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陰謀篇
第64話 体育祭──本戦 - 1
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「これより本戦を始めます」
そう言って教師が本戦の詳細を説明していく。本戦は三十二人の生徒で勝ち抜き戦。使用する武器は魔道具を除いた全て。殺傷能力の高い攻撃は使用禁止。念の為に魔塔が作成した殺傷能力のある攻撃を肩代わりする護身府を身につけること。魔法の使用は身体強化魔法や治癒魔法を含めて決勝戦まで一切禁止。禁止事項を破った場合、結果に関わらず失格。試合はどちらか一方が降参するか戦闘不能になるまで続く。
「それでは初戦は三年騎士コース所属、ヴェスパニア騎士爵家令嬢マトローナ! 対するは一年文官コース所属、ルメート伯爵家令息ジルベルト!」
二人の名前が呼ばれると会場が沸き立つ。皆が期待を込めた視線を二人に注いでいる。二人は緊張した面持ちで互いに礼をする。試合前の挨拶だ。
「構えっ!」
教師の合図とともにそれぞれ構える。
上級生らしき令嬢は隙きのない構えだが、その構えの流派は剛剣が謳い文句で、女が男を相手取る場合にはこれ以上なく不適格な流派だ。
対するジルベルトは構えこそ未熟で隙きはあるが、柔剣と変剣を織り交ぜて確実な一撃を与えることに重きを置き、限りなく実戦に近い状況で鍛錬をする流派だ。
これが同性同年齢ならばジルベルトに軍配が上がるだろう。しかし男女では成長速度が違い、力に関しては現時点ではジルベルトが劣勢。更に令嬢は上級生で、実家も騎士の家系。鍛錬の時間はジルベルトと比べても歴然の差があるだろうし、実戦に慣れているのは確実に令嬢の方だ。そしてジルベルトにとって最大の壁が令嬢の経験によって培われた勘だ。勘は戦えば戦うほど鋭くなるもので、一朝一夕で身につけられるものでもないのでジルベルトには大きなハンデとなるだろう。
「始めっ!」
教師の合図を聞くが早いか、令嬢はジルベルトとの間合いを一気に詰め、重い一撃を振り下ろす。ジルベルトは剣で滑らせるように衝撃を躱し、令嬢の横腹に膝蹴りを入れる。令嬢は突然の腹部への衝撃に嘔吐いてよろめく。戦闘区画から出そうになるが、場外になる一歩手前で踏み留まった。
「はぁっ!」
再び攻める令嬢。今度は執拗に膝を狙っている。魔法の使用が禁止なのを逆手に取って、移動手段を断ってから止めを刺すつもりなのだろう。令嬢が膝に剣撃繰り出すこと数十回。令嬢の執念が勝ち、思惑通りジルベルトの膝に強烈な一撃が与えられた。ジルベルトは悲鳴を上げると剣を落として自身の膝を抱えたまま倒れた。
「そこまで! 勝者マトローナ!」
「いいぞぉ!」
「格好いい!」
教師に片腕を掲げられたマトローナは誇らしそうな顔をしている。観客たちもマトローナに歓喜の声援を送っていた。その横では治癒師に付き添われながら医務室に運ばれていくジルベルトの姿があった。
「医務室へ行きましょう」
「ジルベルトですか?」
「足が完全に曲がってはいけない方向に曲がっていました。治すのに手間取れば二度と歩けなくなるかもしれません」
私はルーシー、メフィア、ユダーナ、レイネー、マリアンヌの五人を連れて医務室へ向かう。医務室の前では数人の男子生徒がジルベルトの様子を伺っていた。誰もが心配そうな表情を浮かべているので、恐らくジルベルトの友人たちだろう。
「通して下さる? 急いでいるの」
「ジルベルトが治療中だ。他を当たれ」
医務室の中を覗いている男子生徒は、私に背を向けた状態でそう言い放つ。
「良いから退きなさい」
「だからっ────!」
男子生徒が苛ついた様子で振り返り、私に怒鳴りつけようとした。しかし私の顔を見た瞬間に青褪めて道を開ける。
「ありがとう」
ガラッ!
