分量が量だったから、適当に増やしてた面もあるのだ。

「はい、用意してあるバターに合わせた分量にするんですよね」

「ああ、イーリスにもはかりの使い方なんかを教えながら、グラニュー糖と薄力粉を量ってくれ」

 パウンドケーキは無塩バター、薄力粉、グラニュー糖、卵がメインの材料で、そこに塩やベーキングパウダーを微量加える。
 二人が、指示通りの分量を量っている間に俺は、キラーバードの卵を溶きほぐしておくか。
 一部のお菓子みたいに卵黄だけじゃなくて、パウンドケーキは全卵でいいから楽でいいな。

「マサトさん、量り終えましたよ」

「じゃあ、バターをホイッパーでよく練っておいてくれ。クリーム状になったらさっき量ったグラニュー糖を二回に分けて加えてくれ。一度に混ぜると分離したりするからちゃんと分けて入れてくれよ」

「「はい」」

「白っぽくなってきたらこっちの卵を三回くらいに分けて入れてくれ」

 流石に二人とも料理人の天職持ちだから、指示さえしておけば細かく言わずとも何とかしてしまう。
 っと、俺は薄力粉を篩うために、篩いを用意しておくかな。
 あとはパウンドケーキ用の型だな。
 食堂にはクッキングシートがあるからそれを使うが、ない場合は型に植物油かバターを塗ればいいのかな?
 まあ、その方法でうまくいっても牛乳が手に入らないとこの世界では再現不可能だな。
 一応、龍グルミから植物性の油は採れるのだが、何分量が少ないからな。

「まとまってきたみたいだから、薄力粉を振りながら入れてくれ。ゴムベラできるように混ぜて、粉っぽくなくなったら隙間が埋まるように型に数回に分けて入れてくれ」

 あとは空気を抜いて、オーブンで焼くだけだな。
 大量に焼くのならともかく、一本だけならレンジと一緒になってるオーブンで十分だろう、二人に任せている間にこっちも予熱しておくか。

 よし、上手に入れられたみたいだから、中央がへこむように軽くならして、あらかじめ布巾をひいたところに少し高いところから型ごと落として中の空気を抜く。
 多分、パウンドケーキの制作過程で一番楽しいのはここだろうな。

「今回は小さいオーブンで焼くんですね」

「お試しだからな。うまくいって大量に作るときにはいつものオーブンで作るつもりだ」

 まあ、パウンドケーキは今まで食べてきた料理と比べてもカロリーの高い料理だからそんなに大量に食べないほうがいいのだが、カロリーとか栄養素とか話してもこの世界の人間は理解できないしな。

「イーリスはこの料理を作ってみて、さっきのパンの時みたいな手ごたえは感じたか?」

「そうですね、確かにやっているうちにこの料理はうまくいくような感じが心の中にある感覚があります」

「ミーナは?」

「ミーナもショートブレッドくらいにはうまくいくと思いますよ」

 なるほど、ミーナは今まで作ってきた経験値から、イーリスは感覚的に成功する予感を感じるのか。
 この辺が特化している料理人とそれ以外の違いなのかもしれない。
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