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1章 名もなき村

01 邂逅

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 目が覚めるとそこは白い空間だった。
 いや、何を言っているんだと思うかもしれないが見渡す限り、それこそ地平線が見えないくらい広い空間なのにそこは白一色で壁や遮蔽物など一切見えないただただ白いだけの空間だったんだ。
 もちろん空を見上げても太陽も見えなければ雲も見えない、ただただ白い空間が続いているだけで天井なのか空なのかもわからないくらいだ。

「ようやく適格者をこちらに呼び寄せられたようだな」

 正直驚いた。
 いや、さっきまでは確かに目の前には何もなかったんだ。
 でも声をかけられた瞬間、目の前に人型の発行体が存在していたんだ。

「ふむ名前は狭間真人か。喜べ、お前は神に選ばれた」

「神に? というか、なんで俺の名前を?」

「私が神だからな。人の名など見た瞬間にわかるのだ」

 流石は自称神、謎の空間も作れるし、発光することもできれば、人の名前も一目でわかるらしい。

「自称ではないからな」

 ……どうやら心の中も読めるらしい。

「狭間真人よ、お前を呼び寄せたのは他でもない。お前には今はやりの異世界転生とでもいうものを体験してもらおうと思ったのだ」

「……異世界転生って、あの? ラノベとかアニメでよくある?」

「ほうほう、やはりこの説明は広く受け入れられるようだな。なんとも便利な世になったものだな」

 異世界転生って言うと主にライトノベルとかそれを原作としたアニメなんかでよくある設定だ。
 転生っていう割には成長した姿で異世界に行く話も多く、それじゃあ転移じゃないの? とも思うが異世界に行く前の世界で死んでいることで元の世界には戻れないので転生ってことらしい。

「よく状況を分かっているな。つまりお前は若くして死んでしまったということだ。そのお前の魂をこちら側に呼び寄せ私の管理する世界の一つに送り込むのが神としての私の役目だ」

「それはまさしく異世界転生の典型ですけど、なぜ俺が?」

「それは簡単な話だ、お前が前世において善行も悪行も等しく行った稀有な人間だからだ」

 善行も悪行も。確かにいいことばかりした覚えもなければ悪いことばかりした記憶もないが稀有というのは言い過ぎでは……。

「等しく、というのが稀有な点だ。人は必ず善か悪に偏る、まあその善か悪かの視点も人の視点ではなく我々神の視点からだからお前らが悩むことではないが、例えば生涯で何千人も救った名医であっても救った命が世界を壊すことをしていれば悪人だし、何十人も殺した殺人鬼であっても殺した人間が世界を壊すことをする運命にあれば善人と呼ばれる」

 それは確かに神の視点と言えるだろう。
 きっと世界を壊すというのも人間社会とは関係なく神の思う世界なのだろう。

「判断が早いのは美徳だな。これからお前を送る世界は既に悪人を送りひとまずの平和を得ている世界だ。しかし、平和になったとはいえまだまだ発展途上でとても善人を送り出すのには不憫な世界ともいえる」

「悪人には厳しい世界を善人には優しい世界を、ということか?」

「ああ、そうさ。悪人には世界を壊す片棒を担いだ罰として厳しい世界の浄化を、善人には世界の秩序を守った褒美として優しい世界で楽しい人生を送らせるのが神としての役割だ。神は地上に干渉できないからな、相応の罰や褒美を死後に与えるのが唯一の仕事と言っても過言ではない」

「それでいくなら善行も悪行も等しく行った俺はその中間の世界に送られるってことか?」

「まあ、そんな単純なことでもないのだが。普通は悪人が浄化した世界はそのまま善人を送り出しても開拓する楽しさが十分に残っている世界になるのだが、今回送り出した悪人が中途半端なところで罰を終えてしまってな、そんな世界にはいくら開拓の余地があっても善人を送り出すことはできん」

 世界に対して開拓の余地とか視点が明らかに生きているもののそれではない。

「まあ、お前にやってもらいたいのは簡単だ。その中途半端な状態になってしまった世界で料理の技術をばらまいてほしいのさ」

「料理の技術って言われても俺にそんな技術ないだろ」

 あれ? そうか? 俺って料理できる? できない?