「王女殿下。またお怪我ですか? 今は忙しいのですが」
「いえ、そちらの生徒の治療の手伝いに参りました。失礼ながら皆さんの魔力量では彼の怪我を完全に治癒し切ることは不可能かと思います」
そう言う私に反論する治癒師は居らず、皆バツの悪そうな表情で顔を逸らす。それは私の言葉が事実であること、そして治癒師たちが誠実であることを証明していた。
「ジルベルトはどこですか?」
「寝台で横にさせています」
治癒師は慌てて私を案内する。ジルベルトは私の姿を確認すると起き上がろうとした。それを制したのは私ではなくルーシーだ。ルーシーの目はジルベルトの折れた膝に釘付けになっていた。
ジルベルトの膝から骨が飛び出していたのだ。骨の先から血が滴り落ちている。シーツは相当量の血が流れたことを証明するかのように真っ赤に染まっている。
「横になって目を閉じて」
私の命令に戸惑いながらも従うジルベルト。私はジルベルトの膝に手を翳して治癒魔法の詠唱を唱える。すると膝の傷は瞬く間に治っていく。
「あ、ありがとうございます」
「とりあえず立ち上がって」
私はジルベルトの感謝に微笑みで返すと、とにかく立たせる。しかしジルベルトは立ち上がれなかった。
「……これは?」
ルーシーが心配そうな表情で私を見る。しかし、その目からはジルベルトへの心配など感じ取れない。完全に私に対する心配のみだ。大方、私の治癒魔法が失敗に終わったのではないかと危惧しているのだろう。
「推測だけど、心因性のものだと思います。実際に目の前で脚が折れるのを見てしまったことで、身体が脚は動かないものだと誤認しているのでしょう」
「では、その誤認を正せば……」
「治るでしょう。しかし時間がかかります。一度認識してしまったことを覆すには根気も時間もかかります」
「いえ、治るとわかっただけでも儲けものです」
ジルベルトは苦笑を浮かべる。立ち上がれなかった瞬間は絶望的な表情を浮かべていただけに、苦笑とは言え笑えるようになったのは良かった。
「王女殿下、そろそろ次の試合が始まります。会場に戻りましょう」
「そうですね」
ルーシーに促され、私はジルベルトとその友人たちを医務室に残して会場に戻った。会場では戦闘区画内を清掃していた。次の試合に影響を出さないためだろう。ジルベルトの膝から骨が飛び出していたということは、地面には多少なりともジルベルトの血が付いているということだ。それで滑って転んで負けるなど目も当てられない。
「清掃が完了しましたので、次の試合を開始します。次戦は五年騎士コース所属、ラブグッド男爵家令息アウグスト! 対するは同じく五年騎士コース所属、グラウディア男爵家令息グエール!」
「構えっ!」
教師の合図と共に二人は同じ型で構える。どうやら同じ流派のようだ。この流派についてはあまり良く知らない。
「王女殿下、この二人の戦いはしっかりと見て下さい。どちらも五年騎士コースの中でも上位に食い込む生徒です」
ルーシーが耳元で囁く。この学園は三年前に開校された。つまり本来なら五年生など居るはずもない。しかし学園では飛び級制度を採用していて、試験の結果が飛び級するに値すると評価されれば王家の名の下に飛び級が許される。
つまり五年騎士コースに居る時点で他の同年齢の生徒たちとは一線を画した実力があるということだ。そんな頭一つ飛び抜けた実力を持つ集団の中で上位に食い込むには、生半可な努力では到底無理だ。
「始めっ!」
教師の合図と共に先制を仕掛けたのはアウグスト。私と同じくらいの比較的小さな体躯をした彼は、その体躯に似合わない程の大剣を振り抜く。向かう先は当然のことながらグエール。グエールはアウグストとは対称的で成人男性程の体躯をしていて、均整の取れた筋肉は普段から鍛えていることが伺える。しかしながら、筋肉が付いているからこそ、アウグストの攻撃を避けることは叶わない。
「ぐぅっ……!」
アウグストの一撃をくらい倒れるかと思いきや、グエールは根性で大地を踏みしめて耐える。そして大剣ごとアウグストを持ち上げると、場外に向かって投げる。アウグストは大剣を地面に擦らせて場外手前に着地する。それは正に根性のなせる技だ。
しかし勝敗は決しているだろう。アウグストが投げられた場所は場外手前。相手は成人男性ほどの体躯をしていて、アウグストを大剣ごと持ち上げることが出来るグエールが突進でもすれば、簡単に場外に出てしまうだろう。
しかしグエールが仕掛けたのは突進ではなく距離を取った上での投げナイフだった。
「投げナイフ? そんなもん必要ないだろう!」
「腰抜け野郎!」
グエールに批判が集まる。しかし彼の選択は正しかった。グエールが投げたナイフはアウグストの手にいつの間にか握られていた二つの小袋に直撃する。ナイフの鋭い刃に引き裂かれた小袋からは白い粉煙と赤い粉煙が立ち上った。そして粉煙の被害は観客席にまで及んだ。
「うわっ! 何だコレ!」
「痛い!」
「ゴホゴホゴホッ!」
視界を遮る白い粉煙と鼻にツンと来る赤い粉煙。白い粉煙は通常の目眩ましに使う物だ。そして赤い粉煙は恐らく香辛料などを大量に詰め込んだ自家製の小袋だろう。
ブンッ!
何かが空を切る音がして視界を遮る白煙が薄れる。その先ではアウグストが顔を真っ赤にして涙目になりながら大剣を振り回していた。グエールは赤煙を吸い込まないように衣服で鼻と口を隠しているが、あまりにも大量の香辛料に目が充血している。
ブンッブンッ!
数十秒して視界が鮮明になると、アウグストは力尽きるように膝をつく。
「何だ? いきなり膝から崩れ落ちたぞ!」
グエールはアウグストに何のアクションもしていない。アウグストが自分で膝をついたのだ。グエールはアウグストの側まで歩いていくと、剣を真っ二つに叩き折った。
「そこまで! 勝者グエール!」
何が起きたのか理解出来ていない一般人たちから困惑の声が上がる。実際は何ということはない普通の体力切れなのだが、理解出来ているのは騎士コースの生徒たちと武術の心得があるもの、そして冒険者たちくらいだ。
「数人の冒険者が彼に目を付けたみたいね」
「そのようですね。冒険者たちが勧誘に行く前に声をかけますか?」
「必要ないわ。私にはルーシーもメフィアも居るし、最低限の自衛は出来るもの。冒険者に譲るわ」
それから再び会場の清掃が始まった。今回はジルベルトの試合のように流血はなかったものの、香辛料などがブチ撒かれたので先程よりも清掃が大変そうだ。風魔法で未だ空気中を漂う香辛料や白煙を霧散させ、地面に押している粉も全て綺麗に土魔法で覆い隠す。次の試合が開始されたのは清掃が始まってから数十分後の話だった。
そう言って教師が本戦の詳細を説明していく。本戦は三十二人の生徒で勝ち抜き戦。使用する武器は魔道具を除いた全て。殺傷能力の高い攻撃は使用禁止。念の為に魔塔が作成した殺傷能力のある攻撃を肩代わりする護身府を身につけること。魔法の使用は身体強化魔法や治癒魔法を含めて決勝戦まで一切禁止。禁止事項を破った場合、結果に関わらず失格。試合はどちらか一方が降参するか戦闘不能になるまで続く。
「それでは初戦は三年騎士コース所属、ヴェスパニア騎士爵家令嬢マトローナ! 対するは一年文官コース所属、ルメート伯爵家令息ジルベルト!」
二人の名前が呼ばれると会場が沸き立つ。皆が期待を込めた視線を二人に注いでいる。二人は緊張した面持ちで互いに礼をする。試合前の挨拶だ。
「構えっ!」
教師の合図とともにそれぞれ構える。
上級生らしき令嬢は隙きのない構えだが、その構えの流派は剛剣が謳い文句で、女が男を相手取る場合にはこれ以上なく不適格な流派だ。
対するジルベルトは構えこそ未熟で隙きはあるが、柔剣と変剣を織り交ぜて確実な一撃を与えることに重きを置き、限りなく実戦に近い状況で鍛錬をする流派だ。
これが同性同年齢ならばジルベルトに軍配が上がるだろう。しかし男女では成長速度が違い、力に関しては現時点ではジルベルトが劣勢。更に令嬢は上級生で、実家も騎士の家系。鍛錬の時間はジルベルトと比べても歴然の差があるだろうし、実戦に慣れているのは確実に令嬢の方だ。そしてジルベルトにとって最大の壁が令嬢の経験によって培われた勘だ。勘は戦えば戦うほど鋭くなるもので、一朝一夕で身につけられるものでもないのでジルベルトには大きなハンデとなるだろう。
「始めっ!」
教師の合図を聞くが早いか、令嬢はジルベルトとの間合いを一気に詰め、重い一撃を振り下ろす。ジルベルトは剣で滑らせるように衝撃を躱し、令嬢の横腹に膝蹴りを入れる。令嬢は突然の腹部への衝撃に嘔吐いてよろめく。戦闘区画から出そうになるが、場外になる一歩手前で踏み留まった。
「はぁっ!」
再び攻める令嬢。今度は執拗に膝を狙っている。魔法の使用が禁止なのを逆手に取って、移動手段を断ってから止めを刺すつもりなのだろう。令嬢が膝に剣撃繰り出すこと数十回。令嬢の執念が勝ち、思惑通りジルベルトの膝に強烈な一撃が与えられた。ジルベルトは悲鳴を上げると剣を落として自身の膝を抱えたまま倒れた。
「そこまで! 勝者マトローナ!」
「いいぞぉ!」
「格好いい!」