「そう混乱するな。お前は死んだ時のショックで記憶が欠損しているからな。神の力を使えば記憶を戻すことなど造作もないが、どうせ死んだ世界には戻れないのだから記憶などあっても嫌な気分になるだけだろ」

 それはどうだろうか? いや、確かに戻ることもできない世界の人間のことを思うのもつらいだけかもしれないとは思うが。

「そうさ、他人を思えるのは人間の美徳の一つとは思うが二度と会えない人間に想いをはせる時間があるのならその分未来に目を向けるべきと神は思うわけだ」

「でも記憶も何もなければ料理のしようもないだろ? 包丁を使ったこともあるのかどうかすら俺にはわからないんだぞ」

「もちろん、お前が異世界転生を受け入れてくれればそれ相応の能力を私から授けよう。その中には料理の技術や料理するのに必要な場も含まれる。まあ、料理のメインには現地の食材を使ってほしいから肉や野菜なんかは渡せないがな」

「そもそもなんで料理なんだ? 善人の転生者が美味しいものを食べれないのはかわいそうとかそういう理由か?」

「それを話すのを忘れていたな。お前を送る世界では食べ物によってステータスが強化されるのさ。なのに現地の人間と言ったら生食できる野菜や果物しか口にしないから他の動物に蹂躙されて文化の進みが遅すぎるのさ」

 まるでゲームだな。

「そうさゲームみたいに食事でバフがかかる感じさ。だというのに奴らは火を使って料理することすら思いつかない。下手に製薬技術が進んでしまったのが敗因だな。奴ら空腹になったらポーションで状態異常を打ち消してるから食事をする意味が低いのさ」

 すごいな異世界、まさかの空腹が状態異常扱いでそれをポーションで治すのか。
 まあ、合理的と言えば合理的なのか。
 料理する時間や技術を習得、開発する時間を考えれば既にあるポーションで誤魔化すというのは。

「合理的と言えば合理的だが、そのせいでステータスが低く獣や魔物に蹂躙されているのだから本末転倒もいいところなのだよ。まあ、善人が転生したときに野菜や果物を齧るだけの生活になったらいくら善人と言えども発狂してしまうかもしれんしな」

 たしかに、これからは野菜や果物だけをとって生活しろなんて言うのはきついだろう。
 ……前世でどんなものを食べたかは記憶にないが。

「というわけで、お前には料理を作ってその大事さを伝えレシピや調理法をばらまいてほしいのさ」

「断った場合は?」

 そうこれが大事、やってほしい、受け入れれば、さっきから目の前の神は強制的にやらせるのではなく俺の自主性を問うている気がする。

「別に断ってくれてもかまわないぞ。その世界で生きている人間は弱いままで魔物や獣に蹂躙され全滅するかもしれないが、もともとその世界は悪人の浄化がなければ滅びていたのだからそういう運命だったというだけさ。お前はまた適当に転生するだけだしな」

「俺が引き受けてあんたが満足するような結果が得られれば何か褒美でももらえるのか?」

「そうだな、お前がその世界の料理技術を向上させられれば次に転生する際には良い条件の家に転生させるのも藪坂ではないな。もともと善人は転生する際にその度合いによっては転生先を優遇するしな」

 だったら引き受けるメリットは俺にもあるのか。
 まあ、元の世界に記憶を戻して生き返らせてくれとかが無理なのはなんとなくわかっていたことだし。
 それにその世界の人間が全滅してしまうのを知ってしまったのに何もせずに転生して逃げ出すのも少し後味が悪いし。
 まあ、転生したらどうせこのことは覚えてもいないのだろうけど。