教師に片腕を掲げられたマトローナは誇らしそうな顔をしている。観客たちもマトローナに歓喜の声援を送っていた。その横では治癒師に付き添われながら医務室に運ばれていくジルベルトの姿があった。
「医務室へ行きましょう」
「ジルベルトですか?」
「足が完全に曲がってはいけない方向に曲がっていました。治すのに手間取れば二度と歩けなくなるかもしれません」
私はルーシー、メフィア、ユダーナ、レイネー、マリアンヌの五人を連れて医務室へ向かう。医務室の前では数人の男子生徒がジルベルトの様子を伺っていた。誰もが心配そうな表情を浮かべているので、恐らくジルベルトの友人たちだろう。
「通して下さる? 急いでいるの」
「ジルベルトが治療中だ。他を当たれ」
医務室の中を覗いている男子生徒は、私に背を向けた状態でそう言い放つ。
「良いから退きなさい」
「だからっ────!」
男子生徒が苛ついた様子で振り返り、私に怒鳴りつけようとした。しかし私の顔を見た瞬間に青褪めて道を開ける。
「ありがとう」
ガラッ!
「王女殿下。またお怪我ですか? 今は忙しいのですが」
「いえ、そちらの生徒の治療の手伝いに参りました。失礼ながら皆さんの魔力量では彼の怪我を完全に治癒し切ることは不可能かと思います」
そう言う私に反論する治癒師は居らず、皆バツの悪そうな表情で顔を逸らす。それは私の言葉が事実であること、そして治癒師たちが誠実であることを証明していた。
「ジルベルトはどこですか?」
「寝台で横にさせています」
治癒師は慌てて私を案内する。ジルベルトは私の姿を確認すると起き上がろうとした。それを制したのは私ではなくルーシーだ。ルーシーの目はジルベルトの折れた膝に釘付けになっていた。
ジルベルトの膝から骨が飛び出していたのだ。骨の先から血が滴り落ちている。シーツは相当量の血が流れたことを証明するかのように真っ赤に染まっている。
「横になって目を閉じて」
私の命令に戸惑いながらも従うジルベルト。私はジルベルトの膝に手を翳して治癒魔法の詠唱を唱える。すると膝の傷は瞬く間に治っていく。
「あ、ありがとうございます」
「とりあえず立ち上がって」
私はジルベルトの感謝に微笑みで返すと、とにかく立たせる。しかしジルベルトは立ち上がれなかった。
「……これは?」
ルーシーが心配そうな表情で私を見る。しかし、その目からはジルベルトへの心配など感じ取れない。完全に私に対する心配のみだ。大方、私の治癒魔法が失敗に終わったのではないかと危惧しているのだろう。
「推測だけど、心因性のものだと思います。実際に目の前で脚が折れるのを見てしまったことで、身体が脚は動かないものだと誤認しているのでしょう」
「では、その誤認を正せば……」
「治るでしょう。しかし時間がかかります。一度認識してしまったことを覆すには根気も時間もかかります」
「いえ、治るとわかっただけでも儲けものです」
ジルベルトは苦笑を浮かべる。立ち上がれなかった瞬間は絶望的な表情を浮かべていただけに、苦笑とは言え笑えるようになったのは良かった。
「王女殿下、そろそろ次の試合が始まります。会場に戻りましょう」
「そうですね」
ルーシーに促され、私はジルベルトとその友人たちを医務室に残して会場に戻った。会場では戦闘区画内を清掃していた。次の試合に影響を出さないためだろう。ジルベルトの膝から骨が飛び出していたということは、地面には多少なりともジルベルトの血が付いているということだ。それで滑って転んで負けるなど目も当てられない。
「清掃が完了しましたので、次の試合を開始します。次戦は五年騎士コース所属、ラブグッド男爵家令息アウグスト! 対するは同じく五年騎士コース所属、グラウディア男爵家令息グエール!」
「構えっ!」
教師の合図と共に二人は同じ型で構える。どうやら同じ流派のようだ。この流派についてはあまり良く知らない。
「王女殿下、この二人の戦いはしっかりと見て下さい。どちらも五年騎士コースの中でも上位に食い込む生徒です」
ルーシーが耳元で囁く。この学園は三年前に開校された。つまり本来なら五年生など居るはずもない。しかし学園では飛び級制度を採用していて、試験の結果が飛び級するに値すると評価されれば王家の名の下に飛び級が許される。
つまり五年騎士コースに居る時点で他の同年齢の生徒たちとは一線を画した実力があるということだ。そんな頭一つ飛び抜けた実力を持つ集団の中で上位に食い込むには、生半可な努力では到底無理だ。
「始めっ!」
教師の合図と共に先制を仕掛けたのはアウグスト。私と同じくらいの比較的小さな体躯をした彼は、その体躯に似合わない程の大剣を振り抜く。向かう先は当然のことながらグエール。グエールはアウグストとは対称的で成人男性程の体躯をしていて、均整の取れた筋肉は普段から鍛えていることが伺える。しかしながら、筋肉が付いているからこそ、アウグストの攻撃を避けることは叶わない。
「ぐぅっ……!」
アウグストの一撃をくらい倒れるかと思いきや、グエールは根性で大地を踏みしめて耐える。そして大剣ごとアウグストを持ち上げると、場外に向かって投げる。アウグストは大剣を地面に擦らせて場外手前に着地する。それは正に根性のなせる技だ。
しかし勝敗は決しているだろう。アウグストが投げられた場所は場外手前。相手は成人男性ほどの体躯をしていて、アウグストを大剣ごと持ち上げることが出来るグエールが突進でもすれば、簡単に場外に出てしまうだろう。
しかしグエールが仕掛けたのは突進ではなく距離を取った上での投げナイフだった。
「投げナイフ? そんなもん必要ないだろう!」
「腰抜け野郎!」
グエールに批判が集まる。しかし彼の選択は正しかった。グエールが投げたナイフはアウグストの手にいつの間にか握られていた二つの小袋に直撃する。ナイフの鋭い刃に引き裂かれた小袋からは白い粉煙と赤い粉煙が立ち上った。そして粉煙の被害は観客席にまで及んだ。
「うわっ! 何だコレ!」
「痛い!」
「ゴホゴホゴホッ!」
視界を遮る白い粉煙と鼻にツンと来る赤い粉煙。白い粉煙は通常の目眩ましに使う物だ。そして赤い粉煙は恐らく香辛料などを大量に詰め込んだ自家製の小袋だろう。
ブンッ!
何かが空を切る音がして視界を遮る白煙が薄れる。その先ではアウグストが顔を真っ赤にして涙目になりながら大剣を振り回していた。グエールは赤煙を吸い込まないように衣服で鼻と口を隠しているが、あまりにも大量の香辛料に目が充血している。
ブンッブンッ!
数十秒して視界が鮮明になると、アウグストは力尽きるように膝をつく。
「何だ? いきなり膝から崩れ落ちたぞ!」
グエールはアウグストに何のアクションもしていない。アウグストが自分で膝をついたのだ。グエールはアウグストの側まで歩いていくと、剣を真っ二つに叩き折った。
「そこまで! 勝者グエール!」
何が起きたのか理解出来ていない一般人たちから困惑の声が上がる。実際は何ということはない普通の体力切れなのだが、理解出来ているのは騎士コースの生徒たちと武術の心得があるもの、そして冒険者たちくらいだ。
「数人の冒険者が彼に目を付けたみたいね」
「そのようですね。冒険者たちが勧誘に行く前に声をかけますか?」
「必要ないわ。私にはルーシーもメフィアも居るし、最低限の自衛は出来るもの。冒険者に譲るわ」
それから再び会場の清掃が始まった。今回はジルベルトの試合のように流血はなかったものの、香辛料などがブチ撒かれたので先程よりも清掃が大変そうだ。風魔法で未だ空気中を漂う香辛料や白煙を霧散させ、地面に押している粉も全て綺麗に土魔法で覆い隠す。次の試合が開始されたのは清掃が始まってから数十分後の話だった。
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・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
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