「よしよし、お前も進んで転生してくれそうで私もうれしいぞ。では、お前に渡す能力を教えてやろう」

「料理の知識とかって言っていたやつですか?」

「ああ、まずはお前の生きていた世界で開発されたレシピをいつでも検索できる能力。まあ、すべての食材が手に入るわけではないしそのあたりは工夫して作ってくれ」

 記憶がないのにレシピだけ渡されて作れるかどうかはかなり微妙なところなような……。

「次に食堂を作成する能力。こちらは大きさに応じて四段階の食堂を作成できる。まあ、住処も何も渡さないのもなんだし自宅兼調理スペースとでも思ってくれ」

 確かに異世界に行っていきなり野宿もきついし、そもそも野宿ができるのかどうかも記憶がない。

「そして食材を鑑定する能力だな。お前が今まで生きてきた世界とは何もかもが違う世界だからな。食用可能か、食用可能ならどんな調理法がいいのか簡単にわかる能力となっているはずだ」

 そうか、知っている食材と思っても食用不可だったりえぐい見た目の作物でも美味しいかもしれないのか……、確かに必要な能力だな。

「あとは……まあこれは能力というよりも呪いに近いがお前が料理の技術を広め終えるまではお前が死なないようにしておく。こちらは浄化担当の悪人が勝手に死んだのが原因だから恨むならそいつを恨め」

「死なないって、例えば刺されたりしたら死なないだけで痛みはある感じですか?」

 もしそうなら確かにのろいって言ってもいいような感じになるが……。

「まあ、そうだな。さすがにそこまで行くと罰にしてもひどすぎるしな。……ふむ、お前を傷つけようとしたらそのエネルギーを倍返しにする感じにしておくか。それと食堂を運営する際に人を雇うこともあるだろう? その人間にも同様の処置をしておこう。そいつらを人質にされてお前が一所から動かなくなれば私が困るしな」

 確かにレシピを広げるのならば一所に落ち着くよりも諸国漫遊のような感じになったほうが成果は早く出るのか。

「しかし、従業員を雇わなければならないようなことになると神様は感じてるのか?」

 正直、レシピを教えるだけなら一人でやっても変わらないような……。

「お前は忘れているのかもしれないが、これから行く世界には料理の概念がほぼないからな。レシピ一つ教えるのだって時間がかかるだろう。教えている間にその料理人が怪我をして苦労がぱあになるもの嫌だろう? まあ、自傷は守れないから包丁の使い方には気をつけろ」

 自殺なら可能ということか?

「お前がの自傷は守りの範疇だが雇われている人間の自傷までは無理だな。あくまでもお前の補助としての存在だから自殺したなら次を探せ。お前はこちらで技術を広め終えたと確認したら自殺は可能だ」

 流石に異世界に行ってまで自殺するのは嫌だな、前の世界での記憶がないから確認のしようがないが自殺でここに呼ばれたわけではないだろうし。

「あとは……言語能力か。お前と現地人の間で話が通じるようにはしておく。ただし、お前が現地の言葉を喋れるわけでも現地人がお前の使ってる言語を使うわけでもないことは理解しておけ」

 ……? 何を言っているのかがよく分かたないのだが……。

「お前の話している言葉が日本語でも英語でも現地人には通じる。だがそれは現地の言葉に変換されているだけでお前は日本語や英語を喋っているし相手は現地の言葉で理解しているということだ」

「正確には通じているわけではないと? たとえば『包丁』とこっちが言っていても向こうは『片手で持てる刃物』と理解していることもある……と?」

「やはり理解が早いな。まさにその通りだ。向こうの言語にない言葉は適当な言葉に変換されるし、お前が知っているなら向こうが説明口調で話していても一単語に聞こえるかもしれない。まあ口の動きと話の内容が違う、くらいに考えてくれていればいい。こちら側が現地人と転生者を見分けるための機能だ」

 まあ確かに話が通じていれば、口の動きが多少違ってもそのうち違和感は覚えなくなるか。

「では、そろそろ行ってもらうとするか。次に会えるとすればお前が技術を広め終え、その命を散らすときになるだろう。ここまでお膳立てをしたのだからそれなりの結果を期待するぞ狭間真人」

 そうして俺と神様の邂逅は終わりを迎える。
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